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◎その一

 むかしむかしある所に、妖怪と人間が共に暮らす村があった。

 その村では猫又は守り神として崇められており、またその猫又も村を守っていたそうな。

「っへぶしぃ!?」

 薄暗い雲に覆われた空の下、一人の女の子がお気に入りの団子屋に向かって歩いている。

 辺り一面、連日降った雨や雪で白と茶色のまだら模様となっていた。

 雪だけならば、まだ風情というものがあるのだが、これでは雪もべちゃべちゃで雪だるますら作れない。

「ふぅぅ~、もう少し厚着してくればよかったにゃ」

 女の子は鼻ちょうちんをずずず~っと吸い上げ、ぶるぶると肩を震わせる。

 肉球模様の着物は可愛らしく、愛嬌たっぷりの女の子によく似合っていた。

 これだけ見ると至って普通の光景であるのだが、よく見るとちょっとおかしい。

 なぜならば、女の子の頭からは髪の毛と同じ茶色い毛の――まるで猫みたいな耳が、ぴょこんと生えているのだから。

 それにもう少し視線を落とせば、腰の辺りから二本の尻尾が伸びている事もわかる。

 寒いですと言わんばかりに、二本の尻尾をこすりあわせて、暖をとる。

 と、視線の先に、目的地である団子屋の建物が見えた。

「ふぅぅ、これでやっとあったまれるにゃ」

 指先まで着物の袖に入れると、女の子は小走りに駆け出す。

 女の子の名前はヒナノ。

 この村の守り神をやっているヒュウガの娘、つまりは猫又なのだ。


     ☆


 ヒナノが団子屋の暖簾(のれん)をくぐると、鼻の中いっぱいに美味しそうな匂いがなだれ込んできた。

 思わずよだれがでてしまったのを袖でぬぐい、団子屋の主人を探す。

「団子屋さん、おはようございまぁ……、はっくしょん!」

 そして元気に挨拶……をしようとして決め損ね、ずずずぅ~っと鼻をすすった。

「おはよう、ヒナノちゃん。タマちゃんならもう来てるから、さっさと上がりな」

「はいにゃあ!」

 団子屋の主人にすすめられるまま、ヒナノは店の裏へと入っていく。

 土間で草履を脱いで畳に上がると、主人の言っていたように知り合いがすでに一人来ていた。

「おはよぉ、ヒナノちゃん」

「おはようにゃ、タマ」

 タマと呼ばれた女の子も、猫又のヒナノの友達だけあってちょっぴり普通じゃない。

 湯呑柄の着物を着たおかっぱの女の子は、タマミドリ。

 なんと、湯呑の付喪神さまなのだ。

 もっとも、できるのは本体でもある湯呑に、熱々の緑茶を出すだけだが。

 猫又だけに猫舌のヒナノは、毎回ふぅふぅしてからタマミドリに出してもらったお茶を飲んでいるのだ。

「あらあら、ヒナノちゃんいらっしゃい」

「おじゃましてますのにゃ、お姉さん」

 と、ヒナノはタマミドリのさらに奥の方から声をかけられた。

 長い髪を結い上げ、薄い浅葱(あさぎ)色の着物に身を包むのは、団子屋の主人のお嫁さんである。

 なぜヒナノが『お姉さん』と呼ぶのかと言うと、前に『おばちゃん』と呼んだ時に総毛立つような顔をされたからだ。

 どんな顔だったかと聞かれれば、般若と言うに相応しいくらい。

 団子屋の主人にはもったいないくらい綺麗だが、とっても恐ろしい人なのである。

「あらあら、この子もヒナノちゃんと遊びたいみたいね。ほら、ヒナノちゃんにご挨拶しましょうねぇ」

 そして、お嫁さんの腕の中にもう一人。

 ヒナノ達が毎日団子屋に通うようになった、きっかけの人物がいた。

「遊びにきたのにゃ~」

 ヒナノが手を振ると、その手をひょいとつかもうとする。

「ねぇねぇ、抱かせて欲しいのにゃ」

「えぇ、いいわよ。でも、乱暴にはしないでね」

 ヒナノはうんうんと頷きながら、お嫁さんから赤ん坊を手渡された。

 おっとっとぉ、とこけそうになりながら、しっかりと抱きとめる。

「たぃあぃあ~!」

 ヒナノの顔を見た赤ん坊は、ぱぁっと笑顔になった。

 小さな手を力いっぱい振り、きゃっきゃと愛らしい声を漏らす。

 するとそこへ、

「おーいヒナノ! タマ! 来たぜぇ!!」

 最後の一人がやってきた。

 真っ白い着物に青い目と髪をした女の子。

 雪ん子なだけあって、寒さなんてへっちゃらである。

 その証拠に、この寒い中でも着物の丈は膝上だ。

 ここ最近寒い日が続いているせいもあって、お肌はしっとりつやつやである。

 逆に夏なんかだと、ほとんど日なたに出られなかったりするのだが、それは置いといて。

「遅いよ、シャオちゃん」

