巡回訪問
巡回訪問はあっという間にやってきた。
巡回訪問は大体半年に1度やってくる。巡回訪問では巡回長老の話を聞くことができる。ほとんどの巡回長老は集会の長老に比べて話しが上手である。話しが下手だとプログラムの途中で眠くなってしまうので、話しが上手なのは本当にありがたい。集まりの最中に眠気に襲われるとマイク係などを担当している場合、手を挙げて注解する人にマイクを渡すタイミングが遅れて、気まずい思いをすることがある。
集まりは週2日開かれる。週中に1日、週末に1日。集まりに同じ集会場を使っている場合、各集会の長老が集まって何曜日に集まりを行うかを決める。巡回訪問の週はプログラムが変更され、短縮や時には取りやめになり、30分か1時間、巡回長老が各集会に必要と思える話しをする。例えば、巡回長老がその集会は伝道活動に熱心でないと判断するなら、伝道活動を熱心に行うよう鼓舞する話しをするという風にである。
巡回訪問中は週中の昼間に開拓者の集まりを行う。開拓者が年間840時間、伝道活動を行うという神との誓いを守れるよう、さらにそれを翌年も続けていけるよう鼓舞する話しが行われる。そして巡回長老は開拓者の集まりに参加した開拓者と一緒に伝道活動を行う。大体1つの集会には開拓者が20名前後いる。それで、すべての開拓者が割り当てられることはない。一応、巡回訪問の前に1週間の予定表を掲示板に張り出し、希望者を募るのだが、実は問題を抱えている開拓者を優先し、その次にこれからこの宗教の中で活躍しそうな人を優先する。そういう人もいなければ希望者の中で順番に伝道活動を行う開拓者を決める。
今回の巡回訪問では僕が巡回長老と一緒に伝道活動をすることになった。なぜだろう。何も悪いことはしていないはずだが。それとも集会の中の成長株と思われたのだろうか。いやいや、期待して何もないときのむなしさには慣れている。では、順番だろうか。でも、前回の巡回訪問でも巡回長老と一緒に伝道活動をした気がする。巡回長老の話しが聞ける反面、こういうことで気を揉むので最近はあまり巡回訪問は好きではない。
19歳で浸礼を受け、23歳で開拓者になり、それからもう5年が経つ。通常ならもう奉仕の僕に任命されていてもおかしくない。いや、僕は遅いほうだ。期待されている人は2,3年で任命される。1年で任命される人もいる。特に父親が長老だと奉仕の僕に任命されるのが早い。いやいや、そういう考え方はよくない。奉仕の僕や長老に任命される基準はガラテア書に書かれている愛、喜び、平和など良い特質を示していることだ。それが十分集会内で発揮できているのを長老が観察し、巡回訪問で巡回長老に推薦する。巡回長老が長老の推薦を聞き、ふさわしいと思えば教会に手紙を書き、任命される。それで、僕が開拓者になって5年になるがまだ奉仕の僕に任命されないのは、僕自身に問題があるからだろう。
そもそも、奉仕の僕に任命されたいのには理由がある。早く長老になりたいのだ。長老になると教える資格があるとみなされる。それで長老になると集会のみんなに聖書から助言を与えることができる。さらに集会がない地域にっても手順はあるが集会を作ることができるようになる。それらは使徒パウロやバルナバ、テモテの生き方に通ずるものである。母と幼い僕は坂上姉妹から聖書を学び、そのあと父も含め、家族全員がこの宗教に入信した。そのおかげで父の暴力も減り、僕も人に親切にする方法を学んだ。神様には感謝してもしきれない。それで少しでも恩返しがしたいのだ。しかし、苦い思い出がある。浸礼を受けた神戸市の集会では長老たちからいじめられている人たちがいた。そのうち僕もいじめられるようになった。その内容は奉仕の僕に任命されない、というものだった。今でも一人の長老の勝ち誇ったような一言が脳裏に残っている。
「今回の巡回訪問でも私が兄弟を推薦しませんでした。それは兄弟が謙遜ではないからです。」
後にその集会にいた3人の長老は全員解任されるのだが、そう言った経験もあり、奉仕の僕の任命については少し過敏になってしまう。
水曜日の午後、巡回長老と一緒に伝道活動を行った。吉野という巡回長老は僕の話しによく耳を傾けてくれた。最初の集会の長老たちからどのような仕打ちを受けたか、そのあとその集会がどうなったか、家族のこと、今は職場の近くのこの地域に引っ越しして一人で経済的に自立して開拓者であること。僕ががなぜ奉仕の僕、長老を目指しているのか等優しく質問され、それに答えているだけで伝道活動の時間は終わってしまった。今まで何度か巡回長老と一緒に伝道活動を行ったが、これほど熱心に僕自身のことを聞かれたことはなかった。純粋な関心を払われて、当初抱いていた少しの不安は完全に和らいだ。これなら、問題を抱えていると思われて一緒に伝道活動をしていたとしても、それはそれでもよかったな、と心から思えた。
巡回訪問が終わり、2週間ほどたった。一人の長老から集中の集まりの始まる30分前に集会場に来るように言われた。恐る恐る集会場に入ると電話をした長老ともう一人の長老が僕を待っていた。
「奉仕の僕の責任を受け入れる用意ができていますか。」
と、聞かれた。その集まりで僕は奉仕の僕に任命された。