外交の始動、平成憲法起草
来たる総選挙に備えて。
2013.06 参院選挙に備えて。
2013.06 今も大差ありませんが、
特に2012年の政治状況を風化させず、当時を印象付けるため
内容を一部修正しました。
題 名 世界に挑む平成建国政権 2012.08.15 大国主 みこと
第3章 外交の始動
安西防衛大臣が訪米した。大臣の政策発表翌週には香山総理と米大統領が電話会談した。香山は日米同盟が日本外交政策の基軸であり不変である旨を伝えた。
安西が訪米する直前の今週は米マスコミが、日本の政権誕生の経緯を特集したが、米国は共産主義国との競争よりも厄介な国家との競争に直面すると報じた。
米自動車産業が日本の政策は非関税障壁だの、輸入制限はけしからんと、従来の主張を繰り返しても、彼ら政権が公平経済政策と唱える哲学に対抗できない。過去の共産主義と資本主義の競争と同様、彼らの政策が誤りであると実証しなければならない。それには我がアメリカは彼らの政策に勝る経済的繁栄を示す必要がある。
彼ら政権は共産主義国家と異なり、軍事的世界制覇の意図や、我々が忌み嫌う人権抑圧の兆候を今のところ見出し得ない。確かに彼ら政権は軍人の集団であり独裁を行使できるが、彼らは国民が直接民主主義の統治システムに習熟する期間の政権維持であると主張している。今後厳重に彼らの統治を注視しなければならないが、厄介な哲学を所有する国家が誕生したと認識しなければならない、と報じた。
安西防衛大臣は米国防長官と会談する。安西は沖縄訪問の2週間後、前島基地案に渡嘉敷住民の良好な感触を得て訪米し、辺野古代替基地案を国防長官に伝える。安西は前島の位置を示す地図を前に、前島が如何に基地として最適か、どのように建設するかの概略を図面や写真で縷々説明し、2015年末を目標に普天間基地の一部移動と運用を長官に伝える。
「信じられない話だ」国防長官は両手を広げ、アメリカ人特有の仕草で答えた。
「日本の最終案です。米国内の承認手続きを進めて頂きたい」と安西は迫った。
「山を削る高い位置の基地は風が強く運用が困難な事態も予想する」長官の懸念に対し、
「長官、米海兵隊は暴風でもない僅かな風で作戦ができないほど軟弱な軍隊ですか?」
これには国防長官もグの根も出ずに承認手続き開始を約束した。
「日本の北西にトラがおり、北には白熊と狼がいる。米国はいつまで狼の騙され続けるのですか? 我々は狼に忍耐の限界を感じている。狼とトラに対し次回は有効策を持ち寄り討議したい」と安西は提案した。
「我々も同様の認識である。実効ある緊密な協議をしたい」と長官は応じた。
米国新聞協会の招待会見場、安西は数十人の記者達を前に言いたい放題である。国防長官が息子の様に若いが仕事のできる男だ、と安西を褒めた途端に落ち目の新聞協会が安西を招き、日本のマスコミさえ遠慮する議事堂占拠中の出来事を興味本位に質問した。
日本の自衛隊は同志撃ちをするほど野蛮でない、私は歩哨任務が主だから皆さんに話題を提供する議員の様子は知らない、我々が保有した武器は自動小銃とガスマスク、音だけが極端に大きく爆薬力の殆どない爆薬だった等を暴露した。クーデターを支援した影の勢力がいたのかと問われ、勿論いたよ、表の勢力、国民だったと大真面目に答えた。
真面目に日本の防衛政策を聞かれると、それを喋れば直ぐに私の携帯へクビを知らせるメールが届くと笑わせ、私の在任中に北朝鮮がロケットを打ち上げると、私は間違いなく撃墜を命令するし、核実験には特攻隊を組織する、と発言し記者達を冷やりとさせたが、これもクビにならない様に夢の中だ、夢の中ですぞ、と2度の念を押して落ちを付けた。
国議室、5月30日、大臣の他に異例の大宮日銀総裁、山村金融庁長官が参加する。
「第3回臨時国議を開催します」日野が開催を宣言し、香山が国議の目的を伝える。
「総裁と長官にお越し願ったのは、中長期のマクロ経済政策の方向性に沿った政策運用を担って頂きたいためです。霧島大臣説明を」
政権発足後に就任した総裁と長官は、大臣ほどに公平経済政策を理解していなかった。
「総理、中西大臣のお師匠を差し置いて、私の所管と云う事で説明致します。大宮総裁と山村長官は説明途中いつでもご質問下さい」
霧島財務大臣は前置きし、大宮と山村を交互に眺め話を続ける。
「私達が推進する公平経済政策の帰結として、今後我が国は輸出せんがための資源資材の輸入分は不要となり、国民が必要とする所費財生産のために、我が国で調達できない資源資材の輸入がメインとなります。これは輸出入の大幅な減少を招きます。よって我が国のドル準備通貨を幾分減らしたい。また日本国内融資銀行の融資条件の一つに、日本に進出したい外国企業は、外国投資家が所有する日本国債又は海外市場に流通する円貨の国内へ持込みがあります。これは海外の円貨を国内へ還流させる政策に1つです。先ずこれらの点を心に留め置いて下さい」
「輸出入が減少すると資源、エネルギーを多消費する経済構造の変革となるが、GDPも減少する恐れがある。それは拙い。日本農業、日本食材の輸出にも力を入れたい。シェフやレストラン経営者も海外進出させたい」有明農水大臣が発言する。
「それを云うなら、アニメ、漫画文化も・・・」伊藤文科大臣も発言し始める。
「おいチョッと待て! 巷にあふれた話するな。今は総裁と山村長官をお招きしている。その話は別の機会だ。長官、何か質問がありそうですが・・・」
中西が2大臣を抑え、長官を振り向く。
「今後の国債消化には外国投資家へ売込みが必要と思うのですが、それに為替は円高で四苦八苦の状況です。全く逆の政策ですか?」山村長官は理解し難い表情であった。
「大ぴらに言えませんが、私達は緩やかな円高を目標とし、2020年頃には40円位にしたいと考えています。要は日本国外投融資銀行を通じて世界を買占めたいのと、円高による資源、エネルギーの輸入コスト低減ですね。ドルベースのGDPは拡大します」
霧島の答えに山村長官が一層当惑の表情を浮べた。
「貿易額の縮小に伴いドル準備通貨を縮小したい主旨は理解しますが難物でしょうね。日本がドルの放出を主導すると、ドル基軸通貨制度を一気に壊しかねませんから」
大宮総裁が懸念を指摘した。
「おっしゃる通り、ドルの縮小は困難ですが放置はできません。日本の貿易赤字でドルを減らす政策も採用できません。日本の信認が揺らぎます」
「皆さんは財政再建を如何にお考えですか? 日銀もインフレ政策は採用できません」
「財政再建を話す前に山村長官が実施する政策を述べます。よろしいか?」
霧島が山村を見詰めて話しかける。
「どうぞ」山村は何を云われるのか興味津々であった。
「先ず銀行、証券、保険業の垣根を見直し、銀行は投融資に専念した収益と、公共料金他の手数料収益を収益源とし、国債以外の金融商品販売を認めません。証券業は金融商品の販売と運用、株式売買の手数料収入を収益源とします。保険業は保険商品の販売と保険掛金内の融資及び資金の運用とします。この垣根は法律で実施します。これは銀行、証券、保険の業務に携わる者が知識の不足する状況で他領域業務を行い、国民及びこれら金融機関に損害を及ぼす危険を防止するためです。長官、それにも増してこれら日本の金融機関各社や国外進出の支店又は子会社、及び国内外銀から円貨流出を徐々に絞り、最終的には禁止したい。いずれ法整備しますが当面悪名高いが行政指導で対処して欲しい。また外国投資筋の日本株式の購入資金は、これら金融機関からの円供給を絞り、国際市場で円貨を調達させる、売った時は外貨の変えさせること、外国投資家に国債を売らない等、急激な円高を招かない方法で円貨の国内還流を進めて欲しい。但し政府間協定による外国政府の実需取引のための円準備通貨と、IMFのSDRは除きます」
「それは円の国際通貨推進を止める意図ですか?」山村は信じ難い表情を露にした。
「そうです。政府間の円準備通貨による国際化は進めますが還流政策を実施します」
還流と国際化は明かに矛盾する。山村はこの若者の経済感覚を疑った。
「国際市場の円貨を逼迫させる、急激にやれば急激な円高を招きます。針の穴に糸を通す難しさですが、円貨の還流に知恵を絞り実行します」
山村は世界の潮流に逆らう政策であるが、それでも方針に反対する余地はなかった。
「さて財政再建ですが、特別会計を生活保障、医療介護保険、外国為替資金、国債に整理統合して立法権者に解り易い予算を編成します。単年度の財政均衡は輸入制限を含む国内需要の確保と成長政策で必ず達成します」
「財政均衡はいつまでに達成するのですか?」
「そうですね、5、6年を考えています」
「それは・・・」大宮と山村が顔を見合わせ、不可能とばかりに首を左右に振った。
「尋常の手段では不可能ですが、特別会計の統合と新社会保障制度に目途をつけた後に国債の発行と償還の仕組みを抜本的に変えます。例えば東名や名神の高速道路、東京大阪間の新幹線、羽田や関西空港、通信網、電力送配電網など社会インフラの新組織体を設立し、この社会インフラの組織体を国民に売り渡します。売渡す原資は国債に限ります。この組織体は運用する企業を公募して運用益を国民に還元します。個人所有の国債は10万円を国債1株とし、金融機関の保有する国債は定期性預金10万円を国債1株として、国債の専用取引市場を設けて売買します。運用益の配当原資は非課税とし、配当は国債の利息を上回る様に国債株式数を決ます。国債専用市場に移管した国債は、国の国債利払いと償還国債の再発行から解放されます」
「チョッと待って下さい。その株は原資が国債ですから償還金は国が出す筈ですよね」
大宮総裁が不審そうに尋ねた。
「償還金の出し手がなければ国が保証して償還します。金融機関が償還金を出すと同額の日銀保有の国債株を取得し、その取得株を当該金融機関が保有する仕組みにします。国債の売却、定期性預金の満期、解約により国債株は現金化でき、常に流動性を確保します」
「成る程、配当は国債の利息より良いから金融機関は争って償還金の出し手になり国債株を取得しますなぁ。ところで何兆円の国債が株にできるとお考えですか?」
償還金は納得したが、この突飛な考えが財政再建に寄与する程は疑問である。
「その試算は今後です。洋上電力プラットホームなど今後の社会インフラには国債を発行して建設し、国債専用取引市場に移管します。なお国外投資家の保有する国債はこの仕組みから除外します。この市場創設は2016年頃と考えております」
「少し補足すると、金融機関が介在する配当から手数料が差引かれるが、個人国債をこの市場に参加させると配当が家計へ直接還元される。株式市場より安全確実な投資先として個人国債の選好が高まると期待できます」
呆然と聞いていた山村が気を取直し質問する。
「電力網や通信網を現企業と切り離し、電力、通信の企業を再編成する意図でしょうが、道路、鉄道の既存の負債処理スキームはご破算ですか?」
「今の統治機構が国民に馴染み、社会保障に目途をつけた暁は、総理も中西大臣も国債処理と併せて産業構造改革に着手するお積りです。社会インフラは税金と国の借金で完成しました。赤字国債も建設国債も国の借金です。総ての国の借金は国債特別会計に整理統合します。その過程で産業構造改革の一環として企業再編します。それに電力網、通信網は国の動脈です。原発廃止は必然的に電力会社の再編が必要です」
「霧島、大崎、財務省や国交省の官僚に社会インフラ運営の収益を検討させよ。ゴチャゴチャ鉛筆舐め計算させるな。必要なデータを全て公開し計算好きな民間と共同でやれよ」
中西が霧島と大崎、各大臣の顔を交互に見詰めて云い渡す。
「はい、それは霧島と連携してやります。最初は一部の官僚に極秘で研究させたいです。何が必要なデータかも検討したいですから」大崎が中西を見詰めて返事した。
「それはよいが、計算がたたき台であったはならんぞ、単なる検討資料だぞ、よいな」
中西は注文をつけて了承した。
「国民に社会インフラは国民のものだと実感させる市場創設である。社会インフラは官僚と企業の利権であってはならず、運用企業には利益を国民に還元する姿勢を徹底させる。他に官舎、議員宿舎、会館などの国有資産も可能な限り収益化し、この国債専用市場の取引対象にしたい」中西が市場創設の意義を補足した。
山村は特会の整理統合、国債処理の仕組みや産業構造改革が多数の敵をつくると考えた。既得権益集団と真っ向勝負する、総理や大臣達に命の危険もおよぶであろう。この若者達は危険を承知しているだろうか。だがこの政権しか成し得ないとも感じた。
「先ほど大臣の云われた通り、貿易が縮小すると必然的にGDPも減少します。そりゃ円高政策ですからドルベースは増大します。ただ日本の国際的な影響力は衰えます・・・」
大宮総裁が深刻そうに懸念を述べた。
「その懸念には及びません。私達は国民福祉の向上を世界に見せ、国際共生同盟の盟主としてむしろ国際的影響力を拡大させます。現実にはODA予算と連動しながら日本企業の戦略的国外進出を断固推進します。数値的にはGDPと国外進出日本企業のGDPを発表し、悲観筋を元気づける必要はあります。まぁ連結GDPとでも申しましょうか」
「では日銀は居眠りしていてよろしいか? いやこれは冗談ですが」
香山も中西も大宮がまだ半信半疑から抜け出すのは容易でなさそうと見た。
「大宮総裁、その冗談は気にしませんが、私達は大胆且つスピーディに事を進めますから、ツースロー、ツーリトルの悪しき習慣はやめて下さい。私達は日銀の独立性を尊重しますが、必要ならば日銀指揮権も発動します。よろしいですね」
大宮の悪気のない冗談だが大臣が一瞬引いた。香山が間髪入れず大宮を救った。
「はい、解りました。大変失礼しました」大宮は大いに恐縮した。
「霧島、投融資銀行の円転レートの発表は7月初旬に間違いないか?」中西が尋ねた。
霧島は輸出企業が被る円高の収益減少や、日本国外投融資銀行の円転利用額を大手企業から密かに聞き取り調査していた。官僚の試算結果に基づき省議決定できる段階であった。
「間違いありません」霧島は中西に答え、引続き、
「日銀は日本国外投融資銀行の報告に基づき円転資金を供給しますが、国内の円流通量の管理は特に国議決定の指示がない限りお任せします」霧島が大宮に話す。
「承知しました」大宮が答えた。
「総理、私の説明はこんな所でよろしいか?」霧島が香山に確認する。
「ご苦労。国債処理は追って国民に発表する。他の件は山村長官が密かに実施し、公式表明まで本日の内容は絶対漏らすな。総裁と長官の国議出席をマスコミが五月蠅く問うだろうが公平経済政策の勉強に来た、と押し通して下さい」香山が注意事項を述べた。
「ご苦労さんでした。本日の臨時国議を終ります」日野が国議の終了を宣した。
6月に入ると外交が動き始めた。香山総理が6月上旬にインドネシア、ベトナム、フィリピンの順に訪問を発表した。
日野は香山の国外訪問直前に福島原発の視察と被災者の会合を進言した。香山は先ずは国内を、と考える日野の意図を理解し実行した。
原発の再稼働中止と原発廃止を改めて宣言し、福島原発が長く危険な道程を歩むし、故郷への復帰も最善を尽くすが全てが元には戻らない、と率直に認めた。ただ被災者の生活安定と雇用の確保は最優先すると約束した。
数日後の新聞各紙は政権支持率が5%以上伸び、遂に90%に達する歴代最高にして驚嘆の高率と報じた。日野は須崎に即時談話の発表を命じた。
「私達の政権は支持率の世論調査と発表を好まない。来たるべき国民官の審議を立法権者へ如何にマスコミの色眼鏡なしに伝えるか、今から真摯に研究して欲しい」
この須崎の談話は、マスコミの報道姿勢に変革を求める政権の端的な意思表示であった。
インドネシア大統領は最初の訪問国に選ばれ、内心満足したが憲法9条の懸念を切出し兼ねていた。香山はアジアと世界に向け9条1項2項の厳守を宣言した。大統領には3項は国の独立と国民の安全が守れなくては国家と云えない。3項は国の義務であると伝え、インドネシアの治安維持に必要な協力を惜しまない。日本警察の交番制度普及を更に支援し、日本での研修受入れも約束した。
