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怪物

前半、少々残酷な表現があります。なろうでは噛ませ犬にされがちなあの魔獣ですが、やはりアレは強くて何ぼだと思うのです。

 少しだけ時間を遡る。

 迷宮第七層、通称「傲慢なる試練」

 この層を突破できるのが、探索者としての中流入りの最低条件と言われている。

 第一層は小手調べ。第二から第五までは属性エリア。

 本格的な探索は第六層以降とされ、同時にここから探索者の実力がふるい分けられる。とはいえ、世の中には幸運に恵まれ、ランダムに変化する迷宮を運で突破する探索者も時に現れる。そう、だいたい確率的には百人に一人くらいの割合だろうか。そのため幸運な探索者パーティはあっさりと第七層へ突入できたりすることがあるのだ。だが、そういった幸運を連続で得る者は殆どいない。故に、七層突破したパーティは、六層、もしくは七層、あるいはその両方を実力で突破したとみなされて、もはやルーキーとは呼べないキャリアを持つことになる

 そんな第七層を一つの探索者パーティが攻略を行っていた。

 《幸運なる新人》と呼ばれる期待のルーキーたちだ。

 彼らはまさしく幸運だった。ベテランの探索者ですら一目置くほどに。

 彼らは、迷宮に入ると必ずと言っていいほどよい漂着物を入手してきた。討伐も順調で、冒険者としてのランクも上がっている。

 冒険者や騎士として名を上げてから迷宮を攻略した者を除けば、第六層攻略完了までにかかった時間は、これまでの記録を大きく上回っている。

 ベテラン探索者の中には彼らの幸運にあやかりたいと、友誼を結ぶ者たちも現れたほどだ。

 そんな彼らは、慎重に、だが大胆に迷宮を攻略していく。

 第七層は、第一層と同様に迷路タイプのエリアで構成されている。そのため攻略には時間がかかるというのが通説である。なにしろ一つのエリアは最大半径五キロにもなるエリアもあるほどである。端から端まで直線で歩けばわずか二時間で踏破できるのだが、なにしろ迷路になっている。そのため、攻略にはかなりの時間を取られるというのが、探索者たちの共通の意見である。

 とはいえ、時間を短縮するすべはある。迷宮はエリア同士のつながりがランダムに変化するため特定の攻略方法は確立されていないが、一つ一つのエリアの構造自体は大きく変化することはない。そのため、探索者組合でエリアの地図を購入するか、あるいは自らマッピングをして地図を作製するか。そうすることで攻略難度は格段に好転する。

 そして、彼らは後者を選択していた。

 ここまでかなりのハイペースな攻略を行ってきたため、実力が迷宮の難易度に追いつかなくなる可能性が出てきたためだ。

 彼らは知っている。幸運とは誰にも平等に訪れる。その運を掴み取るか、それとも通り過ぎるのを見過ごすかですべてが決まることを。

 そして彼らは知ることになる。不幸は誰にも平等に訪れる。その不運と向き合うか、それとも目を逸らすかですべてが決まってしまうことを。


「うーん、このあたりに何かありそうなんだよね」

 描いた自作地図を広げて、マリア=ジョセフィーニアは呟く。結構名が売れてきたところに、同名の巨人使いが現れて影が薄くなったことを、彼女はとても気にしていた。だからこそ、ここらで一発大きい成果を出したいところだった。

「どれどれ?」

 リーダーであるヨハンが覗き込む。あまり質のいい紙ではないため、よれてしまっているが、地図自体はよくまとまっていた。地図から様々な情報を読み取る技術は、探索者として必須の技能である。もっとも、広大な迷宮内でそうそう秘匿された場所が見つかるわけではないし、一度見つかって中を探索されるとその秘匿範囲には立ち入りできなくなる(入り口自体が消失する)ようになっているため、宝物地区の独占などは困難になっている。

 また、秘匿されていたり施錠されていたりする扉や入り口は、その階層より深層に漂着するモノが流れ着いているケースが多く、その総量が多くなればなるほど、発見しやすく、鍵の難易度も下がっていく。

 逆ではないか、と思われるかもしれないが、迷宮の存在理由を考えてもらえばわかりやすいだろう。存在力が大きな漂着物は、同じ地域に固まると歪みが生じてより危険なモノを呼び寄せかねない。そのため、自動的に探索者に発見してもらいやすく調整される。隠し扉や施錠は、実際には危険にたいする警告という意味合いが強かったりするのだ。

 マリアが指さしたのは、地図上で何もない一画だった。迷宮タイプの階層の場合、無駄に広い何もない空間は少ない。そのため、地図上で侵入できない一画が、上級漂着物の集まりやすい閉鎖された空間である可能性が高いのである。

