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別れ道に立つ私達

作者:

夏休みが終わり、文化祭、体育祭、校外学習といった楽しいイベントがあっという間に過ぎ去り、少しさびしさを感じる冬休み前の11月。白峰高校の図書室では、放課後に残って勉強する勤勉な三人の女子生徒がいた。

「ああーー、なにこれ!この公式ややこし過ぎ!こんなの日常生活で使わないじゃん!絶対使わない!」

そう鈴原紗夜(すずはら さよ)が叫び、机に勢いよく突っ伏した。その拍子にガンッと大きな音が響き渡り、帰り支度をしていた他の生徒たちが驚いた様子でこちらを振り返る。司書の先生も眉をひそめているのが見えた。

「うっせぇ、図書館なんだから静かにしろよ。追い出されたらどうすんだ、バカ」

乱暴な口調の割にか細い声で怒っているのは宮野加奈(みやの かな)。口の悪さを体現するように制服のネクタイは緩み、スカートの丈も短く、毎日のように教師に注意されている。しかし、試験の時期やしっかり出席しておかないと成績に響くような場面では人が変わったようにきちんとする、なかなかずる賢い性格だ。そのおかげで成績は紗夜よりもはるかによく、志望している大学も県外のそこそこ名の知れたところである。

「ほら紗夜、ノート見て。途中まではちゃんとあってるよ、ここの代入でミスしてるだけで、あとの計算過程は全部正解」

そう言って紗夜のぐちゃぐちゃに書き殴られたノートを丁寧に解読し、やさしくフォローしたのは石山由衣(いしやま ゆい)だった。眼鏡をクイッと上げながら、ノートを差し出してくる。

「モウ、ミタクナイ…」

「ああ、紗夜が完全に戦意喪失しちゃった」

「毎度のことながら早すぎるぞ、お前…。ほら!英語の長文読解もやばいんだから、こっちもやれよ」

「うう…受験って、想像以上に過酷すぎる…」

加奈たちがこうして三人で勉強会をするのは、もはや珍しいことではなくなっていた。小学校からの幼馴染である三人だが、実は中学時代まではそれぞれ別々の道を歩んでいた。紗夜と由衣はもともと交流があったものの、二人とも生粋の文系で読書や美術が好きなインドア派。一方、体育会系でバレーボール部に所属していた加奈とは中学時代クラスが違ったこともあり、ほとんど交流がなかった。

それが高校に入って三人とも同じクラスになり、ふとしたきっかけで同じ小学校出身だということが判明。加奈から積極的にコンタクトを取ってきて、気がつけば自然と意気投合していたのだ。

そして毎回定期テストが近づくたび、加奈が半ば強引に図書室へ二人を連行し、この『勉強会』が恒例行事となっていた。最初は嫌々だった紗夜と由衣も、今では加奈の面倒見の良さと、お互いを支え合える心強さを実感している。

「あと一、二か月で共通テスト…時の流れが速すぎるよ〜。ついこの間まで夏休みだったのに」

「まぁ確かに、まだまだ先だと思ってたのに意外とあっという間だったねぇ。文化祭の準備で忙しかったのも懐かしいや」

窓の外では夕日に照らされた落ち葉が風に舞い踊り、文化祭が終わった後の静寂と、どこか物悲しい余韻が校舎全体を包んでいる。オレンジ色の光が図書室の木製の机を優しく染め、三人の影を長く伸ばしていた。

紗夜の心に「この時間がずっと続けばいいのに」という思いがふと浮かんだ。受験が終わればきっと皆それぞれの道を歩むことになる。この何気ない放課後の時間が、実はとても貴重で愛おしいものなのだと、漠然とながらも感じ始めていた。


