紅い正義を撃て・其の弐
「と、言う訳で、カレーライス侵略開始しまーす」
「おー」
俺のやる気の感じられない掛け声に、これまたグローブちゃんの抑揚のない声が答える。
「……で」
俺は目の前にある、一軒の店を見上げる。
「ここで、カレーショツプを開くという事ですが」
「うん、ここはこの町を首領が世界征服の礎にする為に最初に買っておいた物件のひとつ。まだヒーロー達にも感づかれてない。安心して使って」
無表情なクローブちゃんが淡々と説明してくれる。なるほど、あの首領。こんな無茶苦茶な作戦を考えるから、心配になったが一応真面目な仕事もちゃんとしてるんだなぁ……。
「って、なるか! カレーショップにこの装いって何考えてるんだよっ!」
そう、俺の目の前にある物件。
それは、まるで峠の茶屋が都心の真ん中に現れたかのような、立派な純和風の建物だ。
少し苔のついた藁葺と瓦を組み合わせた屋根。広く開いた入り口と、赤い長椅子に加えて、入り口のちょっと横にはくるくる回る水車。土色の暖簾には『カレースタンド モダルカン』と白地で書かれている。
「いやいや、この外装でカレー売るとか完全に詐欺だろ! 第一、店名に普通に組織名が書かれてるよ!? なんか捻れなかったのかよ! 誰だ名前考えたの!」
「首領」
「駄目だあの首領!!」
ホントに大丈夫か、この組織……。
「あら、まだ中に入ってなかったの?」
不意に後ろから声が聞こえる。その声に俺は思わずビクッっと肩が上がってしまう。後ろを振り向けば、もはや恥ずかしくないのかを聞いてみたい程に平凡な街から浮いたボンテージ姿の女性が立っていた。
……悪の組織の人間が言うべきでは無いのだろうが、この町の警察が仕事をしていいるのか不安である。
「あ、あぁ、どうもフェンネルさん」
俺の言葉に、フェンネルさんは眉尻がピクッと動く。あ、やばい。
「様を付けなさい、と言ったの。忘れたかしらぁ?」
自身の武器である。棘付きの鞭を構える。
「す、すいません!! フェンネル様!」
そう言いなおすと、ため息を一つ吐いて鞭をしまった。
そう、俺とこのフェンネルさん(内心ではめんどくさいのでさんづけにする)はどうも折り合いが悪い。
別に俺は嫌ってもないし、きわどい衣装のまま外出られる事に対して、色んな意味で尊敬の念を送っているが……何を隠そう、このフェンネルさんは俺が今回の作戦を受け持つ事に対して最後まで反対していた。
まぁ、最終的に首領の、
「ならば、貴様は料理が出来るのか!!」
という一言で反論できずに黙ってしまった。悪の組織の人間が、料理が出来ない事で首領から怒られると言うのも、少し可哀想な気もするが。
とにかく、どこか目の敵にされている感が否めないのである。
引き戸を開けて、中に入ると古い家特有の藁の匂いが香ってくる。屋根が高い為か、中は意外と解放感がある。カウンターが一つと、テーブルが三つ。あと、狸の置物。
外見とは違い、しっかりと中は現代の食べ物屋の様式となっている。
「意外と、中はきれいですね……」
「当たり前でしょ、元々別の作戦で使うための建物を急遽変更してこの建物にしたんだから、建物が出来たのはつい最近よ」
まぁ、こんな都心近くにこんな物が残っている訳ないしな……なら、なんでカレーからほど遠い建物にしたんだよ。
「こっちがキッチンよ、着いてきなさい」
「あれ、今日はフェンネルさ、様が案内してくれるんですか?」
そういうと、こちらをキッと睨みつける。
「今回だけよ! 首領から伝言を頼まれたついでよ!」
「伝言?」
「……それは後で話すわ、いいからとりあえず着いてきなさい」
そういうと、つかつかと奥へと入って行ってしまった。ボンテージ姿の女性が暖簾を潜ると言うのはシュールである。
「あの人、いつもあんな感じなのか?」
「うん、だいたい怒ってる。首領の前以外は」
「へぇ……」
そういえば、前の会議でも彼女は首領に対しては大人しかった気がする。首領になにか特別な思い入れがあるのだろうか。
「何やってるのよ! 早くこっちに来なさい!」
奥からフェンネルさんの怒鳴り声が聞こえる。
それを聞いてトコトコと向ってくグローブちゃんの後について、俺も奥へ向かう事にした。