香山総理は日本の近代化は江戸から続く教育を、明治維新政府が強化した事にあった。今日本の教育を見直し次なる国家100年の計画を進めている。アセアン諸国の皆さんと共に各国のニーズに合致する人材の育成をしましょう。そのために日本はアセアン各国に教育基金を提供し、教師の養成と国を担う人材を育成する大学設立のお手伝いをします、と伝え、大統領と総理はインドネシア教育基金創設協定書に調印した。
これは新日本の東南アジアドクトリンとして発表した。その基金は米財務省証券であり、あくまで日本国が所有し、その利息を学校運営に供する内容であった。ドル準備通貨の実質的な縮小を早速開始したのであった。
総理は内外記者団を前に質問を受けた。
「日本政府は自由貿易を破棄し、本気で輸出入制限をする積りですか?」
「別に自由貿易を破棄すると云っていません。国民の生活にぜひ必要な物資は各国から購入させて頂きますし、各国が必要とする物資は販売させて頂きます。販売する時は日本企業がお国の雇用を増やす事も考え、お国の企業と共に必要な物資をお国で造ります。日本もこの様な形を望んでおり、日本の場合は国際的な責任を自覚し、外国企業が日本へ来て頂き易い様に支援を致します。と云う事です」
「日本はTPPを無期延期し、日中韓のFTAも離脱するのですか?」
「日本の関税は充分低い水準です。私達は相撲の関取をボクシングのリングで戦わせる事を望みません。お互いの国が設ける土俵で戦いましょう。私達はこう申しております。皆さんはゴルフ場で行う野球の試合を見たいですか?」
「国産品優先はガット協定違反ですよ」
「いやいや、国産品は日本企業が造るものだけでありません。外国企業が日本国内で造るものも国産品です。時に貴方はアメリカの特派員の方ですよね」
「そうですが・・・」
「日本の企業はアメリカのゴルフ場でゴルフをし、野球場で野球をしていますが、なぜアメリカの企業は日本の野球場でゴルフをさせろ、と云うのでしょうか。今の世界の方々は多分ゴルフ場も野球場もサッカー場も、陸上競技もオートレースも何でも一緒にできるグランドを望んでいると私達には見えます」こんな調子で香山総理の独演会を終った。
香山総理は公平経済政策のコに字も語らず、もっぱら例え話に終始した。
次の訪問国ベトナムでは、従来から進行中の2国間協定の順守を約束し、更に東南アジアドクトリンに基づく教育基金の創設に調印した。原子力発電の建設は日本の安全技術を結集し、原子力発電運転技術者の派遣と、危機管理の伝授をも約束した。
香山は日本の原発廃止と輸出は、矛盾すると政策だとの批判を承知で押し進めた。日本が引けば他の国がやる。ならば日本の反省を踏まえ、原子炉技術と運用技術、更に危機管理に至るまで万全を期す輸出がしたかった。これを契約に盛込む前提だと了承し合った。
総理がベトナム訪問と時を同じく、日台交流協会長が台湾を訪れた。台湾総統に災害時の支援に改めて香山総理の丁重な礼状と、今後も非公式ながらの接触は従来と変わらない旨を極秘の親書で伝えた。会長は民間の経済交流を推進するが、それに国が横槍を入れる恐れのない旨を伝えた。
総理最後の訪問国フィリピンでは、教育基金の創設調印はもとより、フィリピンの災害時における防災の実施計画支援と、速やかな訓練の実行を合意した。首都マニラは世界で最も災害危険度の高い都市とされている。その合意内容には東南アジア他、災害又は騒乱時における日本国民の救出訓練も香山の脳裏には含まれていた。
総理が帰国した時、国内は総額一千億ドル近い教育基金の大盤振舞に非難が集中した。香山は空港で急遽記者会見を開いて談話を発表する。
「アセアン諸国をはじめ成長する国々が今後も持続的に成長するためには、国を統治する人材の育成と国民の教育が不可欠です。我が日本も失われた20年から覚醒する教育改革に着手し始めています。目先の利害を超え、各国と手を携え教育に取組みましょう。教育は最大の投資です。アジア諸国と共存共栄を図る日本国の投資と考えご理解頂きたい。国民の皆さんには、安全安心の社会保障制度に目途つける今しばらく我慢をお願いし、明日の日本を信じて頂きたい」香山は思いを率直に語った。
総理が帰国するや、中西外相が中国、ドイツ、フランス、米国の4カ国歴訪に旅立つ。中国首相には北朝鮮問題に核とミサイル開発禁止の共有を確認し、日本独自の動きをする旨を伝え、その一環として北朝鮮政府高官と、団体の入国制限を近く解除すると伝える。
日中韓のFTP交渉は離脱し、現状の関税を当面維持する旨を伝えた。但し経済の相互発展に資す事柄は、今後も交渉を随時行うことで合意した。油田共同開発交渉の早期締結を要請し、その締結が遅れる場合、日本も近傍の開発に着手すると伝えた。歴史認識問題は今後協議しないと申入れ、互いに反日、反中国教育は行わない点で辛うじて合意した。
ドイツとフランス訪問では、EUは地球国家に先駆的な歴史を刻んでおり、日本はその過程で生じたユーロ危機に応分の協力は惜しまない。ユーロ圏各国の英知が必ずや解決策見出し得るものと期待する。我が日本もお国と同様に新しい国造りに挑戦している。特にお金の配分に絡む話は中央と地方の関係に苦心する。増して民族も国情も異なる皆さんの苦心はお察しする。ただ率直に申し上げると、国家主権の大幅な制限乃至は連邦かそれに近い中央政府の存在が必要不可欠に思われる。中西の率直な思いを述べた。
フランスでは公平経済政策の勉強に視察団を派遣したい、と意外な申出があり了承した。フランス一国の実施は困難と思う。全ユーロ圏を視野に研究をお勧めする、と申し添えた。
中西はジュネーブWTOを訪れ、特別調達協定の執行停止とMA農産物輸入漸減、及び2015年末を目途とするWTO脱退を通告した。
この情報が国内に伝わるや自由貿易論者が、国際連盟脱退に匹敵する愚行、日本を再び廃墟にする独善と批判した。香山は強烈に反論した。
「無責任な感情論は受付けない。今は当時と違い経済理論や統計が格段に進歩している。投入資金に対する雇用、GDPを比較検証して欲しい。必要なデータは全てを公開する。さもなければ皆さんの批判は当たるも八卦、当たらぬも八卦の八卦論争である」
中西は米国を訪れた。此度最後の歴訪国である。大統領は総理の早期訪問を要請したが、今年中は各大臣が日米実務協議のため頻繁に訪米する旨を伝え、総理は来年の早期を予定していると伝えた。
総理の訪米は、実務協議を通じ米政府の反応を充分に見極める期間を必要とした結果である。取敢えず真っ先に防衛大臣を訪米させ日米同盟の重要性に変更がない意思を示した。
米国大統領は日本のTPPを含む日本の政策に対し従来型の要求をしなかったが、米政府内には相当な不満の蓄積があった。国務長官はアセアン諸国に提供する教育基金の質問を浴びせた。基金の元本はあくまで日本が所有し、ドル減らしはしないが、今後準備通貨ドルを増やすことは一切しない。
米国の財政出動がどれだけ国内有効需要に寄与するかと問い、米国の財政出動の赤字が世界景気を牽引し、世界経済への貢献は承知しいるが、米国の有効需要を効率的に喚起し財政赤字削減の努力が必要、と中西は自説を主張し、米国財務省証券の満期後引受けは漸減するが、米国の雇用を増やすため自動車産業以外に日本企業の進出を日本国が支援する。その為には租税条約を見直し改正したい、旨を大胆且つ単刀直入に主張した。
更に北朝鮮問題について意見を交し、いつまで北朝鮮に翻弄される政策を繰返す積りか、と安西防衛大臣と同じ主張をした。
米国務長官は北朝鮮に対する日本の政策を尋ねたが、日本の対処は随時伝え協議したい。その結果を踏まえ米国の政策を決めて欲しい、と要請した。中西は国内産品優先政策を採用せよ、大幅な貿易赤字国に強く対応せよ、と国名の表現を避けて迫ると共に北朝鮮問題にも積極性を示し、従来にない日本政権の強靭性を印象付けた。
ハーバード大学・講演会場、多数の学生や教授を前に中西が講演していた。学生達は経済よりも国民官に興味を示し、その役割に質問が集中した。中西は自信に満ち堂々と語る。
「我々は軍事独裁政権と云われても何ら躊躇しない。我々は悪しき民主主義を清算する政権である。幸い日本国民は平成建国政権と名付けてくれた」中西は締め括りを、
「ミスター香山と私はその昔、ここの学び舎で世界の経済は間違った方向に進んでいる、と着想を得た。残念なことに二人とも学説に纏め、学者になる頭は持合せていないと意見が一致して退学した」と笑わせ、
「日本は民主主義も経済政策も新しい道へ進み始めた。今はスタート直後で実績データがない、数年後に諸君を招く約束をする。諸君の明晰な頭脳で論文に纏め分析して頂きたい」
中西はこの様に結んで英語の講演を終えた。中西の講演と教育基金の創設が、次世代に国際共生同盟を浸透させる、香山と中西の遠大な戦略の一環と気づく者はいなかった。
中西の帰国途中に大島経済産業大臣が、東京都が主導する水ビジネスグループと、大阪のグループを引連れて、インド、中東産油国に旅立った。水ビジネスの商談に手応えを得ると共に石油、LPガスなどエネルギーの安定供給に協力の約束を取付けた。
総理官邸・執務室、7月初旬午後8時、中西、日野、柏木の旧隊長が顔を揃える。中西が皆に中独仏米の歴訪を報告する。日野が概算予算の進捗状況を報告する。柏木が地方選の全国状況を報告した後に、
「佐原さんも選挙マシンをフル稼働させているが状況は厳しい。例の男は総督の公募に見向きもしないのは皆さんご承知の通りだが、市町村の首長は配下でガッチリと抑え込んだ。総督に好きな様にさせるかの勢いだし、首長連合を形成し実質的な知事だぞ。利益代表を主張し始めると厄介な男になりそうだ」柏木が関西の状況を伝えた。
「少し様子を見よう。気に食わん事は怒鳴り込んで来るだろ」中西が静観を唱える。
「我々が去った後、国を壊す男にはしたくない」香山が数年後の将来を話す。
4人は久しぶりの会合に仕事を離れた雑談に時を費やす。
外務省が国議の承認を経て、オーストラリア当局に国際共生同盟の丁寧な説明を終えた後、大崎国交大臣が高速鉄道関連企業の経営陣を引連れオーストラリアを訪問した。
運輸・地域サービス大臣及びその官僚達と、長方形テーブルを挟み交渉する。
「お国の高速鉄道は、日本から必要な企業群と工場を進出させて頂き、お国の資材と労働力をフルに活用し建設をお約束します。これ等の工場はお国が他国へ高速鉄道を輸出する時にも大いに貢献します」大崎が核心を切出した。
「進出する工場にコアー技術、皆さんが云う機密知財は含まれない上に、30%の法人所得税の払戻しを望んでおられますね。我々のメリットが少ないですね」運輸大臣が切返す。
「機密知財の件は政府が民間に強制できません。進出時に個々の契約になります。お国も日本へ企業進出させませんか、日本も30%の税払戻しを致しますし、進出のため銀行融資も考えます」大崎には初めての商交渉であった。
「進出の件は事前にご説明頂きましたが、我が政府の方針は決まっていません。日本だけにお任せする約束はできませんが、皆様企業の方とここにおります私共の責任者と率直な話合いをしては如何でしょう」豪州運輸大臣のガードは堅かった。
大島は一歩前進したと感じ深追いを諦め、引連れた商売人に後を託した。
8月、香山総理は広島平和記念式典と長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典に参加したが、取立て注目する式辞は述べなかった。
同12日、総理と各大臣は靖国神社へ早朝に団体で到着し堂々と職名を記して参拝した。
近隣国が注目する靖国神社参拝について執拗なコメント求める報道陣へ、
「私は信仰のためにここへ来たのでない。靖国に眠るあなた方の犠牲を無駄にせず新しい日本を創り直します、と誓いに来ました」と総理はコメントした。
「近隣国とまた騒動が生じるでは?」なおも追求する記者に、
「私達は過去を一切議論しません。日本は新しい世界を創るために汗します」と答えた。
8月15日、総理は全国戦没者追悼式典にも参加し、今だ癒えない肉親、親族の悲しみを乗越え新日本の国創りを誓って式辞を締め括った。靖国参拝との一貫性を明白にした。
同日、安西防衛大臣が靖国神社へ参拝し大臣名を記帳した。参拝後に他の大臣と別行動の理由をマスコミに聞かれ、「公務の都合上」とだけしか答えなかった。
「近隣国へ一切の配慮はしないのですか?」安西は記者達の質問に、
「配慮だと! ここには多大な犠牲を払ってアジアを解放し世界を変えた御霊が眠る。我ら子孫たる日本人は再び世界を変えると誓いに来たのだ。平和的にやる、文句あるか?」
またもや安西の総理を超える大言壮語であった。毒気を抜かれた記者達はあとの言葉が続かなかった。
その夜、日野官房長官は総理や各大臣の参拝行動を記者達に、
「公私の時間に関係なく宗教活動を禁止する職種に大臣は該当しないのか?」と聞かれ、「5月に配った暫定憲法統治機構に該当職種の記述はない。仮に該当職種であっても法律は宗教活動や組合活動とは、第三者に働きかける行為であると規定している。しかし総理や各大臣は第三者に働きかけていない」
日野はバッサリと切り捨てたし、近隣国の反発を予想し"内政干渉するなら我々も遠慮なく今後は内政干渉する"と予告した。
大半のマスコミは政権の強靭性を改めて実感し、総理の参拝後の発言や安西大臣の言動を大きく報道しなかった。
その理由の深層に予期した事柄だと諦めた他に、マスコミは7月末の国民官と立法権者抽選の評価や、我が国初となる最高裁長官選挙の終盤戦報道に忙しかった。また何よりも靖国神社参拝の直前、9日に発表した概算予算の発表が報道を賑わせた。特別会計が整理された15カ月概算予算は320兆円の膨大な額に達し、マスコミはその分析に多くの紙面や時間を割いた。
2013年9月1日、日曜・国民会議・議場、政党が推薦し抽選した任期1年、国民官100名が議事堂の元参議院議場へ午前9時に登院し、国民会議事務局長から各人の就任証書が手渡された。各国民官は必要に応じて健康に支障ない範囲で土日祝、24時間勤務も厭わない旨の誓約書類提出を義務付けられた。
休む間もなく、議長、副議長を選出し、議長は国民会議の通年活動を宣言すると共に、国民官達と共同して常設委員会の人選を行った。元国会議員の国民官だが、日曜初日から早々に夜半を超える働きを余儀なくされた。
翌日の朝刊やTVニュースにその様が報じられて知った国民は、あのサボタージュとも云える働きしかしなかった議員達の変り身に唯々呆れた。
2013年9月2日、月曜・午前10時、国民会議・議場、(元参議院議場)天皇陛下の御臨席を仰ぎ、議席最前列に起立する16名の大臣達と、その後に起立する100名の国民官、更に任期2年、約千名の立法権者を代表する都道府県代表47名が起立する。
陛下は議場最上段、背もたれに菊の御紋を備える椅子の前に立ち、お言葉を賜る。
「本日ここに国民を代表する方々とお会いでき心より慶びとするところです。新国民会議の発足に際し、我が国の繁栄と世界平和に一層の貢献を果たす事を切に希みます」
そのあと、香山国務総理が議場演壇に立ち、陛下に一礼後、議場に向き直り宣誓する。
「暫定憲法に基づく政府と国民会議の正式発足を宣言します。私達、日本国の統治に携わる者は国政の停滞を脱却し、日本国に降りかかる困難な諸問題を迅速に解決すべく全力を尽くし、国民が安全且つ安心して暮らせる国家を築き、世界平和に貢献する事を誓います」
引き続き国民会議議長、立法権者総代が宣誓する。
「本日、私達に課せられた任務を誠心誠意まっとうする事を誓います」
9月3日、日野官房長官は政府を代表し15カ月予算案を佐藤国民会議議長に提出した。日野長官と佐藤議長は直ちに日程の協議を行う。
佐藤は今週の時間は予算書の読破と、国民官の研修に充当したい旨を述べ、来週からの実質審議入りを決めた。