その日の勉強会は、珍しく三人とも集中力が切れていた。

ノートを開いたまま、紗夜が鉛筆をくるくると回しながら、深いため息をつく。窓の外では街灯がぽつりぽつりと灯り始め、図書室に残る生徒もまばらになっていた。

「……私さ、勉強苦手だから、大学行ってもやっていけるか不安なんだよね」

その言葉に、加奈がパタンと参考書を閉じて顔を上げる。制服のネクタイを緩めたまま、じろりと紗夜を睨んだ。

「は? 何言ってんだ。お前、食品のことやりたいんだろ? だったら自分を信じろよ」

「え、いやぁ……」紗夜は頬を掻きながら苦笑いする。「入りやすそうだったからっていう、なんとなくの志望なんだよなぁ。そんな立派な理由じゃないっていうか」

「お前はほんっと……」

加奈が呆れたように頭を振る横で、由衣が眼鏡を上げながら小さく笑った。

「私もそんなに大層な理由じゃないよ。一応、心理学専攻を考えてるけど、『なんとなく面白そう』くらいだし」

「だよね? 由衣だってそうなんだから、私も——」

「でも、由衣はちゃんと考えてるように見える」

加奈が口を挟む。

「お前みたいにふわふわしてないっていうか」

「ふわふわって何よ〜」

紗夜が抗議の声を上げると、由衣が困ったような笑みを浮かべた。確かに紗夜は楽観的すぎるところがあるけれど、それが彼女の魅力でもあることを由衣は知っている。

和やかな空気の中、三人はそれぞれのノートを閉じて、帰り支度を始めた。夕暮れの図書室に、鞄のファスナーを閉める音だけが響く。

「じゃあなー」

「うん、また明日」

「バイバイ〜」


校門前でいつものように加奈と別れると、紗夜と由衣は並んで住宅街の細い道を歩く。11月の冷え込んだ夜風に白い息が浮かび、街灯の光で二人の影が長く伸びていた。

「ねぇ、由衣」

「ん?」

「私、この時間がずっと続けばいいのにって思うんだ」

歩きながら紗夜が振り返ると、由衣は目を瞬かせてから、すぐに柔らかな笑みを浮かべる。

「そう思ってもらえるなんて、光栄だねぇ。でもね、環境が変わることでいいこともあるのよ」

「……どういうこと?」

由衣は少し迷ったあと、立ち止まって振り返った。街灯の下で、彼女の表情がオレンジ色に照らされている。

「覚えてる?私ね、小麦アレルギーがあるの」

「えっ、知ってるけど……急にどうして?」

突然の話題転換に紗夜は戸惑う。

由衣は手を口に当て、少し愉快そうに笑った。

「ふふ、幼稚園の頃なんて、みんなと同じものが食べられなくて、いつも疎外感を感じてた。お弁当の時間が一番嫌いだったの。でもね、小学校で紗夜に出会って、勇気を出してアレルギーのことを打ち明けたことがあったでしょ?」

「え、覚えてない」

「そうだと思った」由衣がくすくす笑う。

「紗夜はなんて言ったと思う?」

「う〜ん……」

「『そうなんだ!』だよ。すごくさらっとしてて、てっきり気を遣ってくれてるのかと思ったら、そのあと普通に給食のパンを勧めてきて、『あ、そうだった!』って慌てて……」

由衣はふっと肩を揺らして笑った。その時の記憶が鮮明に蘇っているようだった。

「その時思ったの。『この子、何も考えてないな』って。でもね、不思議と気が楽になったの。特別扱いされるのも、腫れ物に触るように接されるのも嫌だったから。だから紗夜と仲良くなれて、今まで一緒にいられたんだよ」

「……そんなこと、あったっけ」

紗夜は驚きながらも、心がじんわりと温かくなるのを感じていた。自分では覚えていない何気ない言葉や行動が、由衣にとってはそんなに大切な思い出になっていたなんて。当たり前に過ごしてきた時間の中に、そんな秘密や想いが隠れていたことに胸が熱くなる。

「だから、きっと大学に行ったら新しい出会いがあるよ。紗夜のそういうところに救われる人、きっとたくさんいるから」

「え〜、でも寂しいよう」

そう言って由衣に抱きつく紗夜を、由衣は優しく撫でた。

「受験が終わったら、三人でどこか行こうね?」

「うん…」



その頃、加奈は帰宅してすぐにエプロンをつけ、台所に向かっていた。

「お母さん、夕飯は私が作るから。ソファで休んでて」

「でも、毎日悪いわね……加奈ちゃんも疲れてるでしょうに」

リビングから聞こえる母の弱々しい声に、加奈の胸がきゅっと締まる。

「いいの。私がやるのが一番手早いから」

そう言いながら、手際よく冷蔵庫から野菜を取り出し、まな板の上で刻んでいく。トントントンと包丁のリズムが台所に響く中、コンロにかけた鍋をのぞき込んだ。母は咳をこらえながらリビングのソファに腰掛けている。

