東雲の空
鳥の鳴き声が聞こえた。
静寂だった空間に、突如割り込んできた小さな囀りに、ふと、顔を上げ、少し身体をそらせば、右斜め前の奥にある窓から、明るくなりつつある空が見えた。
空よりも目の前のパソコンの画面の方がまぶしいはずなのに、遠い窓のその又向こうの空の光の方が、明るく感じられた。
(また夜が明けてしまった……)
朝の光は、身体にいいらしい。
その光を身に一心に浴びれば、さぞ健康的なことだろう。
例えば、ご近所のじい様ばあ様。
例えば、お隣りの犬の飼い主。
例えば、部活の朝練に勤しむ学生諸君。
彼らは、朝日と共に目を覚まし、身支度を整え、健全なる肢体を持って日の光を浴びる。
まごうことなき理想的なライフサイクルだ。
(私と違って……)
哀しいかな、同じ時刻に同じ太陽の光を受ける身でありながら、私が感じるのは果てしない疲労感である。
清々しいはずの朝の光は、暴力的な効果を伴って私には作用する。
(徹夜明けだからな……)
朝日を清々しく感じるためには、適度な睡眠が必要なのだ。
理想的なのは六時間半以上の睡眠であるが、まあ、最悪二時間でもいい。
何より大切なのは、ふんわりとした布団に横になって目をつぶり、意識を飛ばすという行為なのである。
私の現状といえば、目の前には開かれたノートパソコン。座るのは回転式のイス。背は背もたれに体重ごと預け、足はだらしなく伸びている。姿勢が悪いことこの上ない。時たま状態を逸らしたり、足の指先を曲げ、間接を鳴らしたり、としてはいるが、ほとんど動いてないに等しい。
私は大きくあくびをした。
そしてほぼ五時間ぶりにイスから立ち上がって、両手を上へ突き上げ、大きく伸びをした。ぎゅっと目を閉じ、何度か瞬きをする。あくびによってでた僅かな涙で、潤すようにした。
足を踏み出せば身体のあちこちが軋む気がした。
重い足取りで、洗面所へと向かう。正面にある鏡の横は小窓で、そこから光が漏れていた。
蛇口をひねり、水音をやや大きめに立てて顔を洗えば、ほんの少しだけ鈍っていた頭がすっきりした。
タオルで顔を拭いて、鏡を見れば、やつれた女の顔が見える。右横から差し込む空の光がまぶしく感じた。
先ほどまで作業していた部屋へと戻り、イスには座らず、窓ガラスを空けて、サンダルをひっかけ、ベランダへと出た。手すりに手を伸ばして東の空を見れば、まだ太陽の姿はなかった。
(朝だ……)
朝は一日の始まりとか言うけれど、徹夜した私にしてみれば、昨日という時間を終えずに、朝がやってきて、さっさと一日の開始を告げてしまったという感じだ。さながら、締め切りに間に合わなかった気分である。
この気持ちを表すのは、「うんざり」の一言だ。
どうして一日を終えられなかった私に、勝手にまた次の一日を与えてしまうのか。
なんだろう。学生風に言うのなら、提出期限を過ぎたレポートの穴を、他のたくさんのレポートでなんとか単位をもらえるようにしてもらうといった感じか。当人としては望んでないが。
目を細めて東の空を見つめる。
太陽の姿はなくても、太陽の気配はもう空全体を覆っていた。
直視できない光源がなくとも、空はこんなにも明るい。
鳥が囀りながら飛んでいる。
弱い風が幾度も繰り返し吹いていく。
家の一本先にある通りでは、車が数台通過し続けている。
西の空はまだ藍色だけれど、東の空は水色で、全体を見渡せば茜色だった。
とても綺麗なグラデーションがかかる時間。
私はベランダの手すりに背を向け、もたれかかった。
首を逸らして真上を仰げば、雲ひとつない朝の空が際限なく広がっていた。
昨夜からパソコンの画面に向かって打ち込んでいた文章は、結局完成しなかった。
画面はギラギラして、目を細めながら只管打ち続けても、なお終わらない。
私はもう幾度もそんな朝を迎えている。
目を筆頭に、姿勢が悪いのもあって、身体のあちらこちらが悪くなるその行為に、いいことなんかない。生活リズムも、小学生の頃には考えられなかったくらい崩れている。小学生の頃は、十二時まで起きていたというだけで、自慢していたくらいだ。
十二時を過ぎて、日付を超え、四時過ぎまで起きているような私は、成長しているといっていいのか。退化しているの間違いじゃないか。
鳥の声で、私は夜明けを知る。
ひんやりと密やかな夜は、小さな空の住人たちの囁きによって終わりを告げる。
私は彼らの声を聞いて、空を確認する。
そうすると、空はいつも明るくなっているのだ。
空が明るくなった頃、私は寝室へ倒れこむ。それが日課だ。
わざわざベランダに出て、明けてしまった空を確認するような自虐趣味は私にはない。
けれど、今日はたまたま、空を見ようかという気分になったのだ。
私は、真上に首を固定したまま、ぼんやりとする。
何も考えないようにする。
風は少し肌寒かった。
空気は水のように澄んでいた。
太陽のない空は程よい明るさで、藍、茜、水色のグラデーションは鮮やかだった。
車の音は、鳥の声が聞こえるくらいには静かで、人の声はまだなかった。
闇から光へ。
この静謐な時間は、古代から変わらないのだろう。
何も考えないように。
そう思って、五感だけを働かせれば、いつの間にか私の頭が勝手に考え始める。
例えば、私は今ここで、独りの朝を迎えているけれど、私の友人は、まだカラオケで歌っているんじゃないか、とか。
例えば、私は今ここで、空を見ているけれど、私の両親は、まだ夢を見ているんじゃないか、とか。
例えば、私は今ここで、何故か幼馴染のことを思い出しているけれど、彼は、可愛い彼女と一緒にいるんじゃないか、とか。
だんだんと、光は強く、音は大きく変化していく。
空は、三色のグラデーションから、段々と水色一色になっていく。
東の空を見れば、太陽の頭が見えた。
まぶしくて、目を細める。
静謐で、孤独な時間の終わり。
私は今日も大学へと行かなければならない。
空に向かって、うんと両手を伸ばし、上体を逸らす。
大きくあくびをして、涙を流した。
時刻はそろそろ朝の五時。
私は布団に向かうことにした。今からなら五時間くらい眠れる。
なにせ今日の講義は午後からだ。
(お腹が空いたな……)
急に思い出したように、そう感じた。
嗚呼、私生きてるな、とそう思った。
それでも、取り合えず眠ろう。
いい加減限界だ。
静かな音をしっかりと立てて、出窓を開けた。
多くの人が起き始める時間、私は眠りの世界へ向かう。
身体は鉛のように重く、常日頃から引きっぱなしの布団に向かうまでに幾度か足をぶつけた。
障害物がそこかしこにあるのも問題だが、片付ける気力はまだ湧かない。
布団に倒れこむ。
目を閉じる。
ようやく“私の昨日”が終えられる。
そして、“私の今日”は昼の騒がしい時間から始まるはずだ。
やる気のない一日がやってくる。
昼から始まる一日は、厭だ。――でも、仕方ない。
“私の昨日”は、朝が“終わり”なのだから。
閉じた障子の向こうから、朝の光がこぼれ落ちてくる。私は頭から布団をかぶる。
柔らかな感触に身を預けながら、暗闇を享受すれば、あっという間に意識が遠のいていった。
――朝が始まりだなんて、誰が言ったんだろうね……。




