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おとぎ話は鏡の中で  作者: 桐一葉
9/12

eight




 そんなことを、恥ずかしげもなく……っ!

だけどそんなアルーシャも、すごく格好よく見えてしまう。

すでに重症。

手の施しようがないと、思い知らされた。


 意味もなく顔を両手で隠す。

あえて理由を述べるなら、恥ずかしいからだ。

だけど、いきなりそんなことをするので、当然アルーシャに不思議がられる。

しかも、いきなり顔を覗きこまれたのだ。


 ミラーヌは必死で逃げようとするが、手首を掴まれ肩を押さえ込まれる。

そして、唇に触れるか触れないかのギリギリの距離まで、アルーシャの綺麗な顔が近づいてきた。


 顔中に、熱が集まる。

アルーシャに触れられたところが、すごく熱くて。

体が震えるのを、悟られないようにして。

なんとかこの場を耐えて、必死にやり過ごそうとして、自然と呼吸が荒くなった。



「ミラ……?」



「いやっ……!」



「どうした?」



「っ……声、今……かけないでっ……!!」



 声も震えて、上手く言葉に出来ない。

明らかに様子がおかしいミラーヌに、なんとなく理由を察したアルーシャは、ニヤニヤ笑いながら言った。



「なんだ?俺があまりにも格好良すぎて、思わず見惚れてたとか?」



「そ、そんな訳ないでしょう!?近いわよ!手を離して!!」



「いやー……ミラがすっげー可愛いから。もっと、ずっと近くで見ていたい」



 逃げても逃げても、追い続ける。

決して距離を空けず、顔をミラーヌに近づけた。

触れるでも、近づくでもなくただずっと見つめて。

心拍数は激しく上昇中。

それでも悪態をつけるだけ、まだ冷静さを失ってはいなかった。



「嘘つき!わ、私が可愛いわけないわ!!可愛いのは、あなたが用意したこの服でしょう?!騙されないわよ!」



「なら、試してみようか?今から表を歩いて、一体どれだけの男がミラに見惚れるか。賭けてもいいが、絶対!みんなお前に見惚れる」



 あまりにも自信満々に言う彼に、思わずしり込みしてしまう。

だが、そこまで言うからにはこちらも引き下がる訳には、いかなかった。



「……もし、そうならなかったら?」



「俺の美意識がおかしいのだと潔く認め、軽はずみな言葉を口に出さないようにする」



「あなたの言う通りになった場合は?」



 急に人差し指を掲げ、お茶目にも片目をつぶる。

ただ格好つけているだけなのか、それとも他に意図があるのか。

訳がわからず困惑していると、アルーシャはゆっくり口を開いた。



「俺の願いを、一つだけ叶えてもらう」



「願いを叶える精霊の願いを叶えろと言うの!?」



 アルーシャに対して、息継ぎ無しでそう言い切った。

その直後は呼吸がままならず、激しく息を吸ったり吐いたりしていたが、それもようやく落ちつきをみせる。


 ミラーヌが話を聞ける状態になるまで、大人しく待っていた。

声をかければ、今度はとても優しい微笑みを浮かべ一言尋ねた。



「ダメか?」



「ダメ、というか……」



「なら、嫌か?」



 ずるい、言い方だと思った。

そんな風に言われたら、断れない。

断りづらい。

ただでさえ、アルーシャに対して強気に出られない弱味に、つけこまれているような気がするのに。

これではどちらが、主人かわかったものではないと、ミラーヌはため息混じりに返答した。



「嫌、では……ないわ」



「なら、決まりだな!俺は犬になって、ミラの側を歩くからそのつもりで」



「えっ、せっかくオシャレしたのに?」



「俺がこの姿で一緒にいたら、どっちを見てるのかわかんねーだろ?」



 つまりは、自分に見惚れる者が絶対にいるから、本当にミラーヌに見惚れているのか、判断出来ないと言いたい訳だ。



「……この、ナルシスト!」



「俺の顔が整っているのは、周知の事実でございま〜す!」



「確かにそうだけど、自分で言う!?」



「俺自身が言わなくても、周りが褒め称えてくれたさもちろん!」



 ドヤ顔で過去の栄光を話すアルーシャに、軽く苛立ちながら少しだけイジワルなことを言った。



「なら、私は言わなくてもいいわよね?そんなに大勢の人に、見た目のことで大げさ過ぎるほど褒めてもらったのだから」



「いや?……いくら大勢の人間が、俺のことを神のように崇め奉ろうとも。たった一人の魅力的な女性からの賛辞の方が、すごく嬉しい」



 微笑みを絶やさない彼に、悔しそうな顔を見せるのは癪だった。

だけど、隠しようがなかったからまざまざと見られてしまう。

唇をとがらせながら、そっぽを向いた。



「……あなたって、重度のナルシストなのか極端なロマンチストなのか。本当によくわからないわ」



「ミラが決めればいいさ」



「絶対無理よ」



「そのうち決めればいい。さあ!出かけよう」



 犬の姿に変わり、先んじて外に出てキラキラの瞳で見上げミラーヌを外へと誘う。

仕方ないと、諦めて建物の外に出た。


 ――――――主要都市アグナルは、全部で6つのストリートで構成されている。

