two
「ほらよ」
……すると、男の手のひらから可愛らしい白い花が、何本も現れた。
それを綺麗にまとめあげ、花束にしてミラーヌに手渡す。
とろけるような極上の微笑み付きでだ。
これだけなら、ただの手品だと思うのだが……。
しまいには、ミラーヌが座っていた椅子がいきなり大きくなったり、何もないところからウサギやら鳥やらが現れる。
その上、炎が男を包みこんだと思えば――――異国の衣装に身を包んだ男が、ミラーヌに仰々しくお辞儀した。
「あっ……あっ、あぁっ?!」
「改めて、はじめましてご主人様?俺は『魔法の鏡』の精霊でアルーシャ。これからお前の願いを3つ叶えるまで、ずっと側にいるからな。よろしく!」
……ただ、お下がりの品を譲り受けただけなのに。
これは、願いを叶えてもらえることを幸運と、思うべきなのか。
それとも怪しさ満点の男が、一緒に住むことになったことが不運と思うべきなのか……。
しかし、ここで簡単に了承は出来ない。
仮にも一国の王女が、それ以前に1人暮らしの女が男と一緒に住むなどと。
世間一般の常識が、それを許すはずがない。
ミラーヌは、慌ててアルーシャに告げた。
「待って!お願いだから待って……っ!!そんなこといきなり言われても、私にも立場というものが……っ」
「大丈夫だって。周りには不自然じゃないよう存在を溶け込めるようにするし」
「そういう問題じゃない!!」
勢いよく立ち上がり、今度はミラーヌが顔を近づけて意気込む番だった。
突然のこと、すぐには受け入れるはずがない。
どうかわかってほしいと説得を試みるが、ミラーヌの思いはまるで届かず、アルーシャはお茶を優雅に飲みながら、我関せずを決め込んだ。
ミラーヌは、力が抜けてまた椅子に座り込むと、アルーシャがふと思い出したように尋ねた。
「……そういえば、ご主人様って呼び方もなんかあれだな。確か、ミラーヌって言ったか?」
「そ、そうだけれど……」
「なら、愛称はミラだな!これからはそう呼ぶからよろしくな〜」
もうすでに、打ち解けたつもりでいる。
しかも、愛称で呼ぶ始末。
いつの間に隣に来たのか、馴れ馴れしく肩を抱き寄せて、頬をくっつけて。
……あろうことか、そのままミラーヌの頬にアルーシャがキスをした。
「っ!?何するのよ!!!」
すかさず、平手をお見舞いしてやろうとしたのだが。
アルーシャの反応速度の方が早く、難なく避けられてしまう。
悪びれもなく笑いながら、ミラーヌから距離を取りつつ、再び椅子に座った。
「お近づきの印。いいだろ?久しぶりにご主人様に巡りあえて、しかも相手は女の子だぜ?ちょっとは楽しませてもらわないとな〜」
「スケベ!!いきなりこんなことする精霊がどこの世界にいるのよ?!」
「ここにいま〜す!」
ケラケラと笑う、美青年。
口を開かず、大人しくしていれば綺麗な顔が相乗効果を生んで、さらに輝きが増すだろうに。
この態度と言動で、全てが台無しになってしまっている。
腹立たしさも増して、余計に憎らしい顔に見えてきた。
「付き合ってられない!私はお店を閉店させるから、あなたはその間にどこかへ行って!!」
「どこかって、どこだ?」
「私の目の前から消・え・て!」
大きな声でそう言い捨てると、怒ったまま店の外に向かった。
ヴィヴィアンヌのせいで、今日はもう商売どころではなくなってしまったから、早々に店を閉めることにしたのだ。
花を補充する前で良かったと、急いで表に向かう。
もう花は少ししか入っていなかったが、水が入っていたので、ふらつきながらも店の中に運ぶ。
それを急いで、何度も繰り返していたからバランスを崩して、転びそうになってしまう。
みかねたアルーシャが、早々に立ち上がり近づいてきた。
「俺も手伝おう!」
「は?」
ミラーヌの横から花の入った陶器の入れ物を奪い、スタスタと軽快に店の中へと入れていく。
慌てて追いかけた時には、すでに最後の1つを運ぼうとしている時だった。
「ちょっとやめてよ!あなたが手伝うことじゃないわ!!」
「俺がしたいからしているんだ。……それとも、願い事で手伝うなってお願いしてみるか?」
「そんな馬鹿げたことで、願い事を言うはずがないでしょう?私は、自分のことは自分でやりたいの。仕事のことなら尚更だわ」
「俺も、女の子が力仕事をしていたら手伝ってやりたいと思うんだ。別に悪いことしてるわけじゃないんだから、そう目くじら立てるなよ」
「目くじらなんて立ててないわよ!……急に見知らぬ男の人が、私の店にいたらみんな驚くでしょう?噂が立ったら、城の人たちにもそのことが伝わって……」
つまりは、王妃親子にミラーヌが男と一緒に暮らしているという話が伝わってしまったらまずいのだ。
ただでさえ、常日頃からあることないこと嫌味や蔑みの噂を流され、人々に言われ続けている。
わざわざ敵に、エサを与える真似はしたくない。
「お母様に、迷惑かけたくないの……」
賢くて美しくて、凛としている自慢の母親。
夫である国王を助け、王妃親子が湯水のように使い続けている国のお金を、なんとかやりくりして、国の維持に努めている立派な人だ。
そんな母親の負担になりたくなくて、城を出て花屋を始めたのに……心配をかけるような噂が、広まったらどうしよう!?
