宇宙から来た大盗賊
「短編」のところを誤って「連載」で投稿してしまい、すぐに完結済みとしました。
「ねえ、ここがいいんじゃない?」
ススムは車の窓ごしに、緑の広がるなだらかな草原を指さしました。
「そうね、ゆっくりできそうだし」
お母さんが賛成します。
「じゃあ、ここにするか」
お父さんは草原の前で車を止めました。
ドライブのとちゅう、どこかお弁当を食べるところを探していたのです。
ススムは草原をかけあがりました。
――うわっ!
なぜか足もとの地面がなくなり、気づいたときはうす暗い穴の中に落ちていました。
見上げると丸い空が見えました。
穴の深さは背の倍ほどもあり、自分ひとりではとても出られそうにありません。
と、そのとき。
「おい!」
穴のすみっこから声が聞こえました。
ですが、そこには丸い石があるばかりです。
――まさかあ?
石に近づいて、ススムは足でかるくけってみました。
「いてえ! なにをするんだ」
石が声を出しました。
「なんで?」
「オレサマは、こんなもんじゃねえからさ。宇宙をまたにかける大盗賊なのよ。まあ、見ておれ」
石がモコモコと動いて形を変えていきます。
まず頭ができて、次に手と足ができて、しまいにはススムそっくりになりました。
「どうだい、このとおりなんにでもなれるのさ。それが夕べ、船の燃料が切れちまってな、この星に落ちてしまったのよ」
「じゃあ、この穴って?」
「そうさ、落ちたときにできたのよ。船はこの下にうまっちまったが、燃料の水さえあれば脱出できる。ただ宇宙広しといえどな、水のある星なんてめったにねえんだよ。それでどうしたもんかとな」
「水なら、ボク持ってるよ」
「なに! それで、どれほどあるんだ?」
「これくらいかな」
水は水筒に入っています。ススムは水筒の形を両手で作ってみせました。
「おう、それくらいあれば十分だ。たのむから、そいつをオレサマにゆずってくれねえか」
「いいけど、ここを出ないと持ってこれないから」
「じゃあ、こいつを使いな」
宇宙の大盗賊がモコモコと動いてハシゴに変身しました。
「じゃあ、取ってくるね」
ススムがハシゴをのぼって穴から出るとすぐに、ハシゴは穴の中に消えて、かわりに一匹のチョウがヒラヒラと飛び出してきました。
頭の上で声がします。
「オレサマのことをしゃべったら、オマエを石にしてしまうからな」
ススムが水筒を持ってもどってくると、チョウはもういませんでした。
でも、あの大盗賊はほかのものに姿を変え、どこからか見はっているにちがいありません。
「水筒、穴の中に入れるからね」
ススムは見えない大盗賊に向かって声をかけ、穴の中に水筒を投げ入れました。
草原にいるあいだ。
宇宙から来た大盗賊に見はられているようで、ススムは気になってしかたありませんでした。
出発のとき。
「あら、ススムの水筒がないわ」
お母さんが荷物をしらべ始めました。
「水筒ならここにあるぞ」
なぜかお父さんが、穴の中にあるはずの水筒を持っています。
「あら、ススムったら、ぜんぜん飲んでないじゃないの。せっかくオレンジジュースにしてあげたのに」
おかあさんがススムを見て言いました。
――えっ、水じゃなかったの?
水でなければ燃料にならないので、宇宙の大盗賊は水筒を返したのだろう。
――でも、いつのまに?
ススムはこわくなってきました。
帰り道。
お父さんはもくもくと運転をしていました。
――お父さん、いつもはもっとしゃべるのに。まさか変身した宇宙の大盗賊なんじゃ?
でも、たしかめられません。
宇宙の大盗賊だったら石にされてしまいます。
「チョウみたいに、今日はゆっくり羽をのばせたわ」
お母さんが笑顔で言います。
――えっ!
その笑顔がススムには、いつものお母さんの笑顔とちがうように見えたのでした。
黒森 冬炎 様 作成




