凱旋
「よう、遅かったじゃないか」
生きていることが不思議なくらいの重傷でありながら、ヴォルドレイクははっきりとした声で勇者ヒロトを迎えた。
左腕はひじから先が消失しており、その腕から左頬にかけて皮膚は裂け筋肉が露出していた。その筋肉も高熱で焼け、断裂している。また左足は砕け、原形をとどめていない。
身にまとっていた甲冑はぼろぼろで元の形がどのようなものだったか想像もできないほどの破損をしており、一部は変形が激しく本来守るべき体に食い込んでしまっている。
「ヴォルドレイク卿、大丈夫ですか」
ゾフィアが彼の前に跪き、その傷の具合を見る。
「フランツィスカ、卿を治癒できますか?」
フランツィスカと呼ばれた女性の僧侶がヴォルドレイクを診るが、首を横に振った。
「体力の消費が激しすぎます。治癒術を掛けれは、衰弱死する可能性があります」
予想できたことではある。フランツィスカの治癒術は帝国の中では高いレベルにあるとはいえ、あくまで人の範疇である。自らの魔力のみで大規模な治癒魔法を展開することはできない。
「わたしの魔力のみで可能な限りの治癒を行ってみます」
フランツィスカの見立てでは、外傷からの出血を止め、多少の増血を行う程度が限界だと感じている。一般の治癒術使いとしては十分すぎるレベルだが、ヴォルドレイクの傷を癒すには全く足りないのが現状だ。
光輝神への祈りを捧げ、治癒術を発動させる。
「おお、大分楽になりましたぞ。これなら、地上まで生きて出るくらいはもちそうだ」
言葉ははっきりとしているものの、時折、血の混じった咳を吐く。
「これを、卿がおひとりでなされたのですか」
ゾフィアの護衛騎士であり、現在は勇者のパーティメンバーでもある騎士アマーリエがその信じられない光景を見て呟く。
彼らがこの部屋に入った時、動くものは何もなかった。かろうじて、ヴォルドレイクが壁にもたれたまま生を繋いでいただけであった。
部屋の中央には、巨大な竜の死骸があり、既に腐敗を始めている。本来魔法生物としての側面も持つ竜は、その死骸にすら魔力が籠っており、それが消失するまでは腐ったりはしないはずだった。
「やはり、奴か?」
そういったのはアラタである。
ヒロトたちがヴォルドレイク救出に迷宮へ向かったとき、アラタは神狼フェリシアからの神託を受けていた。必ず同行し、『片羽』の背後にいる存在を確認せよ、と。
竜の死体を【鑑定】する。
『神格*****の分体』
多くの情報から、必要な情報を引き出す。
何らかの神格が一連の異常の背後にいる。それだけは確実だった。
「熱血は趣味じゃないんだけどな」
そっと呟き、彼を守るように立っているマリアとアンナをそっと見つめた。
神狼の見立てでは、彼女らの帰還の可能性は決して低くはないそうだ。だが、彼女たちの船がこの地に漂着する原因ともなった、謎の神性に対応しなければならないらしい。要するに、その存在が楔となって彼女たちをこの世界に封じ込めている可能性が高いらしいという事だ。
そして、極めて限定的だが、アラタの【異能】はその神性に対抗できる手段の一つである。もちろん、彼単独での使用は間違いなく彼の命を奪うだろう。それゆえに、神狼は彼との回廊を閉じてはいなかった。
(僕やヒロトがこの世界に招かれたのも、異能を授かったのも、奴に対抗するためなのだろうか)
少なくとも、ヒロトが彼の神性と対峙するのは規定事項なのだろう。アラタはそう考える。そうでなければこの時期に迷宮へとやってくることはないだろう。
では、僕は?
