§2 狩人達の日常
世界の敵である、旧アルガス共和国民――魔術師を掃討するべく設立された国内各地から集められた勇猛な戦士達が集う正式名称、”国立対魔術師聖騎士団”。魔術師狩りと呼ばれる彼らは、数多くの人間から尊敬され、一部の者からは憎悪の的となっていた。
ジャックも聖騎士団の一員であり、自身の実力とサーベル一振りで、【マジシャン・キラー】の二つ名を持つほどに有名になっていた。未だ10代の身でここまで上り詰めたこと事態があまり実例がない。事実、聖騎士団公認本の中の謎の項目、[聖騎士団に入って成功した者]に、最年少の成功者としてジャックの名前が入っている。
また、魔術師の情報網においても、黒フーデッドローブのサーベル使い、危険度B+認定が下されているということが最近行われた潜入活動で分かった。一応組織内では年齢もあってかなり有名な方に入っている……らしい。
「依頼達成料の3000サンツになります! ジャックさん、お疲れさまです」
依頼窓口(帰還)担当の受付嬢から500サンツ硬貨6枚が入った麻袋を受け取る。
現在ジャックは依頼を終え、依頼仲介所兼酒場の暖炉そばの席に陣取っていた。手には酒――ではなく、ホットココアがなみなみと注がれたカップを持っていた。依頼を完遂させた後の彼の自分に対するご褒美だった。依頼を完遂した事で現状の懸念も特に無くなったのか、自分でも頬が緩んでいることが分かるが、今それを責める者など誰もいないだろう。
「ジャック、相変わらずですね」
「誰だと思ったらお前か、アル」
同業者であり、幼少の頃からの友人のアルフェウスも、ジャックほどにはいかないものの、それでも同年代には引けを取らないほどまでの腕を持っていた。彼曰く、ジャックは大口の任務を成功したからそこまでいけましたが、いつかは僕もその領域までたどり着いてみせます、とのことだ。
ジャックとアルフェウスのつき合いは長い。聖騎士団に参加する前からの仲なので、結構な長さになる。
ジャックもアルフェウスも未だ15歳。それでも、二人が入団したのは理由があった。かつていた友人、バーナードの仇を討つためだ。
いつも3人で日が暮れるまで遊ぶ仲だった。何度喧嘩し、笑い合って、一緒に寝て、じゃれあったかは覚えていない程だ。だが、それも既に過去のこと。バーナードは現体制に不満を持つ魔術師の一派に一家揃って殺された。
それを知った二人は騎士団への入団を決めた。
【来る者拒まず去る者追わず】がモットーの聖騎士団に入団するのに条件はない。実戦部隊にも、上は50代を越えた老練の者達、下は10代とかなりの年齢幅がある。といっても、入団直後の半年間はこれより厳しい物はない、と言われる程までの徹底した訓練が行われる。それが吉を成したのか、メンバーには破落戸がかなり少ない。元破落戸はいるにはいるらしい。が、半年間の訓練で見事に改善された、という逸話まで残っている。
「で、どうでしたかジャック。今回の依頼は」
「割と簡単だったよ。アルガス魔術戦争が終わったばかりなのに実戦経験もまるでないような、30代魔術師を狩るだけで3000サンツだ。正直、寒さの方がまだ厳しいね」
「貴方の寒さに弱いのも相変わらずですね……。これで大丈夫なのやら……」
ニヤリと笑った俺にアルフェウスは一瞬呆れた顔を浮かべたが、すぐに何かを思い出したのかその表情がなりを潜めた。
「そうでした。また貴方宛の依頼が来ていましたよ」
「……またかよ。内容は?」
「指定幻獣B-、サーベルドラゴンの討伐あるいは撃退」
「そりゃまたキツい依頼だ。で、色は?」
「幸いにして、赤です」
指定幻獣。
聖騎士団が認識している幻獣に対して危険と判断したもののランク付けだ。最下位のE-(無害どころか有益)から最大のS(伝説などに記載されているもの)の16段階で表される。B-は主に聖騎士団で討伐が受け付けられる。
「赤ならまだマシな方か。せめて桃だったらもっと良かったんだが」
「そもそも赤と戦える事を認められている時点で貴方がどれだけ人間やめてるかが伺えますが」
「うるせー、お前だって白なら余裕だろ? 十分同類だって」
「白、ですか。白ならばオルヴァーナ陸軍兵10人でどうにかなる程度でしかありません。桃ならば倒しました」
「……上級なドングリの背比べだけど、見ていて見苦しい」
「「 おわぁっ! 」」
いきなり横から話の割り込みが入る。
「……いきなり驚くなんて、酷い」
「メイ、貴女の登場の仕方に問題があると何度言えば分かるのですか。ジャックも何か言ってやってください」
「誰かと思ったらメイか。最近調子はどうだ?」
「……上々。成果、いる?」
「嗚呼、誰も私の話を聞いていません」
アルフェウスの言葉が空しく食堂に響いた。
「ああ、頼む。ついさっき依頼が終わったってのに、また依頼だよ。しかも幻獣相手だぜ?」
「……ジャックは確実に依頼をこなすのに料金が安い。それに最近幻獣の被害が増加している分、報酬となる分も満足に稼げない。多分、その2つが原因。それと、はい成果」
頭からすっぽりと被ったローブから2本、不思議な輝きを放つ青い液体が入った小瓶を取り出し、それを受け取る。
メイは幼少の頃に師と仰ぐ魔術師から調合術を習い、またオルヴァーナ方式の調合術にも精通した、調合関連に関してのエキスパートだ。本人曰く、物心ついた時にはもうやっていた、とのことらしい。
アルガスとオルヴァーナの調合技術を学んだ彼女は聖騎士団にとって必要不可欠な存在である。
「ありがとな。足りんだろうが、礼」
先程3000サンツも報酬として受け取っている。彼女の調合した薬品は一瓶で通常の回復薬5本に匹敵する。多分死の淵に立っている状態でも飲めばそこから立ち直れる気がする、というのは服用者の談。
だが懐に手を差し入れようとしたのをメイが止めた。
「……礼はいらない。使ってさえくれれば、それだけで嬉しい」
目を逸らしながらメイが言う。どことなく赤くなっていた。
「どうした? 風邪か?」
メイの額に自身の額をくっつける。
「……っ!」
更にメイの顔が赤くなった。そしてふらふらとし始める。バッと逃げるように離れると、そのまま何処かへ走っていった。
「どうしたんだ? アイツ」
「全く、メイにも困ったものですが、ジャックのコレはいつになったら治るのでしょうか」
「お前まで?」
「これでメイ一人だけで16回目、全体で79回です」
「はぁ?」