紅い正義を撃て・其の伍
「まず、ローリエの葉、シナモンスティック、カルダモンを千切った物を炒って……」
フライパンの上で、パチパチと音を立てながら、粉々になったスパイスが宙を舞う。
「そしてさらにブラックペッパー、クミン、スターアニス、コリアンダー、クローブを入れてさらに炒る」
「呼んだ?」
「呼んでない」
「すり鉢に移してフェンネル、ナツメグの粉を入れて……」
「する」
「そうそう」
静かな厨房にすり鉢と棒がこすれ合う音が響く。こすれ合う度に、スパイスから香りが少しずつ出てくる。
普段見た事が無いのか、クローブちゃんがする所を興味深々に見つめている。
「こういうの見るの、初めて?」
「漢方や薬をするのに用いてはいるが、料理で使う所は初めて。興味深い。これがあのチョコレートみたいなルウになるの?」
「うーんこれだけでは、市販のやつにはならないけど……」
そんな話をしながら暫くすっていると、全ての材料が粉末状になった。
「はい、熱い香辛料こと、ガラムマサラの完成でーす」
「お、おぉ?」
少し困惑した顔で拍手をするクローブちゃん。何か不満な点でもあったのだろうか。
「ん? どうしたのクローブちゃん」
「ガラム……マサラ……? カレーじゃなくて?」
「あー、せっかくならスパイスにもこだわりたいしね。これは香りを増す為のスパイス。入れるとカレーの香りがぐんと良くなるんだ」
「ほ、ほう」
「……というか、昨日の説明で語った気がするんだけど……もう一回しようか?」
「いい」
即答で断られた。ちょっとショック。時間短縮のために詳しくはやらなかったし、そんなに面白くはなかったものな……。次に話す機会があったら、もう少しエンターテイメント性を増やすか。
「さて、これからカレーを作る訳ですが」
「うん」
「実は、こちらに一晩置いた物がございます」
「……あぁ、製作過程の省略」
「やめてっ! メタ発言やめて!」
唐突なクローブちゃんの発言に焦りながらも、炊飯器からご飯を皿によそう。
「……何を?」
「いやさ、これからクローブちゃんもここで一緒に働く訳だろ?」
温めたカレーをご飯の上にかける。
純白に輝くご飯を、カレーが呑み込んでゆくようにとろりとかかっていく。
カレーは、ご飯の上で輝く。
これは俺の一方的な想像なのかもしれないが、湯気の立つご飯の上にかかるカレーはまるで黄金の山のように光っているように感じるのだ。
湯気が昇ると共に、厨房にカレー独特の食欲をそそる香りが漂う。
「う……」
こくん、とクローブちゃん喉が鳴る。目の前に置くと、待てをしている子犬のようにカレーをじっと見つめている。
「定番、日本式チキンカレー! どうぞ、お召し上がりを」
「い、いただきます」
そう言うやいなや、彼女は素早くスプーンを持ち、ご飯を突き崩してカレーにまぶし、小さな口に運ぶ。
そして、口に入れた瞬間、動きが止まる。だが、それも一瞬の事だった。
「あれ、口に合わな……って早」
その小柄な体から考えられないスピードで食べていく。スプーンを目で確認が出来ない。
「おかわり」
瞬く間に空になった皿を勢いよく俺の前に差し出す。
「あ、あぁ……はいはい」
もう一度ご飯とカレーをよそい、渡す。
「あはは、おいしかっ」
「おかわり」
「早い!?」
目には見えない速さでカレーライスで無と化した。
「ええええぇ!?」
「? 早くおかわりを」
「え、あれ? さっき入れたよね!?」
「うん、食べた。もっと食べたい」
スプーンを持った手で机をダンダンと叩き催促してくる。
「も っ と 食 べ た い」
「わ、わかった! すぐに用意するから!」
急いでカレーをもう一度よそう。彼女は某邪神にでも憑かれてるのか……?
差し出したそのカレーも瞬く間に無くなっていく。
「おかわり」
「まだ食べるの!?」
彼女の食欲は留まる事を知らず、どんどん飲み込まれていく。彼女の胃は溶鉱炉なのだろうか。
「うおォン」
「まるで人間火力発電所だ……って、やかましいわ!」
「そんなことより、おかわり」
「いや、流石にそろそろ食べ過ぎじゃ」
「 お か わ り 」
結局、その日用意した一鍋のカレーは全て食べられてしまった。……なんて化け物だ