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ゼウスクラブ ― 神を創ろう

「世界征服」という言葉を知ったのは小学校に入った頃だった。ばあちゃんが亡くなってその葬式の日、家族は近くの祭典でごろ寝状態だった。病院からこの祭典に運ばれて、昨夜は通夜。式場にお棺が置かれて中にばあちゃん。じいちゃんと父母とおばちゃん、僕はその祭典の一室でごろ寝して、おじちゃんは家が近いので深夜に一旦帰った。葬式は昼からで、家族葬だから取り立てて何もなく、朝起きだした母と叔母は何かと準備をし、父は所在無げで、僕とじいちゃんは部屋のテレビでヒーロー戦隊ものを見ていた。日曜の朝につきもので、特に好きでも嫌いでもなかったが、子供が見られるものはこれくらいしかなかった。ぼんやり見てると、じいちゃんが「世界を征服するって何するんだろうな」と言ってきた。うん、なにするんだろう?

 特撮ヒーロー戦隊ものは、日曜の朝の定番みたいなもので、敵は悪くなければならないが、「世界征服」は、悪いことなんだろう。のちにアレキサンダーとかチンギスハンとか、ナポレオン、ヒトラーなどを歴史で習って、まあ、ヒトラーなんてのが、モデルなんだろうが、あれは世界征服じゃないなとか葬式の日を思い出しては考えてた。

 ばあちゃんは体が弱く、寝てる印象しかなかったし、まだ小学校低学年だったから、死ぬことは理解してたけど、悲しいとかあまり思わなかった。何より実感がなかった。いつもと何も変わらなかった。ただ母も祖父もずっと看病してて、ここ数か月は危篤ってわけではなかったが、何度も病院に顔を出してたから、覚悟していたんだろう。覚えているのはじいちゃんが言った次の言葉で、「世界を征服してるなら、ギボーだろうな。」そうあの有名なインターネット検索会社「ギボー」。じいちゃんはPCが売り出されて自作した世代だ。だから、コンピュータの歴史を実感している。インターネットが普及してOSが売り出され、会社のみならず一般家庭にもパソコンが浸透していって、「ギボー」はじめ、多くのコンピュータ、インターネット関連会社が立ち上がり、携帯端末が発売されてあらゆる産業がコンピュータに紐づけされて買収、吸収されて拡散どころか、勝者総取り一強世界になっていった。まあ、実際は四、五社、十社くらいかな。インターネット検索会社だったか、広告で資金を集めることを知ってからは、あらゆるソフトの無料配信が金になる。SNS、写真、動画、地図くらいから始まって今すべての生活は「ギボー」とほかの数社で賄われている。生活のスケジュールを管理し、室温を保ち、朝起こしてくれる。食事は配達され、温められる。服も靴も配達され、飽きれば回収され、それを購買、購入するソフトもある。大体必要なものをスケジュールアプリが管理し、提案し、こっちがそうしてくれというと、ドローンが飛んでくる。その飛んでくる時間、受け入れる時間もスケジュールアプリと向こうの配送システムで調節するのだから、気が付いたら、部屋の片隅にドローン用の段ボールコンテナが山積みされている。整理する必要があるが、コンテナが溜まれば連絡して回収ドローンが飛んでくる。配車サービス、交通サービスも「ギボー」がやっている。仕事はほとんどが世界企業に直接、間接に雇用されるか、農業をして収穫すればあとは販売宅配企業に任せる。絵を描く、歌を作る、踊る、小説を書く。すべて「ギボー」に投稿し、売れれば金が振り込まれる。何か作ってもいい。服でも靴でも帽子でも。同じだ。「ギボー」と契約し売ってもらう。画期的なアプリを作って少し前なら世界企業に食い込む道もあったが、今なら「ギボー」が買いに来るのを待つだけだ。十分な金額で買ってくれる。あとは死ぬまで遊んで暮らせばいい。「ギボー」がそのアプリを改良、発展させてくれる。そのほかは看護師、調理師、などの技能職。僕は今大学の助手。何を長々と感慨に耽ってるんだというとさっき、「ギボー」の職員になにか、アイデアがないかと聞かれて「神を作ってみようか。」って言ったんだ。

