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「お前が嫁に来ればいい」王子殿下が直球すぎます!

作者: 秘色
掲載日:2026/06/04

「……すまないが、君のその、夜会のシャンデリアを頭に載せたような髪型を見ていると、首の骨が折れないか心配で話に集中できない。今日のところは帰ってくれ」

「な、ななな……ッ!?」


 きらびやかな王宮の応接室に、ひび割れたガラスのような悲鳴が響き渡る。

 縦ロールを完璧に巻き上げた侯爵令嬢が、屈辱に顔を真っ赤に染めて部屋を飛び出していった。


 バタン! と激しく扉が閉まる音を聞きながら、私は胃のあたりを押さえて深く、深ーーーくため息をついた。


「……ガイラスタ殿下。本日で、めでたく三十六人目でございます」

「何がめでたい。マレリーナ、お前もそう思うだろう? あんな重そうな頭で我が国の王妃が務まると思うか? 転んだら自力で起き上がれそうにないぞ」


 ソファに深く腰掛け、極上の顔立ちを気怠げに歪めているのは、このアルカディア王国の第一王子、ガイラスタ・フォン・アルカディア。


 輝く金髪に、すべてを見透かすような冷徹な氷の美貌。政務を執らせれば完璧、剣を持たせれば無双。非の打ち所がない完璧な王子様──なのだが、致命的なまでに()()()()()()()()


 そして私は、スリッド公爵家の三女、マレリーナ。

 彼の幼馴染であることから、()()()()()()()()()()()という、心労の絶えないポジションに収まっている不運な令嬢である。


「殿下、あの方はこれでも、殿下好みの『華やかで気品のある令嬢』を目指して三時間かけて髪をセットされたのですよ。少しはオブラートというものを……」

「オブラートに包んだ結果がこれだ。『お前の頭は歩く凶器か』と言いかけたのを我慢した」

「包めてません!! むしろ全裸で剥き出しです!!」


 私は思わず立ち上がり、彼の前のローテーブルを叩いた。冷徹王子は「やれやれ」と耳を塞ぐ仕草をする。


「はぁ……。これで今月候補に挙がっていた令嬢は全滅です。国王陛下や王妃様が、裏でどれだけ頭を抱えていらっしゃるかご存知ですか? 私のところにも『なんとかガイラスタを宥めてくれ』と、連日お茶会へのお誘い(という名の圧殺状)が届くのです。私の胃はもうボロボロです!」

「お前の胃の話など聞いていない。それよりマレリーナ、喉が渇いた。茶を淹れろ」

「人の話を、聞きなさーーーいっ!!」



 ◇ ◇ ◇



 王宮の侍従たちを下がらせ、二人の空間になったのを見計らって、私は慣れた手つきでお茶を淹れる。


 公爵令嬢が自らお茶を淹れるなど、本来ならマナー違反もいいところだが、ガイラスタは他人が淹れた茶を滅多に口にしない。

 警戒心が人一倍強いのだ。


「どうぞ。今回はカモミールベースです。少しはその後ろ向きに尖った神経を落ち着かせてください」

「……あぁ、すまない」


 カップを受け取ったガイラスタは、ふっと息を吐いた。その瞬間、彼を覆っていた()()()()()の仮面が、綺麗に剥がれ落ちる。


「……疲れた」

「でしょうね。一日に三人も令嬢と面会すれば、いくら殿下でもお疲れになるでしょう」

「違う。令嬢の相手ではない。……これだ」


 ガイラスタは、自身の綺麗な金髪をがしがしと乱暴に掻きむしった。


「どいつもこいつも、俺の顔と、王太子の座しか見ていない。猫を被った声で『殿下、お慕いしておりますわ』だと? 反吐が出る。目が笑っていないんだよ。俺がもし明日、平民に落とされても同じことが言えるのか?」

「それは……まぁ、言えないでしょうね。皆さん、お妃様になりたくて来ているのですから」

「だろう? だったら、最初から『権力と金が大好きです!』と開き直ってくれた方がまだ清々しい。笑顔の裏で、実家の利益や派閥の計算ばかりしているのが透けて見えて、虫酸が走るんだ」


