勇者と鑑定士
「急患で追い出されてしまったな」
シャルロッテが肩をすくめながら言う。
「休んでいけと言っておきながら申し訳ない。どうもかなりひどい怪我らしいからね」
アラタはバツが悪そうに言った。
「しかし、線は細いのに馬力があるね、君は」
アラタが担いでいる簀巻きを見ながらシャルロッテは笑う。簀巻きの端からは、黒髪を短く刈り込んだ頭が覗いている。端的に言えば、勇者ヒロトその人である。
その担ぎ方も堂に入ったもので、右肩に乗せて片手で支えた状態だ。空いた左手をマリア……アンナマリーが引いている。アラタはまだアイマスクを取る許可が下りていないためだ。
また、シャルロッテもアンナを乗せた車椅子を押しながらの会話である。
「どうなんだろうね。むこうでも意外に鍛えていたのかな」
「むこう?」
シャルロッテが尋ね返す。とはいえ、ある程度予測はつく。この少年は、勇者ヒロトと同じ言語を……あくまで推測だが、話していた。そして、同じ黒髪と黒い瞳。瞳の色合いはやや異なるものの、顔立ちなども考えて、同じ人種なのは推測済みだ。
おそらくは、この少年は勇者と同郷なのだ。ならば、この力も勇者と同じものか?
そう考えてから、ありえないと否定する。勇者ヒロトの異能は、光輝神オルミネアスの力を宿すというものだ。それゆえ勇者なのだから。
「探索者組合の向かい側が、組合員の寮になってますから、そこで休ませてもらいましょう。女性部屋は結構空きがあったと思いますので」
「助かるわ。そのバカのお守で疲れてるのよね」
話しながらも、アラタが指定した建物へとたどり着く。
「ここでいいのか?悪いがあたしはこっちの字はよめねぇよ」
マリアが告げる。シャルロッテが笑いながらそれに答えた。
「ああ、わたしが読むよ。……探索者組合員官舎、だな。ん?探索者組合ってのは公機関なのか?」
「ああ、そこでいいです。そこが寮になります」
アラタが中へ入ることを促す。
中に入ると、恰幅の良い中年の女性が待っていた。
「アラ坊、施療院を追い出されたらしいね」
まだ夜も明けぬ時間だというのに、このおばさんは元気だなぁと内心つぶやくアラタ。
「まあ、寝床ぐらいは作ってやるさ。それともリリーナ様の家に帰るかい?」
「いやいや、まだ目を開けちゃいかんのにあそこまで帰る気はありません」
アラタは言いながら、よっこらせと簀巻きを下した。
「お嬢ちゃん方は大部屋に一緒にってことになるけど勘弁しておくれ。そこが準備に一番手間がとられないからね」
「あ、ありがとうございます」
アンナが礼を言う。その姿をマリアが茶化しながら膝をかばうアンナに肩を貸す。
「アラ坊はどうする?掃除は自前だが、男部屋なら空きがあるわよ」
「いや、この性犯罪者予備軍を監視しとくから、ここでいいよ」
アラタはそう告げるなり、簀巻きにされたヒロトの横に座り込むと、寝息を立て始めた。
「おやまあ」
寮母は二人に毛布を掛けると、女性部屋の準備にとりかかるのだった。
「器用だな、お前」
翌朝のことである。簀巻き勇者は実に器用に、その簀巻き状態のまま立ち上がっていた。
「昨日の美女はどこだっ!美女の為なら俺は何だってできるのだ」
本気か冗談か判断しかねる口調だったが、とりあえず足を払って倒しておく。
「あ、てめっ、なにしやがる」
「なにしやがるじゃねぇよ。今度言い寄ったらマジで潰されるぞ。男廃業でいいなら止めないが」
アラタはあきれたように告げる。ヒロトは若干蒼くなって、まじで?と問い返した。アラタは真面目な顔を作って頷く。
「この街じゃ勇者ってだけでモテるほど甘くはないし、あの女性たちは勇者だからともてはやす人たちじゃないからな」
「そっかー、残念。っておい。なんで日本語話してんだあんた」
ヒロトがあわてて振り返る。やはり器用な奴とアラタは思いながらも
「僕も日本人だからね。君と同様」
「まじかよ。こっちに召喚されて二年、ようやく人と話が出来る」
感動したようにヒロトがアラタに向き合う。もっともアラタはまだ目隠しを解いてはいないのだが。
「お前……シンじゃないのか?」
ヒロトが目を見開く。
「シン?違うよ。僕の名はアラタだ」
「いやまてよ、シンだろ。新田 新で、あだ名がシン。違うかよ?」
まさかの知人か、とアラタは驚愕した。もっとも、アラタは覚えていないのだが。
「まて、まて。整理させてくれ。君は僕を知っているのか?」
