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おとぎ話は鏡の中で  作者: 桐一葉
4/12

three




 息苦しさに目眩を起こしかけていると、ふと視線の先に折よく固くなりすぎた剣のようなパンがあった。

昨日パンを買った際に、おまけとしてもらったのだが食べきれずに残しておいたのだ。

ちょうど手の届く場所に置いてあったので、なんとかアルーシャに気づかれないよう手を伸ばし――――



「せいやあああぁぁぁ!!!」



 バコンッ、と、結構重量な音が響いた。

固いパンは真っ二つに割れ、盛ったケダモノの頭を直撃する。


 仕留めた!!

唇が離れ、アルーシャが痛みのあまり頭を押さえている隙をつき、ミラーヌは今度こそ盛大な平手打ちを食らわし……その後、距離を取って大声で叫んだ。



「何をしでかしてくれているのよ!!?」



「痛ってーっ!!……固いパンって、意外と凶器なんだな……っ」



「人の話を聞きなさいよ!!会って間もない女にあなたは!こんなことをして許されると思っているの?!……っ…、初めてだったのに……!!」



「初めて?…………よし!」



「何が『よし』よ!?」



 やけに満足そうかつ嬉しそうにしているアルーシャに、ミラーヌは吠えた。

あんなに強引に、許可もなくいきなりされて……怒る以前に信じられない気持ちでいっぱいだった。


 男の人の顔をあれだけ間近で見たのも初めてなら、キスを無理やりされたのも初めてなのだ。

ロマンティックとまではいかずとも、それなりにムードを盛り上げてからしたかった思いが強い。


 それよりも、好きな人としたかった。

乙女なら共通する思いだ。

恨みがましそうに睨んでいると……



「だから早く願い事言わないと、口を塞ぐって言ったろ?」



 真っ赤に腫れ上がった頬を押さえながら、殊勝な態度をおくびにも出さず彼は言う。

自分は悪くないと言いたげな物言いに、ミラーヌは我慢できずに吼えた。



「そんな理由で自分のしたことを正当化するつもり!?」



 フー!フー!と、まるで興奮して手がつけられない子猫のように怒っているその姿は、思わず笑いを誘う。

悪いと言いながら本気で謝る気がないアルーシャに、ミラーヌはまたパンを構えた。

その攻撃は二度と、喰らいたくはないものだったので、ジリジリと後退し距離を取る。



「いやいや、そういうつもりはなくて。俺の家では、可愛い娘は積極的に口説けって家訓があるんだよ。久しぶりに若い女と一つ屋根の下で暮らせるんだし、挨拶しとこうかと……」



「挨拶!?あれがっ?!」



 やはりもう何度か殴ろうかと、大きく振りかぶった時だった。



「ミラーヌ〜!!店先に花が全然無いじゃない〜!補充の途中なの〜?早く花を買って帰らないと、母さんに怒られ…………………………お邪魔しました」



「待って!!!誤解だからっ!お願いだから待ってください!!」



 顔を覗かせ、部屋の中の光景を目の当たりにして、すぐさま踵を返した女性を、ミラーヌは慌てて引き留めた。

男に暴力を振るう花屋の女主、などという噂が広まってしまえば、いよいよこの国にはいられなくなってしまう。

アルーシャを置き去りにして、出ていった彼女を追って外に駆け出した。



「イリス!イリス待って!!」



「ミラーヌもお年頃だもんね〜?大丈夫!このことは、あたしの胸の内にしまっておくから〜」



「ちっとも大丈夫じゃない!!」



 このゆったりとした話し方の娘は、四番街に店を構えている、パン屋の看板娘イリス。

淡いハチミツ色の髪は、陽の光に当たると綺麗な透明感を生む。

その髪を高く結い上げ、結び目にはミラーヌの店で買った、愛らしい花のコサージュが飾られていた。

彼女自慢の、鮮やかな翠の瞳が呆れ顔と一緒に、ミラーヌを見つめるのでいたたまれなくなってしまう。

合わせる顔がないとは、まさにこのことだとミラーヌはうつむいてしまった。



「別に、邪魔する気はなかったのよ〜?ただね?うちの店は、フルールの花屋で買った花を飾りつけた特製のラッピングも売りにしているのよね〜在庫補充は仕事の内。仕方がなかったのよ〜」