 もちろん、事前に誰か他の探索者がその一画を探索していた場合、隠し扉は消失していたり、あるいはきわめて高い難度で隠されていることもあり得る。が、詳しく調査しなければ扉は見つかることはない。

「わかった、マリア。俺たちはあたりを警戒するから、探してみてくれ」

 マリアの盗賊としてのスキルは迷宮探索を始めてからめきめきと上がっており、ルーキーとしては並ぶものはないと自負している。これまでの探索でも合計7つの秘匿空間を探し当て、あるいは開錠を成功させている。普通の探索者がそういった秘匿空間の入り口を開けることが出来る割合は、10回の突入で1回引き当てればよい方だと言われているので、非常に良い成績と言えよう。

「巧みに隠されていてもこのマリア様の手にかかれば、こんなもんよ」

 壁のわずかな色の違いから数分と掛からずに隠し扉を発見するマリア。半ば鼻歌交じりである。

「さすがはマリアだな」

 大剣使いのアーネストが彼女を褒め称える。

「まあね。少し待ってて、気配を探ってみるから」

 壁にぴたりと耳を寄せ、音と振動で中の様子を探る。壁の厚みにもよるが、そうやって少しでも不慮の事故を減らすのも盗賊の仕事である。

「少なくとも動いているものの気配はないわね。じゃあ、開けるわよ」

 隠し扉を押し開ける。もちろん、その正面に立つなどという危険なまねはしない。

「ヨハン、確認をお願い」

 大盾を構えたヨハンが何かが飛び出してきても対処できるようにしっかりと身を守りながら中を覗き込む。なかは薄暗かったが、迷宮の固有種であるヒカリゴケのわずかな光が中をぼんやりと照らしていた。そのヒカリゴケの光は、部屋の奥に山積みにされている物に反射して神秘的な雰囲気を醸し出している。

「おいおい、こいつはちょっとツキすぎてないか?」

 そう、そこにあったのは黄金の山。彼らが今まで見てきた財宝をすべて足してもその足元にも及ばないほどの大量の宝物。貴金属・宝石・それらの細工物・宝剣。ありとあらゆる財宝がそこにあった。

 彼らは油断なく中へ入り、あたりを警戒しつつ財宝へ近づいた。

 それはなんという存在感であったろう。本物だけが放つオーラの様なものを感じて、四人の探索者たちは一瞬尻込みをした。が、ゆっくりと手を伸ばしそれらに触れてみる。

 彼らはそういった財宝の鑑定技能は高くはなかったが、それでもこれは本物だと思わざるを得なかった。

「持ち帰れるだけ持ち帰ろう。街に帰ったら、運び屋を雇って……」

 帰還後の栄光を思い浮かべたのだろう。そこでヨハンは相好を崩した。

「ふふふ、これだけの財宝が溢れちゃったらお金の価値が変わってしまうかも」

 背嚢をに詰めるだけ詰める。帰り道もしっかりと把握しているので、最低限の量をのこして、非常食などをここで廃棄する。なぜなら、ここを離れている間に他の探索者がこの財宝を発見してしまうかもしれないからだ。

「フェルナンド、これだけあれば、お前が寄付している孤児院も立て直しとかできるんじゃないのか」

「そうですね。というか、知ってたんですか?」

 真っ赤になって反応する神官戦士。たわいもない会話。

 彼らはみな、近い未来の栄光を思い浮かべ、笑いあう。それが最後の幸せなひと時となるとも知らずに。


 最初に違和感を覚えたのは、盗賊のマリアだった。

「みんな!散開して!」

 それはあくまで第六感とも言うべきものだった。だが、彼女は盗賊としての技能を学ぶ際に師から直感には従えと何度も言われてきた。直感に従ってそれが誤りだったという恥の方が、直感を侮って重大な過失を犯すより何倍もマシなのだと。