来週9日から2日間、午前の3時間を総括予算審議とし、戦略予算の決定に関る総理と4大臣が出席する。国務官房と国務府5大臣、11省大臣の各担当毎に予算案審議する。各平均審議時間は16時間とし、1回当り2時間を目安とする。審議は大臣、副大臣及び適切な政務官が出席する。法案は予算案審議と並列に行うが、出席大臣のダブルブッキングを避ける。各審議は特別な事情がない限りテレビ中継を行うと決定をした。
また日野は政府所属専門委員会の討議事項は、国議により機密情報と決定しない限り、国民議会並びに国民に公表すると発表した。
佐藤は今年40名の国民官見習いを募集する。但し4年の見習い期間終了までに半数が残り、不適格者を毎年淘汰する、日野との協議結果を発表した。
9月9日午前9時、国民会議第一委員会室、戦略予算の決めた総理と4大臣と、予算審議委員が集い総括予算審議を開始した。総括審議のテレビ報道はNHK担当であった。
総額は286兆円余であった。1カ月前の概算予算に比べ約34兆円、約1割縮小していたが、利権的な補助金などの切捨を含めると充分達成できる額だそうである。
総額の3分の1が国債の償還と利払いとなる構造に変りなかった。また例外なき法人・団体課税の増収分12兆円、国と地方公務員の給与手当平均15%カットの4兆円、元代議士費用の不要分2兆円、高所得者増税及び退職金増税2兆円、生活保護費の廃止4兆円、生活保障へ衣替えするため再審査する、将来生活保障の受給分は年金が減額する、生活保障中も生活保障掛け金を差引支払う、3点の周知徹底を盛込んでいた。
これら計24兆円と個人別生活保障掛け金の加算合計が従来の年金、雇用保険、生活保護など諸々の歳出額と等しくなる如く、現役世代個人の生活保障掛け金を決める。
医療介護の歳出合計と、各企業が負担する医療介護保険額と、傷病者の医療窓口一部負担額との加算合計が各企業の保険金と等しく決める。この医療介護保険は年間収支の均衡を意図していた。
「個人と企業が現在の負担水準を維持した時の保障水準を中心に、保障水準を上下した時の負担を10月末に公表します。国民にその選択を委ねます。政府は国民の安心を目指し、国家経営の効率化と雇用拡大に努めます。また制度改変に伴う一時的な公的業務の混乱を予想しますが、国民生活の混乱回避に努めます。国民はなお一層の協力をお願いしたい」
との総理談話を総括予算審議終了直前に発表した。当然ながら、各企業も現役世代個人も、今迄より負担額が増えるか減るかが最大の関心事となった。
報道各社は自らの主張を自らの媒体で行ってはならい禁止事項を守ったが、いわゆる識者を多数登用して、予算の解説を得意げに論評させた。
この様な報道各社の風潮に国民会議議長は不快感を示し、次の主旨を報道各社に伝える。
「国民会議は一億総評論家を望まない。報道各社は国民官の審議結果を立法権者に正しく伝達されたい。建設的な意見は国民要望受付委員会に送付されたい」
総括予算審議で明らかとなり国民が仰天した事項は、30年後を目標に原子炉の燃料棒を含む高放射性廃棄物を、あの宵の明星、金星へ投棄する長期宇宙開発計画であった。初年予算は、あかつき探査機に引続く金星探査を目指し、米国、EU,ソ連に共同探査を提案していた。最終的には99.99%の確率で金星へ到達する無人宇宙輸送船の開発であった。
5月に発表した概算はエネルギー自給のために原発関連予算に代え、木質バイオマス発電、風力発電洋上プラットホーム、藻類の燃料油生産プラント、メタンハイドレードの試掘に多額の予算を計上していたが、予算審議では藻類と試掘の2件は短期でのエネルギー供給は望み薄いと少額になり、各種の小電力を積上げる予算配分に変ったと判明した。
農水畜産の生存必需品の自給促進にも大胆な予算投入をしていたし、医療の基礎研究、臨床傷病対策、医療介護給付電算所、生活保障給付計算機構のシステム構築、電子投票システムの普及、通信セキュリティ対策やその一環として国際矛盾賞の創設など、5月の政策発表時に列挙した戦略研究開発を網羅し予算化されていた。
海上保安庁の無人機開発配備計画、防衛関係では普天間代替として沖縄前島空港の建設計画、サイバー戦防衛隊の創設が従来の計画外で追加された。
300万人規模の就業対策。これは失業者の強制移住が含まれると物議を醸している。予算の総枠が戦略予算総局の絶対と云うべき強制力で確定され、詳細予算項目は各省の官僚が腕を揮ったには違いないが、その過程では優先順位と推進と反対の既得権益を巡り、官界、財界、各種利害団体の推薦する専門委員によって激しく争い紛糾した。
特に特別会計の統合再編は、壮絶の名に値する策術、陰謀を繰り広げた。その様は霞ガ関界隈に発生した関東直下型地震にも匹敵する有様だった。日野長官は2日の約束通り、専門委員会の猛烈な審議過程を国民と国民官の白日に曝した。専門委員の個人名は伏せて発言内容まで露わにした。一例では、あるエネルギー予算をゲテモノ食いと罵る専門委員の声に、利害を共有する官僚が鉛筆を舐めゼロ予算に書換えると、別の官僚が全額を復活させる始末であった。
国民は予算編成の実態を知り唖然としたが、同時に建国政権の名に恥じない大臣、副大臣が、それらの混沌を意に介さない素早さで意志と信念に従い決断する快感に酔いしれた。予算案は国民に必ずしも快いだけではなかったが、予算編成の実態に国民の関心を向けさせた日野長官の作戦勝ちであった。靖国問題はマスコミから姿を消した。
10月中旬、そんな予算審議の最中に来るべく想定した紛争が勃発した。教員免許証の国家試験制度発足と、教員研修による見做し国家試験合格の免許証の再交付である。
この国家試験制度は採用に関して地方に権限を残すが、教員の任免は文科省管轄とする改革である。これを教育の国家管理と非難し、教員研修を拒否する教師の一群が現れた。
伊藤文科大臣は研修指定日に参加しない教員には、その督促回数に応じ容赦のない免許停止3カ月から1年の処分を適用した。学校内で研修不参加を訴え、免許停止の理不尽を説く教師には、組合活動禁止の違反を名目に免許剥奪を敢行した。
教員組合本部会議室、委員長と書記長、執行役員が集い対策会議を開く。
「この事態を再三警告し支部に自制を通達したが、一部の先鋭が騒ぎを引起した。事ここに至っては全面的な戦いを行うしかない」委員長が悲壮な決意を述べる。
本部の警告は理に適っていた。本部はこの右翼政権がクーデターを成遂げた戦術、東都日々新聞の反旗を潰した手口、特定公務員就業規則の制定などを研究し、右翼政権の罠に落ちることを見越していた。右翼政権が少なくとも十数年かけて練り上げた待伏せの中に飛込んでしまったのである。
「行政審判所地位保全の訴えを起す事になりますが、二千数百人の集団訴訟になります。当然、分割審判となり弁護費用の大出費になります。皆さんに覚悟と賛否を伺いたい」
委員長の決断を求める発言であった。
「一部の跳ね上りために我々の財政を破綻させてよいでしょうか? 我々は右翼政権に対抗する勢力であり、国民を守る使命がある」役員が組合員の切捨てを述べる。
「いや、今我々が彼らのために何も手を尽くさないなら、組織は瓦解する」
「行政審判所は初めての訴訟であり、どの様に手続きが進行するか調査が必要だ」
侃々諤々の議論が数時間続き、結論は訴訟と決まった。
組合本部の予想に反し行政審判所の訴訟は約100人単位に分割し、組合活動の事実が立証されると素早く結審した。約1カ月、11月中旬には十数人の資格回復を成遂げただけで剥奪の決定が覆る事はなかった。教育を守ると唱える反政権キャンペーンも、マスコミの協力と国民の関心を引付けられず惨敗した。国民の大多数は生活保障の掛け金と生活保障中身の発表に関心が集中した。直近の周到な政権の戦術勝ちであった。
2013年5月末に遡る、香山は外遊前に渡辺機密情報総局長と密談し、各界が推薦を予定する最高裁長官について全てを調査報告せよ。ベストの選挙参謀を確保せよと極秘命令を下していた。
香山は外遊から帰ると、最高裁長官の推薦者7名から3候補を選び、香山は渡辺に命じ政界推薦の意中候補に選挙参謀を送込んだ。世間には官邸の采配と一切解らない秘密裡に行なわれた。また選挙参謀を通じ、施策大綱に含まれなかった知財、行政審判所の陣容充実を盛込ませた。選挙自体は政権の不正も干渉もなく公明正大に実施し、選挙費用も国費支給以内に収めさせた。法律に抵触するところは何らなかった。
丹羽最高裁長官が誕生するや、長官は迅速に行政審判所の陣容を施策大綱通り拡充した。その拡充の大部分が非退役世代の判事達であり、政権の意図を理解する人選であった点は云うまでもない。周到に用意した特定公務員就業規則の効果と、世間には裁判員裁判を利用し公正を演出した。政権運営に作戦は当然だ、この政権全員が共有する信念である。
立法権者の予算案賛成が確定し、地方総督と知事が就任し地方行政機構が整うや、まず初めに教師補充に非退役世代の登用と、現役世代の生活保障給付者の就業対策が、総督に下令された。それは震災後のがれき処理と、山林間伐と植林作業への就労であり、地産地消の木質バイオマス発電を支援する作業員の投入であった。休耕農業地の整地作業であり、食料、畜産飼料の増産支援であった。この就業対策は本人の希望に沿うのが原則だが、公的紹介による就業機会があった場合、正当な事由なく拒否すると、生活保障給付されない恐れがあるため、予算案当初から実施段階でのひと騒動が予想された。
国民官の予算審議において、各関係大臣は働ける全国民の就業により所得の増大を図り、失われた20年の脱出が本政権の最大使命である、と強調した。就業対策は動員を意図するものでなく、単に非就業者を最優先する政策である。ご理解頂きたいと繰返した。
いざ実施段階になると予想に違わず、国民官への参加を阻まれた左翼系弱小政党の人達が、ここぞと動員、懲農、懲林、憲法第18条苦役などの死語に近い言葉を操り煽動した。一部のマスコミが好んで彼らの意見を伝えた。
東厚労大臣は煽動に怯むことなく生活保障給付対象者に再申請と、健康支障者には認定医療機関の診断と診断書提出を求め、地域の民政委員に非現役世代を大幅に登用するよう首長に勧告した。民政委員は定期的な生活相談を通じ、真に生活困窮者の餓死と孤独死を防ぎ、制度的に地域のコミュニティ維持を狙った。民政委員には無報酬を改め年金の減額停止と若干の報酬を支払う予算処置を講じた。
煽動に応じるかの様に、いわゆる人権派弁護士は、職業選択の自由を掲げ提訴しようとしたが、暫定憲法22条1項“又は継続的でない”との文言追加に気づき提訴を断念した。追加文言は、・・・反しない又は継続的でない限り、住居、移転・・・であった。
個別的なケースに絞り行政審判所へ提訴したが、“一時的な避難であって受忍すべき範囲である”と殆どのケースが審決された。
時を同じ、警察力を最大限動員し不法残留者の摘発を行い、法務省は容赦のない強制送還を実施した。厄介なのが不法残留者の母親と既婚の日本人父親の子供である。子供は日本国籍の取得に道は残るが、母親は強制送還され母子離別が生じる。弁護士は人道を掲げ提訴した。子供が乳幼児の場合に限り辛うじて6歳未満までの滞在猶予を勝ち得た。
更に日本国籍の取得者にも15年を遡り帰化の申請を求めた。日本は無法国家になったと国内外の非難に怯むことなく、神崎は粛々と帰化申請を推し進め認可と拒絶を実施した。政権発表時のタカ派振りは内外に知れ渡っており、遡る実施は狂気の沙汰、と政府も当然非難されたが、日野は“独裁を欲しい儘にすると最初に申し上げた“と云って退けた。
安西大臣は頻繁に米国へ訪問し、基地返還、今後の日米同盟協力、日米地位協定の改定の2国間問題の他に世界戦略にまで日本の意思を単刀直入に伝え、米国には些か五月蠅い交渉相手となった。
有明農水大臣はコメ輸入の漸減問題、大島経産大臣は5年後販売予定の国民車へ米自動車メーカの参入問題、車の対米輸出の大幅削減と対米進出自動車メーカの米国内増産問題を協議した。
霧島財務大臣は米財務省証券の満期償還金を全額再購入に当てず、長期的に漸減する交渉に訪れた。また教育基金は日本の所有であり、贈与や移転でないと説得した。
日本の大臣は強い権限を持ち筋金入りの交渉相手だと米側は認識し、シェールガスの対日輸出禁止を交渉の切り札に使った。
伊藤文科大臣がマレーシア、タイ、インドネシアを訪れ、教育基金の具体的な運用問題を協議した。
大崎大臣も国際共生同盟と高速鉄道問題で、オーストラリアを再三訪れ、遂には家族交えて担当大臣とヨット遊びをする程に親密となった。世界は日本の大臣は全員が外務大臣と錯覚した。日本の超活発な外交に日本を訪れる各国高官が月毎に増えた。
北朝鮮については、外務省の政務官が何度も訪朝した。当面の食糧支援と食料自給支援、日本の制裁全面解除、山中担当大臣も訪朝したが日朝国交回復交渉など、交渉カードだけは国民に発表したが、見返りは外交機密だと国民に知らせなかった。世論はまた騙される、北に甘過ぎると批判が渦巻く一方、カバ焼きの匂いを嗅がせて交渉に引出す手段だ、何もしないより良いと擁護する論調とがマスコミを賑わせた。
大臣達は予算審議の合間を縫って活発な外交を展開した。
2014年3月上旬、懸案解決のアプローチをしない国は韓国である。日本の漁業専管水域で違反操業する韓国漁船と、暫定水域における韓国漁船の占拠行動に対して実力行使を通告した。これは日本の外交方針が6カ国協議体制の離脱を関係国に印象づけた。
ロシアに対しては4島返還を一歩も譲らず、北方4島周辺の水産物輸入禁止と、協力金支払いを拒否し、日本漁船は日本政府が定めた漁獲量まで自由操業すると通告した。その裏で民間人を択捉に派遣し、漁船同士の沖合買取りは実施したいと北方漁業関係者に根回したが、ロシア政府がこれを知り、侵入する漁船は容赦なく拿捕する、と強固姿勢を誘発した。経産省政務官が北方エネルギー開発事業に参加する民間企業を密かに訪れ、中長期のエネルギー自給計画を口頭説明し、安全保障上から北方のエネルギー輸入は、一定以上の増大を望まないと伝えた。参加企業首脳は慎重な対応を求める政権の圧力と捉えた。
3月中旬、香山はこの様な状況の中で訪米した。米大統領との会談では、対北朝鮮交渉において核問題は対米交渉に委ねると日本は一歩引下がっている。ボールは北朝鮮に預けた状態である、普天間代替の前島空港工事の着工は4月中に始まる、と伝えた。大統領は日米同盟の進展に満足しているが、日本の経済政策は不満である、との率直な意思表示があった。だが日米はEU問題、今後のアフガン問題、ソマリア含むシーレーン問題など、広範な世界戦略について意見を交換した。両国は世界経済の改善に協力の必要を認めた。
香山の訪米について今回は財界筋から不満の声が上がった。香山がシェールガス輸入を大統領に要請せず、民間企業のガス輸入努力を無にした点と、エネルギー問題がもっぱら企業の追出しと節電に偏よる解決であると非難し、自動車メーカからは対米輸出の減少が、国内雇用の減少になると政府は認識しているか、との不満が耳に入った。
香山は公平経済政策の理解不足と云うより、自ら政権の説明不足を痛感した。政府と国民各層とコミュニケーションを密にするため、週2回のネット配信により政策説明を実施し、産業界や団体の意見や提言を求めた。国民会議の要望受付委員会は国民の意見や提言を求める役割へと分化させた。
更に公平経済政策がもたらす社会保障と国民生活、企業活動と雇用、必要な人材と教育、国家財政の4分野の長期ビジョン作成を急がせたし、専門委員会の長に命じ、今後10年間のエネルギー構成の推移を直ちに中間発表させた。また国債専用市場の創設構想を半年繰上げ8月に発表する決心も固めた。