 ソファに背もたれに頭を預け、天井を仰ぐガイラスタ。その表情は、どこか酷く傷ついた子供のようにも見えた。


 そう、この男、ただの性格が悪い俺様王子ではない。幼い頃から命を狙われ、権力闘争に巻き込まれ続けた結果、極度の人間不信──特に若い女性限定──をこじらせてしまった、可哀想な生き物なのだ。


 そして、その弱音を吐き出せる相手が、物心つく前からの腐れ縁である私、マレリーナしかいないというわけである。


「マレリーナ……」

「はいはい、何でしょう?」

「……こっちに来い。お前の顔を見ていると、少し落ち着く」


 ガイラスタは、長い腕を伸ばして私の手首を掴むと、ぐいと自分の方へ引っ張った。


「ひゃっ!? ちょ、殿下!?」


 バランスを崩した私は、彼の座るソファの、すぐ隣にへたり込んでしまう。あまりの距離の近さに、心臓が跳ね上がった。

 彼の体温と、かすかに香る白檀の香りが鼻腔をくすぐる。


「殿下、近いです! これ、他の人が見たら大スキャンダルですからね!?」

「誰も入ってこないように鍵はかけてある。……少し、このままでいさせろ」


 ガイラスタは、私の肩にコツンと自分の額を預けてきた。サラサラとした金髪が、私の首筋に触れてくすぐったい。


 冷徹で有名な王子殿下が、まるで甘える飼い犬のように、私に寄りかかっている。心臓に悪いから、本当にやめてほしい。


 ──幼馴染……ただの、気心の知れた幼馴染……。


 そう自分に言い聞かせているけれど、彼は国中から求婚者が殺到するほどの超絶美形なのだ。こんなことをされて、平然としていられるほど私は鉄のメンタルを持ち合わせていない。


「お前は、昔から変わらないな」


 ガイラスタが、私の肩に顔を埋めたまま、くぐもった声で呟く。


「俺の金を狙うわけでもなく、地位をねだるわけでもない。ただ、俺が無理をしていれば『顔が怖い』と怒り、お茶を淹れてくれる」

「それは……殿下が、あまりにも無茶ばかりするからです。私はただの、巻き込まれた被害者ですよ」

「ふっ……そうだな。お前だけだ、俺を『ただのガイラスタ』として見るのは」


 少し愛おしそうに囁く彼の声に、耳の奥が熱くなる。


 ──ずるい。


 普段はあんなに冷たいくせに、二人きりになるとこういう()()()()()()()()()()()()()を平気でしてくる。


「……殿下、もう回復しましたか? そろそろ離れてください」

「いや、まだ魔力が足りない。あと五分」

「私は魔力タンクじゃありません!」


 真っ赤になった顔を隠すように彼を押し返すと、ガイラスタは悪戯っぽく微笑みながら、ゆっくりと身体を離した。


 その、少し名残惜しそうな瞳に、また胸がトクンと鳴る。



 ◇ ◇ ◇



 翌週。またしても、王宮から呼び出しがかかった。今度は夜会である。

 国内外の貴族が集まる、大規模なパーティーだ。


「マレリーナ、今日の私のドレス、変じゃないかしら!?」

「大丈夫ですよ、お姉様。とても素敵です」


 今日は、私の上の姉である公爵家次女も参加している。もちろん、ガイラスタの婚約者候補の一人としてだ。


 ──私?


  私はただの賑やかし兼、ガイラスタが暴走した時のストッパー──国王陛下直命──である。


 会場に入ると、案の定、ガイラスタの周りには薔薇の花園のような令嬢の群れができていた。


 しかし、彼の表情は相変わらずのマイナス百度。完全に()()()()()のスイッチが入っている。


「殿下、今度我が領地で採れる珍しい果実をお送りしたく……」

「結構だ。毒見の回数が増えるだけで迷惑だ」


「殿下、次回の狩猟大会には、ぜひ私の手作りのお弁当を……」

「他人が作った出所のわからないものを口にしろと? 自殺志願者に見えるか?」


(あああああ! またやってる! 容赦がなさすぎる!!)


