§6 捜索
高校生になって時間ががくっと減りました、ごめんなさい。投稿している皆様方がどうやって日頃の執筆時間を確保しているのか聞きたいところです。
簡単に見つかるだろう。そう思っていた頃が、自分にもありました。
思った以上に緑化地帯は広かった。
都市の中心に据えられているために大きさはある程度分かっていたつもりだったが、そこを歩く、しかも捜索するとなるとその広さはとてつもないものになる。
「心が折れそうだ……」
空には未だ狼煙の煙はない。アルも見つけられていないようだ。
捜索開始の時点で沈みかかっていた太陽は既に地平線の下。光源も五感強化の効果が及ぶ間は迂闊に使えず、やむなくカンテラを火の勢いを弱めて使っていた。
自分の足下を照らす程度で精一杯の光の弱いカンテラだと何も見えない。だが、これ以上光を求めようとすると鋭敏化された視覚にはかなり堪える。
だが、五感強化によって嗅覚や聴覚は非常に強化されている。とりあえず、視覚では見えない分もカバーされている。そこが救いだろう。
ーーーガサッ!
「!? 誰だ!」
音がした方向にカンテラを向け、睨み付ける。だが白い猫が一匹、草の中から出てきただけだった。
音が大きく聞こえたのは呪符の効果で五感が鋭敏になり暗く、視覚が封鎖されて他の四感が自ずと更に鋭敏になってしまったことがあるだろう。
「……」
猫に無駄に大きく反応してしまった自分が腹立たしい。だが何かに当たる訳にもいかないので一度頭を振ってからまた歩きだした。
歩いていくうちに、さっきまではなかった嗅いと音を認識した。
何か独特の臭い……香水か何かと、息を潜めながらも隠しきれない荒い息遣い。こんな時間にまともな奴がここにいるとは思えない。恐らくは、魔術師。
(見付けた!)
目を閉じて耳を澄ます。風もこの季節には吹くことはあまりない。臭いの元凶を見つけだす事は容易だ。
鋭敏化された嗅覚と聴覚を元に、位置を割り出す。左斜め前約45度。対象との間に遮蔽物は倒木のみ。恐らくは倒木を掩蔽物にしていて、まだこちらには気付いていない。かなり距離が近いので、しっかりと耳を澄ませば動悸の音すら聞こえてくる。光源となるカンテラを消し、闇夜に同化してタイミングを計る。
時間や聴覚の影響で短銃を使うことはあまりよろしくない。接近戦で一気に決めるしかなかった。
ポーチから狼煙を取り出して真上に打ち上げる。しゅぼっ、とくぐもった音とともに赤く着色された煙を空に描く。音に気付いたか、動悸の音が速まった。こちらに振り向く音が聞こえる。
その音を聞く頃には俺は既にサーベルを抜刀し、目的との距離を一気に縮める。
土を蹴る音がやたら大きく聞こえる。
「うわっ!?」
「……ッ!」
魔術師の悲鳴が爆音となって耳に突き刺さる。頭を直接揺さぶられそうな音に顔を歪ませながら、サーベルを振るう。苦痛で切りつける様に、ではなく叩きつける様に振るってしまった。
当然、そんな攻撃に真っ当な威力など期待出来るわけもなく、とっさに構えた杖に食い込むだけで終わった。
杖がやたらと長い上に、片方の端は大きな球形の物体が、もう片方は細く尖っている。接近戦用に打撃攻撃と刺突攻撃を与えることを目的とした結果、魔術補佐が特定系統のみとなってしまった問題杖、《トウロス》シリーズの一品かよ!
資料で見たことはあれど、実際に使ってる奴がいるとは! こいつ、なかなかに頭がイった魔術師だ!
だがトウロスシリーズの杖は特定系統のみの魔術補正が異常に高い事で有名であり、それだけで資料に載る理由となる変態杖だ。
思い出せ! トウロスシリーズの目録でこの杖は見たことがあるはずだ! こいつは何の補正がかかっている!
刺突攻撃と打撃攻撃を巧みに織り交ぜて攻撃してくる。俺はそれをサーベルでパリィし続けた。やっぱこいつ変態だ! 変態の相手なんて何度もやったけど慣れない!