ミラーヌは明らかに、表情が暗くなってしまった。
言葉が続かず、うつむいてしまう。
だがそんなしおれた花を前にして、アルーシャは何か考える素振りを見せると……いきなり、ミラーヌを抱きかかえた。
「よっ、と……ミラは軽いな!」
「きゃあっ!?いきなり何を……っ!!」
アルーシャは身長が高い為、いつもより視線が高くなりすぎて怖くなった。
頭に抱きつきながらも、早く降ろしてと叫ぶのだが……。
「下ばっか見てると、余計に気が塞いでいくぞ?空を見てみろ」
原因の1人のアルーシャに、言われたくない。
そう言いたかったが、空を見ない限り降ろしてくれそうになかったので……言われるままに、恐る恐る上を見上げた。
「うわぁー……」
ミラーヌは、目を奪われた。
いつもより空が近くなって、小さな雲がいくつも流れて、清々しい風も吹いて、気持ちがいい……。
思えば、毎日心のゆとりがなく下ばかり見ていた気がする。
心が落ち着きを、取り戻せた気がした。
「……そういえば、こうやってちゃんと空を見たの、久しぶりね……」
前髪がかき分けられて、普段はあまり見られない額と瞳が青空の下で露になる。
キラキラと光る黒の瞳を見せたまま、笑ってアルーシャの方を向いた。
「綺麗な空を見せて、ご機嫌取りのつもり?」
言い方は悪いが、表情はずっと嬉しそうに笑ったままだ。
その無邪気な笑顔に、アルーシャは目が離せずしばらくじっと見つめていた。
「ミラ」
「なに?」
……スッとミラーヌを下に降ろすと、その場に膝まずき優しく手を取り、自分の両手で包み込んだ。
「ミラの迷惑になることだけは、絶対にしないと誓う。俺は、お前の願いを叶える為にここにいるんだ」
「……でも、」
「俺のご主人様は、お前だ。お前しか、俺に願い事を言えない。俺しか、お前の願いを叶えられない。……それだけはどうか、わかってほしい」
「私なんかの為に、そんなこと……」
「そんなことは関係ない。……なんならさっさと、願い事を言えばいいんだ。願い事を叶えたら、俺は消える」
消える、そんな風に簡単に言ったアルーシャを一瞬驚いたように見て、すぐにまた顔がうつむいた。
「そう……よね、あなたはそう言ったものね」
「そうだ。――――だから、願い事を言え。俺にお前の願いを叶えさせろ」
いつの間に室内に移動したのか、2人は部屋の中の影になっている場所にいて、ジリジリとミラーヌは壁際に追いつめられる。
不穏な気配を感じたミラーヌは、その場から瞬時に逃げようとしたのだが……アルーシャの長い腕に阻まれ、動きを止められてしまった。
「なんで逃げる?」
「そっちこそ!なんで私の動きを封じるのよ!?早くお店を閉めないと、お客さまが来たらどうするの!?」
「後で俺が手伝うさ、なんならそう願えばいい」
「ふざけないで!!」
「ふざけてない。さっさと願い事を言え、じゃないと……お前にイタズラするぞ?」
近づく端正な顔、溢れる良い香り、触れられた箇所から伝わる相手の温もり。
「(まさか、このままキスされるんじゃ!?)」
乙女回路は働くこともないまま、埃を被って死んだ状態であるはずだった。
それが今、思わぬ事態でフル稼働しつつある。
オーバーヒートを起こしそうだ。
こんなに近くにまで、男の人が顔を近づけてきたことなんてない。
甘い声で囁かれたことも、男らしい節ばった指で肌を撫でられたこともない。
迫られた経験など、ミラーヌにはなかったのだ。
それが今、一生分の男性経験を味わっているのではないかと思われた。
「……願い事、ないわけじゃないんだろ?」
「ない、わけではないけれど……でも!こんなことで叶えてもらうのは、気が引ける……」
「早く言わないと、口を塞いで何も言えなくしてやるぞ……?」
――――そんなことをされたら、きっとミラーヌは死ぬだろう。
今も手の甲や、指先に軽く触れる程度のキスをされていた。
キスされた場所が、とても熱い。
アルーシャの唇は次第に上へと登っていき、目と目が合ったと思った瞬間。
「っ――――――!!?」
キス、されてしまった。
最初は触れる程度のものだったのが、唇の間から舌をねじ込まれより激しさが増していく。
アルーシャに抵抗しようと、体を押し返そうとするも……男と女の力の差は歴然としていた。
敵うはずがない。
そのまま成すがままにされていると、アルーシャの手がミラーヌの太ももに迫る。
肌をなぞるように優しく撫でると、行為に慣れていない為に当然、大げさに反応してしまう。
ミラーヌは目で止めてほしいと訴えるが、アルーシャはわからないフリをする。
すると今度は、ミラーヌのささやかな胸にまで手を伸ばし――――これにはさすがに思いきり抵抗した。
「んんっ!んーーーっっ!!」