アラタの持つ異能は強力なもので、神々にすら対抗できる……というよりも、この世界のシステムそのものに干渉できる能力だ。それは、ある意味神より上位の能力ともいえる。だが同時に、その能力は人が使える限界を遥かに超えていて、最低でも神格者クラスでなければ、使用した瞬間干からびて死んでしまうようなものだ。
きわめてアンバランスな存在。それがアラタだった。
「なあ、アラタ。あんたがあたしらのことを気に掛ける必要はないんだぜ。その……もうたくさんのことをしてもらったんだし。あ、あたしらはあんたにすごく感謝してるんだ」
アラタの悩みを知ってか知らずか、マリアが騎兵の操縦席から顔を出して言う。
「いや、これは多分僕の問題でもあるんだ。だから、君たちも気を使わないでほしいな」
「そ、そうなのか?なら、いいんだ。うん、ならあたしらはあの触手野郎をぶちのめすまで、あんたに付き合うよ、うん」
そこまで言うとさっさと操縦席へと戻ってしまった。そのあわてた様子を見て、アンナがにやにやとした笑いを浮かべている。
「僕、なんかマリアさんの機嫌損ねるようなこと、言った?」
きょとんとした顔でアラタがアンナに尋ねる。
「あなたは別に、悪くないわよ。どっちかというとマリアの問題。気にしなくていいわ」
そういいながらも下世話な笑みを浮かべたままなので、アラタはきょとんとした顔で姿を隠したマリアの方を見る。
「ねえアラタ、あなた、にぶいとか言われたことない?」
「え?……ないですよ?」
その表情を見て、アンナはおかしくて仕方ないという顔をする。アラタは憮然としてなにか言い返そうとしたが、ヒロトの声がその邪魔をした。
「シン!ヴォルドレイク卿を搬送する準備が出来たぞ。俺たちと、お前たちで搬送の護衛だ!」
振り返ると、清潔なシーツで包まれ、担架に乗せられたヴォルドレイクがいた。どうやら眠っているようだが、ヒロトやゾフィアの様子から、容体は安定しているらしい。
数名の騎士が、その担架を抱え上げる。最初は、人夫を雇う予定であったが、離脱した騎士たちがその役は譲れないと自ら名乗り出ていた。竜殺しの英雄の凱旋なのだから、その栄誉をただの人夫に任せることはできないという彼らの想いをゾフィアが尊重したということでもある。
人夫たちは、大部屋の各所に散らばった騎士たちの遺品を集めて持ち帰るのが仕事である。
当然のことではあるが、『片羽』が蓄えていた財宝の所有権は、討伐したヴォルドレイクにあり、彼はその財宝のうち金銭的価値が高いものは売り払い、今回犠牲となった騎士たちの慰霊に充てることを宣言している。
「いい加減、シンと呼ぶのはよせよ。ここではアラタで通してるんだからさ」
そういいながら、アラタは担架に並んで歩くヒロトに追いついた。
「アラタ。斥候はあたしが務めさせてもらう。単体で一番足が速いしね」
そう言って前衛に立つのは、アンナである。彼女の装備するユニットの機動力は非常に高いし、また単体での戦闘力も高い。強行偵察にはもってこいである。
「ならば、あたしはしんがりを務めるよ。騎兵が近くにいると怪我人が落ち着けないだろうからね」
マリアはそういいつつ、後方に下がった。
「いいなぁあれ。巨大ロボットはロマンだよな」
ヒロトがつぶやくがアラタはそれを無視して前を向く。
「あれ、彼女専用機なんだよね?他の人が乗れたりしないの?」
これは行きがけにも何度も繰り返された質問でもある。どうやら諦めきれないらしい。
「わけありな人たちだからな。たとえ他の人が乗れたとしても、譲ってはもらえないよ。彼女たちには、彼女たちの世界へ帰らなければならない理由があるんだから」
斥候が優秀だったこともあり(特に、彼女の機動ユニットにはマッピング機能もあるため、地上への転移陣があるエリアへの最短ルートを選択できた)特に何か起きることもなく地上への帰還を果たした。
地上へ戻るなり、ヴォルドレイクは治療院へ運ばれ、魔法を併用した療養に入ることになるが、最高級の治療が受けられるだろう。
街での噂では、騎士団は『片羽』に返り討ちにあったというのが有力だったので、ヴォルドレイクの痛ましい姿はその噂が正しかったと早合点して恥をかく自称情報通を多数生みだした。やや遅れて、人夫たちが騎士たちの遺品を(特に折れた剣や溶けた鎧の一部など)運んでいたことがその誤解を助長させた。
しかし、さらに遅れて大量の財宝を担いだ人夫たちが迷宮から出てきたとき、野次馬たちの中で、ひょっとしたら、という疑念が生まれたのは確かである。
