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おとぎ話は鏡の中で  作者: 桐一葉
7/12

six




 その後のミラーヌの行動は素早かった。

気絶したアルーシャを、なんとか一生懸命引きずって本体である鏡の前まで連れていく。

男の人は意外と重い、そんなことを頭の端で考えながら部屋に到着する。

そしてロープで鏡ごとグルグルに縛り上げると、急いでその部屋を後にした。



「うぅっ……!うぇっ、アルーシャのばかぁ!!」



 自室のベットに潜り込めば、とたんに涙が込みあがってきて止まらなかった。

約束したばかりで、規約にもなっていて自分でも言っていたくせに!


 それなのに、言ったそばから反故にしようとしたアルーシャが、ミラーヌはどうしても許せなかった。

というよりも、信じられない気持ちでいっぱいなのだ。

男の人というものは、こういうことを平気でするものなのか。

平気で約束を違え、襲いかかるものなのか。

そんなの……!!



「ただのけだものと同じじゃない……っっ!!やっぱり、これからどう付き合っていくかよく考えないと……っ」



 枕に染みていく涙が広がっていき、シーツでそれを拭う。

体を丸め、自らの腕で自分自身を抱きしめた。


 ――――両親には、心配をかけられない。

城を出る時に、一人でやっていけるとハッキリ断言したのだから。

ただでさえ二人は、とても大変なのだ。

私事で、両親を煩わせてはいけない!!



「負けない……!!」



 ガバッと起き上がったと思えば、握りこぶしを突き上げ己の意思表示を露にする。

どんなことをされても、すでに約束してしまったのだ。

契約は成された。



「仮にも王族の一員が、不可抗力とはいえ約束を違えることは許されない……やるしかない!!」



 覚悟を決めて、再びベッドの中にもぐり込んだ。



「(早く、朝になれ。そして、臆病な私に勇気を下さい。あのセクハラ男に打ち勝てるだけの強さを……っ!!)」



 無理やり目を閉じて、ミラーヌは眠りについた。


 ――――――鳥のさえずりが、まだ頭がボンヤリする中で聞こえてくる。

昨夜は酷い目にあったと、ゆっくりベッドから起き上がろうとした。



「んっ!?」



 だが、体を完全にホールドされて動こうにも動けない。

……こんなことをする奴は、一人しかいない。

心当たりは一人。


 しかしその心当たりの人物は、鏡と一緒に縛り上げたはずだ。

縛りが甘かったのだろうか?



「アルーシャ……?」



「おはよう、ミラ」



 蕩けそうな微笑みを見せる。

眩しい朝日が差し込み、アルーシャの笑顔がさらに輝きを増した。



「いい朝だな」



 ミラーヌの肩に顔を埋め込み、唇を寄せる。

くすぐったいので止めてほしいのだが、言ってもアルーシャは聞き入れてはくれないだろう。


 ミラーヌの頭がまだポヤポヤ状態なのを良いことに、さらに行為を進めるアルーシャにされるがままとなっていた。



「ミラはすっげーいい匂いだな、柔らかいし……こんなに気分が良いのは久しぶりだ」



「そう……私以外で、こんなことをした相手がいるんだ……?」



「へ?」



 それはそれは、低い声音だった。

後ろから抱きしめるアルーシャに、底冷えした視線を送る。

こんな表情した女性は初めて見たと、思わずミラーヌから離れて後ずさる。

たじたじな様子を隠しもせず、恐る恐るアルーシャは声をかけた。



「ミラ……?」



「やっぱりあなたは、ロクデナシの女たらしなのね!見損なったわ!!」



「はぁっ!?ちょっ、昨日は誤解してたって……!」



「昨日のこと、覚えているようね」



「そりゃもちろん。花瓶はさすがにまずいって」



「その前に!あなたが私に何をしたのか忘れた訳じゃないでしょうね?!」



「キスしてそのまま押し倒そうとしました!」



「よくも恥ずかしげもなく……っ!!」



 アルーシャと向き合い、責め立てようとするのだが、興奮し過ぎている為か顔が真っ赤になっており、迫力が無くなっていく。

欠伸をかみ殺しながら、アルーシャはミラーヌを真正面から抱きしめ直した。



「好きな女には、触れたいと思うのが普通だろ?」



「矛盾しているわ!精霊と主人は恋愛してはいけないのではなかったの!?」



「いけない、が。何もスキンシップをしてはいけないとは決められていない」



 そう言いながら、ミラーヌの頬にキスをする。

アルーシャにキスをされながら、ミラーヌは開いた口がふさがらず呆然としていた。


 この節操なしの精霊は、自分で遊ぶ気なのかと。

そんな性根が腐ったような男だったのかと、ミラーヌは絶望する。

少しでも信じた自分が愚かだったと、ベッドに顔を埋め嗚咽を洩らした。



「ミラ?!」



「ひ、どいっ……!!信じて、た…のに……っ!」



 たった1日で、目まぐるしい時間を送っている。

一晩眠って疲れは取ったが、やはりまだまだ混乱していたようで。

しかも起き抜けから迫られて、ミラーヌの頭も心も一杯一杯だったのだ。

15歳のミラーヌには、刺激が強過ぎるしついていけない。

それでも――――



「…願い、叶える……って、言ったから!私、私……なんとか、あなたと付き合っていこうって、頑張ろうって!そう思っていたのに!!ひどい……私の気持ち、無視してばかりで……っ」