 クッキーやマフィンなども、販売しているパン屋『アリーナ』。

そこでは、イリスの母親が贈答品用のラッピングの為に、ミラーヌの店で購入した花を綺麗に飾りつけて用意するので、好評を博していた。

花屋を始めてまだ月日は経っておらず、まだ顧客も少ないフルールにとっては、数少ないお得意様だ。



「ご贔屓にしてもらって、いつも本当にありがとう!お邪魔だなんてとんでもない!!……むしろ訪ねてきてくれてありがたいというか」



「ねぇ〜彼は何者〜?あんな人見たことないけど……旅人か何か〜?」



「話せば長くなりそうなんだけれど……」



「んー……なら、明日のお昼過ぎに会いましょうよ〜!確か定休日だったわよね〜?」



「えぇ、特に用事はないから大丈夫」



「なら明日ね〜!今日はこれから、花を買って帰ってラッピングの在庫を作っておかないといけないの〜。その代わり、うちの特製マフィンをお土産で持っていくから〜」



「いつもありがとう。すぐに用意するから!」



「急いでないから〜慌てなくてもいいよ〜?…………ねぇ、お兄さん?髪の毛にパンくずがたくさん付いているわよ〜?」



 出入口に佇んでいたアルーシャを見るなり、ボロボロと落ちていくパンくずが目について思わず声をかけていた。


 職業柄、それがパンくずだとすぐにわかったところは、さすがはパン屋の看板娘といったところか。

イリスに言われてすぐに手で髪の毛に付いたくずを払うと、無遠慮に近づき挨拶を交わした。



「はじめまして、ソバカスが可愛いお嬢さん?俺はアルーシャだ」



「……悪い人ではなさそうね〜。身内以外でソバカスを褒めたのは、あなたで二人目だわ〜」



「女は一人一人、みんな違う魅力がある。それを褒め称えないなんて……この国の男たちは見る目がないな。俺に先約がなかったら、デートに誘ってるところだ」



「あなたはタイプじゃないし……、それにミラーヌに悪いから、やめておくわ〜」



「ハッキリ言うんだな」



「誤解は招かない主義なの〜」



 アルーシャに負けじと、イリスもニッコリと笑う。

熱い火花が互いの間で飛び散り、その欠片が作業していたミラーヌの後頭部を襲う。

チリチリとした何かを感じ取ったミラーヌは、バッと後ろを振り返る。

……しかし何も起こってはおらず、にこやかに談笑していた二人の姿しか目に入らなかった。



「どうしたの……?」



「なんでもない!……綺麗だなぁ、ミラが育てているのか?」



「まさか!私じゃこんなに綺麗に咲かせられないもの。本職の人からこの店に卸してもらっているの」



 色とりどりの花々は、よく見かける花から珍しい花まで様々だ。

これだけの種類の花を店頭に並べれば、さばくのは大変だが客寄せになり人は集まる。


 そこからは売り手の努力次第で、売上に反映されていく。

近頃ではようやく客足が安定してきて、これで一層花を仕入れられるというわけだった。



「あそこの親方、あれだけ新規のお店に花を卸すのは無理だって言っていたのに〜。息子のディオンが説得したら、時間はかかったけど折れてくれたのよね〜」



「他の人だったら、話も聞いてくれなかったでしょうけれど。あの時は本当に助かったわ。ディオンが頼んでくれなければ、私は今頃お店を開けられていないもの」



「優しくって、ハンサムで〜……その上、努力家で親思いって言うんだから〜街の女たちの憧れの的!なのよね〜?」



「へー……そんなに人気なのか」



「あの人の奥さんになれる人は、きっと幸せになるってくらいにはね〜」



 何かを含むように、イリスが笑うので。

その意図に気づいたアルーシャが、思わずミラーヌを抱きしめた。



「ちょ、何をするの?!」



「愛情表現」



「そんなのいらないから!だから離して!!」



「嫌だ」



 イリスに渡す花を抱えていたので、腕を振るうことも身をよじって逃げることも出来ない。

目だけでも睨んでやろうとしたら、なぜか余計に強く抱きしめられてしまった。



「ふーん〜……意外と焼きもち妬きなんだ?男の嫉妬ほど見苦しいものはないけど、この人はまだ可愛い方ね〜」



「イリス助けて!!」



「馬に蹴られたくないもの〜」



 さっさと花だけ受け取ると、そそくさと離れてしまう。

そうすればミラーヌは、絶望に満ちた顔をするのでさすがに心が痛んだ。

せめてもと助言だけはしておいた。



「お兄さん、ミラーヌは恥ずかしがり屋だから〜イチャつくのなら、店の中に入った方がいいわよ〜?」



「助ける気なし?!」



 敵かと思いきや、味方のようなことを言ってくれるイリスにアルーシャが、意外だと呟いた。



「……そうだな!そういえばミラは、なかなか素直に甘えてくれなかったんだった。教えてくれて感謝する!」



「何が素直に甘えないよ!私はっ、あなたなんて大っ嫌いなんだから!!」



 自由になった両手を使い、自分の体からアルーシャを引き剥がしにかかろうと奮闘する。

しかし、より一層強い力で抱きしめられ抱えられ……憐れミラーヌは、店の中へと連れ込まれてしまった。



「イリスーーーっっ!!!」



「頑張ってね〜!」



 静かに扉は閉められ、その後は物音も聞こえない。

特にひどいことにはなってはいないことを確認出来たら、イリスは笑みをこぼしながら、家路を辿るのだった。


 ――――――――明るい昼から夜に変わり、月が高く上り始めた頃。

ミラーヌは目を覚ました。

……いつの間にか、自室のベッドの上で寝ていて、灯りはなく部屋の中は真っ暗だ。

この闇の中、ミラーヌは今日起こった出来事を思い返してみる。



「あれは……夢…?」



「じゃ、なかったりしてー……」



 すぐ横から聞こえた、それは聞き覚えのある声。

まさか、そんなはずはない。

あれは夢だったのだ……現実に起こるはずがない、悪夢。



「おはよう、眠り姫」



 流れる黒髪の一房を取り、そこに軽く口づけを。

自分のベッドに男が一緒、しかも髪に……髪に……っ!

ミラーヌは力の及ぶ限り、果てしなく大きな声で叫ぼうとした。



「おっと、こんな夜に大きな声を出したら近所迷惑なんじゃないか?」



「っつ……、なぜ!あなたが私のベッドで一緒に寝ていたの!?」



「他にベッドが無かったからな」



「鏡の精なら鏡に戻ればいいじゃない!!」



「俺に、あんな暗く冷たい世界で休めって言うのか?せっかく外に出られたってのに……ミラは冷たいことを言うんだな……」










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