「知ってるも何も、クラスメイトだったろうが」
「すまんが覚えてない……ああまて、ありきたりで悪いと思うが、僕はむこうでの僕自身の記憶がないんだよ。僕が直接関係した記憶も含めてね。まあ最近裏ワザ的な思い出し方も分かってきたところではあるんだが」
アラタはゆっくりとアイマスクを外した。心を落ち着けて、異能が発動しないように注意をする。先の戦闘の時の暴走の余波か、気を抜くと異能の制御が覚束なくなることがあるのだ。しっかりと注意しておけば大丈夫なのだが。
「やっぱりシンじゃねぇか。記憶喪失なら、俺の顔も覚えてねぇのか?洋翔だよ。月見里洋翔珍しい名字だから思い出せねぇか?」
「まて、変わった苗字の洋翔か?そういえば、そんな奴がいたな」
裏ワザとは、単純に自分とは関係のない方面からのアプローチならば、ただの知識として記憶を引き出すことが出来るという事実である。もっとも引き出した記憶が、自分とどういう関係だったのかというのは思い出せはしないのだが。
「記憶、あるじゃねーかよ。つーかダチの名前忘れんなよ」
「すまないな。記憶喪失じゃなくて、記憶封印だと考えてくれ。だから、身近なことほど思い出せないんだよ。友人なんか、特にな。だから変わった名前の男、というカテゴリーで記憶を引き出したら、君の存在を思い出せたけれど、君とどういう関係だったのかはさっぱり思い出せないんだよ」
アラタは肩をすくめた。
「代償、か?なにかのチート能力の」
「まあ、そんなところだろう。とはいえ、僕の異能は【鑑定】能力で大したものじゃないんだけどな」
先の暴走は秘匿することを堅く言い聞かせられている。
「鑑定って、ステータスとか見られるのか?こっちに来てゲームみたいに強くなれたんだけど、具体的な強さとか数値化して見たり出来ないんだよな」
「ああ、ステータスとかはムリ。せいぜい、適正と習得している技能とか、その程度しかわからないよ。特に人間を鑑定しても、本人が隠したいものは見えないしね。主にアイテム、特に異世界から流れ着いたような用途が分からないものを鑑定するのに便利なくらいだ」
アラタが告げると、ヒロトは残念そうに肩を落とした。
「というか、いい加減ほどいてくんない?」
「君が、僕の友人の女性たちに手を出さない保証が得られるまでは、そのままという事で我慢しろ」
アラタは冷酷に告げた。
「……ハーレムでも作ってるのかよ」
「友人と言ったろ。そんな風に見られたら、彼女たちが迷惑するだろうが」
「……むぅ。ならシンの顔を立てて、あのナイスバディのお姉さんには手を出さない。勇者として誓う。これは正式なもので、破ったら勇者としての力を返上することになるから安心してくれ」
ヒロトが告げる。アラタは、勇者の誓い、軽すぎるだろうと呟きながらも、簀巻きをほどいてやった。
「そうかー、お互い大変だったんだな」
しみじみとヒロトがつぶやいた。
「いやお前、苦労とかあんましてないじゃん。勇者としてちやほやされてんじゃん。モテまくってんじゃん」
アラタはあきれたように言う。ヒロトの話は自慢話にしか聞こえなかったからだ。
「爆発しろよ、ハーレム勇者が」
「いやだって、言葉通じないんだぞ。仲良くなっても、話しできないんだぞ!」
「二年もこっちにいるんだから、言葉くらい覚えろよ。だいたい意思疎通どうやってんだよ」
アラタはあきれてしまう。
「こっちの世界の都合で呼び出されたんだから、それ以外は俺に合わせるべきだろ?なんで俺の方から歩み寄らなきゃならん。ゾフィアが少しだけ日本語話せるからあいつに通訳させてるんだが、まだまだだからなぁ」
傲慢に言い放つヒロトではあるが、彼が言ってることも分からないではないのだ。勇者として召喚される。それは、巨大な敵と戦わされることと同義である。ならば、その義務を押し付ける以上、それなりに便宜をはかることも必要だろう。とはいえ、不自由している以上、自前で覚えることも必要だとも思うのだが。
「歓談中すまない。やはりあんたは、ヒロトの言葉が分かるようだな」
いきなり紛れてくる【イル=レアナ】語。昨夜とおなじで、近づいている気配が感じられなかったため、アラタは少しあわててしまう。
「け、気配を消すのはやめてくださいよ」
決して油断しているわけではない。《神殺し》やジョセフの指導もあって、常にある程度の気を張った状態を維持できるよう心掛けている。本気で気配を探ったならどうか解らないが、少なくともアラタの通常時の警戒能力より、シャルロッテの隠密行動のレベルがかなり高いことは確かなようだ。