「そうなのにゃ」

「ヒナノちゃんもだょ。さっき来たばかりなんだし」

「そ、それは言っちゃだめなのにゃ!」

 ヒナノの慌てた様子が面白かったのか、赤ん坊は満面の笑み。

 にゃにが面白かったのかにゃ~? とヒナノが顔を近付けると、

「痛、痛い、いたたたたた!?」

 いきなりガシッと両耳をつかまれた。

「危ない!」

「なにやってんだ、ヒナノ!」

 倒れそうになるヒナノをシャオが後ろから支え、手放してしまった赤ん坊はタマミドリがなんとかキャッチする。

 ちなみに、手放された赤ん坊はというと、

「ひぃぃ、たいあい、えぇーッ!!」

 非常にご機嫌だった。

 現在も進行形でヒナノの耳をつかんだまま、上下左右に引っ張って遊んでいる。

「そんなこと言われても、痛いものは痛いのにゃあ!」

 もげる! 耳がもげる!! と叫んでいるヒナノを見かねて、

「よし。ならば、これを見よ!」

 あちょー、と言いながら、なんか拳法っぽい動きをするシャオ。

 右手のひらを上に向けて突き出す格好のまま、しばらく静止する。

 その手のひらに、小さな小さな塊が現れた。

 塊は次第に大きくなり、正六角形を中心にして網の目のような枝を生やす。

「まあ、すごい」

 お嫁さんも目をぱぁっと輝かせながら、シャオの手のひらに浮く塊に見入った。

 シャオが作り出したのは、なんと手のひら大の雪の結晶だったのだ。

 ヒナノの耳をつかんで離さない赤ん坊も、これには目を丸くしながら驚いていた。

「てぃあぁ!」

 興味を失った赤ん坊はあっけなくヒナノの耳から手を離し、シャオの作った雪の結晶へと手を伸ばす。

 ヒナノはうずくまったまま、両耳を触って状態を確認する。

 何本か、毛が抜かれたかもしれない。

「ヒナノちゃん、大丈夫?」

「まあ、にゃんとか。もがれなくてよかったのにゃ」

 赤ん坊を抱えるタマミドリは、心配そうな表情で聞く。

 上から両耳の状態を確かめてみるが、ヒナノの言うように大丈夫そうだ。

「あ……」

 シャオの口から、間の抜けた声が漏れる。

 ヒナノとタマミドリが目を離していた隙に、赤ん坊がシャオの手のひらに浮く雪の結晶を、思い切り叩いて壊してしまったのだ。

 人が触れただけでも溶けてしまうのだから、赤ん坊とはいえ叩かれてしまってはどうしようもない。

 いくら大きくても、その点は普通の雪の結晶と同じである。

「う、うぅ、うぁぁあああああん!」

 雪の結晶が無くなってしまったのが悲しくて、赤ん坊は大声で泣き出してしまった。

「ヒ、ヒナノちゃん、シャオちゃん! どどど、どうしよう!?」

 タマミドリはゆさゆさと揺すってみたり、いないないばぁをしたり、面白い顔をしてみたりするのだが、赤ん坊はそんなことお構いなし。

 タマミドリがわたわたと慌てている間に、赤ん坊の泣き声はどんどん大きくなる。

「シャ、シャオ! もう一回作るんだにゃ!」

「お、おう! 待ってろ、もう一回作ってやる。ぬぉぉおおおおおお!!」

 気合いを入れて手のひらに集中するシャオであるのだが、


 ――――きゅるるるる~~~。


「お、お腹が減って力がでなぃ……」

 氷の塊ができる様子はない。

 あるのはただ、冷や汗を流すシャオの苦い顔だけだ。

「こんな時になにやってるのにゃ!」

「いいから、早く何とかしてぇ……!!」

「はいはぃ、いい子いい子ぉ」

 すると、見るに見かねたお嫁さんが、タマミドリの手から赤ん坊を抱き上げた。

 母親の顔を見て安心したらしく、泣き止んだ赤ん坊はぺたぺたと母親のほっぺに触れる。

「三人とも、おやつの時間だぞぉ~」

 店の方から、三皿分のお団子を持った、赤ん坊の父親がやってきた。




 三人はあっという間に赤ん坊を泣き止ませたお嫁さんの凄さに感心しながら、串に刺さった三色団子を食べていた。

「三人とも、毎日うちの子の遊び相手になってくれて、ありがとうなぁ」

「いぇいぇ、そんな事ないです。赤ちゃん可愛いですし、毎日楽しみにしてます」

「お団子食べられるしな!」

「それはシャオだけにゃ」

 なんだと!? と今さらのように驚いているシャオに、団子屋の主人とそのお嫁さんはちょっぴり苦笑いした。

 確かに、最初に団子は釣られてやって来たのだが、今ではそっちの方がオマケになっている。

 ヒナノもシャオもタマミドリも、毎日この赤ん坊と遊ぶのを楽しみにしているのだ。

 すると、母親の手から抜け出した赤ん坊は、はいはいしながらヒナノのそばまで寄ってくると、短い手を一生懸命にのばした。

