紅い正義を撃て・其の参
のれんを潜って、厨房にはいる。
「おおう、これはなかなか……」
外の純和風とは一転、厨房はかなり最新の物となっていた。
ステンレス製で統一された器具に大型のガスレンジ。うどん釜、タンドリー、大型オーブンと調理器具も充実している。冷蔵庫、冷凍庫も申し分ない広さだ。
「うん、これなら存分にカレー作りができますよ!」
「まぁ、いろいろ調べて集めたんだから、当然よ! 全くカレー如きで何でこんな苦労を……」
「……はい?」
今、俺は聞き捨てならない事を聞いた気がする。
「今、なんと?」
「え、色々調べて集めたんだから当然……」
「その後ォ!!」
「ひっ! カ、カレー如きで……」
引き攣った顔で答えるフェンネルさん、彼女の狼狽した顔というのはなかなか珍しい。
だが、そんな事は今はどうでもいい。重要なことじゃあない。
「カレー如き。なるほど、カレー如きですか……」
公言しておく。俺は、はっきり言って極めて大人しい人間だ。高校の頃、卒アルのランキングに一度も名前が出ない程度には地味で大人しい人間だ。
某ハンバーガーショップで列に並んでいた時に横から割り込まれても文句を言わずに入れてあげるほど柔和な人間だ。
だが、一つだけ許せない事がある。
料理を、馬鹿にする事だ。どんな料理であろうと、そこには作った人の思いが込められている。どんなものであろうと、それをたかがなどと言えるものでは。絶対に、ない。
どうやら彼女には、教育が必要なようだ。
「いいですか、そもそも今日食べているカレーと言うのは日本独特の物であって、発祥であるインドのカレーとは違います。そもそもカレーという言葉はインド人の使う言葉であるタミル語で食事にあたる『カリ』がイギリスからヨーロッパに伝わった時に誤解で広まっただけであり、インドにはカレー料理は存在せしません。変わりに各家庭がそれぞれスパイスを調合して作ったガラムマサラやマサラペーストを用いたものがカレーの原点であるわけです。
これが、イギリスの商社でカレースパイスとして売られ明治に日本で売られたのが日本のカレーの夜明けでありまして(中略)そんなわけでこれがカレーの歴史なわけですが……現代でもカレーの進化は止まる事を知らず。例えば海軍カレーが最近出てきたりしていますが(中略)と言う訳で、おでんカレーやカレーうどんの発展型カレーとしてご飯自体に出汁を……あれ」
ふとフェンネルさんたちの方を見ると、なぜか机に突っ伏して寝ていた。時計を見るとさっきまで5時を指していた短い針が、四時を指している。外はどっぷりと暗くなっていた。
どうも話しすぎてしまったらしい。フェンネルさんも、クローブちゃんもスヤスヤと寝ている。
仕方ないなぁ……うん、起こそう。
「起 き ろ !」
机を一発、平手で叩く。
「ひゃい!」
「!?」
それに驚いて、二人は起きてくれた。フェンネルさんが少し涙目になってる。まぁ、寝起きだしね!
「な、なによ! 急に演説し始めたと思ったら延々と……こっちが何言っても聞かないし!」
「話……終わった?」
困惑した顔をして、こちらを見る二人。僕は彼女たちに笑顔で答えた。
「終わった? やだなぁ……ま だ 半 分 も あ り ま す よ ?」
再び話す俺の視線の端に、真白な灰になったような二人が見えた気がするが、気にしない事にしよう。