表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おとぎ話は鏡の中で  作者: 桐一葉
1/12

始まりの鏡




 ――――――衝撃的な出会いは、鏡と共に訪れた。



「さっさと願い事を言え!……でないと、お前にイタズラするぞ?」



 なぜかいきなり目の前に現れた金髪の男は、いやらしい手の動きを見せながらジリジリと『私』に迫ってきた。


 後ろは壁、逃げられないと悟りとっさに目をつぶれば――――唇に、温かいモノが突然触れる。

……目を開けて確認すれば、間近に迫る男の綺麗過ぎる顔。


 私のファーストキスは、こうして奪われた。


 花が咲き乱れるアルナドル王国の主要都市、アグナルの中心地の三番街に建っている花屋の前にて。

時間をさかのぼること、ちょうど三時のおやつ時。

人通り多く賑わいをみせる街中で、ひときわ賑わっている通りがあった。



「あのー……こんな大きな物持ってこられても、困るわ」



 彼女、ミラーヌ・アプスグリフは唖然とした。

それというのも、人の通行を妨げるほどの団体が店の前に鎮座していたからだ。



「お願いだから、帰ってちょうだい!」



 人の視線を多く浴びながら、意地悪そうに笑う義姉に向かって、ミラーヌはそう叫んだ。


 昔話を聞かせよう。

昔々、とても栄えている国がありました。

その国の国王には、二人のお妃がおりました。

気位の高い浪費家の王妃様と、賢く倹約家な側室の方です。

お妃たちには、それぞれ一人ずつ娘がおりました。


 王妃様の娘ヴィヴィアンヌは、母親に似て自信家でワガママで、母親に負けず劣らずの浪費家で。

この親子は、国王の悩みの種でした。


 側室の方の娘ミラーヌは、自分のせいで王妃様親子の嫌がらせが、母親に及ばないようにと自ら街中で店を構え、一人暮らしをしています。


 ミラーヌの母親は、国王の側で仕事の手伝いをしている上に、領民の為になる制度を次々と執り行ったので、周りからの評判はすこぶる良い。

なので、その娘であるミラーヌが王位を継ぐのではないかと、王妃様は危惧しているのです。


 ミラーヌが、街中で暮らし始めたことをもっけの幸いとして、日々周りの者たちに対して根回しという名の、パーティーやお茶会、贈り物などを欠かさないようにしておりました。