 今度のターゲットは、美味しいお団子のおかげで上機嫌に揺れているヒナノの尻尾のようだ。

 ヒナノは二本の尻尾を猫じゃらしのようにふりふりしながら、赤ん坊とじゃれ合う。

 何とか先端をつかもうと尻尾を追いかける赤ん坊の姿は、その場の全員の心を和ませた。

「いつも悪いわねぇ。お昼時なんかだと、うちの人だけじゃ手が足りなくて。でも目を離していてもしもの事があっても困るし」

「いいんだよ。そんな事」

 ほっぺたに手を当ててう~ん、と困った顔をするお嫁さんに、団子屋の主人は気軽に返す。

「こいつら、今まで散々うちの団子を盗み食いしてたんだからな」

 横目でちら見される三人組は、げほげほと団子をつまらせた。

 事実なだけに、言い訳のしようもない。

 あらあら、とお嫁さんもにこやかに笑った。

「でも、元気があっていいわねぇ。うちの子も、三人みたいな元気な子に育って欲しいわぁ」

 そう言われると、なんだか照れる。

 三人は恥ずかしげに目を伏せながらも、口元は嬉しそうにほころんだ。

「それにしても、あの悪ガキ共が、ここまで成長するとわなぁ」

 団子屋の主人は、一皿を平らげたシャオの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 恥ずかしさとむずがゆさで、溶けてしまいそうである。

「もうそれは言わないで欲しいのにゃ」

「そ、そうですよぉ、今ではちゃんと反省してるんですからぁ」

 ヒナノとタマミドリは応の抵抗は見せるものの、非常に弱々しい。

 肩身が狭そうに両肩を寄せて、三人とも縮こまってしまってしまう。

「てぃやぁー!」

 と、しゅんと静まりかえっていた室内に、赤ん坊の快声が高々と響きわたった。

 そして新た訪れた感触に、ヒナノは赤ん坊の方を振り返る。

「あなた……!」

「あぁ、立ったぞ!」

 なんと赤ん坊は、立ち上がってヒナノの尻尾をつかんでいたのだ。

「すごぃ」

「立った、立ったぜ!」

「ついに立ったかにゃ」

 今まで、はいはいしか見た事のなかった団子屋の主人とお嫁さんも、そしてタマミドリとシャオとヒナノの三人も、その光景に目を輝かせた。

 まだぎこちなく、頼りないが、しっかりと自分の足で立っている。

 ヒナノがもう片っぽの尻尾で頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細め、つかんでいる尻尾を支えに歩こうとする。

 それがなんだか無性に嬉しくて、ヒナノは心がぽかぽかとなった。

「にゃにゃ、にゃにゃーにゃ!」

 そこへ、一匹の猫が大慌てで駆け込んできた。

 灰色の毛をした猫で、えらく剣幕した様子である。

 ヒナノは、はっとしたような表情になって、猫の鳴き声に耳を傾けた。

「おいおい、勝手に入って来ちゃだめじゃないか」

「そうねぇ。うちは食べ物を扱うお店だし」

「ヒナノ、外に出した方がいいんじゃないか?」

「ヒナノちゃん?」

 団子屋の主人もお嫁さんも、シャオもタマミドリも、猫を店の外に連れ出そうと言う。

 しかし、ヒナノにとってはそれ所ではなかったのだ。

 赤ん坊の手から優しく尻尾を外し、大慌てで草履を履き直す。

「大変なのにゃ。こいつのお母ちゃんが!」

 ヒナノは草履を穿くと同時に、猫に導かれるまま走り出した。

「待てよヒナノ!」

「わ、私も!」

 シャオも慌ててそれに続き、タマミドリも二人にお辞儀してからその後を追って走り出す。

 団子屋の主人とお嫁さんは、喜びもつかの間、大慌てで出て行ったヒナノ達を心配そうに見送った。


     ☆


 普段見かけることのないヒナノの真剣な表情に、シャオとタマミドリは妙な胸騒ぎを覚えた。

 理由を聞こうにも、全速力で走るヒナノになかなか追い付くことができない。

 さすが、この辺りは猫又といった所か。

 猫とヒナノは村の一番大きな道に出ると、山に抜ける方向へと一直線に走り始めた。

 シャオはまだ平気なのだが、タマミドリはもう息も絶え絶えである。

「はぁ、はぁ、タマ、っはぁ、大丈夫か?」

「ふぅ、ふぅ、なんとか、ふぅ、はぁ、大丈、夫」

 シャオはタマミドリの様子も気にしながら、前を行くヒナノに目をやった。

 ちょっとずつであるが、差が開いているような気がする。

 しかし、立ち止まっていては見失ってしまう。

 シャオはタマミドリの手を引きながら、ヒナノの後を懸命に追いかけた。

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