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第35話

「里はどうして里って言うの?」

「さあ。知らん。自分の名前の由来なんて親に聞いたことないわ」車を運転しながら里は言う。

 海の見える街で買い物をして里の家に帰る。

 玄関でつまづいて、「あぶな!」ととっさに里に体を触られると、美星は思わず顔を真っ赤にして里の顔を見ることができなくなってしまった。

「大丈夫か?」

「……うん。大丈夫」里から離れながら美星は言った。

「どじやな。そういうところは中学生のときから変わらへんな」玄関にあがりながら里は言った。

「今日はもうゆっくりするやろ? 夕ご飯にしようや」台所に大きな買い物袋を置きながら里が言った。

「うん。ありがとう」

 思っていた以上に長旅で疲れていたのかもしれない。

 なんだかどっと強い疲れと眠気に美星は襲われた。(表情には出さないように気をつけた)

「夕飯はカレーにしようか?」

 買ってきた野菜を出しながら里は言った。

「いいね。私カレー作るよ」

「いいって。今日はお客様やし俺がやるよ。美星はそこに座ってて」

 里に邪険にされて美星は不満そうな顔をする。

「そう言うわけにはいかないよ」

 美星は台所に立つ。

「私も一緒にカレー作る」

「頑固やな。変わんないな」手を洗いながら、にっこりと笑って里が言う。

 たん、と気持ちのいい野菜を切る音が聞こえる。

 思っていた以上に里は料理が上手だった。


 時刻は夜になった。

 二人で作った手作りのカレーを食べて(美味しかった)美星はお風呂を借りて、旅の疲れを癒した。

 里の家のお風呂は石造りの湯舟のある古いお風呂で、窓の外は真っ暗で遠くに小さな星の光が見えた。耳を澄ますと夏の虫の鳴き声が聞こえる。

 熱った体から力を抜いて、美星はそんないつもの日常とは違う世界の中にいた。

 都会とは違う時間が流れている。

 本当にそんな気がした。

 なにもかもがゆっくりとしている。

 落ち着いている。

 すごいなと美星は思った。

「おかえり。はやかったな」

 お風呂から出ると里はお茶の間で本を読んでいた。

 テーブルの上にはコーヒーがある。里はお酒を飲まないらしい。美星はお酒が飲みたかったのだけど、我慢する。

「明日は川に行こうか? 綺麗な渓流があんねん。そこで魚釣りしよう」お風呂上がりの美星を見て里は言う。

「うん」にっこりと笑って美星は言う。

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