「癖なんで悪いね。それに、あんたの友人がせっかくよく寝てるのに起こしちゃ悪いと思ったからね」
もっともらしい言い訳をしているが、実際には違うだろうとあたりを付ける。
これは、アラタに対して実力差を叩きつけているのだ。昨夜にも仄めかされたが、一度帝国側の責任者と会う必要があるのだろう。そのことに対して、彼女は突きつけているわけだ。断っても実力で連れて行くことが出来るのだと。
「では申し訳ないが、あたしの雇い主に会ってもらえないか。無茶なことはしないし彼女もさせないと思う。こちとら、勇者の言葉の解析すら追いつかない現状、彼の言葉が分かる人材は放っておけないのでね」
「あら、帰ってきてたの?」
会議を中座してヴォルドレイクとともに接収した《神殺し》の邸宅へ戻ってきたゾフィアが声をかける。
「ほら、言えよ」
勇者の隣に立っている少年……青年と呼ぶべきか……がヒロトの背を叩いた。
「お……おか、えり、ゾフィア」
ぎこちない、たどたどしい【イル=レアナ】語で、ヒロトがゾフィアを迎えた。
「発音が悪い、もう一度!」
「うっ、お、おかえり!ゾフィア」
やけくそになって叫ぶようにヒロトは言い直した。
「まあ、まあ。ヒロト様がこちらの言葉で迎えてくれるなんて」
両手を合わせてうれしそうに微笑むゾフィア。素でもとても美しい女性であったが、微笑むと少女のようにも見えた。ヒロトは思わず見とれてしまう。
「ほらな、よかったろ」
青年……ヒロトと同じ黒髪の男性が、ヒロトの背中をはたきながらいった。なぜか両目を閉じているので、瞳の色はわからないが、不思議と黒いのだろうとゾフィアは確信めいたものを感じた。
「お、おう。でもよぅ……」
「挨拶と日用語だけでも叩き込んでやるから安心しろ。それだけでも大分違うからね」
彼が話す言葉がヒロトと同じ日本語だとわかると、ゾフィアは彼に向き合い頭を下げた。
「勇者様と同郷の方とお見受けします。わたくし、オルストバルト帝国にて勇者ヒロトと御縁を結ばせて頂きましたゾフィアと申します」
「ご丁寧にどうも。私もこちらの儀礼は全くできませんのでお許しを。私は、アラタと申します。お察しの通り、ヒロトとは同じ所から来たものです」
アラタは出来るだけ無礼にならないよう心掛けながら答える。実際には、いろいろと問題があったりするのだが、ゾフィアも既に継承権を放棄した身ゆえに、敢えてそれをとがめることはなかった。
「殿下、こちらのアラタは勇者と同じ言葉を解します。故に、言語指南として独断で招かせていただきました」
シャルロッテが臣下の礼を取りながら経緯を伝える。
「いえ、貴方の決断に感謝を」
シャルロッテに立ち上がるよう促しながら、ゾフィアはアラタの手を取った。
「勝手なお願いをお許しください、アラタさま。わたくしは、これまで勇者様の連れ合いとして、また通訳として動いてまいりましたが、何分未知の言語の解析は難しく、未だ彼の言葉を十全に理解できたとは言えません。貴方にもご都合がありましょうが、是非ともわたくしどもの為に時間をいただけないでしょうか」
丁寧に、また大分へりくだった態度ではあるが、不思議と有無を言わせぬ迫力が込められている。とはいえ、アラタも再び友誼を結ぶことになったヒロトの為という事もあり断る気はもとよりなかった。
「もちろんです、ゾフィアさま。ただ、条件があります」
報酬の件なら、相応の物を用意しますとゾフィアが告げるがアラタはゆっくりと首を横に振った。
「ヒロトも同席させることが条件です。多分逃げようとしますが、逃がさないでください。ここでゾフィアさまが日本語を習得しても、ヒロトはそれに甘えるだけでしょうから。日常会話くらいは叩き込んでさしあげます」
それを聞くと、ゾフィアは一瞬目を開いてアラタを見つめたが、すぐに笑顔を取り戻した。その笑顔は、これまでの作り物めいたものではなく本心からのものであったため、まるで無垢な少女のような笑顔であった。
「まあまあ、頼もしいですわ。シャルロッテも聞きましたわね。アラタさまが言語指南して頂けるときには、ヒロト様を逃がさないようお願いしますわ」
「承知しました、殿下。縛ってでもつれてきます」
それを聞いて、楽しそうに笑うゾフィア。その笑顔を見て、嫉妬したのか、ヒロトが頬を膨らませていた。
