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『片羽』

 軍靴の音が迷宮内に響く。

 迷宮探索に優れた斥候が進路の確認に走り、武芸に秀でた騎士たちがモンスターを討伐をする。数の暴力で制圧を繰り返して進軍を続けてきた。

 彼らの本命は、巻上式弩級部隊と抱え大筒部隊でありそれらを消耗しないことが進軍に求められた。そのため、斥候もファンダール伯爵お抱えの優れた斥候と現地探索者とがツーマンセルを組み効率を重視している。騎士たちもまた帝国軍の中できわめ実戦経験が豊富な者たちであり、その経験はなにも対人だけに限ったものではない。むしろ、辺境警備では野獣やモンスターとの戦闘もよくおこるため、モンスター相手でも引けを取ることはない。

 進軍の速度は決して早いものではないが、というよりむしろ遅いと言えるが、その分確実であった。怪我人すらほとんど出すことなく安定した進軍を続けている。特に本命部隊にはヴォルドレイク・アル・ファンダール伯爵自らが率いる部隊が護衛しており、完全にその戦力を保持したままの進軍が続く。

「なかなかに厄介なものだな、迷宮というのは」

 ヴォルドレイクは呟く。もともと、迷宮は軍隊が進むには適していない。不測の分かれ道、点在する罠などがたびたび行軍の邪魔をする。斥候や腕利きの探索者による先行調査により、それらはおおむね回避できているが、その度に足が止まるのだ。

 また、各所に設置された転移陣での転移において、いちいち陣形が崩れるのも彼のイラつきを助長させる。もちろん、訓練によりそのイラつきを一切表に出さないのだが。

 だが、一番彼をイラつかせているのが、コバンザメと呼称される未熟な探索者たちであった。

 彼らが軍の後をつけているのは、突入当初から気づいていた。特に害がないから放っておいたが、それにも限度がある。

 コバンザメたちは、帝国軍がモンスターや罠を排除するのに便乗して、到達階層を伸ばそうとするいわば寄生虫のような存在である。特に軍では確実な進軍そのものを目的としているため、漂着物には手を付けていない。彼らには鑑定能力はないし、そもそも異世界から流れ着いたアイテムなど、危険すぎて持ち歩きをすることはできないと判断していた。

 そういったものをせせこましく集めながら、軍とつかず離れずの距離で付きまとっているのだ。

 とはいえ、彼らに対し何かしらの対応をするわけにもいかないのがヴォルドレイクの苛立ちを助長させていくのだ。

 まあいい、と頭を切り替えながらヴォルドレイクは前を見据える。彼らもまた歴史の目撃者となるのだと、考え直したのだ。

 そんなヴォルドレイクのもとに、待望の知らせが届く。

「よし、きたか」

 ついに、この時が。



 なんと、哀れな。

 ソレは呟いた。誰に対してなのか、ソレは自分でもよくわかっていなかった。

 勇名に踊らされ、竜殺しを望む者か。それとも、総てを彼のモノの掌の上で踊らされていることを知りながら逃れることのできぬソレ自身のことなのか。

 だが、ここが最初の分岐点だ。

 ソレは深淵の中から、その機会を待つ。自らの未来を勝ち取るために。



 戦いの初手は、『片羽』からだった。

 帝国軍は、盾騎士を中心に防御陣形を取る。軽く人が隠れられるほどの大きさの盾を複数重ね、互いをカバーしあうように一つの壁を形成する。同時に、背後に控えた付与術士たちが、その盾の壁に複数の強化魔法を重ねる。

 『片羽』の巨大な尻尾が、勢いよくその盾の壁に叩きつけられた。数名の盾騎士が弾き飛ばされるが、即座に後方に下がり、治癒術士の治療を受ける。抜けた穴には、控えていた別の盾騎士が即座にカバーに入った。

