§1 魔術師という存在
魔術。
それが何を指すのか、この世で知らない者はいない。この国どころか、この世界で魔術士という存在は忌み嫌われる存在だ。
ありとあらゆる存在の理をねじ曲げる事すらも可能とする魔術師は国が総力を挙げてせん滅する。魔術師対策についてなら政治の三権を一括することが出来る組織まで作られた。それほどまでに魔術と言うものは恐れられ、対策が練られていたのだ。
大地を焦土へと変貌させ、永久に凍り付いた凍土の地すら創り出す氷炎魔術。人の感覚に直接効果をもたらす神経魔術。闇や重力を操る暗黒魔術。身体を強化する強化魔術。死者を操ることすら可能とさせる聖魔術。古に存在していたと伝わる古代魔術。
それらを使いこなすことが出来る魔術師達はかつては民衆の為に力を振るっていた。魔術国家アルガス共和国と工業国家オルヴァーナ公国との間には強固な協力体制を敷かれていた。アルガス共和国側は魔術的な支援を行い、オルヴァーナは工業的な面での支援を見返りとして行ってきた。
氷炎魔術は寒さの厳しいこの国で有効利用されたり、怪我を負っても聖魔術によって痛みを和らげたり、治癒したり。作業の際には強化魔術によって作業員の身体を強化したりや暗黒魔術で運ぶ物体の重さを軽くすることに使われたりしたそうだ。古代魔術は共和国に存在した文献に“記すことが阻まれた”ためどのような物だったか分かっていない。
オルヴァーナ公国も自身の得意とする工業とアルガス共和国の魔術を組み合わせた魔導技術を用いて技術関連でやや劣るアルガス共和国の技術支援を行っていた。工業と違い、魔術の長期使用が難しいためだった。オルヴァーナの地は寒くても大地がそれなりに肥えている分、食料生産も出来たがアルガスの地は肥えすぎていたために作物が地に合わず、食料生産が難しかった事も関係している。
双方の国は互いの得意分野を盗みながらも、平和的な国交を保っていた。事実、オルヴァーナ側では魔術も使用した魔科学が生まれ、アルガス側では魔導術が生まれた。
だが、それも終わりを迎える。
「魔術を使える者は、使えない者よりも優れた存在である。ならば、優れた我々こそが真の支配者だ」
一人の思想家であり魔術師でもある男、ミシェル=ザーランドが唱えた言葉によってそれは壊される。アルガス帝国と名を変えた国家を彼は活動当初からの同志数人のメンバーによって建国。二国間の戦争へと陥った。それによってオルヴァーナ国民の思想は一気に魔術師=悪へと変革する。
魔術師は彼の先導によって戦線に立ちその猛威を振るい、非魔術師はオルヴァーナ諸侯の手により武装化された。
戦闘は当初魔術師側の優勢で、非魔術師側の兵士は一方的に虐殺されていったのだが、元々の兵士数で勝る非魔術師側に次第に圧されることになる。加えてザーランドが暗殺されたことにより一気に非魔術師側が有利となった。結果、アルガス帝国も崩壊し、諸侯達の指示によってアルガス共和国も事実上壊滅状態となった。旧アルガス国土はオルヴァーナ公国領となって活躍した貴族達に分配されることになった。
そしてそれからすぐに、魔術師達の残党をせん滅すべく、アルガスとの戦争で活躍した兵士達を厳選して集め更なる対魔術訓練を施した武装組織が産声を上げる。
パブ”ヨツンヘイム”。
必要以上に冷やされた酒を出すことで有名なこのパブは、夜と言うこともあって仕事が終わった男達でとても賑わっていた。
俺もパブの暖炉そばの席に陣取り、軽食を口の中に放り込んでいる。時折俺の手荷物をスろうと試みた奴がいるのだが、都合良くその手荷物が中に棒状のものを仕舞い込んでいたので、全員がそれによって叩きのめされていた。
「おい、とっととガキは帰りな」
「ガキにはまだはやいさ」
「家に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」
「「「ハハハハハ!」」」
周りが俺の外見を見てははやし立てているが、それに気にせず、ある男を待っていた。
土色のローブを身に纏った男が店内に入る。常連なのか、そこだけ空いていたカウンター席に座り込むとマスターに、「いつもの」とだけ言う。