「ゾフィアは俺の嫁だぞ」
憮然とした表情でヒロトが言う。さすがに、割って入るほど無粋ではなかったが、不機嫌そうな雰囲気はアラタにも伝わってくる。
「何を話してるかわからないのは、つらかろ?安心しろ、お前には徹底的に仕込んでやるから」
アラタはそういいながらヒロトの肩を叩いた。
数日が過ぎた。
勇者は憔悴しきっていた。半ば開いた口からため息だけが漏れる。まるでため息と同時に魂まで抜けてしまったような雰囲気だ。
「おう、ヒロトは死んだか」
完全武装したヴォルドレイクがその姿を見ていった。
アラタは、その姿を親の仇でも見るかのような目で見た。
「悪いな、組合のガキ。お前の職場を奪っちまってな」
「そっちが素ですか、ファンダール伯爵」
ヴォルドレイクはその目を平然受け流す。というよりも、歯牙にもかけていないというべきだろう。
「ま、今回の事変は確かに誰が迷宮を管理しても防げなかったとは思うがね。だが、悪意ある存在を迷宮の入り口近くまで侵攻を許したんだ。誰かが責任を取らねばならんのは道理だろう」
現在探索者組合は事実上帝国に抑えられていた。
「この地の神はその責を負ってこの事態の収拾までの間、そのすべての権限を、太陽神ラムサスへ委譲した。探索者組合は一時的にそのすべての権限をこの街の現最大戦力保持団体である我々の傘下に入った。それだけのことだ。貴様が望むなら、前と同じ仕事をしてもかまわんのだぞ」
ヴォルドレイクは狭量ではあるが、その実力と権威は本物である。それらが背景にある限り、鷹揚な武人と言える。だからこそ、アラタの態度を気にした様子もなかった。もっとも、それらが通用しない場合癇癪を起すことも多々あるのだが。
「アラタはよい教師ですわよ、ヴォルドレイク卿。実際、この数日でヒロトさまに日常使うことの多い一連の言葉は教授してくださいましたわ。聞き取りの方も難しい言葉を除けばなんとか出来るくらいには」
「文法と単語を丸暗記させただけですので、すぐ忘れると思いますよ。ですのでゾフィアさまも出来るだけ日本語は使わずにこっちの言葉で会話するようにしてください。日本語はこちらの言葉だけで対応できない時のみにするように心がけてください」
ゾフィアの日本語習得の方がかなり早い。もともと、ヒロトとの付き合いの中、事実上独学で意思疎通できるレベルまで修めていたのだから、双方の言語を理解するアラタに学ぶことで、基礎的なものを習得するのはあっという間だったのだ。
「それはそうと、ヴォルドレイク卿。出陣ですか?」
「はい、殿下。先ほど、組合の使者が戻りまして例の『片羽』との交渉に失敗したようです。というより、交渉にすらならなかったというのが正確でしょう。組合が所持していた貴重な遺物を一つダメにして戻ってきましたよ」
交渉に向かった探索者は、相手と話しすらできなかった。ドールと呼ばれる呪具のおかげで命を失うことはなかったが、その身代わり人形がなければ、彼もまた消し炭と化していただろう。探索者組合の組合長室に保管していたドールが、一瞬で灰も残さず消失したのを見て、彼を遣わした者たちは真っ青になったという。
「なに、いかにドラゴンといえども、わが精鋭にかかれば火を噴くトカゲにすぎませんよ」
言い放つヴォルドレイク。今回彼が編成したのは、巨大な盾をもつガーディアンと呼ばれる防御特化の重戦士、彼らの防御を補佐する強力な付与術士、巻き上げ式の強力なクロスボウ部隊。そして、虎の子の火縄式抱え大筒部隊である。抱え大筒は命中率には難があるが、巨大なドラゴンならば十分に命中が見込めると踏んでいる。
石弓と大筒で十分なダメージが与えられれば、魔剣を持つヴォルドレイクは十分近接戦闘で打ち取れる自信があった。実際、彼は魔術師たちの援護があったとはいえ、帝国辺境を荒らしていたレッサードラゴンの討伐を成功させており、《竜殺し》の栄誉も受けている。『片羽』は上位竜だと言われているが、《神殺し》に片羽を奪われている以上、人が倒せぬ道理はないのだ。
「ではこれにて」
ヴォルドレイクは不敵な笑みをたたえたまま、館を後にする。その背に向けて、ゾフィアは光の神と太陽神の印を切った。
「ご武運を、ヴォルドレイク卿。無茶はなさらないでくださいね。卿は帝国には必要な人材なのですから」
その言葉が届いたのかはわからない。
その自信に溢れた背中に一抹の不安を拭えず、ゾフィアは我知らず自らの肩を抱きしめた。




