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第3話 厄介な客(※ただしイケメン)

「ねえ君。名前は? 俺の妻ってことだよね? 俺のこと好きってこと? ねえ」


 早口でまくしたてながら、イケメンが顔を寄せてくる。待って! と叫んでみても、イケメンは話すのをやめない。


「だって君、俺のこと旦那さまって言ったよね。そういうことでしょ? ねえってば。聞いてるの?」


 もちろん聞いているわ。だけど、貴方が喋り続けてるから、いっこうに口を挟めないのよ!


 どうしたものかとシルヴィーが困っていると、初老の男がイケメンの背中を勢いよく叩いた。


「いい加減にするんじゃ、リュカ。困っとるじゃろう」

「……でもじいちゃん、この子、俺の嫁だって」

「そういう店なんじゃろう。行くぞ、リュカ。わしらには無駄遣いをする金はないんじゃから」


 おそらく老人は、シルヴィーを妓楼の客引きかなにかだと勘違いしているのだろう。

 さすがに訂正しなければ、とシルヴィーが口を開くより先に、イケメン……リュカが首を横に振った。


「違うよ、じいちゃん。この子は俺の嫁」

「……リュカ?」

「俺のこと旦那さまって言ったし」


 きらきらとした瞳でイケメンに見つめられ、名前は? と何度も聞かれる。無視するわけにもいかず、シルヴィー、と名乗ってしまった。


「シルヴィー。いい名前だね」

「それはどうも……?」

「それで、俺たち初対面のはずだけど、結婚してたんだ」


 そんなわけないでしょ! と思わず叫びそうになったが、リュカは真剣な顔をしている。


 もしかしてこのイケメン、とんでもない厄介客なんじゃ……。


「……お客様。あくまでそれは、お店の設定です」


 毅然とした態度で事実を伝えてみたのだが、リュカは返事すらしない。あの、とか、その、と声をかけてみても無駄だ。

 しかし綺麗な瞳は、ひたすらにシルヴィーを見つめている。


 もしかして。


「……旦那さま?」

「なに? シルヴィー」


 リュカが満面の笑みを浮かべる。

 シルヴィーと老人は、ほとんど同時に溜息を吐いたのだった。





「おかえりなさい……って、シルヴィー。旦那さまを連れてきてくれたの?」


 リュカたちを連れて店へ入ると、店内はそこそこ賑わっていた。いつの間にか、それなりに客が入っていたようだ。


「はい。旦那さま、こちらはルネです。当店では、好きな店員を選んでお話できる仕組みになっておりますので」

「……どういうこと? 俺は君の夫なんだから、君以外を選ぶわけなくない?」


 真面目な顔でそんなことを言われると、こちらが間違っているような気がしてくる。

 店についてはきちんと説明した。その上で、リュカはここにやってきた。

 店のシステムは理解しているはずだ……たぶん。


「それよりさあ、夫が帰ってきたのに、よそ見ばっかりしないでよ」


 不貞腐れたように言って、リュカがシルヴィーの手を引っ張ろうとする。とっさによけると、リュカはわざとらしく頬を膨らませた。


「旦那さま。おさわりは禁止ですよ?」

「……分かってるってば」

「それはよかったです。では、お席に案内しますね」


 少々面倒だが、客は客だ。それに、厄介な客の対応には慣れている。


「では旦那さま。食べたい物が決まったら呼んでくださいね」


 メニューを置いて立ち去ろうとすると、待って、と呼び止められた。


「俺の妻なのに、俺のことおいていくの?」

「家事がまだ終わってないの。ごめんなさい」


 他の客の相手があるから、とは言えない。リュカの前では、リュカの妻として振る舞わなければならないのだから。


「……どうすれば、もっと俺と話してくれるの?」


 寂しそうな瞳で見つめられると、つい隣に座りたくなってしまう。言動は完全に厄介な客でしかないのに、顔がいいというのは狡い。


「そうですね。旦那さまがたくさんお食事を楽しんでくれるなら、私も長く一緒にいられますよ?」


 シルヴィーがそう返した瞬間、ぼったくりじゃのう、と老人が小声で呟いた。


「……分かった。じゃあ、メニューにのってあるやつ、全部ちょうだい」

「え?」

「そうしたら、いっぱい一緒にいてくれるんでしょ?」


 リュカは懐から小さな革袋を取り出した。中にはびっしりと硬貨が詰まっていたが、どれも銅貨だ。


「リュカ! それはお前の全財産じゃろう!?」


 老人が慌てて叫ぶ。しかしリュカは落ち着いた態度で、そうだよ、とあっさり頷いただけだ。


「お前、それで1ヶ月生きていくとさっき言っておったのを忘れたのか!?」

「覚えてる。でも、シルヴィーと話す方が大事」


 ねえ、シルヴィー、と必死そうな声でリュカに名前を呼ばれた。


「……これじゃ足りない? シルヴィー、他の人のところに行っちゃう?」


 捨てられた子犬のような目に、思わず心臓が飛び跳ねた。


「……いえ。これだけあれば、たくさんお話しできますよ」


 嘘じゃない。銅貨ばかりだとはいえ、かなりの額だ。


「よかった。じゃあ、これ全部あげる」





 その日リュカは、閉店までフルールに居座り続けていた。

 シルヴィーを引きとめるために、ありとあらゆる食べ物と飲み物を注文して。


 そしてその結果、彼は1ヶ月分の食費を使い尽くしたのだった。

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