2014年5月、予算執行は順調に機能した。ただ年明けから株式市場の騰勢は衰え反落した。政権誕生の熱気が冷めた点もあったが市場は政府予算に内需不足を嗅ぎ取った。生活保障と医療介護は前年5月の政権発表の通りとなり、個人と企業負担額はトータルで政府の約束通り増える事はなかった。国民は医療介護の安心を良しと政府案を受入れた。
全国民加入の生活保障は雇用の増大と共に加入者が順調に増加し、生活保障財源は当面の安定を見込めた。いずれ自己積立方式の加入者が増えるため、従来の順送り生活保障財源は減少し枯渇が予想できた。政府は財政改革の途上を理由に順送り生活保障財源が減少に転ずる時期がいつになるか、その推計時期の発表を年内に先送りした。これも市場が不安視する要因でもあった。
だが株の反落を見逃さない人達がいた。生活保障金管理運用法人が内外から集め、実績報酬を支払う超一流ファンドマネージャー達である。彼等は目敏くこの時とばかり積立金の大半を日本株に移転させた。株の騰勢を抑えながえらの密やかな資金移動であった。
6月2日月曜、午後6時、総理官邸会議室、2015年の戦略予算編成方針の初回会合を開く。日野官房長官は昨年出席しなかったが、今年は議事録担当として出席する。
「例の国債専用市場創設の件は来年の発表を予定していたがこの8月に発表したい」
香山の意向に中西、柏木、宝、霧島の各大臣は頷いた。
「国富管理指令部の要員は、主だった国の大使館に配属を終えた。各国の購入すべき価値ある物件の調査が軌道に乗りつつある」中西が国富管理指令部の活動状況を報告する。
「この推移では今年は国外投融資銀行を利用する海外進出が15兆円を超える。少し急激である。それに民間の経営能力を見極めないと不良債権が増えても困る」宝が警告する。
「目標設定も必要だが、国外投融資銀行と国内融資銀行は国策上機密が多いため、現在は監視がないに等しい。国民官の監視にも馴染まないので戦略予算総局に監視、監査を委ね陣容を強化したい。各大臣の意見はどうか?」
香山が提案する。金融庁は民間金融機関の監督官庁、国民官は地方含む行政府、司法府国民会議の日本国全統治機関の監視ではあるが、監視、監査実務は民間の認定機関が行う。
香山は民間の監視を不適切と意思表示したのだ。
「総理の提案に賛成だが、どこから陣容を整えるかだ」中西が宝に問う。宝は少し考え、「う~ん、財務省か国税庁しか人材がいないと思うが」
「宝、そりゃ拙い。実質財務省管轄になるぞ。他から探せ」霧島が即座に異議を唱える。
「元会計検査院の連中が各省庁に散らばっている。柏木大臣、彼らの中から使えそうな若手を名簿にして源志郎に渡して欲しい」香山が助言した。柏木は宝に顔を向け、
「承知。名簿を渡すから後は選んで育てろ、よいか?」
「はい、お願いします」宝が応える。監視、監査の件はこれで一件落着する。
「あとは来年15年の海外進出を総額20兆に誘導したい。投融資銀を利用しない民間独自の進出もある。特定国への集中豪雨的な進出は拙い」
宝が進出目標額を提案する。特に異論は出ない。
「反対がないなら最大20兆円に抑える」香山が決する。
「来年予算はこの編成会議で予算総額を決めて各省に概算予算を出させよう。今年の予算は各省の概算を先に出させたから大ナタが大変だった」柏木が提案する。
「その通り、昨年は順序を間違えた」宝が賛同する。
「それは仕方ない。我々も予算編成は未経験だし、特別会計の伏魔殿整理統合もあった。来年予算は総枠をここで決めよう」中西も同意する。
「総枠を決めるにしても何か資料がいるだろう。おい霧島、資料の用意できるか?」
「では次回までに皆さんのお手元へ資料を届けします」香山の問いかけに霧島が答える。
「地方の希望を云えば、小中高校の耐震工事を拡充し防災避難所としての機能を持たせる。限界集落を統合し職住接近する住宅を建設し、跡地は農地や畜産飼料の増産となる公共事業投資を増やしたい。北海道や東北の寒冷地域を365日利用する国土利用の効率化する。例えば冷房費の節約になるITのデータセンタ建設とか、野菜工場、ほらあの海水でなくとも海の魚を養殖できる好適環境水を利用した漁業の工業生産化を普及させるとか」
柏木が予算の個別要望を述べる。
「確かにそうだ。マクロ的に見ても震災復興だけでなく、全国的に公共投資で需要喚起し一段と景気刺激が必要と考える」宝が相槌を打つ。
「あの好適環境水は機密知財に該当する。大いに賛成するが、一部の利害関係者がゲテモノ予算と云う奴がまた現れるぞ。少し前宣伝をして置くべきだな」
中西のゲテモノ予算の言葉に皆は爆笑した。
「取敢えず今日云いたい事はこんなとこか?」香山が発言を促す。
「総理、今年から予算案を立法権者に投票させる積りですか?」霧島が尋ねる。
「勿論その積りだ。予算審議は国民官ではなく国民に話すつもりで丁寧に答弁願いたい」
特に発言もなく散会した。
同日6月2日、午後8時、官邸総理執務室、香山と中西、渡辺機密情報総局長は集い、応接セットに夫々がラフに座る。
「在日と強制送還する男から適任者を選別し隊員教育をしている。シンガポールでも信頼できる有力実業家を見つけた。長い道程の軍資金を蓄えたい」報告と要望を述べた。
「軍資金? それはよいがどうしたい?」香山が尋ねる。
「シンガポールの男に金の延べ棒を購入させたい。鹿児島の南方、トカラ列島の無人島にに延べ棒を貯蔵したい。潜水艦基地を建設して欲しい。選抜した隊員に極秘任務を与えて貯蔵施設を警備させる」渡辺は地図を取出し説明を始める。内容は凡そ次の通りである。
地図は候補の無人島を示す。シンガポールから高速クルーザーに金を乗せて運ぶ。護衛は潜水艦で行い、潜水艦基地の近くでクルーザーの船底に潜水艇を密着させて、潜水艇に金を移し替え、そのまま潜水艦基地の運び込み貯蔵する。教育する隊員に情報技術を用い思想攪乱する情報戦を行っても、諜報隊員の拡充と目的達成に10年はかかる。最後は軍資金が物言う。渡辺は途方も無い計画案を述べる。
「どうだ、これを政権中にやって呉れるか?」渡辺が実現を問う。
「金はいくら蓄える」中西が尋ねる。
「多けりゃ多いほどよいが、少なくとも数十トン単位で蓄えたい」渡辺が事もなげに云う。
「何!? 数十トン? Kg平均500万円としてトン当り50億だぞ」香山が驚く。
「そうだ。100トンでも5千億、1兆円もいらない。5年で蓄えると千億円じゃないか。米国に遠慮して金の持ち分を増やせない日本だ。極秘にでも数百トン蓄えたらどうだ」
「香山、渡辺の発想も悪くないぞ。年2千億円捻り出して蓄えよう、別に延べ棒に拘らず金塊や金鉱石でよいではないか」中西が計画に乗る口振りである。
「秘密金を国に残してどうするのだ。ある日、豊臣太閤の埋蔵金でも発見したと表に出すのか?」香山が否定する。
「オ、オ、オッ、グッドアイディアだ。最終的にはその手で表に出す。それに考えて見ろ、謀略が成功したら1兆円でも安い。他の予算に1兆円かけても今計画する成果はでない」
中西は香山の説得に努める。
「たらの話は止めてくれ」香山は顔の前で手を振って否定する。
「香山さん、その言い方は納得せん。俺も成功に最大限努力するが、100%の成功は保証できない。たらの要素を納得で取り掛かった大仕事の筈だ」渡辺が不満を露にする。
「渡辺、解った、解った。言い直す。俺ら3人が権力から離れた後の金塊や延べ棒は人の心を惑わす。お前が見つけた男だ、志操堅固で人的なネットワークを張れるだろう。そこでだ、ネットワークを張る必要通貨は用意して支援する。信用付けに延べ棒も数百キロなら購入してもよい。その男中心に我々が離れても本当にやれる男か見定めよ」
「当然その積りで探し、見つけた男だ。この男共々隊員の思想教育に抜かりはない」
「よし、来年に充分な予算を組込む。基地は香山の承諾がないから諦めろ」
中西が香山に代り答えた。後は3人の思い出話に寛ぎの時間を過した。
8月1日、日野官房長官は株式市場が終えた午後3時を狙い臨時記者会見を開き、
「明日8月2日土曜午後2時から議事堂会場において緊急政策発表します。先着順に国民の傍聴も受入れます」と唐突に発表した。
8月2日土曜午後2時、キー局テレビ、全国紙と地方紙の新聞、ネット報道、外国特派員など報道関係者が網羅して集う。傍聴席も満席である。日野長官と若い男が速記席に陣取る。香山、中西、柏木総務大臣、霧島財務大臣、宝戦略予算担当大臣の戦略予算決定者がひな壇に座る。演壇後の大画面に総理他4大臣の発表目次を表示する。テレビカメラはNHKの腕章をつけた男が担当して中継する。
轟をはじめ報道関係者は軽く考えた前回と違い重大政策の発表を疑わなかった。しかも株式市場の閉じた土曜とあって、経済関係だと直感していた。
「総理、よろしくお願いします」日野は総理を指名した。
香山は演壇に立ち、
「本日は産業再構築と財政改革の新方針を国民にお知らせするためにお集り願いました。政府は高速道路網、鉄道網、空港港湾、送配電網、通信網などの社会インフラを2年後の2016年を目標に国民に売渡します。買取り原資は国民が直接所有する国債と、銀行、保険、証券など広く定義する金融機関が所有する国債、すなわち国民が間接的に所有する国債です。一方国民が買取った社会インフラの組織体を運用する企業を定期的に公募し、社会インフラの組織体から得られる運用益は国民に配当金として分配します。このため社会インフラは国民の所有物と明記する法体系を整えます。以上が産業再構築の骨格です。これを実現する概要を各大臣の説明に委ねます」
「社会インフラは国が一旦接収する事を意味するのですか?」
例によって備付のマイクから質問が行われた。
「元々から社会インフラは国の所有と考えておりますが国の主体は国民です。民営化したから民間の物であったり、いわんや官僚や政府の物でなく、広く国民の所有を明確にする今回の措置であって、接収と云う言葉は馴染みません。敢えて接収に該当するインフラが存在するなら適切な補償をします」
香山総理が立去り、宝大臣が演壇に立つ。
「高速道路関連6社は株式の上場を廃止し、株式会社の名称に変えて管理会社と名乗る。同様にJR7社もOO鉄道管理会社と名乗る。羽田、関西、成田もXX空港管理会社と名乗り衣替えする。東日本、西日本送配電網管理会社、通信網は全日本、東日本、西日本の管理会社を夫々新設します。管理会社が管理する社会インフラは国債を一株10万円単位とし所有数を設定します。10万円と所有数との掛け算が社会インフラの価格となります。さて管理会社は日本国籍の民間企業の公募により、原則3年間毎に更新して運用を委託します。運用条件は国債利息を超える2%弱の配当金を支払う運営力を有する企業とします。但し配当金は税制で経費処理を認めます。従来は公共の名を錦の御旗に不採算投資を行ったから、2%弱の配当金すら支払えない管理会社が存在するかも知れません。その時は採算部分を切出し別の管理会社を新設します」
「少し待って下さい。そのインフラの価値を決める所有数は誰が決めるのですか?」
「あぁそれは良い質問です。管理会社別に専門委員会を設け収益予測に基づきインフラの価格を決定します。且つ専門委員会の検討状況は逐次公開します。価格は今後1カ年の期間をかけて決定したい考えています。お解りの通り、配当金2%弱の支払いできる所有数がインフラの価値となります」
「アンコの部分を独立させますと、残りは益々赤字体質になると思いますが・・・」
「赤字部門が国民に明らかになり望ましいことです。赤字対処策も同時に検討します」
「送配電網とかNTTを除く通信網は企業の投資で構築されたものと考えます。それを接収・・・」
「私も接収と云う言葉は禁句にさせて貰います。公共的な企業は独占とか、何らかの国の保護の下に国民のお金が注ぎ込まれ出来たものです。だから国民に返して貰うと云う考えです。総理も補償は一切しないと考えておられないようですから、補償を検討する別途の委員会を設ける事もあるでしょう」
宝大臣が立去り、霧島大臣が演壇に立つ。
「現在の国債総発行総額700兆円超えが全て社会インフラの買取りに充当されると、国は国債の償還額再発行と利払いから解放されます。仮に全額は無理でも4、5百兆円程度のインフラ価格を望んでいます。さてこの様な状況では個人国債も金融機関保有の国債も、国債利息より高配当が得るインフラに進んで投資するでしょう。国債には償還があります。償還金又は国債を現金化したい金融機関は、他の金融機関がその金額を支払うなら、その金額に相当する日銀保有の国債を当該金融機関に移譲し、その国債をインフラの買取りに投入できる仕組みとします。よって社会インフラと国債を交換売買する国債専用市場を創設します。国債を所有する国外投資家はこの専用市場に参入できません」
「もし金融機関が償還金を出せない時はどうなりますか?」
「国が償還の現金化を保証します。償還金の国債再発行に引受け手がなければ日本国は破綻します。この仕組みはその様な事態は全く想定していませんが、万が一の時は日銀引き受けも選択肢となります。この仕組みで国債いわゆる国の借金は著しく減少します」
要するに社会インフラ管理会社の配当金2%弱は国債の利回りより高額である。国債の償還や利払い解消を目論む政府の意図を知るや場が一瞬静まった。霧島大臣の発言は魔術の大掛かりなイリュージョンを見る心地である。
社会インフラを国民の所有する国債で売り国の借金をなくする。轟は詐欺師も考え及ばない手口だと思った。現実に社会インフラは存在し本来は国民の所有物である。実に当り前のことである。今日までは誰もそれに気づかず、官僚と政治家、一部の民間人が利権を欲しい儘にする構図であった。
次には場が騒然となり、まるで早押しクイズの如く質問マイクの釦が押された。
「5百兆の願望でしょう。実際は何百兆円の国債が市場へ投入される予定ですか?」
「残念ながら解りません。専門委員会の結論によります。今後国のインフラ投資は全て採算性を考え管理会社の運用を委託する予定です。最終的には全額を投入したいですね」
「採算性を考え、心置きなくインフラ投資をする積りですか?」
「そうですね。統治機構や産業の効率化だけでなく、国土も利用効率を考えた国土計画が必要ですが、国がお金を動かす仕組みは利権構造が生まれます。まぁこれは人が呼吸すると活性酸素ができて色々悪さするのと同じです。人体にはこの悪さを防ぐ仕組みがある様に、取敢えず国民にしっかり監視して頂くため、国債の10万円を単位に国債株1株とし株主権の行使を考えています。金融機関が保有する国債は定期性預金10万円単位を1株として預金者を株主とします。国債株主は国債専用市場を通じ、株主が望む管理会社の株を自由に売買できます。ただ通常の株式取引市場の売買は現金であるのに対し、国債専用市場の売買は国債に限ります。国債株の売買は管理会社の配当が動機となります。従って国債株主は3カ年毎に公募する管理会社の運用企業を決定する権限を持ちます。金融機関はその能力を駆使し、公募企業の運用計画の妥当性と国債株主に有利な運用企業を公表し助言します。社会インフラ管理会社の倒産リスクは少ないと考えられるため、安全志向の強い日本国民の資産運用に適するでしょう」
「ブラボー、日本人は魔法使いだ。国外投資家が国債専用市場に参加できない点は至った残念だが、世界のために成功を祈る」外国特派員が大声を上げた。
霧島は特派員を見詰め軽く会釈した。
「大臣は国債株主と表現されましたが、企業が所有する国債、又が金融機関に預ける企業の定期性預金は国債株の対象ですか?」
「対象にしますが、運用企業の決定権はありません。この決定は個人に限る投票です」
「金融機関が保有する国債は色々な管理会社の国債を保有すると考えられます。金融機関は通常株の投資信託と考える役割ですか? 細かい質問で申し訳ありませんが」
「全くその通りです。金融機関は管理会社の配当から手数料を差引いて定期性預金者に配当するでしょう。個人国債の所有者は保有する管理会社の配当のまま受け取れます」