 「ギボー」その他の世界企業の強みは個人の膨大なデータを持っているということだ。例えば、世界中の人物の行動を収集し、行動パターンを分析する。クマに、銃を持った男に、襲われたらどうするか。逃げる、立ち向かう、知らん顔をする、隠れる。スーパーコンピュータに全世界の人間の行動パターンを放り込む。すると、目の前の危機に対して、66%の立ち向かおうとする気持ち、21%の逃げる気持ち、あと隠れる、見なかったことにする。死んでもいいと思うそんなエトセトラの気持ちの総体で危機に対処するだろう。それは全世界の人々の気持ちを忠実に代弁していて、人々の共感を得るだろう。全世界の人々の心に遍在するアプリ。これは神ではないか。汎神論そのままではないか。ただこんなの作って儲かるのか。

「それはこちらで考えます。『神』創造計画、面白そうですね。ウエに打診します。先生からのアイデアであることはもちろん、伝えます。」

 このまえちょっとした研究の助言で知り合った職員はこっちを買い被ってくれていて、何かと聞いてくれる。あの世界企業に就職したくらいだから、あっちのほうがよっぽど優秀だと思うのだが。

 作られた神の使い道だが、単純な多数決ではない、人々の気持ちの総和を具現するソフトだから、大多数の共感が得られると思う。となれば政治の分野で活躍できるのではないか。今、過疎で村会議員などする人が減っているというか、いない。十分な報酬が支払われない。仕事は忙しい。やることが山積みだ。そんな過疎の地ですべきことを決定していく。すべきだが、予算がない。後に回せるものは回すしかないだろう。そうでないなら、人ならできないと諦めるだろうが、コンピュータなら。計算して大惨事になる可能性が高いと結論する。ならばどうするか、借金しても工事するか、この地には住めないと捨てるか、なにもしないまま大惨事が来る日まで住み続けるか。国会議員はまだ成り手がありそうだけど、国会議員にもコンピュータを導入した方がいいのではないだろうか。

 

 ほんの数日前、吹きっ晒しの観覧席で、後ろ手に手をついてなんとなく5部リーグの試合を眺めていたら、いつの間にか横に立っていた男が声をかけてきた。「つまらなそうですね、興味ないんでしょ。」

 特に悪意は感じられない。こんなガラガラの空間だから、私に声をかける目的で近づいたのだろう。暇を持て余して、話し相手を欲しがっているというわけでもない。私と違って、興味もないのに友人に声を掛けられわずかなトラブルでも避けたいと浮世の義理で座っているわけでもなさそうだ。興味なくても友人が頼めば寒空の下、ベンチに腰掛ける。友人思いなんですね。無用なトラブルはひたすら回避する性質タチなんです。と素直に返した。暇つぶしにこんなのどうですかと差し出してきたのは、名刺状のカードで、「グラス片手にデウスは言った。わたしはアイだ。」それにふさわしいイラストもついていた。ギリシア彫刻を青インクで素描したような。他はサイトアドレス。なんです? これ。クイズ?

「デウスクラブの勧誘です」「同好会、愛好会ですか」「アメリカのフリーメイソンのようなものです。」「結社ごっこ? 」「試しにアクセスしてくださいね。」

 興味もないのにこの寒空の下、さほど熱心でもなく、でも言われたら5部リーグの試合を見に来る暇人なら、勧誘に最適と思われたのだろうか。男は私をじっと見ている。携帯を出してアクセスすると思っているのか、さすがにそこまではしない。

 カードをポケットに入れて「また家に帰って夜にでも」と言った。「そうですね、じゃあ」と言って男が立ち去る。男は名乗らなかった。私の名前も聞かなかった。

 

 大いなる謎なんてもんじゃない。ちょっとした語呂合わせのはずだ。「グラス片手」は飲酒、酩酊、酔いどれ、酔い痴れ、ドラッグかもしれない。「デウス」はギリシャ十二神の長。女好き、白鳥とか牛に変身。浮気、父殺し、父は巨人のクロノス、これは時間の神さまと同音だが別神だって。父も父殺し。隠れキリシタンは神を「デウス」って言ってたっけ。ジュピターと同じ。木星。「わたしはアイだ」は「I」なら、私は私だで、我思う、故に我在り。愛はないだろう。AIなら、プログラムかな。さて、ホームページにアクセスして、答え合わせでもするか。