 だから、彼女は叫ぶと同時に後方へ跳び退った。

 その彼女の前を、なにか大きな丸太の様なものが通り過ぎた。

 金属がひしゃげる嫌な音が響く。鼻を衝く血の匂い。

 視線をそっと音のした方に向ける。そして、後悔した。

 そこにはただの肉の塊としか見えない何かがあった。ぐしゃぐしゃに潰れた鎧からなにかがはみ出している。その肉塊から伸びた腕が見慣れた大剣を握っていた。

「逃げろ!脇目も振らず逃げ切れ!」

 ヨハンが叫ぶ。

 反応できたのは、マリアだけだった。マリアは財宝が詰まった背嚢を捨てると、真っ直ぐに入口へと走る。

 その一瞬、アーネストを殺した何かと目があった。その視点ははるかに高く、天井につかえるほどの位置にあった。6~7メートルはあるだろう。

 それは、らんらんと輝く金色の瞳。そして、明らかに笑っていた。

「あ、うあああああっ」

 恐怖。ただそれだけだった。だからそれから逃れるためにひたすら真っ直ぐ走った。

 それが、大きく息を吸う。大きく裂けた口の中になにか強い光が溢れる。

「マリア!」

 フェルナンドの声。だが、振り返るのが怖かった。背中に激痛が走る。右腕が焼ける……いや、溶ける。肉の焼ける嫌なにおいが立ち込めた。

 倒れ込んだマリアの視界に、グズグズに溶け崩れたフェルナンドが持っていた盾が転がっていた。盾を握りしめたままの左腕とともに。

「ひっ……ああ」

 恐怖に耐えきれず振り向いてしまう。そこには、完全に炭化したなにかが転がっていた。

「馬鹿!止まるな、いけ!」

 ヨハンは叫びながら、手に持った剣をその怪物の頭めがけて投擲する。神に願いが届いたか、それはまさしく閃光のように怪物の右目に吸い込まれていく。

「ざまぁみろ!」

 一矢報いたとヨハンは確信する。

 だが、その確信も甲高い金属音が絶望に変える。

 弾かれた剣は乾いた音を立てて床に転がった。確かにその右目に突き立つはずの剣は、その眼球すら貫けずただ、その怪物の怒りを買っただけだったのだ。

 爬虫類じみたその顔が邪悪な笑みをたたえるのが分かった。なぜか、わかってしまったのだ。

 ばさりという音とともにその背中の翼が開く。片方がずたずたに引き裂かれているのが特徴的だった。

「ば……化け物が……」

 その前足がゆっくりと近づいてくる。いや、その怪物が巨大ゆえにゆっくりと感じるだけで、それは厚い鎧を纏い大盾を構えたヨハンに躱せる速さではなかった。盾を構え、魔力を注ぎ込みその衝撃に耐えようと身構える。

 魔力で強化した盾は、その一撃になんとか持ちこたえた。だが、それを支えるヨハンの左腕はまるで小枝のように折れ、ねじ曲がる。

 絶叫が部屋にこだまする。

「ヨ……ヨハン?」

 マリアがその絶叫を聞き、わずかな正気を取り戻す。

「いけ!逃げ……」

 後半はまた悲鳴となりもはや言葉にならない。彼は怪物の手に握られていた。

 明らかに楽しんでいる。それが分かった。怪物の圧倒的な力なら、ヨハンを握りつぶすことなど造作もないだろう。だが、まだ、ヨハンは生きていた。

「ああ、あぁぁ」

 言葉が出ない。そもそもの存在のレベルが違う生き物だった。

 がらんがらんと何かが床を叩く音がする。それは、ヨハンの大盾が彼の腕ごと落ちて立てた音だった。

 マリアは絶叫した。だが、ヨハンの盾が立てた音が、彼女がやらねばならないことを思い出させてくれた。地上に戻らなければ、このことを伝えなければならない。

 広間の出口へ飛び込むようにしてここからの離脱を試みる。熱い、熱い、熱い。

 地面を蹴る左足から、ふと抵抗が消える。地面がなくなったような違和感。だが無くなったのは地面ではなかった。顔面から地面にたたきつけられるが、痛みすら感じない。

 探索者としての使命感、絶望と狂気が入り混じった一種の狂乱状態。動くのは、左腕と右足。

「死んで……たまるかぁ!」

 魂からの絶叫。最後の力を振り絞ってその右足で出口へと飛び出した。

 その背後で、再び絶叫が上がる。

「ごめん……ヨハン、みんな……」

 意識が続く限り、マリアは這い地上を目指す。だが、その隠し広場から十数メートルほど這ったところで意識を失った。

 彼女にとって幸運だったのは、怪物の発する存在感が魔物を遠ざけていたことと、彼女がまだ生きている間に、治癒士を抱える探索者に発見されたことだった。



 それはひどい傷だった。生きていること自体が奇跡と呼べるほどに。

 右手と左足が完全に炭化し、髪は燃えて右側頭部もひどい火傷を負っている。治癒士による応急処置はなされていたが、被術者の体力が殆ど残っていないため、治癒魔法をかけることすらできない状態である。

