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おとぎ話は鏡の中で  作者: 桐一葉
8/12

seven




 尻尾をフリフリさせながら、そんなときめくことを言うアルーシャに、ミラーヌは不覚にも心臓を撃ち抜かれてしまう。

すぐに顔を逸らしたが、熱くなった頬は簡単には冷めず、真っ赤なままだ。


 昨日から、赤くなったり怒ったり泣いたり、良く言えば表情豊か。

悪く言えば、感情の起伏が激しい。

こんなに感情が忙しくなる自分は、自分じゃないと頭ではわかってはいるのだ。

だけど、どうにも心がわかってはくれない。

だからせめて、心の平穏を取り戻そうと大きく深呼吸して、落ち着こうとした。


 だが、そんなミラーヌを不思議に思ったのか、顔をグイッと近づけ、鼻と鼻がくっつく距離にまで達した時。

小さな赤い舌で、ペロン、とアルーシャはミラーヌの唇を舐めた。

生暖かいものが突然鼻に触れて、ミラーヌは大げさに驚く。



「ちょっ……、ちょっと?!」



「なんだ?」



 コテン、首を傾げるアルーシャ。

正直、死ぬほど可愛かった。

しかし、可愛らしさに悩殺されている場合ではない。

急いでアルーシャの胴体に手を回し、自分から離れさせた。



「何をするのよ!?」



「んー?なんかミラの様子がおかしかったから、犬なりの励まし?慰め?みたいな」



「あなたは元は人型でしょうが!」



「それを言うなら、本来の姿は無機物の鏡なんだぜ?鏡にキスしたり抱きついたりしたら、ミラはいちいち反応するのか?」



 そう言われてしまえば、どうしても言葉に詰まってしまう。

出てくる言葉といえば、アルーシャが望む肯定の返事だけだ。


 実際、ミラーヌが他の言葉を口にする頭脳や冷静さは備わってはいたが、今の混乱した状態では、無いものと同じであった。



「……しない、けど」



「ならなんの問題もない!さぁ、いざスキンシップ!!」



「やっぱり違うわよ馬鹿ぁ!!」



 クッションをアルーシャに押しつけて、その隙にベットの上から逃げ出した。

そしてそのまま台所に向かう。

ぷりぷりと怒りを露にしながら、朝ごはんになりそうな材料があるかどうか、確認するのだが……生憎と、材料になりそうな物は何もなかった。


 そういえば、休日に買い出しに行こうと決めていたのである。

まだ早朝なので、買い物に出かけてもイリスとの約束の時間までには、充分帰ってこられるはずだ。

善は急げと、先程のことを忘れたかのように、ミラーヌは慌ててアルーシャを呼んだ。



「アルーシャ!ねぇ、アルーシャ!!」



「はいはーい!お呼びですか?ご主人様」



「わざとらしいわね……。今から買い出しに行こうと思うの、だからあなたは――――」



「俺も一緒に行く!!」



「そう言うと思った」



 留守番を頼みたかったのだが、やはりアルーシャはついていくと断言する。

荷物持ちも欲しいと思っていたし、仕方ないと出かける準備を始めた。



「なぁなぁ!出かけるってことは、オシャレするのか?なぁ!」



「オシャレって……外出着に着替えるだけだけど?」



「それは可愛い服か?それとも綺麗な服か!?」



「清潔感のある服よ。機能を優先させた、動きやすい服装を心がけているの。……何か問題がある?」



 ミラーヌがそう言い切ると、アルーシャは分かりやすく、ショボーンと落ち込んだ。

顔は俯き、尻尾は垂れ下がり、悲しげな鳴き声が聞こえそうな勢いである。


 その姿を見て、何も間違っていないつもりなのに、自分が間違っていて悪いことをしているのだと、妙に罪悪感に駆られてしまう。

今のアルーシャの姿は、妙にあざとい。

人型に戻れと願い事で言ってしまいたかったが、彼は聞き入れないだろう。

変なところで頑固、かつ偏屈な精霊だとミラーヌは染々思った。


 自室に戻り、豪華過ぎるアンティーク調のタンスの中から、適当な外出着を出していく。

似たような色合いの服を見比べながら、化粧台の前で合わせてみた。



「……ミラが、可愛い服着たところが見たい」



「え?」



「ミラが可愛い格好して、髪型も綺麗に整えた姿を見たい!!見ーたーいー!!!」



「子供か!」



 ひっくり返ってお腹を見せ、ジタバタ暴れる犬……もとい、いい歳をした大人。

見苦しい……。

犬化して、なんだか性格が幼くなっている気がするのは、気のせいだろうか?


 小さな子供が、道端でひっくり返って駄々をこねている様が、鮮やか過ぎるほど目に浮かぶ。

微笑ましい、というよりは果てしなく『面倒』、の一言に尽きた。


 あぁ、どうしてくれようか。

頭を抱えずにはいられない問題だった。



「見たいと言われても、そんなオシャレ着なんて私は持っていないのよ?王女としてのドレスや衣服類は、城の自室に置いてきたし……」



「だから!こういう時こそ俺の出番だろう?」



「え、オシャレ着が着たい……なんてどうでもよさそうな願いを言ってもいいの?」



 他にも、精霊に叶えてもらうに相応しい願い事が、きっとあるはずだ。

それを、たかが朝食の買い出しの為にオシャレ着を出してほしいなど……何か、違う気がする。


 こんなことの為に、願い事を叶えてほしくない、と言ってしまえば簡単だが。

そもそも自分は、他に有意義な願い事があっただろうか?