「薬、明日の分はある?」

「……あと一錠ね。週末にまた病院行かないと」

「わかった。土曜はばあちゃんからの仕送りが入るから、私が一緒に行く」

そう口にした瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。

(本当は、春休みはみんなと旅行に行きたい。でも、母さんのことを考えると——)

揺れる気持ちを押し隠すように、加奈は鍋の火を弱めた。立ちのぼる湯気の向こうに、図書室で友達と笑い合った放課後の光景がぼんやりと浮かんでいる。あの温かな時間と、今この台所の現実。

どちらも大切で、でもどちらかを選ばなければならない時が来るのかもしれない。そう思うと、胸が苦しくなった。



翌日の放課後、図書室。

いつものように三人で勉強していると、紗夜が突然ぱあっと顔を輝かせた。

「春休みさ、旅行行こうよ!」

まるで昨夜の由衣との会話を思い出したように、紗夜の声は弾んでいる。

「共通テストも個別試験も終わって、やっと解放される〜! 温泉とか海とか、どこか行こうよ!」

タイムリーな話題に、加奈の心臓がどきりと跳ねた。由衣も「いいねぇ、最後の思い出に」と微笑みながら同調する。

でも加奈は少し沈黙したあと、視線を伏せて「……わかんない」と曖昧に答えるしかなかった。

「なんで? 受験も終わってるんだし、息抜きしようよ!」紗夜が身を乗り出す。

「お金の心配? みんなでバイトして貯めればいいじゃん」

「……」

「大丈夫だって、なんとかなるよ! 私たち、なんでもやれるじゃん」

紗夜の屈託のない笑顔を見ているうちに、加奈の中で何かがぷつりと切れた。

「……お前は呑気でいいな! 私だって色々あるんだよ!」

加奈の声が図書室に響き、周囲の生徒たちがびくりと振り返る。一瞬の静寂の後、司書の先生がこちらを見ているのに気づいて、加奈は慌てて声を潜めた。

紗夜は目を丸くして固まっている。

由衣が「まぁまぁ……」と慌てて場を取り繕おうとするが、三人の間に妙に重い空気が漂った。

加奈は自分でも驚くほど強い口調で言ってしまったことを後悔していた。紗夜が悪いわけじゃない。ただ、家庭の事情を抱えながら友達の無邪気な提案を聞いているのが辛くて、つい感情的になってしまったのだ。