マスターもマスターで分かっているのか、特に気にすることもなくカクテルを作り始めた。
グラスが男の方に滑り、一気に煽る。燃えるような熱さが喉を通り過ぎたはずだが、男は一切気にする様子もなく、淡々と軽食を注文しては平らげていった。
そこそこに腹が膨れたのか、それとも家内あたりが心配するの恐れたか、男は店を去る。扉を開け、闇に消えた。
俺もそろそろ用事を終えて帰らないと不味いので、店を後にした。外気の冷たさに一瞬用事を放り出して帰りたくなったが、放り出したら更に厄介なことになるのは明らかだ。1メートルほどの細長い棒状になった袋を抱え、俺は走った。男が向かった方向と同じ方向に。
ーーターゲット確認。
依頼内容、ターゲットの抹殺。
注意事項、証拠となるアイテムを持ち帰ること。
「作戦を開始する」
足に力を込め、俺は爆発的な加速を得てターゲットを追った。
そして、月も高く昇った深夜。
闇に染まった都市を、一人の男が駆けていた。時折走りながら後ろを見て、追っ手が来ているかどうか確かめていた。
何度この動作を繰り返しただろう。一体どれほどの距離を走っただろう。息は既に荒く、足を動かす事さえおぼつかなくなっていた。
さっきから後ろを振り返るごとに、追っ手は少しずつ、少しずつこちらに近づいていた。追っ手は闇にとけ込む、黒いフーデッドローブを纏っているために、神経魔術を使って視力を強化しなければ見ることすら危うかった。
「くそっ、まだ振り切れないのか!」
「振り切れるとでも思ったのか?」
曲がると、そこで行き止まりだった。男はそれを見て愕然としながらも、最後の抵抗をするべく後ろを振り返った。足を大地に踏みしめ、相手に対し斜め40度ほどに構える。
こちらが息も絶え絶えなのに、追っ手は息を乱すことすらしていない。
「さて、と、大人しく投降するか?」
大人しく聞いてみれば、追っ手の声はまだ声変わりになりかけた少年のものだった。子供相手なら遅れをとることすらないと、右手を握りしめる。手の中にある堅い、確かな感触が心を落ち着かせてくれた。
「投降すると思ったか! 魔術師殺しが!」
言い放つと同時に右手に握った魔術師の象徴ーー杖を振るう。一度掲げるようにして、奴の方へとその先端を向けた。
「燃やせ! “アークフレイム”!」
言の葉が紡ぐ詠唱にワンテンポ遅れて、杖の先端から人の頭もありそうな大きさの十字型の白炎が吹き出す。それは一直線に追っ手を襲ったが、
「馬鹿が、その魔法は発動するのに時間の掛かる遠距離攻撃魔法だ」
手にしたサーベルで一閃され、炎が易々と切り裂かれた。よく見れば刀身の全体がうっすらと淡く光っている。恐らく、いや確実に対魔術を想定した術式を刀身に付与させている。刀身にルーンを彫らず、あえて術式付与の形にすることで強度の維持を実現しているのだろう。
手に何か持ち、それを掲げる。
「どうした? この程度か。なら……こちらの番だな! “グレイヴ”!」
その言葉とともに当たりが一瞬、男を中心として青い炎が迸った。だがそれもものともせずに男が突貫する。
「せあッ!」
短い裂帛と共にまずは一閃。それで杖を手ごと切り落とされた。
「ぎゃっ!」
左手が腹に食い込む。どう見ても少年の体格のはずなのに、まるで筋骨隆々とした格闘家からボディブローを受けたような衝撃が襲った。胃液が逆流し、口の中が酸っぱくなる。
「ぐほぉっ!」
その間に手首が返される。首を狙った一閃。それは吸い込まれるように入り、首をはね飛ばした。ゴトッ、と石畳の上に堅いものが落ちる音がした。
「……こんなものか。今回も楽な仕事だった。やはり、相手をするなら若い魔術師共に限る」
サーベルを振り、血脂を払う。懐から取り出した布で丁寧に残った血を拭き取ってから腰の鞘に納めた。仕事の証拠として、今し方殺したばかりの男が持っていた杖を拾い上げる。
火照った身体の為か、いつも以上に寒く感じる。ローブを更にきつく着込んだ。
「……寒い、とっとと帰ろ」
そうして、追っ手――ジャックは夜の闇へと消えた。
私は確かにCodelessの執筆をしていたはず。
だが何故に全く違う方面の作品を書いたんだろうか……。