「迷宮都市の住人達に告げる!ここに新たなる英雄が誕生したことを讃えたまえ!その名は、ヴォルドレイク・アル・ファンダール伯爵。竜殺しの英雄である!」
勇者ヒロトが声を張り上げた。ややなまりがあるものの、その宣誓はその場の野次馬たちに確かに届いた。注意深く見れば、勇者がカンペを見ていることが分かるのだろうが、そんな些細なことより、『片羽』を倒すものが現れた衝撃の方が何倍も強かったのだ。
もし、『片羽』が倒されるとすれば、《神殺し》の手によるものか、あるいは今集結しつつある勇者たちの合同パーティであろうというのが大方の予想であったため、帝国の将軍とはいえ神の加護を受けていないものが倒すとは予想だにされていなかったからだ。実際、これまでに知恵を得るに至った段階の竜を軍隊で討伐した例はない。竜種や魔王といった高次存在は、たとえ万の軍団でも倒すことが出来ないというのが通説であったのだ。
「宴の準備をなされよ!今宵、光輝神と軍神の下に召された数多の戦士と騎士たちの魂が、彼らが信じる神々の宮へ旅立つ祭を盛大に行うことを、我ゾフィア・アマーリア・オルストバルトと、新たなる英雄、ヴォルドレイク卿の弟子にして、光輝神の勇者ヒロト・ヤマナシの名において宣言する!」
ゾフィアの宣言が響き渡る。よく通る、人に命じることになれた声。
どのくらいの時間静寂があたりを包んだだろうか。
だれかが、最初の誰かが小さく、しかし静寂の中不思議と遠くまで聞こえる声で叫びながら拳を突き上げた。
「《竜殺し》ヴォルドレイク万歳!」
それは、新たなる英雄が誕生する産声だった。そして、それは伝播する。
新たなる英雄を讃える声が街を揺らし始めた。時間的には既に日は傾き、多くの店がその暖簾を下ろそうとしていた頃合いだったが、店主たちはあわてて暖簾を掛けなおすはめになった。
「さあ、歌え、踊れ!新たなる英雄を讃えよ!その礎となって散った勇士たちの魂を讃えよ!」
もはや怒号としか表現できないほどの熱狂の中、ゾフィアの声が響き渡った。
中央広場がこの祭の会場として解放されていた。
その広場の中心に祭壇が設けられ、そこに『片羽』との戦いで命を落とした戦士たちの遺品が並べられている。まともな形を残したものは一つとてない。それが、『片羽』がいかに強大な存在であったかを物語っている。
人々は祭壇の横に置かれた酒樽から柄杓で酒を掬い取り、半分をその遺品に掛け残りを飲み干した。帝国流の戦士の葬儀である。命を落とした戦士たちが地上で最後に味わう酒を残された者たちと分かち合う。そして、彼らは神の御許へ召され護国の精霊として祀られるのだ。
帝国騎士の印象は決して良いものではなかったが、迷宮都市に住む者にとって迷宮に挑み強敵の前に散った戦士はみな、勇士として尊敬される。特に、今回は『片羽』相手の戦死である。都市の住人たちも彼らの死を悼むことを惜しまなかった。
次々に弔問の酒を撒き、また振る舞い酒も進んだ頃合いをみたかのように、楽師たちが鎮魂歌を奏で始めた。それは、帝国の守護神である光輝神の御許へ召される勇士たちを讃え、遺された者たちを精霊となって守るという帝国の祈りを調べに乗せた鎮魂歌。
見事な調べ故に最初は遠慮していた帝国兵たちも、やがて歌い始める。
もちろん、それは決して上手いものではなく、中には調子も外れた濁声も交じっているが、なぜかそれらは調和して一つの祈りへと昇華されていた。
やがて、弔問の列も終わり、祭壇には数人の神官とゾフィアとヒロトが残っていた。
ゾフィアが、鎮魂歌の最後の章を歌い始めると、帝国兵たちは胸に手を当て黙祷を始める。
楽師たちの調べに乗って、ゾフィアの祈りの歌が天へと還っていく。
「どうも、辛気臭いのは苦手だ」
マリアは、最低限の弔問を済ませた後、アンナとアラタとともに広場から少し離れたところにある宿屋の屋上テラスから、その儀式を眺めていた。
「私たちにとって、死はいつだってすぐ隣に潜んでいたからね」
アンナも葡萄酒をあおりながら、アラタに説明した。
アラタは黙って聞いている。
「私たちはね、帰らなくてはならないの。私とマリアだけならここに残ることも考えたわ……いえ、そうしたいという誘惑は今でも私たちを苛むわ」
酒も入ったからだろう、いつになく彼女たちは感情的であった。
「私たちもね、何人も、何十人も仲間たちを送ってきたわ。私たちは、そうね……身分的には、戦闘奴隷みたいなものだったわ。侵略者と戦う為だけに生存を許された存在」