 本当に思いつかなくて困っていたのに、これ以上先のばしにして、アルーシャに願い事を言えるのか……。

現に今だって、他に適当な願い事が思いつかない。



「3つ……も、叶えてもらうのだし。1つくらい……」



「おっ?願い事を言う気になったか!?」



「そうね、他に無難な願い事もないし」



『さぁ、ご主人様!1つ目の願い事をどうぞ』



 瞬時に犬の姿から、最初に現れた時の姿に戻る。

精霊の威厳をそこそこ感じさせる演出の仕様に、色々思うところはあるのだがやはりアルーシャは、精霊なのだと思わせる瞬間であった。



「1つ目のお願いは、『傍目から見ても私にとって不自然じゃない、そこそこオシャレな外出着を着せて』」



『喜んでーっ!!』



 軽快に指を鳴らせば、ミラーヌの周りに煙が立ち込め姿を見えなくさせる。

やがて煙が消えてなくなれば――――!



「アルーシャ……!!煙は止めて……ひっ?!」



 今まで以上に、ずいっと顔を近づける。

その目は星のように、キラキラと激しく瞬いて……それは、直視出来ないほどだった。



「ミラ、すっげー可愛い!!可愛い!可愛すぎる〜!!やっぱり俺はセンスが良いな、ミラが元々可愛いってのもあるが……そのワンピース、すっげー似合う!」



「あ、ありがとう……?」



 せわしなくまくし立てられてしまい、これでは言いたかった文句も二の句を告げず、これ以上口を開けない。


 先程までミラーヌが着ていた服は、白を基調とした飾りも何もない、シンプルなワンピースだ。

しかしデザインが悪かったのか、やけに野暮ったいものだった。

これではいくら美人でも、ダサいの称号を授与することだろう。


 そうはさせないと、アルーシャは見事力を奮う。

シンプルはシンプルでも、さりげない箇所に細やかな細工が施されている、洋服を用意した。

裾が広がるタイプの、白の袖無しワンピースの下に明るいスカイブルー色の、長袖で細身の服を着させる。


 この服の特徴は、腰で結ばれている大きなリボンだ。

ヒラヒラと揺れるそれは、可愛らしくて乙女らしいデザイン。


 髪にも、白とスカイブルーのグラデーション模様の細いリボンが、編み込みした髪に結ばれている。


 靴にも、同じ色のリボンが大きなアクセントになっており、アルーシャが行った全身コーディネートは、完璧な仕上がりだった。



「やっぱり、俺の見る目に間違いはなかった!ミラは俺にとって、最高のご主人様だ!!」



「そこまで言うほど?……あなたのセンスが悪いと言っている訳ではなくて、『私』にそこまで似合うとは、思えないという話で……確かに、すごく可愛い服だけれど」



「なっ?ミラは可愛いんだ、その服が似合わないはずがない!むしろミラの為に、その服は存在していると言っても過言じゃないっ」



「大げさに言わないで!……それにしても、ただの買い出しでこんな格好をしなくても良かったんじゃない?なんか、ちょっと……恥ずかしい、かも」



 スカートの裾を押さえながら、モジモジし始めるミラーヌを前にして、アルーシャは必死に抱きつきたいのを我慢した。


 今ここで我慢しなければ、せっかく用意した服にシワが出来てしまう。

綺麗に仕上げたミラーヌが、不完全になってしまう!

それはダメだ、いけないと拳を握り、なんとか耐えてみせた。



「ミラ、早く買い出しに行こう!その姿を街中に披露したい!!」



「え?……あぁ、そうね。披露はともかく、早く行って帰らないと、イリスとの待ち合わせ時間に間に合わないわ」



「それでは、お手をどうぞ?」



 かしこまった態度で手を差し出し、それにミラーヌは手を乗せる。

やはり街中で暮らしていても、さすがは王女というべきか。

礼儀作法は完璧で、その仕草は優雅そのもの。


 そしていつの間にかアルーシャも、ミラーヌの服装に合わせて変化していた。

濃い青のシャツに、黒のベストを羽織り黒のズボンを履いた。

青と黒のチェック模様のネクタイを首に締め、オシャレな黒の帽子を被っている。

最後に黒ぶち眼鏡を装着すれば、かなりの男前がミラーヌの隣に立っていた。



「なにげにミラと、対になるよう意識したんだ。どうだ?似合うか?」



「素敵よ。……その、すごくカッコイイと思う」



「本当か!?」



「嘘を言ってどうするのよ」



 真正面から、ミラーヌが正直にアルーシャを褒めるものだから。

恥ずかし過ぎて、堪えきれなくなりその場で悶絶してしまう。

反応が大げさ過ぎると、呆れしまいアルーシャを置いて、さっさと買い物に出かけようとする。

そんなミラーヌを、アルーシャは慌てて追いかけた。



「せっかくだから、恋人同士っぽく腕組まないか?」



「なぜよ」



「こんなにオシャレに着飾ってんだぜ?雰囲気は大事だと思うんだ、うん」



「どういう雰囲気よ!」



「お似合いの、恋人同士」









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