轟を含め大多数の参加者が公共投資の増大を示唆する発言に注目した。株式市場の休日に発表した理由を納得した。外為は轟の専門外だが、今から開くロンドン、ニューヨークの為替市場にも強烈なインパクトを与えると確信した。
霧島大臣が去り、柏木大臣が演壇に立つ。
「私はこの発表に便乗して些か手前味噌を話す」一呼吸置き、
「新しい統治機構が中央、地方共に概ね機能し始めている。まだ不慣れで役割の理解が充分でない点は多々ある。立法権者の電子投票システムが予定より大幅に遅れたが、これも投票端末機が9月より貸出でき、10月中には立法権者の電子投票が可能になる。最も遅れているのは行政、司法、立法各府の予算執行監視である。専門委員の会計基準化作業の遅れもさることながら、特に地方の監視機関の実働部隊が人手不足でネックになっている。女性の活用を考え正規監視員の補助要員とすべく研修している。私の個人的意見だが、監視機関の認証登録を含め、国民議会や行政府と独立する機関の創設が必要と思う。他は政権発足15カ月にしてはマズマズだがどうかね」
「荒業が多いので各層の不満が鬱積していると思いますが・・・」
「国民要望受付のもっと活用してはどうか」
「それもですが、我々も自分の媒体で自己主張できない点の不満に耐えています」
「それは譲れん。検事が調書に自分の意見を書くのと同じだ。報道機関の根本的な有り方として発想を転換して欲しい。別に言論統制はしていない」
「そうおしゃっても私達は非常に窮屈に感じています」
「君達は事実だけを正確に国民に伝える。マスコミは情報の無視、情報構成などで隠した意思を表し世論を誘導しておる」
「大臣、そこまでおっしゃるとマスコミの死滅です。各社に画一的な報道せよですか?」
「そうは云っておらん、自社の主張を言外に匂わす報道は止めろと云っておる。主張は名を明示し堂々と他社の媒体で表明して貰いたい。この問答は平行線を辿る。止めよう」
柏木大臣は平行線に終止符を打ち立去る。
中西大臣が演壇に立つ。
「総務大臣は現況報告であったが私も現況報告である。ただ外交の詳細は手の内を明かせない。この点は了承願いたい。日本国外投融資銀行の投融資は順調に機能し、日本企業の国外進出が広く世界に加速しています。既に皆さんは統計でご存知の通りです。日本企業の進出は進出国に利益をもたらす事も投融資条件ですが、企業は条件をよく守り、相手国に役立つ進出を果たしています。政府の政策に沿っていると感謝申し上げたい。特に米国民も進出を歓迎しています」
「それは進出先が有力議員の選挙区と云う事情もありませんか?」
「それは進出企業が立地を決めますから私達政権のあずかり知らぬことです」
立地を知らない、これは轟の知る限り嘘である。この政権の行動には作戦のない政策はない。政府は議会有力者を味方にする手段に利用している様だ。政府は米財務省証券の償還金の再購入額の漸減率を公表しないし、その漸減に伴う受取償還金の使途は、米国内の日本企業進出の財源らしいが一切明らかにしない。世界経済に悪影響を与えるから公表しない、が政府の公式見解である。使途の密約も存在するに違いない。だが轟はこの政権にして初めて米財務省証券の漸減を勝ち得た成果であると認めた。
「国際共生同盟の進捗は如何ですか?」
「国際共生同盟に導く伝道師は気長に行ないます。ただ日本国外投融資銀行制度の創設を研究する数か国があり、ネット販売対策は日本の政策を参考にする国が増えています」
日本国外投融資銀行は、為替レートが円高局面でも円安の円転ができる利点は、企業にに外国通貨の持込みを促し、設立僅か十数カ月の間に日本の経常収支十数兆円の大半を、一手に取仕切る外貨に関する銀行の中の銀行となっている。円が高騰すると日本の外貨を100%支配する。取扱通貨はIMFと同様に米ドル、ユーロ、英ボンドである。
轟の聞くところによると、民間銀行は右の3通貨を円に換える業務の自粛を要請されているらしい。外国企業が日本製品の輸入したい場合、民間銀行で円転して輸入するより日本企業を経由して輸入すると、利益を上乗せされても安くなる。本来は親子企業間に利用できる投融資銀行の制度だが上手く立ち回って、親子間取引を装っているらしいと聞く。この点で日本の総合商社の業態は都合がよいらしい。これらは噂の域を超えている。
外国投資家が外貨を用意する日本株の購入に際しては日本国内融資銀行の利用を義務付けている。例えば円ドルレート100円の時、外国投資家は10ドルを融資銀行に預託し、証券会社から株1000円を購入すると、融資銀行から証券会社へ1000円が振込む。株価が1200円に上昇し売却すると融資銀行に1000円を返済し、預託10ドルを受取り、更に利益200円に分離課税15%を差引き170円の利益を得る。この時点の為替レートが80円なら融資銀行はドル変換し2.125ドルの利益を外国投資家に渡す。
外国投資家が円貨により日本株を購入する時は直接証券会社から株を購入できるが、売却時は外貨持出しを義務付けている。この例では200円の利益に優遇措分離課税10%が適用され、外国投資家は元利1180円をドル返還し14.75ドルを得る。前者の元利が12.125ドルに対し円高局面では後者の利益が大きい。この様に外国投資家の株投資にも円貨の還流を促している。
外国投資家は日本国債の償還円貨や、国際金融市場の流通円貨を調達し積極的な日本株投資を行いつつあった。
国民の海外渡航ではトラベルチェックに制限はないが、円貨の直接持出しは制限した。業者に支払う渡航費用円貨は、業者が民間銀行から外貨入手し、民間銀行は投融資銀行から外貨を入手した。このサービス収支では国民が持出す僅かな円貨が国際市場に流れる。
政府は円貨の日本国内起債を外国政府の準備通貨に限る制限を課しおり、国際市場の円貨は逼迫気味であり、円高圧力が企業の国際進出を一段と促す要因である。進出した企業の製品は進出国からの逆輸入を禁止し、いわゆる公平経済政策を国際社会に印象づけた。
円の国際化に逆行する政策であるが、円貨逼迫が円の欲求を膨らませて、互いの通貨で直接貿易決済したと望む国が多くなった。政府は国際戦略商品である資源、エネルギーの国家間取引には積極的に応じた。これは政府発表から知り得る情報である。
「話変りますが、韓国、ロシアに漁業面で強固姿勢ですが、成算ありとお考えですか?」
「別に強固だと思っていません。普通の国が普通にする措置と考えています」
「このまま放置すると北海道の北方漁場者は倒産するのでは?」
「交渉カードは沢山あります。北方漁業をどうするか検討中です」
「資金支援ですか?」突っ込んだが、
「とにかく検討中です」中西は明言を避けた。
「自衛隊海外派遣の武器携行は自衛し撃退するに必要な武器、他国救援は目前の他国を救援する必要を派遣隊長が認めた時は救援するなど、各種基準は大幅に緩和されましたが、肝心の集団安全保障、非核3原則、武器輸出について基準をなぜ明確にしないのですか?政府は基準の説明を今もって避けていると感じます」
「別に避けていません。電子投票システムの完成を待っているだけです。国家非常事態に発足する各指令部の指令範囲と、国民の義務を定める国家安全保障法は、国民官の審議と立法権者の投票を実施すると総理が発表した事を忘れたのですか。またお尋ねの非核3原則は国民感情を考え堅持するにしても、防衛・治安指令部指揮の下で国民は滅びてもよいが、3原則は堅持すると表明できますか、それに集団安全保障も共同作戦中は互い助け合い自衛する、これは現場指揮官判断です。自衛のために助け合ってやむを得ず別方面を攻撃する、これの決断者は総理ですが、緊急の度合いによって決断者が異なるでしょう」
中西は質問者の不勉強に厳しい口調で応えたが、質問者も負けずに食い下がる。
「正にその、やむを得ず別方面と云う基準を国民は知りたいのです」
中西は起立する質問者を見詰めながら、
「あなたねぇ。自分が危機存亡の時に法律や基準を考えて行動しますか? 本能的に自分を守るでしょう。国民を守る義務がある国家だって同じですよ。その状況に応じた即断の他に何が必要ですか? 可能な限りの法体系は準備しますがそれが全てではありません。何が危機かを柔軟に判断し即応する。これは危機管理の基本中の基本です。私達は自衛隊出身です。空理空論は弄びません」
国家安全保障法の審議と、総理の拒否権行使は別にして立法権者に採決させたいとする政権の意向は分かった。轟は今の段階でその細部を求めても多くの言質は得られないと感じた。この場の報道陣も同様に感じたらしく更なる質問は途絶えた。
「それでは予定の時間ですから発表を終ります」日野は発表の終了を告げた。
東京都庁の尖閣諸島開発協会会長室、9月上旬、協会長と日野が応接椅子に対座する。国は都から尖閣諸島を寄贈されたが管理を関東地方総督に委ねた。総督は都の離島行政に編入した。都知事は尖閣諸島開発協会を設け特別管理に指定して現状に至っている。当然、その裏に政権の意向が反映していた。
このところマスコミが舞鶴市の第8管区海上保安本部に設けた無人機操縦施設が完成し、無人機によるEEZの監視飛行を連日に亘り大々的に報じていた。
政権内では島守で通用する爺さんに日野が呼出された。もの申したい事の凡その察しはついたが、日野は腰の軽さで快く応じた。
「部屋表の協会看板は達筆ですねぇ。先生がお書きになったので・・・」日野が問う。
「私は書かん。友人の書だ。まぁそんなこたぁどうでもよい。石垣島の無人機操縦施設はいつ完成する? 監視飛行はいつ?」畳み掛けて尋ねる。
「10月末か11月には飛ばします」
「カメラ積んで飛ぶだけなら役立たずのムダ金だ。あの無人機なら武器が積めると見たがどうするんだ?」爺さんの云いたい事は解った。
「さぁねぇ」日野は口を濁した。
「さぁねぇだと!? せめて威嚇するくらいの武器を積め。何を考えとるお前らは」
「まぁまぁご意見として聞き置きます」日野は当り障りなく応じた。
「もう一つ言いたいことがある。原発の廃炉は致し方ないが、核とミサイルの潜在的な保有能力を世界に隠すな」爺さんの核武装発言は折に触れて飛出し目新しくはない。
「プルトニウムの保有量と宇宙開発能力とから世界は疑い続けている。先生は尖閣だけに留めて欲しい。政権を窮地に落す所業は止めて下さいよ」
「私が核武装を我鳴る、お前さんらが否定する、それでバランスがとれるじゃろ」
「先生は政府の官僚でなく、都の特別職ですから否定せずに無視します。先生には発言の時と場所を選んで貰わないと厄介です。そこん所を解って欲しいですねぇ」
「では核武装が嫌なら金星へ送込む先に、せめて原発廃棄物ミサイルはどうだ?」
「またまたそれを公言して政権を潰したいのですか? 香山御大も云うてますよ、ブレーキがないほど暴れるならそれなりの処置を考えると」
「こらっ、脅す気か?」爺さんは怒鳴るが目元は笑っていた。
「今日の所はこれでお暇します」日野はこれでガス抜きができたと別れを告げた。
総理官邸執務室、午後8時、香山が電話する。
「南原陸将ですね。香山です。長らくご無沙汰しています」
「お待ちしていました。態々お電話頂き恐縮です。私に折り入って頼みたいとはどの様な事でしょう」南原は単刀直入に用件を尋ねる。
「実は自衛隊員の呼称です。私は一、二、三等を廃止し世界基準に変えたいのですが」
「例えば少将とか大佐にする意味ですね」閑職の南原は香山の命令と受取り感謝した。
「陸軍など軍名称は論外ですが、海自中尉とかです。隊内の意向を調べて下さい」
「解りました。兵隊の兵も拙いでしょう。下士官の呼称どうするか報告します」
「数年後には実施したのでよろしくお願いします」香山は阿吽の呼吸に安堵し電話を切る。
第4章 平成憲法起草
2017年8月下旬、政権第1期終了年、根気よく続けた北朝鮮との交渉の結果、遂にボールが返って来た。北朝鮮共和国と日本国がその内容を同時に発表した。
拉致被害者の調査は終了した、速やかに調査結果を日本へ送る、が1点と、政治犯と外国人犯罪者及びそれに加担した日本人を北朝鮮共和国は受入れ、在朝鮮日系人による刑務所の管理を認める、の2点であった。それに対する日本国の返答は、調査に満足し帰還が実現すると日朝国交回復交渉に応じる。2点目は刑務所建設に着工次第、食糧援助、食料自給支援を行う、であった。
政府は拉致被害者の帰還実現と、宇宙空間を飛翔するロケット発射の凍結が、日朝国交回復交渉の必須条件であると国民にやっと明らかにした。1点目はその一歩となり得た。
2点目の政治犯の内容に国民が堂目し、一部の国民が震撼した。政治犯とは日本国を誹謗し中傷し陥れる行為を言論、著作により繰り返し行う者を云う、但し政府への誹謗中傷はこれを除く、と刑法に追加されていた。平たく云えば日本を悪し様に罵る者は日本人、在日外国人を問わず北朝鮮共和国に追放し、委託刑務所へ収監する、と云う事であった。国籍と同様に遡る言論が対象になるかどうか戦々恐々の毎日を送る人々がいた。
政府は現在服役中の外国人にあって死刑囚、終生懲役囚を除く囚人、並びに今後判決が下される外国犯罪人、及び外国犯罪人に加担した日本人にあって、懲役3年以上の判決となった者は委託刑務所へ収監する。政治犯については過去に遡る適用はしない。
こように法務大臣談話は発表したが、本来なら法務省の極秘文書となるべき政治犯該当事例資料が、極秘文書手続を行う前に大手新聞社にスクープされ報道された。漏洩調査の開始4日後に法務官僚が名乗り出て、早期に一件落着するかに見えたが、法務省ぐるみの自作自演リークでないかとマスコミが騒ぎ、1カ月後の今も調査が続く。
これは言論弾圧の始まり、衣を脱ぎ鎧が現る、と内外の批判が舞上がり、依然陰で続けている政権支持率が一気に10%強低下した。
これに対し法務大臣・神崎は、委託刑務所は政権発足時の政策発表で表明した、と強気の姿勢を崩さなかったし、香山、中西、日野はまだ交渉中を理由に発言しなかった。
いわゆる進歩的知識人と呼ばれる人達が、言論の自由に触れる憲法第21条違反訴訟を準備していたが、一方には政治犯に該当する言論は、憲法第12条による公共の福祉を害する権利の濫用であると主張する人達もおり、激しい論争が行われた。ただ両陣営共に政治犯として拘束される言論は注意深く避け、もっぱら法務省の超タカ派行政に関し政府批判を大々的に行った。彼らは知恵者であり政府批判は政治犯の対象外を充分承知していた。
これらを報道機関が大々的に取上げるのは、たとえ拒絶されるとも国民官による法務大臣の罷免審議につなげ、政権の一角を崩し、報道機関復権を狙う意図を政権は感じた。
政権第1期末の国内経済情勢、発足当初の政策課題が順調に軌道に乗っていた。農水、畜産の輸入数量制限の結果、北海道は畜産をはじめ、鮭など魚介類の養殖が海面にも陸上においても盛んとなり、戦後の石炭時代を彷彿する活況を呈していた。
原発停止後の電力需要は節約と、大幅に遅れた風力発電洋上プラットホームの運用や、各種自然エネルギーの実用により需給の逼迫は解消していた。
輸出主導企業の海外進出に伴い、輸出せんがためのエネルギー消費は減少した。再生可能エネルギーも増えた。コストを度外視すると、日本海側のメタンハイドレードや藻類の燃料も若干ながら入手できる。節電意識の向上と相俟って原油、ガスなどエネルギー輸入比率は約3割低下し、政権終了時には5割低下する可能性も現実味を帯びて来た。60円を挟むドル円レートはエネルギーコストを引下げ、物価上昇の歯止めに貢献していた。食料自給も向上し、数量ベースでは政府の思惑方向にほぼ推移していた。
防災とエネルギー自給に配慮した地域都市化開発が町村合併、限界集落の解消、職住近接など国土利用の効率化を目指し、全国の至る所で計画中若しくは既に建設中であった。しかも地域都市化は過去の公共投資と異なり、国も地方自治体も一切の資金を負担せず、民間資金だけの活用により実施した。