「リリーナ司祭が到着されました。通してください」

 この街で最も力のある治癒術士の一人である知識神ナージア司祭であるリリーナ。その実力は、この街に住む者ならだれでも知っているほどのものだ。

「イルウィナ神殿からも応援が来ると思います。ですが、一刻を争う傷です。それまでわたくしが担当させてもらいます」

 着の身着のまま駆け付けたのだろう。いつもの法衣ではなく、私物のゆったりとした貫頭衣を身に着けている。

「他に治癒術士の方はいますか?わたくしが体力付与を並行して行いますので、治癒術をお願いします」

 彼女を発見したパーティの治癒士が名乗りを上げる。治癒魔法のランクは高くないが、適切な処置でここまでマリアの命をつなぎとめてきた男性である。

 体力付与の術は、極めて効率の悪い術として知られていて、使用者は限られている。

 術者の魔力を被術者の体力へと変換するのだが、その変換効率が極めて悪いのだ。並の魔力の術者なら、全魔力を使っても、長距離を走って息が乱れた者の呼吸を整えるくらいである。

 リリーナが詠唱を始めると、か細く苦しげだったマリアの呼吸が落ち着き始める。マリアの額に置かれたリリーナの手から、生命力が流れ込む。

 やや血の気が戻ったマリアの様子を見て、治癒士もまた、傷を癒すための治癒魔法を発動させた。これだけの傷ならば、本来ならば治癒魔法は厳禁である。治癒魔法による怪我の修復に体力がもたないからだ。

 だが、リリーナの術によりその生命力が外部から補給されている今ならば、治癒魔法による治療が可能であった。だが、見極めが難しい。リリーナからの体力付与を上回る治癒を使えば、患者の体力が尽きてしまうし、逆に慎重になりすぎて治癒魔法が遅れれば、回復した活力が傷口を広げてやはり死に至るかもしれない。

 二人の術者の額に玉のような汗がにじみ出る。

 どのくらいの時間が経っただろう。後から思い返してみればそれほどの時間が経ったわけではないだろうが、少なくとも施術者たちの主観時間はかなりのものだったに違いないだろう。

 イルウィナ神殿から治癒術士団が到着し、二人から治療を引き継いだと同時に、二人は倒れ込むように患者から離れた。


「マリア=ジョセフィーニアから証言はとれたか?」

 探索者組合の本部に用意された会議室に、探索者組合長、冒険者組合長、アーティナル市長、帝国銀狼騎士団長、帝国皇女が集まっていた。本来、ヴォルドレイクやゾフィアは部外者であったが、現在アーティナルの中で最も武力を持った集団の長であり、また現在、都市部に滞在する唯一の勇者の後見人としてこの場に召集されている。

 報告を促された秘書は、現在上がってきている情報を報告し始めた。

「詳しくは何も。昏睡が続いており、意識の回復の兆しは見られないとのこと。ただ、彼女を保護した探索者が、彼女が『片羽』と漏らしたと言っております。うわ言のようなものですので、信憑性には保証がありませんが」

 片羽の名が出た時、アーティナルの住人たちの間に動揺が走った。ありえない、見間違いだ、そもそも本当に片羽と言ったのか、と。


『片羽』


 それは、迷宮40階層を住処とする巨大なドラゴンである。かつて、《神殺し》と彼を監視していた《聖女》が迷宮内で遭遇し、その片方の翼を奪ったものの討伐には至らなかったという伝説の魔獣である。

『片羽』は報告にある限りは、どちらかというと大人しい竜だと言われていた。高い知性を持ち、対話も可能であると言われている。事実、《聖女》の説得を受け、出会いがしらの遭遇戦を行った《神殺し》と『片羽』は和解し、それ以降『片羽』が人を襲ったという事実はない。もっとも40層以上の深層へ行ける者は殆どいないわけだが。

「ドラゴン、ねぇ。貴公らがそこまでおびえるほどのものか?ならば我ら帝国騎士が討伐してみせるが?」

 ヴォルドレイクが言い放つ。その目には明らかに侮蔑が含まれている。探索者組合にしろ冒険者組合にしろ、それなりの猛者の集まりのはずだ。それがこうも怯えるとは情けない、とその目がまるで口にしたかのごとく語る。

「ヴォルドレイク卿、貴公は知らぬのだ。『片羽』はただのドラゴンではない。《神殺し》すら退けた古龍ですぞ」

 冒険者組合の長があきれたように言う。だが、それは帝国騎士には伝わらなかった。

「そもそも、《神殺し》はそこまで強いのか?もちろん、人の限界を超えた存在であることは承知している。だが、人を超えただけなら、【イル=レアナ】には腐るほどいるではないか」

