3. 魔法事始め
窓の外から聞こえる小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。昨日の疲れもあり、いつもより深く眠っていたようだ。こんなにスッキリとした目覚めはいつぶりだろうか。
今でも異世界に来たことは夢のように感じる。軽く頬をつねってみたが普通に痛かった。どうやら本当に現実のようだ。
さてと、冒険者の朝は早いんだよ。早く起きよう。
俺は布団から出る。
「あれ」
辺りを見回したその瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われる。エルダがいない。まさか、花を盗み逃げしたのか...?『花=命』のこの世界で一番守るべき存在である命の花を他の人がいるにもかかわらず無防備に晒していた。
いやいや、待て待て、エルダはそんなことしない。きっと盗っていない。
俺は祈る気持ちでバッグの中を確認すると、花はビンの中に安全に保管されていた。
ふう、一安心。
あれだけ親切にしてくれた人がこんなことするわけ無い。善人を疑ってしまったのは良くなかったな。でも疑う気持ちは大切だ。エルダが居てくれた安心感ですっかり警戒することを忘れていた。一人になるとなにかと不安になるものだな。これからは気を付けよう。疑心暗鬼になりすぎず、花は大切に。
一旦落ち着くために、顔を洗いに井戸へ行こう。確か宿屋の裏にあったはず。
部屋の扉を開き、一本の通路に出る。通路を真っすぐ進み、階段を降りていく。1階では朝食を食べている冒険者が多く、朝食を食べ終わり雑談している冒険者も見られる。爆睡していたせいで少し起きるのが遅くなったか。
宿屋を出て井戸へ向かう。
井戸には巨漢の背中があった。エルダだ。
「エルダさん、おはようございます!」
俺は勢いよく挨拶をした。挨拶は大事だからな。とはいえ朝での出来事があってなのか、エルダを見つけられて心底ほっとする気持ちが声に表れたのかもな。
「おう、おはよう!よく眠れたか?」
エルダはバシャッ、と勢いよく顔を洗いながら言う。
「この宿の布団はなかなか良い物だったろ?ああ、俺のことは心配しなくて良い、女将さんが布団を貸してくれたからな!」
「さすが俺が十年以上通ってるだけあるな!ガハハハハハハッ!」
ひとしきり笑った後、エルダはふと井戸の水に視線を落とし、俺に尋ねた。
「お前さんは『生活魔法』を知っているか?」
「生活魔法?」
「生活に欠かせない魔法のことさ。例えばこの...」
「ウォーター!」
その瞬間、エルダの右手から水が湧き出てくる。それはやがて、手のひらサイズの綺麗な球体になり、井戸に落ちていく。
ドボン...ボ...ォン...ン...
「!!!」
「どうだ?すごいだろ?まあこれは基本的なものだがな。生活魔法は誰でも覚えてるもの。覚えていないと不便だぞってことで今から伝授する!」
「手に集中して、体の魔力を手のひらに絞り出す感覚でやってみてくれ」
目を閉じて、手のひらに集中する。体に溜まった魔力を手のひらまで凝縮させる。前世では体験したこともなかった新しい感覚が体から手のひらにまで伝わる。
「ウォーター!」
エルダが作り出したものより一回り小さい水球が手のひらに生成された。それはやがて井戸に落ちていく。
ポチャン...チャン...ャン...ン...
澄んだ音が井戸の内部で反響する。俺は成功したのだ。
「エルダさん!できましたよ!」
「おお!よくできたな!初めてにしては上出来だ!」
「生活魔法を覚えていなかったということは、お前さんそもそも魔法を知らないのか?ギルドで適性属性検査ができるからやるといいぞ。魔法について話しながら一緒にギルドへ行くか?」
「はい、そうします。」
こうして、俺とエルダはギルドへ向かうことになった。
「魔法というのは火、水、雷、土、風、闇、光の七つの属性があってな。」
なるほど、RPGみたいな感じだな。ところで氷はないのか?
「質問なんですけど、氷属性はないんですか?」
「氷は水属性の一部だな。水を更に冷たくすると凍るだろ?だから水の上位互換として扱われる。」
「あと闇と光はクセがあってな...。そもそも闇は使える人が少なく、噂によると変人が多いとか。光は神を信仰するもの。いわゆる聖職者のみが使える。」
「魔法に初級、中級、上級とかあるんですか?」
「もちろんあるぞ。生活、初級、中級、上級、王級、神級といった感じに位が高くなっていく。」
生活魔法→初級魔法→中級魔法→上級魔法→王級魔法→神級魔法
といった感じか。意外と単純だな。
「才能と鍛錬で使える魔法のレベルが変わるってことだな。そして努力次第では上級まで使える。王級以降は才能が必要だな。神級を使ってる人は見たことがないからわからないが、この世界には数人しかいないと思われる。ちなみに俺は初級までしか使えないぞ!ガハハハハハハ!」
そんなことを言ってるうちにギルドへ到着した。
ギルドに到着するとエルダは、『ついてこい』と言わんばかりの大きな背中で受付へと歩いていく。ついていきます。
「こいつに適性属性検査をさせたいんだが、今すぐ用意できるか?」
「はい!エルダさん!かしこまりました。少々お待ち下さい。」
数分後...
「エルダさん、ユージさん。用意できました。早速こちらへ。」
あたり一面結界のようなものが張られた部屋に案内される。これって本当に大丈夫なやつですよね。
「驚いているようだが、極稀に魔力が暴走して周りに被害を与えてしまう人がいるからこれらの結界はあるんだぞ。そう危ないものじゃないから安心しろ。」
「なるほど。」
この部屋には水晶玉が乗った机と椅子のみ。見ただけでわかる。これって水晶玉に手を乗せるやつでは?せっかく異世界転生したんだしそこそこ強くてもいいんじゃないか?強すぎて水晶玉を破壊しちゃったりして...。
「この椅子に座って水晶玉に手を当ててください。」
受付嬢がそう言うと、俺は深呼吸して神に祈る。
お願いしますお願いします神様私は転生者なんです。転生者補正とかあってもいいんじゃないですか。
手を当てる。
その後、水晶玉は赤く光ったのち青く光る。
「お前さんの適性属性は『火』と『水』だな!」
おお、火と水か。生命の源って感じでいいな。って、転生者補正はどこに?ああ、二属性はレアってこと?
「もしかして...二属性はレア...?」
「そんなことないです。基本は二属性なんですよ。」
受付嬢がきっぱりと答えた。俺は悲しい。