 シーツで涙を拭うも、後からどんどん溢れてきて止まらないので、びしょびしょになってしまう。

仕方ないから寝間着の袖で目元をこすると、アルーシャが慌ててハンカチと濡れタオルを魔法で出してミラーヌの涙を拭いてやった。



「俺が悪かった!確かにミラの気持ちを無視して好き勝手にした!!」



「うぅっ……アルーシャの、バカ!」



「あぁそうだよ、俺がバカだった!悪かったから泣き止んでくれ、な?」



 温かい濡れタオルを目元に持っていく。

なんとか、目が腫れ上がるのを阻止しようとするが……涙が止まらないのだから意味はない。

子供のように泣きじゃくっていると……困り果てたアルーシャは、何かを思いついたようですぐさま指を鳴らした。



「……?アル、」



「ミラ!どうだ!?」



 最初に現れた時と同じように、ミラーヌの周りが煙に包まれたかと思えば、煙をかき分けて白く小さな物体が、ちょこんとベッドの上に座っていた。

ふさふさの尻尾を左右にフリフリさせ、潤む瞳がミラーヌをジッと見つめる。

恐る恐る手を伸ばせば、ふわふわの白い体毛に埋まる指先。

……アルーシャが、犬になった。



「どういうこと?」



「可愛いか?」



「可愛い、けど」



「泣き止んだか?!」



「突然のことで驚いて、涙なんて引っ込んじゃったわ」



 ミラーヌは“可愛い”と呟くと、犬になったアルーシャを抱き上げ、自らの胸元に持ってくる。

先ほどまでの怒りはどこへ行ったのか、今は笑顔でアルーシャの頭を撫でていた。



「あのさ、」



「なぁに?」



「俺は、これからミラを手伝う時と願いを叶える時以外は、この姿でいることにした!」



「え……?犬の姿でいるの?」



「じゃないと、ミラが困るだろ?あの女が来た時とか……男を連れ込んだとか言われたら、なんか悔しいしな」



「でも、アルーシャはそれでいいの?私が願いとして口にしなくても。だってせっかく、一つ願い事が減るのに」



「そんなことで俺が力を使うなんて御免だね!もっと意味のある願い事を言ってくれよ、俺が叶えたくなるような!」



「叶えたくなるようなって……一体、どんな願いなら満足するのよ」



 アルーシャの背中を撫でながら、ミラーヌはため息をつく。

彼はワガママで、壮大すぎるところがある。

人の願いなんて結構小さなもので、くだらないものばかりだ。


 ヴィヴィアンヌなどは、叶えてほしい願いが膨大にあるだろうが高価な物や稀少価値の高い物を欲しがるのだろう。

……考えたくはないが、ミラーヌの存在を消してほしいと願うかもしれない。

そこまで酷いことを願うとは到底思えないが、それでも。

アルーシャがヴィヴィアンヌを選ばなくて、本当に良かったと今なら思う。



「たとえばー、好きな人と結ばれる為に綺麗に着飾りたいとかー、あの女を見返してやりたいとか見返してやりたいとか!!」



「……つまり、私があなたに綺麗に着飾ってヴィヴィアンヌを見返したいと願えと言いたいの?」



「えー?俺は別にそんな具体的に言ったつもりはないけど?」



「言っているじゃない」



 ヴィヴィアンヌといいアルーシャといい、失礼にも程がある。

何度も言うが、ミラーヌは清潔感のあるきちんとした身形をした少女だ。


 前髪で目元が隠れがちで、地味というか大人しめな印象が強いだけで、不細工という訳でもない。

むしろ、こうまで外見にこだわるヴィヴィアンヌやアルーシャが、ミラーヌにはよくわからなかった。



「とにかく、願い事については保留ね。朝ごはんにしましょう?今日はお昼過ぎにイリスが来るから、用事は午前中に済ませておかないと」



「あのソバカスのお嬢さんだな!あの子はなかなか見所がある。数年後には、もっといい女になるぜ?」



「彼女は今も素敵な人よ。賢くて、頼りになって美人で。四番街では噂の的で、よく男の人たちの話題に上っているんだから」



 父親や兄の目を盗んで、誘いをかける男たちは多くいたが……全て完膚なきまでに叩きのめされていた。

パン屋を営んでいるだけあって、筋肉がたくましい威勢のいい男たちだ。

それに美人で、泣き黒子が色っぽく家族の誰よりも、男前で有名な女将さん。


 夫婦が結婚する際に、一見たおやかな風情の女将さんが、男らしいプロポーズをしたと、四番街では伝説になっている。

なにげに、イリスの家族はミラーヌにとって、理想の家族像だったりするのだ。



「……いっそのこと、イリスがあなたのご主人様だったら良かったのにね」



「は?」



 ボソッと呟かれたその言葉に反応し、アルーシャは犬の姿で器用にも眉を寄せた。



「だって、彼女だったら私のようにウジウジと悩むことなく、あなたに願い事を言って、故郷に帰してあげることが出来たはずだわ!……約束、したのに。私、まだ全然思いつかないのよ」



「馬鹿だなぁ、ミラは」



「なっ!?」



「よくよく考えているってことだろ?俺の為に、一生懸命。……俺はそれが、とても嬉しいんだ」












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