 砕かれた魔法の防壁は即座に張り直し、魔力を消費した付与術士はやはり後方へ下がり、控えていた第二陣の術者と交代する。『片羽』の赤く光る双眸が怒りをはらみ歪む。

 『片羽』は怒りに任せ、その鋭いかぎ爪のついた巨木の様な腕を振り回し叩きつけてくる。

 大きな音とともに、多重に張られた防御魔法が砕かれるが、その爪の勢いは殺され、大盾を砕くには至らなかった。

 だが、その爪は鋭くかすめただけでも生身の人間ならばひき肉と化すのがドラゴンの攻撃である。その爪を受けた盾騎士は、後方へ弾き飛ばされた。

 否、自ら飛んだというべきだろう。その騎士が抜けた穴はやはり即座に埋められた。


 (うっとおしい)


 『片羽』はカッと目を見開き、そののどに魔力を集中させる。

 上位竜が持つブレスと並ぶもう一つのカード、咆哮である。


 オオォォォオオォォォオオオォォォ


 空気そのものが振動し、魔力を伝達する。込められた力は、恐慌。

 まるで魂を鷲掴みにされるような感覚。

 逃げなければ、逃げなければ、逃げなければ。

 そこにあるのは、死。


「我らが、偉大なる光輝神オルミネアスよ!汝が加護を我らに!」

 ヴォルドレイクは叫びながら、首から下げていたアミュレットを引きちぎり高く掲げた。ヴォルドレイクが持つ切り札の一つである。光輝神の信者の精神への干渉をごくわずかな時間であるが無効化する古代の神器である。

 魔力を込めた咆哮を放った『片羽』の動きは鈍い。巨大な竜という生命の維持には魔力が必要である。魔力が一時的に減衰すると巨体を支えるための力が足りなくなるのだ。

「火砲隊、展開!ここで決めるぞ!」

 ヴォルドレイクの怒号が響く。その声に呼応して大盾部隊の陰に隠れていた銃士が左右に展開した。

「構え!」

 訓練された動きで大筒に火をつけた火縄をセットする。そしてしっかりと腰だめに抱える。

「てーっ!」

 轟音が響き渡る。白煙があがり独特の臭気が鼻を衝く。

 次の瞬間、空気を振動させるほどの大音量の咆哮が響き渡った。それは先の「竜の咆哮」などではなく、まさしく激痛に上げる悲鳴だったのだろう。

「火砲隊、第二陣展開!構え!」

 第一陣が後方に下がり、控えていた第二陣が前に出る。

「てーっ!」

 再びの号砲。そして巨大な竜が激痛に悶え、暴れまわるのが感じられる。

「弩隊、展開!構え!」

 これが本命だった。大型の巻き上げ式クロスボウ部隊。その威力は騎士の纏う甲冑すら易々と貫通する。砲弾で竜鱗の防御力を砕き、貫通力の高い弩で仕留める。それが、ヴォルドレイクが対ドラゴン戦のために考案した戦法である。

 怒りとも絶望とも取れる咆哮が響き渡った。激しく暴れまわるドラゴンに一旦戦線を下げる。

「やった……のか?」

 誰かがつぶやく声が聞こえた。

 ヴォルドレイクは油断なく彼の所持する魔剣を構え竜のいた場所を凝視する。

 火砲が上げた白煙と『片羽』が暴れて巻き上がった塵が晴れていく。

 その白煙の中にわずかに赤い何かが見えた瞬間、ヴォルドレイクは叫んだ。

「防御陣、展開しろ!まだ奴は……」

 最後までいう事は出来なかった。

 業炎があたりを嘗め尽くす。



 熱波が去った後は、地獄だった。

 がたり、という音がして、盾騎士たちが倒れる。

 彼らはその最後の瞬間まで自らの役割をこなしていた。帝国軍の生存者は、前面展開していた彼ら盾騎士の防御陣の背後にいた者だけであったからだ。

 溶けて原形をとどめない盾とかろうじて人の形を保っている甲冑。だがそれらはまだ赤熱していて、その装着者たちが生存している可能性がないことは明らかだった。

 そして、その正面に立つ巨大な影は、間違いなく傷ついていた。自慢の鋼よりも固い鱗は砲弾で砕かれ、多くのクォレルをその身から生やし、血にまみれている。

「まだだ、奴は傷ついている!騎士たちよ、我に続け!」

 ヴォルドレイクは叫ぶと、両手持ちの魔剣の切っ先を水平にドラゴンに向け、全力で駆ける。

「団長に続け!帝国に栄光を!」

 騎士たちは剣を抜き、槍を構え、戦斧を担ぎ上げながら突撃を開始する。

 生き残った付与術士たちは、彼らに肉体強化の魔法をかける。防御魔法はもう意味をなさない。防御に特化した盾騎士たちだからこそ竜の一撃に耐えられたのだから。だから、少しでもダメージが嵩むように、可能な限り攻撃力を補佐する。