 事実、ヴォルドレイクもまた、人の限界を超えた存在である。それは彼が所持する魔剣の力によるものであったが、【イル=レアナ】では所持する秘宝の力も含めて実力とされるので問題はない。

「『片羽』はそんな生易しいものではないですぞ」

「ふん、ならばただそやつに蹂躙されるのを待つのか?馬鹿馬鹿しい、貴公らに戦士の矜持はないのか」

 嘲笑うヴォルドレイク。

「それに、話がわかるドラゴンなら使者を立てればよかろう。案外楽しい奴かもしれないではないか。とにかく、こんなところでの会議が何の役に立つか。私は帰らせてもらおう。わが騎士団は竜殺しのための部隊編成を行っておかねばならぬゆえな」

 ヴォルドレイクは、この会議にもはや価値を見出してはいない。

「お待ちを、ファンダール伯爵。勇者ヒロトは同行させるのですか?」

「姫殿下、それはヒロトの意思次第です。確かに勇者は強い。だが、アレは甘い。我らが大神が彼を招いたのはたかが竜ごときを討伐するためのものではないでしょう。奴の強さは十分勇者にふさわしいものではあるが、まだ未熟。わが魔剣《血を啜る鬼神(オルトヴィア)》を抜けば、まだ私の方が強い。それに、騎士には騎士の戦い方があるのですよ。それは、勇者の戦い方とは相いれないものです」

 言葉は丁寧ではあるが、そこに敬意が含まれているようには感じ取れないヴォルドレイクの言葉。

「では、わたしはこれで。使者を立てるなら、早急になされよ。わが騎士団は準備が整い次第、迷宮へと進軍する」

 そういうなり、今度こそヴォルドレイクは退場した。

「ゾフィア殿下。帝国の勇者どのはどのくらいの強さなのでしょうか。五大神が一柱、光の神オルミネアスが直々に勇者に指名したと聞いておりますが」

 探索者組合の長が尋ねる。

「まだまだ、未熟の域を出ておりません。辺境をまわり魔物退治で経験を積んではおりますが、ドラゴンのような大型魔獣と対したことがないのです」

 勇者ヒロトの現在の実力は、数多いる勇者の中でも底辺だと判断している。なぜそんな者が勇者なのか、それは彼が成長する勇者であるからである。ヒロトはまだ大神から与えられた力の一割も発揮できていないと言われている。それは、神の力を宿すには彼の地力があまりに弱いから。そして、大神から与えられた力の一つとして、勇者として行動する限り、無限の成長の余地を持つというものがあるのだ。故に、最弱の勇者でありながら、最強となり得る勇者として、ヒロト・ヤマナシは存在している。

「そうですか。今、この都市に拠点を構える勇者たちはみな、迷宮の深部へと向かっているのです。故に、この街の戦力では『片羽』に対抗できないのです」

「申し訳ありません」

「と、とんでもない。姫の勇者を責めたわけではないのです。いくら異変が起こったとはいえ、予備選力の勇者を街に確保しておく必要があったのに」

 あわてて、冒険者組合長が否定する。その様子がおかしかったのか、ゾフィアは上品に笑った。

「大丈夫ですよ。確かに今回の竜騒動には間に合いませんが、本番の異変との対峙前には勇者と呼ばれるのにふさわしい、いえ、最高の勇者に育て上げて見せますわ。それがわたくしの仕事ですから」



 そこは、イルウィナ神殿に併設された入院設備。

 マリアは、清潔なベッドの上で眠りについていた。本来なら常に数人の看護師……イルウィナの神官や助祭などが四六時中患者の容体を見ているはずである。が、なぜかこの時間、誰もいなかった。ありえないことに。

「よく戻りましたね。迷宮からも……彼岸からも」

 これは、必要なプロセス。彼らの死は、定められた運命。だが……彼女は生き延びた。生きて、戻ってきた。

 これは、神々が記した物語にない出来事。それが楔となる。

 だから、今度こそは、今度こそは彼のモノの望みがかなうかもしれない。

 だから、これはご褒美。

 侵入者はそうつぶやくと、マリアの焼けただれた顔の右半分にやさしく触れた。

 柔らかい光がマリアを包む。

 ふわりと長い髪がただよい、そして、誰もいなくなった。


「あら?これは?司祭様!司祭様!患者の火傷が、火傷が!」

 年嵩の助祭が、マリアを見て声を上げた。そこに、爛れた醜いやけどの跡はなく、再生した真新しいピンク色の皮膚が蝋燭の明かりを反射して、健康的に輝いていた。

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