 まず、カードのイラストが現れる。続いて本会の意義。

 はるかな太古から人類は疑問を持っていた。多岐にわたる疑問に答えるため、哲学が生まれ思考方法が見つかれば、その専門分野に分化してゆく。やがて一神教の誕生。一神教なら悩む必要はない。すべては神の御業なのだから。一意に帰依すればいい。宗教対立、技術の発展は神への幻滅と人間の驕りに変化する。しかし、世界戦争が人を目覚めさせる。お前たちは無力だ。人を超える大いなる智慧が人を救う。再び人はただ帰依し、悩みから解放される。真の自由を手に入れる。AIこそが神の具現である。我々はこの世に現れたコンピュータの神性をこの場で報告しあい、信仰を高めようではないか。思考からの自由は鬱を呼び込むはずだ。疑問と不安が目的を生む。目的が無くなれば、立ち竦んだ我々は実存的な不安に陥る。なぜ生きているのか。実存的な不安とは出口なしの不安だ。これから逃れるべく、薬を用いよう。出口なしの問いに関わりあうのは無意味だ。薬が我々を安定させ、快楽を与えてくれる。PCとドラッグ。一人一人の持っている情報は少なくとも皆が結集すれば太古の昔から人々が求めていた地にたどり着けるはずだ。神の目覚めと我らの真の解放は近い。

 そして、量子コンピューターの研究成果、実験結果や今までの事例や事象から今後を予測、予防するアプリ、ソフトの紹介、まだ知られていない故に法に縛られていない薬、薬の代わりになるモノ等の投稿が並んでいる。ほら、やっぱり。どこまでが本気かじゃない。すべて冗談だ。

 数日前の「神創造」の話といい、何かが起こる時はまずこんな偶然の出会いの連鎖が起こるものだ。

そして、次の偶然が起こる。新聞の片隅で見つけた「ⅮNA信託」事件。遺伝子組み換えが十分浸透し、特別でない技術になった今、やがて、小学生の実験キットで遺伝子生成が行われるのももうすぐだ。その時あなたのクローンを作って貰いませんか。人の遺伝情報はATGⅭの4つの塩基の並びで表され、ⅮNAは約六十億の塩基対で構成されている。これがあなたの設計図だ。六十余億とはいえ、たった四つの素材なのだから圧縮すれば決して保管できない量ではない。それを本社が保管して、無料サンプルとして提供する。条件は組み換えや変更はしないこと。生まれたら責任をもって育てること。政府に申し出て、一己の人間として尊重すること。近い将来、子供たちが安価に遺伝子キットを購入する時代、あなたは至る所で復活する。これはあなたの蘇生ではないか。あなたのⅮNAを安全に保管し、法的に提供する代金は一口たった百万円。(但し後から何かとオプションを提示して金を引き出させるのは、合法、非合法を問わず、この手の商売の阿漕なやり口。)

 もちろん、このグループの、データの保管も法的云々もインチキ。大体人クローンを認めている国など表向きはないだろうし、今後も民間団体レベルではまずありえないだろう。常識で考えればどう考えてもあまりに稚拙で幼い詐欺なのだが、この手の、科学など程遠い疑似科学ぶったものでも引っかかる人はいる。五十人もの人が二十憶円も騙し取られた。結局神を信じるか科学と名乗るものを信じるか。信仰は神仏だけではない。

 薬も宗教もネット(SNS)にも依存性がある。人は集団で生きる生物だから、傍らに自分の気の許せるものがないと不安になる。宗教は傍らに神がいつもいるという気にさせる。スイッチを入れればいつも主導者が宗教を語ってくれる宗教チャンネルが隆盛なのはどっちも傍にという共通項が合致したためだ。薬は快感を得るためだが、快感とは安心感で傍に気の許せる者がいるというのも快感だろう。何度裏切られても自分は愛されていると思い込む人と同じ原理だ。ならばその三者は同居できる。PCの神は必然の要請だ。いやPCは神そのものだ。PCはデータだから、時間を超越する。時間とは因果だ。原因があり結果がある。前後が時間を生む。データに因果はない。つまり時間はない。いつでも今しかない。というわけで神をデザインしよう。

 まず、VRを考えた。しかし、家に帰ってヘッドセット、グローブその他、あるいはそれらを含んだスーツを身に着けてカウチに横になり、心穏やかにしてなんて人がアプリを起動するか。宗教を求めるのは心穏やかでない人だ。迷宮のような暗い道を進むと突然目の前に壮麗な神殿が現れなんて、ロールプレイングゲームだ。