「騎兵に乗ってたって、異界の怪物どもとやり合えば死ぬんだ。あたしたちはそういう時代から来たのさ」
マリアはそう言って蒸留酒をあおった。
「うまいな。あいつらにも飲ませてやりたかった」
彼女たちが帰らなければならない理由。
「私たちは、私たちの国を作る。そのために、侵略者たちの本拠地へ乗り込む予定だった。どういうわけか、ここへ来てしまったのだけれど」
さみしげに笑うアンナ。マリアもまた愁いを帯びた顔で葬儀を眺めている。
「あの触手野郎を何とかしないとあたしらはこの世界から出られないってのは本当なのか?」
マリアが尋ねる。アルコールが入って上気した頬が妙に艶めかしく、アラタは目を逸らした。
「神狼が言うには、あれはおそらくは邪神の端末で、貴方たちの船を汚染しているということです。それが楔となってこの世界に封じ込まれてしまっていると。もしも、その楔を解かずに力技で帰還を果たした場合、そのつながりを追って奴があなたたちの世界……僕から見たら、未来の地球へと飛来する可能性が高いそうです」
「そうか……あのクソッタレをあたしらの世界に連れて帰るわけにはいかんわな」
さらに酒を煽る。が、どうやら中身は飲み干してしまっていたらしく、数滴の雫が舌を打っただけであった。
「アラタ、追加貰ってきてくれ。せっかくの振る舞い酒だしな」
「私の分もお願いするわ」
二人のリクエストにアラタは苦笑しながらも従う。酒の入った女傑に逆らう蛮勇をアラタは持ち合わせてはいない。
「わかりましたよ。いってきます」
アラタはそう言って、階下へと降りて行った。
「なあ、マリア。あんたは残ってもいいのよ?そういう選択肢だってあるのだから」
アンナがマリアに問いかける。
「できねぇよ。できるわけねぇだろ。死んでいったあいつらを置いてあたしだけがのうのうと生きることなんて。わかってるだろうが」
「でも、私たちが任務に戻るという事は、あいつともう会えなくなるってことよ。それでいいの?」
「仕方ないじゃないか!あたしらにはやらなきゃならんことがあるだろう!小さな妹たちの為に、あたしらはあたしらの家族のための国を興す。あんたの夢にあたしらは乗っかった。うぬぼれてるつもりはないが、あたしはあんたの最大の剣だ。あたしなしであんたの夢は叶うのかよ!」
「……そうね。あなた抜きでは難しいかもしれないわね」
風が二人の火照った体を覚ましてくれるように流れていく。
「ここは、楽園だわ。野蛮で粗野で、だけど暖かい楽園。居心地が良すぎて私の中の憎しみが消えてしまいそう。それは多分、幸せなことだと思うわ」
「だが、あたしらには許されない。あたしらはあたしらの世界の戦いをあたしらの世代で終わらせる。だから、あのクソッタレな触手神をぶちのめし、船を解放し、そして帰ろう。クソッタレなあたしらの世界へ」
風が強くなる。その風になびく金髪を押さえながら、この世界に来て髪を切ってなかったなと呟いた。
「運命というものが本当にあるのなら、私たちがここに来たことには意味があるはず。あのアラタという少年にも。彼は多分、あの触手の化け物と対峙するためにここへ招かれた。私たちはそれを助けましょう。彼から受けた恩に報いるためにも、私たちの目的を果たすためにも」
「ああ、多分あんたの言う通りなんだろう。アラタのおかげであたしの騎兵のポテンシャルが格段に上がった。まるで予定調和のように。多分、あたしらもまたその運命に招かれたんだろうさ」
アラタの話だと、あの触手の対処の為にこの世界にある大国から力あるものが、この街へと向かっているらしい。そして、この世界は多くの神々が人の世に関与している。
ならば世界は運命とやらに支配されているのかもしれない。そして、神々がその運命を調律するのだろう。
「どうやら、アラタが帰ってきたみたい。この話はここまでにしましょう」
「だな、せっかくの酒がまずくなる。……おぉい、アラタ!酒は手に入ったか!」
努めて明るい声を出すマリア。
「ええ、どうせだからつまみももらってきましたから、食べませんか」
アラタが果物のつまった桶を掲げながら言う。果物を冷やすためだろう、桶の中にはなみなみと水が張られていた。それを苦も無く掲げ上げるアラタは見た目よりずっとたくましいのだろう。
「気が利くじゃねえか。でもまあ先に酒だ。てぇか、お前も飲めよなー」
そういいながらマリアはアラタの肩に手を回し引き寄せる。と同時に、肩から下げた酒壺を奪い取り、器用に片手で栓を抜く。
広場から、歌声が聞こえる。そして、夜は更けてゆくのだった。