 そして、ミラーヌが街中で暮らし始めて、しばらく経ってからのこと。

姉のヴィヴィアンヌが、大勢の付き人や侍女を引き連れて、ミラーヌの店に押しかけるようになったのです。


 さすがに狭い一軒家なので、中に入るまではしませんが、賑わいを見せる大通り沿いに店があるものですから、王女一行は悪目立ちし過ぎて、営業妨害も甚だしい状況でした。


 しかも、ミラーヌを訪れる理由というのが、父親に買ってもらった物をただ自慢しに来るだけというものです。

大きな物から小さな物まで、日にちや時間などお構い無しに、ミラーヌに自慢しにやってきます。

ふんぞり返り、意地悪そうに口の端を上げて、ヴィヴィアンヌは挨拶しました。



「ご機嫌よう、ミラーヌ。相変わらず貧乏くさい店構えだこと!」



 まばゆい金の巻き毛、澄んだ青い瞳。

白磁の肌、桃色の頬に薔薇の唇。

お姫様らしいお姫様、美少女の中の美少女の外見をした、第一王女ヴィヴィアンヌ。


 ミラーヌが城を出てからというもの、月に二・三度は街中に現れ、行列を成すと噂されるほど妹に会いに行っていた。

今日もまた、昼過ぎの人通りが多い時間帯にはた迷惑な行列を作り、店の前に着いたところで自らが乗っている輿を降ろさせる。



「ヴィヴィアンヌ!もう来ないでとあれほど言ったのに……っ」



 姉とはまた違った印象の王女、周りからはそう評されているミラーヌ。

艶やかな黒髪を、地味な色のリボンで一つにまとめて。

装飾品は一つも身につけず、服も地味で大人しめ。

前髪を伸ばしっぱなしにしているので、揺れる黒曜石の瞳を見られた者は少ないと、ある意味有名な話であった。


 店の前で、花の補充作業中だったミラーヌは、また仰々しい一団を引き連れてやってきた姉に、抗議の言葉を投げた。

だが右から左へと聞き流し、持っていた羽根つきの扇を広げ、わざとらしく口元を隠す。



「なぜわたくしが、あなたの言うことを素直に聞いてあげなければならないのよ。側室の娘のくせに、少しばかり態度が横柄ではなくて?」



 第一王女が妹の店を訪れることは、すでに恒例になりつつあることなので、大した騒ぎにはなっていない。

周りの人々は、大人しく成り行きを見守っていた。


 しかし、明らかにヴィヴィアンヌがミラーヌに対して、暴言を吐いているのは明確な事実である。

ヒソヒソと囁きあいながらも、ミラーヌへの同情が募る。

だが相手は仮にも、第一王女なのでどうすることも出来ないのであった。



「そんなつもりは……」



「いやぁね、これだから卑しい庶民の出身は困るのよ。礼儀を知らなくてわたくしが困ってしまうわ」



「そんな言い方は止めて!」



「ほら、すぐに大声を張り上げて。これで第二王女だというのだから、世も末だと陰口を叩かれて、お母様もわたくしも恥ずかしい思いをしているのよ?いい加減、王族の地位を捨てればいいのよ!」



 ひとしきり陰口を叩いた後は、決まって言う捨て台詞。


 ‘王族の地位を捨てればいい’