左側から順に1番街・二番街と続き、三番街と四番街の間に、国の出入口に続く大きなメインストリートがある。

そのメインストリート沿いには、きらびやかな店が軒を列ねているが。

国の外に向かえば向かうほど、庶民に優しい店が数多く存在する。


 アルーシャとの賭けにより、多くの人間が集まるメインストリートをまたいで、四番街まで行くことに決まってしまった。

そこまでしなくても、というミラーヌの意見は通らない。

なぜなら、こうと決めた彼の考えを覆せるほど、ミラーヌは気力もなければ納得させられる理由も、思いつかないのだ。


 カバンを持って、石畳の上を軽快に歩いていく。

側には真っ白な毛皮の犬が寄り添い、艶めく黒髪をなびかせて道を進んだ。

……内心では、心臓が悲鳴を上げていた。

いきなりこんな格好をして、もし知り合いに会いでもしたら……なんて言えばいいのだろう、と。


 いつもとはまったく違う服装で、何かしら言われないだろうか。

変に、思われないだろうか。



「は、早く……お店に行って、さっさと帰ればいいのよ。そうすれば……」



「失礼、お嬢さん」



 ふいに上から、優しい響きの声が耳の奥にまで届いた。

若い男の声で、それはミラーヌのすぐ側で止まっている馬車の中から、聞こえてきたのだとしばらくしてから気づく。

アルーシャがやけに脚にからんでくるので、ようやく意識を浮上させ男の声に気づくことが出来た。



「ねぇ……聞こえている?」



「は、はいっ!聞こえています!!」



「良かった、歩きながら眠れる才能がある子なのかと思ったよ。あからさまに無視しているのなら、――――どうしてくれようかと考えていた」



 恐い発言をする男に、口元がひくついてしまう。

馬車を利用しているということは、身分が高い人物だということ。

こちらは王族だが、だからと言って権力をひけらかしてどうこうしては、何か違う気がする。


 それに、家族に迷惑はかけられない。ここは庶民の娘を演じ、馬車の中の男を適当にやり過ごそう。



「……何か、ご用でしょうか?」



「用があったから呼び止めたんだけど?」



「気づかず申し訳ありませんでした。それで、身分のあるお方のようですが。どうかなさったのでしょうか?」



「道を、尋ねたいんだよ」



 馬車の中にしつらえられたカーテンのせいで、男の顔は見えない。

だけど、時折見える節くれ立った指や甘く低い声に、背筋に何かが走る心地だった。

思わずうつむきながら、男にどこへ行きたいのか聞いた。



「城」



「は?」



「この国の王族が住まう城だよ。この道を進んで行けば、たどり着けるのかな?」



 たどり着けるも何も、城は大きいので国の外れからでもよく見える。

ましてや、街の中心に近いこの場所から位置を確認出来ないはずがなかった。

いくらここからまだ遠くても、迷うはずがない。


 からかっているのか?

ミラーヌは正直なもので、疑っていると顔に書いているのがすぐに相手にも伝わった。



「迷うはずがない」



「!?」



「君の考えている通りだよ、この場所から迷うはずがない。君に声をかけたのは……いい趣味してると思ってね」



「?何が……」



「そんなに可愛い格好した、綺麗なお嬢さんに声をかけないのは、男として失礼だと思ったから」



「っ!!?」



 思いがけない誉め言葉に、一気に顔が真っ赤になる。

言葉が言葉にならず、固まってしまう。

そこをみかねて、男はさらに続けた。



「気づかない?」



「ふぇっ?!何、を……?」



「この通りを歩く人間、全員。君に見惚れてる」



「う、そ……」



「釘付けだよ、……わからない?」



 そう言われて、周りにゆっくりと視線を巡らせてみる。

すると……まだ午前中で、人もそんなに多くは歩いていない中で、歩いている人々が皆ミラーヌを見ていた。


 最初は豪華な造りの馬車に、目を奪われているのかと思ったのだが。

それはどうやら、違うらしい。

明らかに、色を帯びている。

頬を赤く染め口を半開きにし、まさしく釘付けになっていた。

綺麗に着飾ったミラーヌに、誰もが見惚れていたのだ。



「あまりにも気づいていない上に、しかめっ面で歩いていたから……もったいないと思ってね。感謝してほしいくらいだよ?」



「ありがとう?ございます…?」



「疑問系なんだ?」



「いえ、まだ……実感がわかなくて」



 頭が混乱したまま、元に戻ってくれない。

なんとか落ち着こうと、その場で深呼吸してみたが心臓の鼓動は速いままだ。

……それに、馬車の男もまだこの場から去らないことも、早鐘の鼓動の原因の1つだった。


 道を行き交う人々の視線も、心臓に悪いが。

馬車から見下ろす男からの視線も、落ち着かないものがあった。


 誰より熱い視線を向けてくるのに、見下すことを止めないその冷徹さ。

早くここから去りたいのに、それを許してくれない空気を作り出している、その傲慢さ。

堪らなく、耐えられなかった。



「ねぇ、名前は?」



「誰の……?」



「この流れで、よくそんなふざけたことが言えるものだ。――――君の名前は?」











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