 叩きつけられる斧は、弱った鱗を弾き飛ばす。長槍は、剥がれた鱗の隙間に深々と突き立つ。体ごとぶつかるように突き立てる剣は、確実に竜をわずかにだが死へといざなってゆく。

 だが、竜の爪が、尾が、牙が振るわれるたびに確実に数名の騎士の命が散った。

 ある者はその爪に引き裂かれ臓器をまき散らしながら倒れた。

 ある者はその尾を叩きつけられ、鎧ごと圧死した。

 ある者はその牙で砕かれ飲み込まれた。

 だが、騎士たちは武器をふるい続けた。彼らは知っていたから。彼らの主の強さを。


 数多の騎士の屍の上にヴォルドレイクは立っている。

 彼の持つ魔剣・血を啜る鬼神(オルトヴィア)はその鍔元まで深々とドラゴンの胸部に突き立っている。その刀身は2メートル近くあり、それだけの深さまで突き立っているという事を示している。魔剣の鍔に嵌められた禍々しく赤い宝石がまるでドラゴンの血を啜るように色合いを強めていく。

「くたばれ、トカゲ野郎」

 魔剣の力を流し込む。それはある種の毒であり、たとえ竜であろうとも生物である限り逃れることのできない死を注ぎ込んだ。

 地響きとともに、ドラゴンの体が倒れ、最後のあがきなのか、ヴォルドレイクをその爪で引き裂こうと叩きつける。

 若い騎士がその間に割り込むようにしてヴォルドレイクへの致死の一撃を受け止め、そして斃れた。ヴォルドレイクはその騎士を横目で見ながら、剣を捻り傷口を裂く。

「団……長に……栄誉を……」

 若い騎士はそう言って事切れた。

「栄誉は貴様らの物だ。生き残った者、散った者、誰ひとり欠けてもこの栄誉はなかったと知れ。勝鬨を上げろ!我らの勝利だ!」



 勝敗は決した。

 後は凱旋するだけのはずだった。


 だが、竜の死骸から黒い触手の様な、瘴気の様な何かが漏れ始めた。

 その瘴気の触手が竜に最も近い位置にいた騎士に触れた途端、その騎士は硬直して倒れた。

「なんだと?なにがあった」

 これは、だめだ。そう本能が告げる。だから、ヴォルドレイクは決断した。

「撤退だ!これは異常だ、撤退しろ!」

 入り口に近い騎士・兵士たちから順に大広間から撤退する。ヴォルドレイクは瘴気の触手を魔剣で切り裂きながら自らも撤退をすべく前進する、がかれを囲むように触手はその退路を塞いでゆく。

「団長!今助けに行きます!」

 年嵩の騎士が引き返してくるが、触手に触れるや否やその生気を奪われて倒れる。

「来てはならん!これは、貴様らに対処できるものではない!貴様らは生きて、勇者と姫殿下に仔細を知らせろ!これは命令だ!」


 逃げ切れたのは、どのくらいだろうか。途中から完全に瘴気にのまれ見えなくなった。

 ヴォルドレイクは剣を構え、醜く変異した竜を見据える。

 おかしなことだが、彼と竜の間には瘴気はなかった。

「なるほど、大分柔らかそうになったじゃないか。切り裂いてやる、啜ってやる。さあ、第二ラウンドといこうじゃないか」

 もはや死は避けられないのだろう。だが座して死を待つほどヴォルドレイクは諦めが良いわけではない。

 らんらんと輝く赤い双眸だけが変わらぬ、触手まみれのかつて竜であった者に対しヴォルドレイクはその魔剣を構え、そしてぶつかっていった。

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