丁寧語の迷子と、シュールすぎる加工の謎
先日、友人と「丁寧語の使い方」について盛り上がった。
きっかけはニュースの話題。そこからYahoo!ニュースのコメント欄のことに。
数行の短い文章の中に、その人の人生や性格が透けて見えてなかなか興味深い。
でも、たまに見かけるのが妙に「丁寧語」を使いすぎてる人たち。
凶悪な事件のニュースなのに「犯人のかた」「その犯人が住まわれてるアパートって」等々、それ違うでしょう!とツッコミたくなるような丁寧語が並んでる。
あれはたぶん、荒れやすい場所だからこそ「丁寧に冷静に私は大人だから」と、ある意味必死に武装しちゃってるのかもしれないけど、丁寧語が迷子になってしまってるよね。
迷子といえば、言葉だけじゃなくて「句読点」の迷子もなかなかの強者。
「私、は、この、犯人、の、かた、の、背景、に、疑問、を、感じて、おり、ます。」
……みたいに、一文字ごとに「、」を打って、石橋を叩きすぎて壊しそうな勢いの丁寧(?)な人がいる。
かと思えば、その真逆もいる。
改行もなければ、句読点すら一個もない。
文字の塊がそこにドーン!とそびえ立っている感じ。
どこで息を吸えばいいのか、読み手の肺活量まで試されている気分になる。打ち込んでる最中に苦しくならなかったのかな?なんて余計な心配までしたくなる(笑)
そんな「文字の塊」に圧倒されたあとに、テレビをつけてみると……。
今度はさらに私の脳内をバグらせる「音声の塊」が待っているのだ。
事件のニュースで、取材のためにマイクを向けるインタビュアー。そこまでは別にいい。けど、プライバシー保護のためなのはわかるけど、顔はモザイク、声もボイスチェンジャーで加工。いや、ホントにその人一般の人なの?と疑いの目を向ける私。
もしかしたら、そのモザイクの人物はスタッフかもしれない。顔も声も加工してるのだからわからない。通行人が誰も応えてくれなければそういう手段も取るかもしれない。
だから私は思うのだ。
顔はモザイクは仕方ないにしても、声も変えなければ放送NGの人のコメントは流さなくていいんじゃないかな?
それも、明らかにどう見ても女性なのに、ボイスチェンジャーの声は地響きみたいな野太い男の声。もう、それってコントだよ。
せめて紙兎ロペのアキラ先輩みたいな高い声なら許せるけど、なぜに女性の声をそこまで野太い声で流す?
それとも実際は男性とか?
それならそれで全身モザイク入れてよ。視覚と聴覚がバグるわ。
実際、街角インタビューなんかでは俗にいう仕込みの人を使ってる番組もあるようだし。
どの番組かは言わないけど、言われてみればたしかにその番組の街角は可愛い子、美人さん、イケメン、多いなーとは思ったよ(笑)
だから疑りたくなるんだよね。モザイク+ボイスチェンジャーはスタッフなんじゃないのぉ?てね。
もちろん、マイク向けられた人も丁寧語の使い方がめちゃくちゃになる人も多い。
「犯人のかたがあそこのドアからいらして」とかね。
きっとマイクを向けられて、頭の中が真っ白になった結果なんだろうね。
ヤフコメの武装した丁寧語も、テレビの犯人を敬っちゃう目撃者も。
みんな「ちゃんとしなきゃ!」と思えば思うほど、言葉が迷子になってバグっていく。
世の中の「当たり前」を疑ってみると、本当はシュールな世界がそこら中に転がっているのかもしれない。
事件の怖さも、丁寧すぎる言葉遣いも、そしてそれを地響きボイスに変えてしまう制作サイドの適当さも。
全部ひっくるめて、今日もテレビの前で、あるいはスマホの画面越しに、私はこっそりツッコミを入れ続けていることでしょう。