 自分一人では決められないことだし、そう簡単に言わないでほしいと思うのだが……。

ミラーヌが『捨てる』と、一言そう言えば簡単に追い出せると考えているのだから、世間知らずの浅知恵というものだ。

何度吐き出したかもわからない、ため息をこぼしながら話を変える為に、ヴィヴィアンヌの後ろを陣取る、大きな物体に目を向けた。



「……それは何?」



「目ざといわね、貧乏暮らしをしているからすぐに高級な物に目が向くのかしら?」



「そ・れ・は・な・に!?」



「っ、お父様に買ってもらった品物よ!すごく希少な物で、世界でたった一つしかないんだから!!」



「なんですって!?」



 目眩がするような思いだった。

希少品を手に入れるということは、お金をたくさん払わなければいけない。

どこから支払われたのか。


 国王の私財にも限りがあるので、そう何度も娘の為に、プレゼントを買ってあげられるはずがない。


 つまりは、国王名義で勝手に買い物をして国からお金が、支払われたということだ。

しかも、特別な品好きなヴィヴィアンヌのことだ。

相当、高い買い物をしたに違いない。

今頃は城中が、上へ下への大騒ぎになっていることだろう。


 特に、日夜倹約に励んでいる母なんかは、静かに怒りにうち震えているにちがいない。

それを考えると、自分だけでも街中で暮らして本当に良かったと、心の底から安堵した。



「これは、真実を告げる魔法の鏡なのよ!教えてほしい質問に対して、本当のことを教えてくれる。本当のことしか言えない、魔法の鏡。素晴らしいでしょう!!」



「魔法の鏡?…………もう試したの?」



 不良品なら、すぐに返せばお金が返ってくるかもしれない。

まだ間に合うかも、などと考えているミラーヌの心の内を、ヴィヴィアンヌは知らない。

子供のようなキラキラした瞳で、えらく自慢げに続けた。



「まだよ、あなたの前で試してあげようと思って。珍しい品だから、見られるだけでもありがたいと思いなさい?」



「いえ、別に見たくないから持ってかえって」



「つっ!?見たくないと言うの?!わたくしがわざわざこんなところにまで訪れてあげたのだから、感謝すればこそ追い返そうだなんて……っ!!」



「……わかったわ。一緒に見るから、その後はすぐに帰ってね?お願いだから、ここに長居しないで」



 凄味のある目付きに、さすがのヴィヴィアンヌもたじろいでしまう。

だがすぐに、強気な態度を取り戻した。



「わかったわよ!……お前たち、布を取りなさい」



 ヴィヴィアンヌの命を受け、布を数人がかりで取り去り、群衆の前でその姿が現れる。

ふちに美しい装飾が施され、てっぺんにひときわ大きな青い宝石が、はめ込まれている鏡。

ヴィヴィアンヌはもちろんのこと、ミラーヌの姿もその鏡に、綺麗に映し出されていた。



「ふふん、美しいでしょう?」



 それは鏡に対して言っている台詞と思われるだろうが、ヴィヴィアンヌの視線は完全に、鏡に映る自分に固定されている。

浪費家で自惚れが強い、ナルシストな王女なんて。

救いようがない気がするのは、ミラーヌだけではないはずだ。

あえて返答は避け、自然な流れに任せることにした。



「さぁて、せっかくだから本物の魔法の鏡なのかどうか、確かめてみようかしら」



「えっ、ここで試すの?」



「別に構わないでしょう?」



 もし偽物だったら、大勢の民衆の前で恥をかくのはお前なんだぞー…………と、言ってしまいたかったが。

そうなったらそうなったで、しばらく街中には現れなくなるだろうと思い、進言するのを止めた。

ヴィヴィアンヌは、優雅にドレスの裾を持ち、鏡の前で高らかに質問した。



「鏡よ鏡、教えておくれ?」



 真実を教える為の、魔法の言葉。



「この世で最も美しいのは、誰?」



 定番過ぎる質問に、ミラーヌをはじめとする民衆全員の、開いた口が塞がらなかった。

皆一様に、ポカーンとしてしまい、辺りは静まり返ってしまう。

……それだけ静かになったにも関わらず、件の鏡は質問に答えるどころか、何一つ言葉を話すことはなかった。



「(やっぱり……偽物、か)」



 購入したヴィヴィアンヌ以上に、見せられただけのミラーヌの方が、ダメージが大きかった。



「〜〜〜っっ!!何よコレ!?偽物じゃない!こんなものいらないわ!!!」



 なぜなら、自分が欲しいから購入したくせに、高い安いに関わらずすぐに所有権を放棄するからだ。

まだ自分で持っていて、使われる方が浮かばれるのに、たった一度しか使用せずにいらないと言う。


 こんな眉唾物まゆつばものの鏡、他で売ったとしても、買いたたかれるのが落ちである。

どれだけの付加価値をつけようとも、元値と同じか近い値段で売却するのは、非常に難しい。


 しかもこの分では、買った商人に返すことも出来ないだろう。

今起こったことが、たちまち噂になって仮に商人に返品を要求すれば、ヴィヴィアンヌのことを持ち出され、非常に取引が行いづらくなる。

王族の恥を持ち出されるのは、とても痛い。


 馬鹿馬鹿しいことではあるが、なけなしの王族の誇りをこれ以上、傷つけてはならないのだ。

仮にもミラーヌは、両親思いの優しい子であった。



「いらないって……まさか捨てる気?買ったばかりなんでしょう!?」



「あなたに差し上げるわ!どうせ、鏡の一つも持っていないでしょうから!!」



 ミラーヌの名誉の為にあえて言おう。

着ている物が地味なだけであって、不潔だとか身だしなみが整っていないだとか、決してそんなことはない。

毎日ちゃんと自前の鏡を見て、身仕度を整えている。

清潔感があり、人から好まれやすい。

なのに、誤解を招くような言い方は、非常に困る。

それ以上に、とても腹が立った。










評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