「……ごめん」加奈が小さく謝る。「なんでもない」

でも紗夜は困惑したままだったし、由衣も二人の間の微妙な温度差を感じ取って、少し不安そうな表情を浮かべていた。

「……二人とも、寒いから早めに帰ろう?」

由衣が気を利かせて話題を切り替え、三人は重い空気のまま図書室を後にした。

夕暮れの校舎を出て、校門まで歩く道のりはいつもより静かで遠かった。

普段なら紗夜が何か面白い話をして、加奈が突っ込みを入れて、由衣がそれを見て笑っているのに、今日は足音だけが響いている。

駅前で三人が別れようとしたとき、加奈が立ち止まった。

「……紗夜」

「えっ?」

加奈は迷うような表情を見せた後、そっと紗夜の袖を小さくつかんだ。

「……さっきは悪かった。八つ当たりしただけ」

「ううん、私こそ、ごめん。なんか無神経だった」

紗夜も素直に謝り、二人は少しだけほっとした表情を見せる。

「ほんと、昔からお前はのんびりで……」加奈が苦笑いしながら呟く。

「えへへ。そこが長所ってことで!」

紗夜がいつものように屈託なく笑うと、加奈の表情も自然と和らいだ。二人のやり取りを見て、由衣も安心したように「もう、子供だなぁ」と笑う。

小さなすれ違いを乗り越えたことで、三人の絆がより強く感じられた。言葉にできない事情があっても、本当に大切な友達なら、きっと分かり合えるのだと思えた瞬間だった。

「じゃあ、また明日」

「うん、また明日」

「お疲れさま〜」

いつものように手を振り合って別れる三人。でも今日は、互いを思いやる気持ちが、いつもより少しだけ深くなっていた。


秋の風が少し冷たくなってきた頃、三人は放課後の図書室に集まるのが日課になっていた。

加奈は教科書とノートを机いっぱいに広げ、赤ペンを走らせる。

「ここ、出やすいんだって。ほら、過去問にも載ってる」

「うわ……また苦手なとこだ」紗夜は鉛筆を持ったまま顔をしかめる。

由衣は二人のやりとりを笑いながら、ノートを丁寧に写していた。

「紗夜、さっきと同じで寝たら覚えられないよ?」

「うぅ……わかってるけど、眠いんだもん」

机に突っ伏しかけた紗夜の背中を、加奈が小突く。

「呑気なこと言ってると、置いていくよ」

「い、痛っ! わかったってば」

そんなやりとりに、結局は由衣がくすくす笑って空気を和ませるのだった。

模試の結果が返ってくるたびに、三人の心は揺れ動いた。点数が伸びたときは小さくガッツポーズし、思うようにいかなかったときは沈み込む。

けれど帰り道には誰かが口を開く。

「……大丈夫。三人でなら、なんとかなるよ」

それが合言葉のようになっていた。

秋が深まり、銀杏の葉が黄色い絨毯を作る頃、それぞれの進路もより具体的に見えてきた。

加奈の悩みは、奨学金で進学するか就職するかという現実的な問題だった。母親の病状は安定しているものの、医療費や生活費を考えると家計は決して楽ではない。それでも彼女自身には学びたいことがあった。経済学、特に地域経済の活性化について研究したいという夢があったのだ。バレーボール部時代に地元の商店街でボランティア活動をした際、個人商店の経営者たちと話す機会があり、その時から漠然と抱いていた興味が、高校生活を通じて次第に具体的な目標へと変わっていた。

一方の紗夜は、加奈の真剣な姿勢に刺激を受け、ようやく「自分は何をしたいのか」と深く考えるようになった。食品関係の学科を志望していたのは確かだったが、それが単に「入りやすそう」という理由だったことも事実だった。しかし最近になって、祖母から昔の食文化や保存食について聞いた話に強く興味を惹かれた。失われつつある日本の伝統的な食文化を研究し、現代に活かす方法を見つけたい。そんな具体的な目標が、ぼんやりとだが見えてきていた。

由衣の心理学志望は、実はもっと個人的な理由があった。小学生の頃から人の表情や言葉の奥にある感情を読み取るのが得意で、友達の相談を聞くことが多かった。特に、自分自身がアレルギーで苦労した経験から、様々な事情を抱えた人の気持ちを理解したいという思いが強くなっていた。将来はスクールカウンセラーになって、学校で悩んでいる子どもたちの力になりたいと考えていた。

十二月に入り、冬の訪れを告げるように校庭の木々が葉を落とし始めた頃、三人にとって重要な日がやってきた。

紗夜のスマートフォンが震え、彼女は画面を見つめたまま息をのむ。推薦入試の結果が発表されたのだ。

「……受かった!」

次の瞬間、弾けるように笑い、二人に飛びついた。

「ねえ! 私、合格だよ!食品科学科、受かった!」

加奈も由衣も驚いたあと、思わず涙ぐみながら抱き合う。

「おめでとう、紗夜……!」

「ほんと、よかった……」

三人で泣き笑いながら、図書室の隅でこっそりとハイタッチを繰り返した。司書の先生に怒られないよう、声を殺しながら喜びを分かち合った。

「これで一人は安心だね」由衣が眼鏡を上げながら微笑む。

「ああ、でもこれからが本番だからな」加奈が言いながらも、その顔は嬉しそうだった。

紗夜の合格をきっかけに、話題は自然と春休みの旅行に向かった。

「やっぱり温泉でのんびりがいいよね!」と由衣。

「いや、海! 絶対海だって!」と紗夜が譲らない。

二人のやりとりを聞きながら、加奈は複雑な表情をしていた。お金の心配もあったが、それ以上に、自分の受験がうまくいかなかった場合のことを考えていたのだ。就職することになれば、春には働き始めることになる。そうなったら、友達との旅行どころではなくなってしまう。

「まだ寒いでしょ……でも、まあ、楽しみにしてるよ」

加奈の声は少し小さく、二人にはその微妙なニュアンスが伝わった。紗夜が何か言いかけたとき、由衣が小さく首を振って制した。今は追及するべきではない、という彼女なりの判断だった。

外では雪がちらつき始めていた。受験シーズンの本格的な到来を告げるように、校庭を白く染めていく。季節は確かに移ろい、それぞれの人生も大きな節目を迎えようとしていた。

