カレーライス作戦第一号・其の弐
‐香り‐
それは鼻に存在する感覚細胞が化学反応することによって起きる感覚。人はその鼻で受けた反応を脳に伝達させることで、その臭いを判断し、時には警報のように用いることもある。
また、脳における嗅覚の処理は、人の記憶、感情を司る部分に強く結びついており、香りを嗅ぐことにより記憶のフラッシュバックが発生する『プルースト現象』が起きる事も知られている。
「……と、このように小難しく考えると訳が分からないように思えるが、ようするにだな」
大柄な体をわざとらしく揺らし、首領は咳払いをする。そして一息おいて一喝。
「匂いで人を操ることは可能なのだ!」
ざわざわと会議室がざわめき立つ。会議室の面々はひそひそと互いに話し合っている。
「さて、この計画の為にカレーに関する専門家をお呼びした……と言っても、皆知っている顔だろうが」
そういって、首領はその人物に立つように促してくる。そう、他でもない俺に。
それに合わせて会議に出ている人々の視線がすべて自分に向けられる。注目される事には、慣れていないのだが。
「いや、別に専門家と言うわけでは無いのですが……」
「まぁまぁ、さて、彼が今回の作戦のリーダーとなる、我らが秘密基地の食堂で料理長を務める、田中君だ」
そう、普段俺はこんな会議の場には呼ばれはしない。
俺が働いてる場所は、この秘密基地にある食堂なのだから。
ざわめきが、より大きくなる。そりゃそうだろう、こんな幹部でもない自分が作戦のリーダーなんてそりゃ納得もしないだろう。
昨日まで食堂のシェフだった人があなた達に指示を出します、なんて誰だって不満しかないだろう。
「そんな、首領! 納得がいきません!」
「そうです、そんなどこの馬の骨か分からない男に作戦のリーダーなんて!」
「そうだ、そうだ!」
「今日のA定食は何ですか?」
喧々そうそう、一斉に幹部たちが首領と俺により詰めてくる。
「ええぃ落ち着けぃ!」
首領の一喝で、幹部たちは黙る。しかし、誰もが不服そうな顔をしている。
「確かに、彼にいきなり作戦リーダーと言うのは無茶な話かもしれない」
首領は静かに、皆をなだめるように話す。
「だが! れっきとした、彼を推薦する理由が存在する」
と一喝し、思いきやいきなり教壇を強く叩く。
「そう、この前の慰安旅行っ……軽井沢でのキャンプの時っ……!」
「え、ここ慰安旅行なんてあるんですか!?」
某福本節な喋りかたをし始める首領。
というか、地味に福利厚生いいな、この悪の秘密結社。
「お前らが作ったカレーの味っ……それは絶望っ……! 圧倒的絶望っ……!」
「そんなに酷かったんですか?」
気になったのでちょっと聞いてみる。
「俺が材料を消し炭にして」
「カレールーの代わりにチョコレートをいれて」
「お米を忘れてオール押し麦」
「カレーですらねぇ!」
そりゃ、確かにこの人たちには任せられないよな。