国交省と総務省、地方総督と自治体は土地利用計画を綿密に協議し、土地取得に便宜を供与し、戦略予算総局は地域都市化企業の配当を経費と認める税制上の特典を与え、国と地方一体となり促進する体制ができていた。
地域都市化開発の運用企業、社会インフラの運用企業に限れば、配当経費化は例外なき法人団体への課税に若干風穴を空けたとも云えるが、株価は先行指標となり騰勢を強め、かつての列島改造時代を彷彿させる景気上昇を煽った。政府と日銀は過去のバブル崩壊の経験に懲り、都市化開発に便乗する土地、建設関係の融資を極めて慎重に制御したし、株もまた信用取引の証拠金を柔軟に制御してバブルを食い止めた。
日本のEEZでは海洋資源開発を目論み、国外メジャーと共同開発の鉱区設定を積極的に実施していた。これは韓国、中国に刺激と威圧を与えた。特に東シナ海の共同開発を依然と渋る春暁ガス田プラットホームの近傍に、日本のプラットホーム建設を開始していた。
金星探査機・あかつき2号が間もなく金星探査を開始する。米、露、EUとの共同探査計画に基づき、各機関は探査機の打上げを順次予定していた。
防衛面では米軍海兵隊が前島空港へ駐留を開始し、普天間の返還に目途をつけた他に、沖縄基地の縮小を達成しつつあり、跡地は地域都市化開発の格好の候補地となり、且つ沖縄県の食料自給の営農地にも計画されていた。前島空港の一部を利用して自衛隊無人航空機が試験飛行を繰返していたし、空自浜松基地では無人機の操縦訓練を行っていた。
同じく保安庁もEEZの警備に無人機を多用し活用していた。尖閣魚釣島と石垣島を直線で結ぶ中間点に洋上プラットホームを設置し、その甲板は無人機多数が離着陸し、EEZ及び領海の監視飛行をした。保安庁の無人機は着色弾と弱悪臭弾とを装備していたし、悪質な領海侵入に備え強悪臭弾ベレットも装備していた。
内外を問わず逃亡する違法操業漁船に対し、無人機による着色弾の発射、又は弱悪臭弾の発射を警告していたが、EEZを侵犯し逃亡する悪質密漁船に、無人機より初めて弱悪臭弾を発射した。
逃亡韓国漁船の船体腹部に弱悪臭弾をベットリ付着させたが、逃亡を阻止し得ず、政府は韓国政府に逮捕と処罰を外交ルート及び保安庁から要請した。これはナショナリズムを刺激する大きな外交問題に発展した。政府は現在も韓国との懸案解決に前向きの姿勢を示さず、日韓暫定水域には日本の漁船団が水産監視船、及び無人機監視の下に集団操業を実施したし、暫定水域の韓国漁船の違法操業には韓国政府に取締りを要請した。拿捕も視野に入れる日本政府の強固姿勢に日韓の政治的関係は戦後最悪の状態となっていた。
尖閣諸島海域でも中国船に日本無人機が対峙する構図は珍しくなかったが、最近は中国国内から人権問題が頻繁に火を噴き、昨年は中国東北地域においてネット上で満州国独立を叫ぶ騒動が頻繁に生じた。犯人の特定に至らず今も東北地域の警戒は厳重を極めている。
日中両国は政治的に良好とは云えず、どちらからも歩み寄りの姿勢を見せず、かと云って争うでもなく政治的休戦状態を維持していた。貿易関係は中国の人件費高騰と、日本の逆輸入禁止が響き貿易額の下落傾向が顕著であった。カントリーリスク上位の中国は、政権の意図も働き投資面でも精彩を欠いていた。
海外に目を転じると、自衛隊に配備されたばかりのXC2輸送機を利用し、フィリピン軍との災害救助訓練が、一度ならず二度も大掛かりに実施した。新鋭輸送機のPRと実戦訓練の意図が明白である。災害に名を借りた物資備蓄や巡視船の供与も行われた。
このXC2輸送機とUS-2救難飛行艇は武器輸出規制を解除して輸出を認めた結果、輸送機は輸出引合いが殺到し、飛行艇は消防ほか多用途な改造が施され世界主要国への納入が加速していた。
ジャパンシティと呼ぶ都市建設がフィリピン3万人規模の成功体験を下に、米国、仏、スペイン、タイ、インドネシアで十数万人規模の開発が計画または進行していた。これは国内の地域都市化開発の海外版ではあった。
大使館に配属した国富管理指令部員の綿密な調査結果に基づき、建設地を取得し、日本政府と民間による半官半民の大家主構想であり、充分な採算性ある投資案件と見なした。但し建設国の要望に沿い日本の経営権を損なわない条件の下に現地資本も受入れた。
ジャパンシティは日本の総合技術の粋を結集するエコシティであり、エネルギーと食料の地産地消、職住接近の実現を目指した。これには日本国家の未来像を体現する意図を込められていた。当然のことながら日本庭園、日本食などの日本文化の香りを充満させたが、現地国民が居住対象である。ジャパンシティ建設は多数の国から要望されていた。
日本政府は将来の国際共生同盟締結を念頭に、投融資銀行を戦略的に活用してインド、東南アジア、オーストラリアを中心に南米、EUへの企業進出を積極的に支援した。
共生同盟を結ぶ製造業の進出が困難な国には、輸入品販売企業の進出による輸入品も国産品と認定する緩和措置を打ち出した。日本には円高による輸入品の価格低下と、進出日本企業課税の一部還付は日本親企業の収益増となり、相手国の進出企業も同様に課税の一部還付は、日本の平均35%の高い企業税率のため、還付の絶対額が多くなると共に持続的な円高メリットも得られた。
また国内融資銀行の融資よる進出支援を含め、これらは日本において競合企業より優位となり販売拡大が期待できた。故に共生同盟に興味を示す国が急増していたが、一筋縄で締結に至らない理由も明らかになった。
その1は還付総額の均衡である。進出日本企業の還付率は1%、相手国企業には10%など極端に比率を変えて双方の還付総額をある程度均衡させる。
その2は政府の農水畜産の食料自給政策である。これは国民が直接消費するものは自給策を続け、何かの製品原料となるものは輸入を許容する措置を行う。直接消費と製品原料の線引きに国内調整が難航するし、農水畜産品の競争力強化が喫急を要する課題も抱えていたが、その1、その2は解決の糸口にはなり得た。
その3は改善の余地がない日本市場の狭さである。公平経済政策に伴う企業活動の制約は、グローバル企業にとって利益率が高くても、世界規模の量産が期待できず、得られる利益の総額が少なく魅力に乏しい。
日本市場を高度技術製品やいわゆる日本的消費者サービス習得の場と考える企業に限り魅力となる。それでも共生同盟が魅力ある仕組みと見る企業が増えたことも確かである。
日本はロシアに対し、北洋漁業のEEZ入漁料支払いがここ2年程著しく減少していた。たらば蟹を除く鮭、たら等が概ね養殖で自給できる結果だった。ロシア政府は極東地域の投資を増やすも、日本は投資の主力を東南アジアに注ぎ、ロシア極東の開発に積極でない結果、ロシア極東の経済情勢は沈滞していた。日本と平和交渉締結を望む声が増えた。
2017年9月初旬、総理官邸国議室、総理と各大臣が集い臨時国議の最中である。
「ロシア極東地域総領事館に配属した担当者の成果は現れ始めている。そこでサンフランシスコ講和条約に参加しなかったソ連を引継ぐロシアと、60年余の今もって平和条約締結に至らい状況から、日露領土返還交渉は千島樺太交換条約をベースとする一方的な交渉仕切り直しを通告したい。これは私のロシア訪問時10月に通告する」
中西が政権発足当時に語った度肝を抜く領土提案とは、この事かと山中は思い出し、
「エェ、その通告は法的な根拠がないのでは?」山中は無茶を云う根拠を尋ねた。
「終戦時に日ソ中立条約を一方的に破棄した国だ。一方的な通告に拘る理由はない。極東地域の投資は平和条約締結後だとハッキリ解らせる必要がある」
勝算のない作戦を立てる中西でないと知る各大臣は特に発言しなかった。
「中西大臣が対ロ通告した後の交渉は、ほぼ永久に妥結できませんが」山中が困惑する。
「日露関係はギクシャクするがそれでよい」香山は対ロ外交を承認した。
ドアのノック音がする。日野がドアへ歩み開ける。日野が伝言を聞取り香山の席へ、
「総理のお父さんが危篤です。お会いしたいそうです」香山に耳元で囁く。
「今は・・・」香山が出立を渋る様子に、
「総理に猶予できない急用が生じた。平成憲法起草手順の総理一任、対ロ外交方針も決まった。国議を一旦終える」
日野は終了を伝え、香山の腕を引っ張った。
入院病棟、病室に入る香山。一見母娘と判る女性二人が香山に黙礼する。香山はベッドへ歩み寄る。十数年音信不通の実父、花村伸也の痩せ衰えた顔を見る。
「よく来てくれたな」花村は目を開き、腕を差出す。香山は父の手を握る。
二人の女性は静かに病室を出る。
「あの娘は伸吾の腹違いの妹だ。二人は自分達だけで生きていける。伸吾を頼る事はない筈だが、この世で唯一お前とDNAの近い娘だ」まだ意識は確かな様である。
「親父に学費の礼も云わず、勝手にハーバードを退学して今日まで悪かった」
「伸吾がワシの嘘を見破り怒ったと思って、ワシも音信を断った」
「嘘って?」香山はオウム返しに尋ねた。
「母さんの死んだあと、伸吾の家を訪ねた時に女と別れたと云っただろ。実は別れていなかった。今の咲江がそうだ。それを知ったから伸吾は怒って飛出した思っていた」
「じゃぁ高校時代に親父と二人暮らしだったが、他にあの人が居たのか、チットモ知らなかった。まぁあの時は勉強に追われて他の事を考える暇がなかった」
「う~ん、そうだったのか。よくよく縁のない父と子よなぁ」花村は薄ら涙ぐむ。
「また、こうして会えたじゃないか」香山は父の手を強く握る。
「いや、伸吾はもう来るな。忙しい身体だ。ワシもまだ意識が確かな間にDNAを伝えたかった。早苗は誰かに頼る娘でないが死後はそれとなく見守ってくれ」
「それは引受けるが、親父が気の弱い事云うてどうする」
「ワシは当分大丈夫、有難う。もう帰れ」花村は手を放す。
病室に入る前に主治医から聞いた話では、末期がん、モルヒネで痛みを止めているが、いつ意識不明になるか知れないと云う。病室を出る。
病室前の廊下、香山は廊下に佇む母娘を眼に止める。
「お忙しいところ本当に有難うございました。お母様には大変申し訳なく思っています」
「咲江さんとおっしゃいましたね。遠い昔の事です。どうかもう御気になさらずに」
「そうおしゃって頂くと・・・」後は言葉にならずハンケチで目頭を押さえる。
「早苗さん、できるだけお見舞いに寄りますから」
早苗は廊下の左右に鋭く目配せし、人がいないと見定め小声で、
「もう来ては駄目です。今日の様な手薄な警護で動くと危険です。警察でさえも利権を壊されて恨む人も多い。信用できませんよ」齢は30歳前後、理知的な容姿である。
国民の支持率は政権発足時より低下したが、依然60%台はキープする。報道機関は政権の意向に沿い支持率の極秘にし公表はしないが、しぶとく調査を続けている。政府はその情報を察知する。ただ早苗の云う通り、政権の失脚を狙う人種は政財官もとより在日系にも満ちている。パチンコ利権の恨みは警察にも及ぶ。報道機関は虎視眈々と自らの媒体で自らの主張を狙う。外国政府筋も日本の政策に反感を抱いている。国民の支持率が50%を切ると、一斉に不満筋が爆発すると政権の誰もが覚悟している。
「どうしてあなたが・・・」香山は目配りの様子から察しはついたが確認したかった。
「私は公安警察官です。総理の身内と知られたくありません」香山の耳元で囁いた。
「親父もそこまで言いませんでしたね。世の中で唯一近いDNAとだけ」
「お父さんらしい言い方だわ。もうお帰り下さい。私もまだ勤務が」
「病状が急変したらこれに」携帯番号を手帳に記入し破って渡す。母娘に会釈し別れる。
5日後、9月9日土曜夜、総理専用車の中、SP2人に守られ自宅に向う。香山は後部座席に座る。携帯電話に着信する。
「花村早苗です。父は2日前に亡くなり、今日葬儀を終え自宅に帰ったところです」
「何!? なぜ電話しない」
「申し訳ありません。父の最後の言葉が知らせるなだったので」
「そうか、じゃ今からそちらへ」
「それも止めて下さい。墓に納骨したら墓参りはよいと言い残しましたから」
「出入り禁止か?」香山はついつい言葉が荒くなる。
「そうじゃありません。総理をお辞めになったらいつでも来て下さい。今は駄目です」
気丈な妹である。仕事柄まだ未婚に違いない。香山は未婚の男達を思い浮べ早くも兄の心情になった自分に苦笑した。
「親父らしい、よし解った」香山は電話を切る。
ゴルフコンペ会場、日本ウエブ報道社の轟記者は極く最近、横断的な官僚の会合の存在を偶然知った。轟は年に一度開く同窓生のゴルフコンペに参加した。そこで嘗ての次官や局長を経験したOBと、各省で見かける50歳前後の現役が混ざり、現役非退役親睦会と名乗るグループと出会った。普通に聞くと何の変哲もないグループ名だが、轟は何となく自虐的な名称に思えて注意を引いた。
轟は体調不良を理由にコンペ参加を断り単独行動を始めた。親睦会と云うからは、自分達がそうであった様に昨晩の土曜に宿泊し宴会した筈である。片っ端からホテルと旅館に電話したが宿泊の痕跡は得られなかった。残る可能性は軽井沢の別荘である。あそこで探索は大仕事である。轟はこの手の大仕事に慣れており勘も働く。
軽井沢へ車を飛ばす。面識のある坂上課長を利用し数十軒を尋ね歩きやっと、
「経産省エネルギー局の坂上第一課長他のご一行様は今晩もここにお泊りになりますか?どうしても課長にお会いしたいのですが」轟が管理人に尋ねる。
「いや今日は直接お帰りになります」
「昨晩は宴会でもなさってお疲れの様子でしたか?」
「いや別に長時間の会議でしたが、疲れた様子ではなかったですよ」
「皆様はこちらへ頻繁にお見えになりますか?」
「さぁどうでしょう。私は1ヵ月前からここへ来ましたので」
「そうですか、有難うございました」轟は立去る。
別荘の所有者を調べると東京の不動産屋の管理物件となっていた。
9月末土曜夜、大型クルーザー、香山、中西、渡辺が豪華な船室に入るや中西が問う。
「いざの時に金塊を運ぶ船TENSHINとはこれか?」
「そう思って建造した船だが金塊は6本ほど買って後は諦めた」渡辺が答える。
「諦めただと!? じゃ今までの予算は?」香山が追求する。
「後々に埋蔵金伝説を残しても意味がない。それで教育訓練に注ぎ込んだ」
「おい渡辺、事前の承諾もなく勝手な行動は許せんぞ!!」香山が怒鳴る。
「そう怒らず話を最後まで聞いてやれ」中西が香山を諌める。
「他の国に比べると小ぶりだが、命令するとどんな特攻作戦も実行する一騎当千の強者を育てた。日本人との混成集団だが決して日本人と知られる心配はない」
「金目当ての外人部隊か?」香川が尋ねる。
「ワシがそんな男達を育てると思うか。彼らは一途に祖国を思う筋金入りだ。夫々の地域で、夫々の職業で活動している。リストは表通りのあんたらが知るべきでない。だがワシはあんたらの命令には従う。彼らは他国の連中に勝る仕事をする。これだけは保証する」
「なぁ香山、渡辺の仕事を信用してやろう。俺達が望んでいた総局の姿でないのか」
「・・・」香山は黙る。
「お前が中身を知りたいと思う気持ちは解る。だが総理が知らない方がよい事もある。俺は外回りだから中身はそれとなく解るし強気の外交もできる。それに俺を守る正規のSPの他に陰で守っている存在にも気づく。香山、お前も多分気づいている筈だ」中西が説く。
「ワシが気に入らんなら首にすればいい。総理にはその権限がある」渡辺が口を挟む。
「こら渡辺、捨て台詞を吐くな」中西が渡辺を咎める。
「うん解った。短期間に総局を充実させた点は大いに認める。だがなぁ独走は止めてくれ。中西と私との3人の協議が絶対に必要だ」香山は渡辺に釘をさした。
「金塊の件は悪かった。今後は必ず事前に協議する」渡辺は非を認めた。
「ところで話変るが、残る第2期の最終決戦は元幹事長の佐原とマスコミになる。まずは報道機関だが、権力のチェックは己達だと考える習性がしぶとく抜けない。彼らの仕事は国民に正しく情報を伝える、これが最大の役割だが、自己の媒体での主張を抑えると情報量の多い少ないの偏りで対抗する。見出しやその大小、記事の並べる順序でも主張する」
香山がマスコミ対策の難しさを指摘した。