「せああッ!」
体重を乗せた突進攻撃を避け、生まれた隙に一撃叩き込む。
浅く切りつけた感触。右足にあたり、その変態は転倒した。変態でも優秀な魔術師に変わりはないのか、杖は持ったままだ。
俺はとっとと決着を付けるべく、サーベルを振るおうとした。
だが変態は転がりながらも杖をこちらに向ける。
「”バン”!」
「ッ!? しまっーー」
視界が一気に白く染まる。それと同時に爆音が響いた。
ただの音と光を出すだけの単純な魔法、バン。だが五感が強化された俺に対しそれは致命傷だ。
頭が直接揺さぶられたような感覚。それに耐えきれず、白く染まった視界が暗転した。
危なかった。予定よりも進行が遅れていた分、焦って急ぎすぎて見つかってしまった。
今のうちにこいつをやっておけば大事にはならないだろうが、音がする。多分仲間だろう。
味方もすぐに来る。今ここで危険を冒す訳にもいかない。
全ては、共和国再生の為。
その後、駆けつけたアルに拾われた俺は数日の療養の後、会議へと赴いた。
議題は言うまでもなく先日のことだ。俺とアルの独断専行は不問にされた、らしい。
召集されたメンバーは全員が聖騎士団のトップクラスの実力を持つ者ばかりだった。本気でこの案件にかかるらしい。10代の者で参加しているのは俺とアルだけで場違い感が否めない。
聖騎士団最強と名高いクリムゾン・パラディンことヴィンセント=O=エルヴァン。一人一人の技量も高く、連携に於いて他の追随を許さないアーマメンツの4人。自身も魔術師でありながらナイフ一本で魔術師を狩るリッパーことスカーレット。議長を務めるのはかつての実行部隊長、ユリウス=バーミリアスだ。他にも警備隊や近衛、公安のトップも来ている。
「先日、このヴィンハルスに侵入者が出た。もう知っている者もいるだろう」
俺も含めた10人は何も言うことはない。やはり全員がそれぞれの経路でその情報を得ていた。
「我ら聖騎士団の本拠たるヴィンハルスにその様な者が出てしまった。これは非常に危険な事態である」
魔術師も危険だが議長の頭も危険だと思ってしまう俺は悪くない。
「この二人が最初事件の解決にあたった。だが隙を突かれ逃げられてしまった。そうだな?」
悲しいが、事実である。俺もアルも頷かざるを得なかった。
「だが彼らのおかげで、奴らの根拠地が分かった」
「え?」
初耳だった。俺もアルもきょとんとして顔を見合わせた。
「逃走中の魔術師の血痕が見つかった。二人のおかげで奴らの拠点を掴むことが出来た」
多分、右足の傷だろう。というかそれ以外にまともな攻撃を与えた記憶がない。
「奴らはこのヴィンハルスの城壁内部に既に侵入している。スラム地域の廃墟を根城としている」
「南部? 警備は何をしていた?」
それまで口を全く開けなかったヴィンセントが苛立ちを声に含ませながら言った。
「撃退も出来ない奴らに言われる筋合いなどないわ!」
「そもそも、俺たち聖騎士団は都市外の魔術師をターゲットにしている。お前等警備は都市に奴らを入れない事が仕事だろう? 言われる筋合いがないのはこちら側なのだが? 無能警備」
「ぐうぅっ……!」
「恐らくは闇に紛れて川から侵入してきたと思われる」
川か! 確かにそこは侵入が容易に出来る数少ない場所だ。
ヴィンハルスを南北に横切る川は北部では対策が為されていたが南部では対策が為されていない。
「警備がザルだ」
アーマメンツの一人がバッサリと切り捨てる。
「……だがそれでも!」
「はいはい、ちょっと黙ってようねー」
今度はスカーレットが子供をあやすような口振りで警備を黙らせた。
「私語は慎め。会議の結果、少数の精鋭が拠点に侵入しせん滅することが決定した。誰かやってみるか?」
俺は迷うことなく手を挙げる。
「ほう、ジャック。お前が行くか?」
「奴らは俺とアルが見つけました。出来ることなら、自分達でけりをつけたいです」
本音を言えばこうなる前に決着をつけたかった。が、それも出来ない。せめて自分の手で決着をつけたい。
「良かろう。魔術師拠点への侵入はジャックが行う。で、いつ行くつもりだ?」
「準備が出来次第すぐに」
「うむ。では」
議長の言葉に続いて全員が起立し、それぞれに準じた儀礼用武器を抜いた。俺もごてごてと装飾のついたサーベルを抜刀し、それを上へ掲げる。
上へ掲げた刀身を降り下ろす。そして納刀。会議終了の合図だ。
「よし。では解散」
その言葉を聞いて俺は早く準備を済ませたい一心で席を離れた。警備部の奴が何か言いたそうにしていたが、無視して去ることにした。