けれど図書室の一角で肩を寄せ合う三人の距離感は、これまでと何も変わらなかった。むしろ、残された時間の貴重さを実感することで、より一層かけがえのないものになっていた。

「よし、今日も頑張ろう」

加奈がそう言って参考書を開くと、紗夜も由衣も自然と勉強に集中した。合格した紗夜も、二人のサポートは続ける。それが彼女なりの友情の表現だった。

窓の外で雪は静かに降り続け、三人の前途を祝福するように、あるいは別れの時の近さを告げるように、校庭を純白に染めていた。

卒業式当日の朝は、穏やかな春の日差しに恵まれていた。

体育館を出た瞬間、拍手のざわめきと合唱の余韻が、まだ耳の奥に残っていた。手にした卒業証書の筒はやけに軽くて、それが三年間のすべてを象徴しているようには、とても思えなかった。

昇降口のあたりでは、クラスごとに写真を撮る輪ができていた。笑い声と泣き声が入り混じり、カメラのフラッシュが次々に光る。

「おーい、三人も並べ!」

声をかけられて、紗夜、加奈、由衣は肩を寄せ合った。カメラの前で笑顔を作る。シャッターが切れる一瞬、心のどこかで「これが最後かもしれない」と思った。

人の流れが落ち着いて、三人は校舎の影に身を寄せた。外の風はもう冷たくなく、制服の下にあたたかな春を感じることができた。

三人の進路は、結局それぞれ違うものになった。

紗夜は推薦で合格した県内の大学で食品科学を学ぶ。祖母から聞いた伝統食に関する研究への思いは、合格後さらに強くなっていた。

由衣も見事に第一志望の大学に合格し、心理学を専攻する。県外への進学で、三人の中では一番遠くに行くことになった。

そして加奈は、最後まで悩んだ末に就職の道を選んだ。地元の信用金庫に就職が決まり、将来的には地域経済の活性化に関わる仕事をしたいという夢を抱いている。大学進学はまた別の機会に、働きながらでも学べる方法を探すつもりだった。

「春休みの旅行、結局行けなかったね」

ふと、紗夜が口を開く。三人とも忙しく、タイミングが合わなかったのだ。

「まあ、しょうがないさ」加奈が肩をすくめる。「でも、今度はもっと計画的にやろうぜ」

「そうだね。今度は夏休みにでも」由衣が微笑む。

しかし三人とも薄々感じていた。環境が変われば、これまでのような頻繁な交流は難しくなるだろうということを。それでも今は、そのことに触れたくなかった。


「……春からは、もうバラバラだね」


言葉は吐息のように小さく、それでも二人には届いた。

加奈は少しだけ間を置き、いつもの調子で鼻を鳴らす。

「でもよ、私たちのこと、忘れねぇだろ?」

無理に笑う顔は、不器用で、けれど真剣だった。


由衣はふわりと目を細めて、首を横に振る。

「忘れられるわけないよ。だって、ずっと一緒にいたんだから」

その声は、寒さの中でひときわあたたかく響いた。


紗夜は二人を見て、小さく息を吐いた。胸に広がる寂しさと同じくらい、未来への期待が混ざっていた。

「じゃあ……また会う日まで、だな」


三人は並んで校門をくぐった。

校庭の隅には雪解けの名残がまだ残り、その向こうで桜の枝が蕾をつけている。淡い光に照らされた小さな蕾は、まるで彼らの未来のようだった。


紗夜は立ち止まり、振り返らずに心の中で言葉を結ぶ。


——別れ道に立つ私らの未来は、きっと続いていく。

はじめて公式企画に参加させていただきました。

「秋の文芸展2025」のテーマは〈友情〉。

この物語では、三人の女子高校生が互いに影響を与え合いながら、少しずつ成長していく姿を書いてみました。

読んでくださった皆さまに、少しでもその想いや温度感が伝わっていたら、とても嬉しいです。

もしよろしければ、感想や評価をいただけると大変励みになりますし、今後の改善にもつなげていきたいと思います。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
三者三様、それでも自分たちで選び取った道。 皆それぞれに刺激を受けながらきちんと将来のことを考えていて、すごいなぁ……と思いました(自分はそこまで深く考えてなかったので……笑) 特に加奈ちゃん、すごく…
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