 私は遠巻きにそれを見て、額を押さえた。令嬢たちが次々と涙目で敗走していく。もはや、アルカディア王国の風物詩になりつつある光景だ。


 すると突然、ガイラスタの鋭い視線が、人混みをかき分けて私を捉えた。彼は、群がる貴族たちを「そこをどけ」とばかりに手で払い、大股でこちらへ歩いてくる。


(ちょっと、こっち来ないで! 目立っちゃうから!!)


 私の祈りも虚しく、ガイラスタは私の目の前でピタリと足を止めた。会場中の視線が、一斉に私に集まる。

 突き刺さるような嫉妬と好奇の視線──。


 痛い……物理的に痛い。


「殿下、お疲れ様でございます」


 私は精一杯の作り笑いで、完璧なカーテシーを披露した。早くどこかへ行ってくれ、という念を込めて。


 しかし、ガイラスタはフッと口元を歪め、冷徹な仮面を脱ぎ捨てた──いや、正確には()()()()の前で、信じられないほどの甘い笑みを浮かべたのだ。


「あぁ、マレリーナ。探したぞ」

「は、はい? 何か御用でしょうか」

「あそこにいる老人ども(重臣たち)が、今日も今日とて『早く妃を決めろ』と、うるさくてな」

「それは、殿下がことごとくお断りになるからで……」


 そこまで言ったところで、ガイラスタは私の前に片膝を突いた。

 会場が、静まり返る。


 ピンと張り詰めた空気の中、彼は私の右手を取り、その甲に恭しく、しかし執着を隠さない深いキスを落とした。


「なっ……!?」


 頭が真っ白になる私を仰ぎ見ながら、ガイラスタは極上の、そしてとびきり()()な笑みを浮かべて、朗々と響く声で言い放った。


「面倒な見合いはもう終わりだ。お前が嫁に来ればいい」

「………………………………は?」


 あまりに直球すぎる、そして脈絡のない言葉に、私の思考は完全にフリーズした。会場からは、悲鳴とも歓声ともつかない地鳴りのようなざわめきが沸き起こる。


 私の両親や姉は口をあんぐりと開けて固まり、国王陛下にいたっては「よし、言ったな!」とガッツポーズをしているのが見えた。


「で、で、殿下!? 何を、何を仰っているのですか!?」

「言葉通りの意味だ。私は、マレリーナ・スリッド、お前を私の唯一の王妃として迎える」

「待ってください! 聞いてません! 相談もされていません! コメディですか、これは!?」

「大真面目だ。お前以外の女など、私の隣に立たせる気はない」


 ガイラスタは立ち上がると、私の腰をグイと引き寄せ、耳元で低く囁いた。


「お前しか、俺の素の姿を知らない。お前しか、俺を癒せない。……それに、お前、さっき他の男と親しげに話していただろう。あれは、非常に不愉快だった」

「それ、ただの嫉妬ですか!?」

「あぁ、嫉妬だ。悪いか?」


 ──冷徹な王子はどこへ行った!


 目の前にいるのは、独占欲を隠そうともしない、超肉食系の俺様肉食獣である。


「お前が俺の嫁になれば、お前の胃痛も消えるし、俺の人間不信も治る。一石二鳥だろう?」

「どこがですか! これから始まる怒涛の王妃教育で、私の胃は消滅します!!」

「案ずるな、俺が全力で守る。……それとも、俺のことが嫌いか?」


 急に、彼が視線を伏せ、子犬のような()()を見せてくる。


(ずるい! 本当にずるい!)


 そんな顔をされたら、「嫌いじゃない」と、言うしかなくなるではないか。

 顔が、耳が、身体中が熱くて爆発しそうだ。


「……嫌い、では、ないですけど……」


 蚊の鳴くような声で答えると、ガイラスタは満足そうに、世界一美しい笑みを浮かべた。


「決定だな。では、明日、結納の品をスリッド公爵家に送りつける。覚悟しておけ、マレリーナ」

「送りつけるって言いました!? 殿下! 殿下ーーーっ!?」


 私の叫びは、会場の盛大な拍手と祝福の嵐にかき消されていく。


 冷徹王子の直球すぎるプロポーズにより、私の心労だらけの幼馴染生活は、強制的に()()()()()()()()()()()()()()()へと、シフトチェンジさせられてしまったのだった。



 おしまい



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけたなら★やいいねで応援していただけると嬉しいです。


ブクマや感想をいただけたら……最高です!

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