「そりゃ仕方ないだろう、お前の云う彼らの習性さ。思い通り報道させたけりゃ言論統制だが、そんな事はできっこない。報道評価委員会でも創って報道機関の毎日の報道を論評させでもするか? 評論大嫌いの我々向きでないが」中西が思い付きを云う。
「それも悪くはない」と香山が相槌をうつが、話題を変え、
「佐原に議事堂占拠の終焉に手を借りた点は皆の知る通りだが、実はあの時に憲法草案の首席と、あの議事堂4隅目に彼の銅像を約束した。起草委員会首席を委任し、憲法制定手続の管理役を委嘱したが、委員の人選や起草まで立ち入り、条文を思い通りにしたいと奔走している。これでは暫定憲法の骨格を骨抜きにされかねない。また報道機関には草案の意味や意図を国民へ丁寧に報道させたいが思い通りにならない。ここで失敗すると我々8年の仕事が水泡に帰す」香山は最近の状況を打ち明ける。
「佐原の動きが慌ただしい。早く対応しないと既成事実にされるぞ」渡辺が対応を急がす。
「佐原を呼び総理の意向を早急に伝えるべきだ。その結果で対抗しよう」中西が助言した。
「そうだな。皆の云う通りだ」香山は中西と渡辺を見詰め頷き決心した。
「時に渡辺、この船の持ち主は?」香山が唐突に尋ねた。渡辺が怪訝そうに、
「名義は前に話したシンガポールの実業家だけど、何か?」
「乗組員もその部下か?」香山が更に問う。
「いや違う。純粋の日本人でワシ直属の部下だ」
「どう見ても日本人には見えんが、見覚えのある顔もいる」中西が感心した。
「ワシの訓練の一端と思ってくれ。香山は何が云いたい。中西と同じか?」
「いや明日の夜、俺に貸してくれ。実はな中西が事実婚の奥さんを入籍した。その祝いをここでしたい。ここなら誰も気づかれん。どうだ中西、久しぶり3家族で会いたい」
「おぉそりゃグッドアイディアだ、中西反対するなよ」渡辺が先手をうつ。
「俺はかみさんの了解を得にゃならん」中西が携帯を取出しかけて笑う。
中西は入籍を香山にだけ打明け、全ての祝い事を拒んでいたがどうやら話は纏まった。
「じゃ明朝10時、子供も連れて山下公園に集合だ」
渡辺が弾んだ声で集合場所を指定する。
総理官邸の応接室、香山と佐原憲法起草委員会首席が応接椅子に対座し応酬を繰広げる。
「あの時、確かに首席の約束はしましたが、委員の人選までお願いした積りはありません。何度も繰返しますが、憲法各章毎に数人の委員が起草し、各章毎に国民の賛否を問います。起草委員は国民各層の推薦者を立法権者の投票で選ぶ積りです。先生はその手続きを厳正に管理して頂く。いわば選挙管理委員長の役目です」
「立法権者は一体何を基準に委員を選ぶのだ。そんなまどろこしい方法といい加減に選ぶ委員ではまともな憲法はできん」佐原が頑強に抵抗した。
「それは先生、いい加減に選んだ政治家ではまともな政治はできんと認めた発言ですよ」
佐原は拙い発言と気づいたが、ここでお飾りにされては最後の望みが断たれる、と思う佐原の心中を香山は読取った。佐原は巧みに話題を逸らし、
「2022年には君達は本当に退陣しているのか? まず本音を聞きたい」
「今後は国民が決めた憲法に基づく総理選挙を実施したい。時間的には充分実施できる。政治的に訓練された国民に未来を託したい。良い判断できる国民の修練期間として私達は8年の政権を担当しているんです」
第1ラウンドの相違は起草委員の人選に絞られていたが、人選こそ憲法の骨格を握り、お互い譲れない鬩ぎ合いである。
「先生も私達も委員の選出に関与せず中立としたい。起草委員は25歳以上の日本人なら誰でも、憲法の一つの章の全条文を起草し自推する者を立法権者に投票で選出させたい」
「また立法権者へ戻るか、何度も云うが立法権者は何を基準に投票するのだ?」
「では自推者に条文作成の意図も書かせる。条文とその意図を基準にする。どうです?」
「十人十色バラバラ一貫性のない憲法が出来上がる。そもそも国の背骨を決める憲法各章の条文を一般国民に書かせるのは、いくら民主的と云え無理がある」
「私はねぇ先生、国民を信頼したいし、委員の選出や全国民の賛否投票に当り、報道機関にも偏りのない真摯な報道をさせたい。それで不都合な憲法ができるなら改正し易い憲法にすればよい。附則だけは先生と私達の協議で決める。これならご同意頂けませんか?」
議会制の復元に執念を燃やす佐原は同意できかねた。
「報道機関だけでは信用できない。世論形成に10人会を設け、この10人会に自推者の各章条文を評価させる。憲法学者、報道言論界、財界、労組から各2名、君達と私から各1名の10人を選ぶ。委員長なしの10人平等、これがバラバラ憲法を防ぎ、譲れる限界だ」
香山は佐原の譲歩を理解はできる。予算案法案などをいきなり立法権者に判断させず、国民官の審議とその報道を介した統治を組立てた。未だ報道機関を信用できな点では佐原の心情に似るが、佐原には何か裏があるのではないか読みかねた。
10人会を起草委員会の上部組織にしたい狙いかとも予想した。10人程度の懐柔なら佐原の得意技である。10人の人選は第2ラウンドに委ね取敢えず了承する。
「政権は中立を貫きたい。各1人を統治実務の一翼を担う首長から2名はどうですか?」
「いいでしょう。10人会は政府と起草委員会公認の起草委員自推者の評価人とします」
佐原は香山の修正をあっさりOKした。益々狙いが解らない。
「では纏めますよ。起草委員は25才以上の日本人が各章の条文とその意図を発表して自推する。10人会が自推の条文と意図を評価する。立法権者は起草委員を憲法各章毎に投票数の多い順に3人を選出する。選出された各章起草委員が改めて全章全条文を起草する。国民全有権者は憲法の各章毎に投票し、その過半数で憲法各章を承認する。憲法の附則は政府と首席が定める。これで先生よろしいか? よろしければ早急に憲法制定手順を公表します」香山は整理して念を押した。
自推者が作成した各章の条文案を10人会が評価し、評価に基づき立法権者が自推者を投票で起草委員に選出する。各章毎に選出した起草委員が憲法案を起草し、各章毎に国民投票によって決定する。大変回りくどいが確かに国民が制定した憲法にはなる。
「起草委員は大所帯になるが、異存なしです」
この大所帯は起草委員間の議論百出を懸念したが、佐原の影響力を削ぐ狙いもあった。香山はまだ狐に抓まれた感じだった。
佐原の監視は続けると積りだが、如何に意見の対立があろうと首席を辞退させる積りはなかった。約束は律儀に守る。この一点だけは佐原も香山を信頼していた。
「ではあの時と同様に密約文なし、乾杯しましょう」
香山は用意しておいた酒をコップに並々と注ぎ、佐原と冷酒を一気に飲み干した。
10月10日朝、官邸総理執務室、出勤直後、香山の携帯が鳴る。
「佐原の7日から連休中の動きが慌ただしい。佐原といつ会った?」渡辺の声である。
「あれから直ぐの4日だ」香山が答える。
「会った人物のリストを今から封筒で届けさせる。じゃまたな」要件を伝え電話を切る。
香山は佐原の素早さに感心する。秘書が新聞を持ってやって来る。
「総理、どの朝刊も新階級呼称の記事一色ですゎ」根岸秘書が話しかける。
自衛隊員の階級章は現状を維持し、新階級呼称について士官は大中少、下士官は准尉、上級曹長、曹長、曹士長、曹士とし、必要な時に限り空自、陸自、海自を呼称に前置する。士長以下の隊員は従来の呼称を維持する。呼称は2018年1月実施を報じた。
下士官は現状の曹に拘り、軍曹、伍長、兵長の呼称における軍や兵を避けた。また海自伍長を略してカイゴチョウの呼称に海自隊員が違和感を抱いた結果らしいと報じた。
呼称報道翌日の議事堂周辺、歴史教育反対、軍国化反対のプラカードを掲げ比較的若い女性達数百人が隊列を組みデモをする。政権は誕生後初めての批判デモに当惑した。
2017年は国債専用市場の創設に伴う社会インフラの国民所有と管理会社が初めて立上っり、公募による運用企業も決まった。道路、鉄道は先ずは東名、名阪も高速道路、東海道新幹線の美味しいアンコ部分だけを管理会社にした。
東西2社の送配電管理会社を新設し発電を完全自由化する。この自由化は廃炉と一体をなす最も困難な政策決定であった。廃止に伴う地域衰退の防止、廃炉技術開発と廃炉作業、放射性廃棄物の仮処分、金星投棄開発など、原発存続にも匹敵する国家予算であった。
しかしながら、競争する多数の発電会社は経営資源を発電に集中できたし、国は社会インフラを国民の所有とし、国民所有を順次拡大させて膨大な国債を国家予算から切離し、国債費と利払いから完全に解放される時期は約10年後の見通しを得た。かくして今後は国債費と利払いが毎年の予算から着実に減る仕組みがスタートした。
政権が意図した雇用政策、国民自からの生活保障、企業による医療介護の社会保障3要素は、企業収益が増大し、雇用が増え国民皆加入に道筋が見えた。ただ生活保障は積立方の加入者が段々増え、賦課方式の加入者が減る20数年後に税投入が必然的に増えるが、
現時点では医療介護の両財源共に収支均衡の健全を保つ。国民は国家経営の効率化こそが、生活保障給付を税で賄えると実感しつつあった。概ね国民が国家経営の効率化を迅速に推進する政権に信頼を寄せ、違和感なく平成建国政権と呼び始めた。
頃合い良しと自衛隊階級の新呼称の法制を整えた。多少の賛否があると予想していたが、呼称変更は予告した時点では反対の声はなかった。女性達の歴史教育反対、軍国化反対を叫び議事堂周辺を練り歩くデモは想定外であった。
昨2016年から実施する中期防衛5カ年計画はサイバー戦部隊の新設と、無人兵器の研究と配備が主であり、中期防総額の伸び率が特に高いと云えない。
陸自用の敵通信系統攪乱及び哨戒索敵ロボットの研究開発は始まり、サイバー戦部隊、偵察攻撃無人機と超音速対艦ミサイルは、昨年の中期防初年から実戦配備を始めていた。
また中期防検討中の一昨年時点で国内外に大変な物議を醸した"飛翔体発射が我が国の領土領海上空の大気圏外を通過すると判定した瞬間に撃墜する"と予告した事案である。
政権発足当時の安西大臣が夢の中でなら撃墜を命令する、と米国記者会見場の発言が謀らずも政策になった。これは戦略予算総局の宝担当大臣がミサイル防衛の改善は良とするも、効果の未確認なシステムの単なる増加予算は計上できないと、猛烈に反対した結果であるが、この騒ぎも既に沈静化していた。報道と国民の熱し易く冷め易いお蔭であった。ただこれも政権の支持率を下げた事項である。
また歴史教育も学会で定着する事実の記述に留めており、歴史の評価は控えており、軌道に乗った教育であって今更問題はなかった。
女性達によるこの時点のデモに思い当るとすれば中期防であり、更に特定するなら10月初め、防衛予算審議における安西大臣の答弁としか考えられない。
10月初め、国民会議第3委員会室(旧参議院委員会室)、安西大臣と副大臣、防衛省政務官5名と国民官達が集う。中継テレビカメラが質問する国民官をズームアップする。
「超高速巡航ミサイルの開発とはどの様な性能のものですか?」国民官が問う。
「これから性能等の詳細を詰めます」安西が答える。
「大臣、それはないでしょう。開発予算は開発目標があって予算を決めるものです」
「いや、この予算は技術的実現性、開発期間、開発総額など開発計画自体を検討する予算です。超高速巡航ミサイルと明言している点だけで凡その性能を推測して頂きたい」
「そんな曖昧な事では審議が進められません。では射程だけでも答えて下さい」
「それもちょっと・・・」
「あくまでお答え頂けないなら総理の出席を求めます」
安西が政府側出席者を集め協議する。
「少なくとも500キロ超えは実現したい」安西の答弁に国民官がざわつく。
「それは攻撃兵器になりますよ。政府はいつから専守防衛を捨てたのですか? やはり総理をお呼びしないと、この審議は進められません」
「あくまで海上侵攻の阻止作戦用です。将来はこの程度の射程がないとEEZの構築物の防御もできません。性能の実現性も不明な今、専守防衛を捨てたとの質問は先走りです」
「本格的開発予算の時は総理の防衛思想と性能の明確化を求めますがよろしいか?」
「その点は総理に伝えます。性能は機密上明らかにできない点もあります。それはご承知頂きたい」ここで収めるとよいのだが、安西は一言余分な癖がある。
「ただですね、私の個人的意見ですが我が国は核装備もなく、有効性未確認のミサイル防衛システムだけではアジア地域の軍拡に対応し得ない。従って超高速巡航ミサイルの様な確実な抑止力の保有は専守防衛の一環と考えております」と安西が発言した。
「この場で個人の意見をお聞きしても仕方ないのですが、責任のある大臣ですからお聞きします。大臣はこの開発に攻撃的な抑止力を期待しているのですか?」
「違います。確実な抑止力を期待しており政府の意思ではありません。誤解の無い様に」
「大臣は有効性未確認のミサイル防衛システムとおしゃいますが、実射訓練を行い充分に確認できているではありませんか? 更に実戦確認でもしたいのですか?」
「我が国が危険な事態では確認の次元を通り越して対応するのが当然でしょう。何のため国民の税金を投入して備えをしているのでしょうか」
一連の答弁の脈略で解釈すると、巡航ミサイルの名が攻撃性を印象付けたし、安西大臣が"夢の中では撃墜命令を下す"と発言した過去が重くのしかかった。それに空対艦、艦対艦、地対艦の運用手段は明確にしなかった。
総理執務室、日野が立ったまま香山に報告する。
「公安の調べでは昨日のデモは300人前後、日当1500円を払って動員された。支払に男女数人が関与したらしく組織又は首謀者を調査中とのことです」
「何!? 日当? 民衆に信念を期待するは百年河清を待つか?」
政府へのデモは初めてだ。マスコミは政権の意向に配慮し公表しないが、彼らの密かな調査を入手する限り、支持率は60%代をキープし充分な水準である。政権は官民平等の政策も積極的に取組んだ。ほんの一例では発足時の政策発表通り、公共のために死傷した民と事務系の官は職責に応じ、その補償を極力平等にした。自衛官の戦死や戦傷は公務員の最上位の補償とし、自衛官、警察官、海上保安官、消防士など危険職の殉職や負傷は、戦死傷に次ぐ補償とした。自衛官と若干の差をつけた点は出身母体に身贔屓と云えたが、国民の望みを小まめに実施した。それゆえ香山は日当で参加するデモを納得し難く感じた。
「そうでもないさ、断った主婦も随分いたらしい」
「支払いは50万円程か、個人が払うには少し多いかも。公安に調査を急がせろ」
「了解。安西の余分な発言の影響もある。隊長が承知で選んだ安西だが困ったものだ」
日野は今も"隊長"の呼名が出る。二人は安西の発言を意識していた。
「困った奴に違いないが、憎めない性格も奴の身上だ」
「まぁ4年にもなると国民の不満も溜る」と言残し日野は立去る。
国民の不満も溜る、と表現する日野の意図を香山は理解していた。4年間で実施した政策は利権の破壊そのものであった。先ず大物をあげれば議員の廃止に始まり、例外なき法人団体への課税、特別会計の解体、原子力ムラの破壊、社会インフラの国民所有と運用会社の新設は、どれも一つでも身の危険を覚悟する政策である。各省官僚と結託する新しい利権の発生や、中央、地方を問わず官僚、公務員の身贔屓を防ぐ細々した施策、財務省権限の縮小と分散は、独裁政権ならではの成し得る制度である。
外交面では対ロ、対韓の非融和路線、対中の防衛強化路線、対米は当面日米の対中政策が互いを必要するが、米財務省証券問題と経済思想がいつの日か対立に発展する危険性を覚悟していた。
香山、中西、渡辺は将来の対米危機回避に備え、一切の公表を憚る大構想を推進していたし、東南アジア、豪州、インドを味方化する外交と、EUを中立化する外交に腐心している。
香山と中西は公平経済政策を計画し、政権樹立を思い描いた瞬間から、国際共生同盟の拡大が国連の拒否権特権を破壊すると見抜く米国、ロシア、中国を再び結託させ、日本を破壊する悪夢を想定していた。香山と中西が推し進める全ての内外政策は、悪夢回避の世界戦略に基づいたが、危機感を忘れた国民に時期尚早と考え必要最小限の説明に留めた。
10月中旬、秩父宮ラグビー場、ニュージーランド首相と香山が日本対ニュージーランドの試合を観戦する。ハカを踊るニュージーランドチーム。香山の携帯が鳴る。
「イクスキュズミイ」香山が首相に会釈し立上る。香山が携帯電話する。
「例のクルーザーが大連に入港していたが、その帰途、黄海航行中に北朝鮮警備艇が中国漁船を砲撃し撃沈させ、自らも爆発炎上し沈没する現場に遭遇した。現在テンジンは両船の生存者を捜索中との連絡があった。観戦中だろうが一報を入れておく」
「外交問題に巻込まれる恐れがあるぞ」
「大丈夫、その点は抜かりなく指示した」渡辺はそれだけ話して電話を切った。
十数時間後の午後7時、撃沈事件と中国、北朝鮮の意見対立のニュースが流れる。中国は北朝鮮の暴挙に激怒した。北朝鮮は中国漁船の体当りを防ぐため発砲したが、我が警備艇は衝突されて爆沈した。非難されるべきは中国漁船であると反論した。
香山は渡辺の電話を携帯で受ける。
「日没と共にテンジンは捜索を打切り、現場を離れた」
「EEZ内か? で、どちらの言い分が正しい?」
「EEZは際どい、両船共に沈んだから証拠は出んだろう。言い分だが右舷後方の砲声と爆発音で気づいたから真実は解らんらしい。周囲に船もおらず3時間後に中国漁船が捜索に参加したそうだ。ものにするチャンスだぞ」香山も同感であったし全てを理解した。
更に午後9時、極東ロシアにおいて北朝鮮の出稼ぎ労働者を監視する保衛部員がロシア人に射殺される事件を報道する。事件の巻き添えで中国商人の死亡も報じる。
10月下旬、これら2つの事件で漁夫の利を得たのは日本である。拉致問題は詰めの段階で足踏みしていたが、刑務所建設地はフンナム郊外、これは日本が港の近くを提案した希望地の一つであった。設計と建設資材は日本、建設は北朝鮮、建築開始は来年4月、食料援助受入港ウォンサン、日本NPOと在北朝鮮日系人による直接援助を大筋合意した。
国内では北朝鮮との合意が発表されるや、韓国との関係正常化を放置する日本政府を非難し、日本国を誹謗する韓国大使館員に強制退去命令を発した。その報道に加担した日本人ジャーナリスト・小谷を政治犯容疑として逮捕し起訴した。
大使館員は、南北分断を固定化する日本政府の陰謀と述べ、歴史認識を無視する政権批判を縷々発言した。その範囲なら問題ない筈であるが、これは日本のアジア人蔑視、傲慢が根本にある、との発言が問題化し、特に小谷との共同が問題を大きくした。
小谷は蔑視と傲慢をより細かに記述し発表した。これは事実に基づかない虚偽報道、日本国への誹謗、中傷と見なされ政治犯容疑となった。
小谷の弁護団が組織され、言論の自由を侵す憲法違反事件として最高裁3審まで争えるか、裁判の行方が非常に注目された。有罪なら北朝鮮刑務所収監の第一号になるが、政権批判と政治犯は紙一重である。
日野は神崎から電話報告を受ける。
「小谷は女性デモとの関係はないようです。デモの首謀者は依然不明です」
「うんそうか。神崎よ、一罰百戒、政治犯の起訴は慎重にせよ」日野は神崎に指示した。
「了解です。小谷は虚偽報道の点でも問題があります」神崎が答えた。
轟は上司の許可を得た業務として霞が関官庁を頻繁に徘徊した。今は国民官の予算審議最中である。なのに比較的早く帰る財務省主計官に気づいた。あの官僚達の中にいた主計官を覚えていた。轟は9月中旬から1カ月半の間で主計官を徹底的にマークした結果、例の会合2日前、佐原憲法起草委員会首席と面談した。例の会合は月2であると知った。
夜の国道、轟は主計官の乗用車を尾行するとスーパー駐車場に乗入れた。轟も乗入れて待機する。間もなく国産4ドアセダンがやって来る。主計官は車を降りセダンへ乗込む。約40分後にセダンを降りる。セダンが走りだし轟はセダンを追尾する。
走る事30分、セダンは門構の邸宅へ入る。轟はそのまま車を徐行し表札を見る。轟はこの様にして佐原とあの官僚達との接点を見出した。
官庁街霞が関、千人規模のデモが練り歩く。青壮男女も混じる。スローガンは廃炉費用の国家予算投入反対である。送配電網の国民所有と発電会社の完全自由化と共に、廃炉は国の責任において税負担すると発表した一昨年でなく何故今なのか。誰に廃炉費用を負担させたいのか、政権が最も嫌う提言のない言論の発露である。しかもネットにデモの場所と日時を指定したデモのためのデモである。
香山は日野から報告を受け怒りさえこみ上げ、未だこのレベルの国民の存在を嘆いた。
ネットを利用するなら、“どうしたいか”を発信せよが香山の思いである。
デモの翌日、日野長官室、日野が公安警察の電話を受ける。
「長官、サイバー警察がデモ指示者を特定しましたが、如何取計いましょう?」
「君達はどうしたいのか?」日野が逆質問する。
「長官の要請通り、前回のデモとの関連を調べるには参考人聴取したいのですが、前回も今回も別に犯罪要件を構成しておりません。デモ届も許可を得ております」
「君等はバカらしい仕事をさせると思うだろうが、デモの奥にあるものを探って欲しい」
「長官、決してそのようには・・・泳がせて探ります。ではまた報告します」
日野はサイバー警察の強化は無駄でなかったと思った。
11月1、日憲法起草委員会、佐原首席が平成憲法制定手順と日程の大筋を発表した。
<25歳以上の国民個人又はグループ代表者は、憲法いずれか一章に限る全ての条文案と、その意図を公表し、憲法起草委員に選ばれる権利を有する。
別途定める10人会がその案を評価する。立法権者は10人会の評価を参考にして各章別の公表者に投票し、起草委員を選出する。
選出した起草委員による起草委員会が最終憲法草案を起草する。憲法附則は政府と起草委員会首席が定める。これを各章毎に国民投票の過半数により承認する。
10人会の10名は年内に選任、条文案の締切日は2018年3月末、最終評価日は同年9月末、起草委員選出投票日は同年10月14日、最終憲法草案の確定日は2019年4月末頃、国民による電子投票日は同年6月末頃、否決された章は修正し再投票とする。
報道機関は10人会の評価を国民に正しく伝え、自ら評価又は第三者を介して意見を述べさせてはならない。これに違反した者には罰則を適用する。
国民は誰でも10人会にネット上から意見を送付することができ、意見は自動的に集約されネット上で公開する>
この内容は香山と佐原の打合せをほぼ踏襲し、日程の大筋を追加したものである。政権は国民が起草する憲法とする主旨を頑なに守った。
編集局長室、轟は平成憲法制定手順の発表を受け、政権のマスコミ敵視感情が露骨だと思った。だがマスコミは特別に反発する論調がない。あの東都日々事件に牙を抜かれたとしか思えない。轟が出社すると普段は雲の上の編集局長に直接呼ばれた。
「佐原が議会の復元に執念を燃やす、これは周知の事実だ。例の会合の魂胆を至急探れ。必要とする人員を投入する。誰が必要か?」
「もう少し独りで探ります。取材費の増額を多少お願いします」この時とばかり要請した。
轟は内通者を念頭に描いた。それには手っ取り早く金が要る。
「君の考えは解る。程々なら許す」編集局長に脳内を読まれてしまった。
「時に10人会の別途って何ですか?」
「ああ、マスコミから2名推薦する。他は財界とか労組、学界、首長などだ。それが?」
「10人会って重要な大役ですよね。推薦されるとスンナリと異議なく10人会メンバーになりますか?」
「その辺は解らん。日本報道協会に推薦依頼が来た段階だ。全てはこれから決める」
「では私は早急に探るよう頑張ります」轟は俄然やる気が湧いた。
轟は例の会合が10人会に関係するかも思ったが、確証がなので言葉を控えた。
11月中旬、議事堂周辺、総理官邸に2万人規模の本格的なデモが押寄せた。平成憲法には議会制民主主義のスローガンを掲げ、デモ隊は口々に議会制民主主義復活を叫んだ。主催者も“議会制民主主義を復活させる会”と明確であった。対抗して“立法権者を存続させる会“がデモを敢行した。憲法制定手順の発表を境に官庁街は騒然とした雰囲気に包まれた。新聞記事は総じて、議会制民主主義の復活デモをトップ大面積で報じ、立法権者を存続のデモを小面積で報じた。デモは地方大都市にも波及する状況となった。まるで虫の這い出す啓蟄の季節がやって来た様である。
11月下旬、官邸会議室、香山、日野、治安行政総局担当大臣・曽根、通信行政総局担当大臣・須崎、法務大臣・神崎が集い関係大臣の懇談会を開く。
「旧守派と報道機関との最終決戦は予想した通りである。この状態で放置すると後の4年はレームダックに成りかねない。皆の忌憚のない意見を聞きたい」香山が発言した。
「デモの不許可なら私の権限で即実施できる」曽根が発言した。
「交通妨害を理由に大型デモは不許可にできるだろうが小手先細工だ」神崎は発言した。
「テレビ報道は公平な放映時間配分だが新聞は目に余る。今までは報道比率は彼らの些細な反抗と大目に見てきたが、規制する方策もある」須崎が発言した。
「須崎よ、そんな問題でなかろう」神崎はたしなめ、
「この際思い切って10人会以外の意思表示を封殺してはどうか」タカ派の神崎である。
「官僚と結託した利権の復活が旧守派の狙いである。議会制民主主義の復活に名を借りているが、敵は各階層の至る所に本丸がある。我々は残念ながら声なき声の国民が味方だ。従って我々の不利は否めない。現在の独裁制の下では国民は立法権者が、責務の実感に乏しいが故に声なき声になる。曽根、須崎、神崎の方策は戦術に過ぎん。戦略としてはだ、次の政権も暫定憲法で総理を選び、予算案、法案、大臣罷免など凍結した総理の拒否権をなくし、本来の暫定憲法通りに政権を運用する。要するに一言で云えば平成憲法の制定を5、6年先送りする」日野が戦略論を述べる。
「日野長官、でも一度発表したものを取下げるのは・・・」と曽根が云う。
「我々は国民に8年の政権担当を約束したが、憲法制定の時期を一度も約束していない。あと4年の間に官僚を初めとする旧守派に属する各階層を我々の権力を活用し一掃する。熾烈な争いになるが旧守派が焙り出す好機だし、手順発表は戦略の一環と思えばよい」
議会制民主主義の復活は歴史の針を逆転させる。直接民主主義こそ政権樹立へ邁進した原動力である。この一点だけは国民の賛同を得るに手段を問わない決意が漲る。各大臣は香山の顔を見詰め沈黙する。香山は各大臣一人ひとりの顔を眺め返し、
「この件は国議に諮る」
日野案に決まるだろう。香山は佐原の処遇に思いを馳せた。
午後9時、官邸総理執務室、中西と渡辺がやって来て、ソファーに座り込む。
「佐原は国議で決めた延期の筋書きで納得するか?」
執務椅子から応接椅子に向う香山に渡辺が尋ねた。香山は椅子に座りながら、
「是が非でも納得させる」
「残党狩りをどんな手順でやる?」渡辺が本題を単刀直入に切出す。
「片っ端から逮捕はできん。人を叩けば2つや3つの埃は出る」中西が意味深に答える。
「ウチが直接に手を下せん。金を使って民間の手を借りるより仕方あるまい。だけどなぁ民間では魚影は掴まれるかも知れんぞ」渡辺が懸念を云う。
「先ずはこの間のリストから芋づる式にいかないか?」香山が云う。
「それは任せてくれ」
「報道機関の報道改革も道半ばだ。隙あらば自らの媒体で主張を狙う最も頑固な組織だ。いつぞや話題になった報道評価委員会を創って各社の報道姿勢を論評させよう。個人の意見を封殺はしない。あくまで報道機関の報道姿勢を論評する民間委員会にしたい」
香山が中西と渡辺の顔を眺め意見を求める様子である。中西が即反論する。
「政府が主導できないし、マスコミとの敵対を敬遠し委員のなり手がいないぞ」
「そんなあから様な手段より、今後4年かけてボチボチと経営陣の首を挿げ替える。これからすべからく裏の戦いになる。ウチと通信行政総局でやる」渡辺が提案する。
「お前をこれ以上内政に使うのは賛成し難い。警察を使えないか?」香山は難色を示す。
「警察は信用し難い」渡辺も異母妹と同じ言を吐く。
「何か証拠でもあるのか?」香山が訝る。
「別に確証はないが警察も利権を潰されてカッカする連中が多い。今に確証を掴む」
「公安も信用できないのか?」中西が尋ねる。
「彼らの頭は多少固いが今のところは信用できる。ウチと仕事がソコソコかぶるが協調はマズマズかな。ウチは御庭番なので公安に華をもたせるから」
「御庭番ねぇ。国外の調略で手一杯じゃないのか?」中西が問う。
「前にも言った通り調略の主力は各国の反政府勢力だ。手綱はキチッとウチが握っている。充分に余力があるし我こそは適任と誇る者ばかりだ。心配するな」
「残党狩りと首の挿げ替えは渡辺に任せてはどうだ?」中西が香山に助言する。
「うう~ん、仕方ないか。時に渡辺、北朝鮮の撃沈騒動に関ったのか?」
「おい香山、そう云う事を総理のお前が一々聞くな!!」中西が大声で制止する。
香山は固い絆で結ばれた中西と渡辺が存在しての総理だと心底思った。
12月中旬、国民会議、香山は平成憲法起草の延期を発表した。マスコミの論調は政権の居座りを図る魂胆が見えると散々な批判を浴びる。
「我々は国民に8年の政権担当を約束したが、憲法制定の時期を一度も約束していない」
と一貫して押し切る。平成憲法制定には相当激しい国論の爆発があると明らかになった。
轟は今回の騒動を通じ気懸りな点を見つけた。建国政権の名称が定着し、迅速に、ある意味荒っぽく多くの政策を成遂げつつあるが、次代を担う政治勢力の育成に何らの施策がない。しかも過去の政党はこの4年で見る影もなく衰え、毎年公務員試験合格者から採用し淘汰された見習い国民官数十名と、見習い政務官が数十名いるのみである。彼らが4年後に国政の指導者になり得ると思えないし、政権存立期間中に抽選され経験する立法権者にどれ程の政治的成熟が期待できるであろうか。
思えば明治維新後の日本にシステムと云い得る政治家の育成はあっただろうか。利権の継承と風頼りの俄か政界進出する人種は存在したが、彼らは日本の指導者を目指したのでなく、蜜にたかる蟻に過ぎないと轟は思った。そして国民もまた蜜のおこぼれを与える蟻を好んで選んだ。轟は記者の職業を通じ政治家育成システムの必要性と、方法の提言こそが自らの使命であると強く決意した。
2018年2月上旬、政権2期目を理由に中央官庁官僚の大幅な人事異動が行われた。地方の実務経験を積むためと大勢の官僚が県庁へ配転された。配転ポストの3分の1は見習い政務官が就任した。地方総督と補佐する県知事も大多数が順当に2期目を就任した。四国総督だけが中国地方と関西地方へ四県の分離を巡り公論し、分離派総督と知事に入替った。
轟は人事異動をそれとなく各省役人から聞取り、政権の明確な意図を読取った。親睦会現役が漏れなく降格又は退職させられた。2期目云々は口実はである。政権側はその存在を知り、佐原応援団の親睦会を潰したのだ。
おりしも麻薬密売に関った暴力団員が、外国人犯罪に加担した理由をもって北朝鮮委託刑務所収監を高裁が判決した。販売した麻薬が明らかに外国から密輸入品であると認定し、外国人犯罪の加担を認定した。
暴力団の顧問弁護士は法律違反を根拠に最高裁へ控訴したが、棄却され2審で刑が確定した。日本国誹謗の罪で裁判中の小谷被告人が収監第1号の予測が外れた。いわゆる進歩派弁護士達が外国人犯罪の拡大解釈であると批判の声をあげたが、謀らずも政権要人の暗殺をネットでぶち上げ、拳銃弾を総理官邸に郵送した容疑で暴力団組員が検挙された。
警察の暴力団壊滅作戦に発展し、その報道一色となって進歩派弁護士達の批判や声明は運悪くマスコミに無視されてしまった。
夫々の階層が復権を思い描いた暗躍も人事異動の断行と共に平静を取り戻したが、それは表向きであって深く静かに息吹く時を待つ状態だと、多くの関係者は認識していた。
【前編 終り】