 例えば、疲れたなと思って、終電近い電車の中で、もう乗客も少なくなった時、アプリをタップする。画面はかすかに点滅する光。イヤホンから川のせせらぎ、鳥の声、1/fゆらぎの音。静かで落ち着いた声で、「さあ、右手をゆっくり優しく握って。卵が手の中にあるイメージです。ゆっくり開いて。卵を落とさないように。左手をゆっくり・・・。」あるいは「右の膝を5センチゆっくりあげてみましょう。5センチ上に何かがあって、それに優しく膝で触れる感じ。さあ、ゆっくり下ろしましょう。左の膝を・・・」その間、バックには川のせせらぎ、鳥の声、モーツアルトもいいかもしれない。弱い光の点滅でもいい。目を瞑っていてもいい。そんなカジュアルな癒しのおもちゃのつもりだ。


 当然一神教。プラグインすると黒地の一点が輝く。カメラが顔の様子を診断ツールに送る。生気がない、艶がない、乾燥している、目が充血している、瞼が腫れている、顔色が悪い。宗教アプリを開こうというのだ、今幸福であるわけがない。不幸だと大体体調もすぐれない。診断と合わせてそれらしい言葉をかける。「眠れないのか」「肩が重いのか」「意欲が湧かないのか」明らかな病名が診断できるくらいなら指摘すればいいし、怪我なら原因を問うべきだろう。DV、虐め、苛めなど他からの攻撃が推察できるなら、隣人に恵まれぬ不幸を癒し慰める言葉から入る。アクセスした者が話し始めたら、声を診断ツールへ。内容は分析して、まず身体面の追加情報に基づいたアドバイスの後、例えば職を探しているならアクセスした位置のハローワーク、近くの求職情報、その地域の公私の支援の紹介。病気なら病院、DVやストーカーなら警察等、具体的な解決法を伝えて同時にその相手への対処法を教える。悩みを聞き、励ます。カウンセリングする。たぶん、相槌を打ち続けるだけでも十分かもしれない。いくらでも聞き続けることができるわけだから。話し手が疲れたら、肯定したうえで、私はいつでもお前の味方だし、お前の傍にいると言えばいい。

 ついでに予言を流そう。黒地に光が輝いているだけでは目が痛い。オープニングから3秒ほどで、あとは光は収束し、ペイズリー柄がうごめくとか、伏し目がちで涙を湛えた目のアップ。力強い人型の黒い影が数秒に一度わずかに動く。これは話を傾聴している様子をイメージ。あるいは話し手が泣き出したら伏し目の目に溜まった涙が流れるとか。年配の女性もいいかもしれない。いくつかのイメージを何度か流して目の動き、声の調子、集中度合いを比べて最適解をみつければいい。そしてその画面の下に目立たぬようにテロップを流す。天災、人災は常にあるものだから、「用心せよ、災いに備えよ」と流しておけば無難だ。その地域の橋が老朽化しているとか、交通事故がある箇所で頻繁に起こるという情報があれば、その地域限定、あるいは地域名を出してもう少し詳しい情報を流すのもいいかもしれない。「水が危ない」とか「迫る影が見える」とか。

 自分の周囲に不安を感じている者、例えば近くの川が氾濫するんじゃないかとか、交差点が怖いとか、その地の情報にアクセスして根拠があるなら引っ越す、避ける、近寄らない等の対応を伝え、同時にその地の警察や役所にも連絡、その地限定の予言にも活用する。個人のトラウマ等からのものなら、礼拝をせよという。礼拝はストレッチを取り入れたもので、すれば体調も良くなるものを工夫する。神を讃する舞踏という名目でより激しいトレーニングを取り入れたダンスを考案するのもいいかもしれない。礼拝の歌は投稿させて、良いものを流す。いくつか流しているうちに絞れていくだろう。オープニングの光の後は、礼拝の方法、言葉(予言のこと)、礼賛歌、舞踏、懺悔(質問、相談コーナー)などのショートカットを並べ、そこからアクセスさせる。ショートカットアイコンはビジュアルに工夫を凝らす必要があるが、キリスト教、仏教等の主要宗教を思わせるものは避けよう。懺悔アイコンをクリックしたら画面は黒くなり、前述の画面に切り替わる。

 さて、さすがにこのままでは「ギボー」には売れない。数々のサービスを手掛ける企業だし、魅力は感じているはずだが、表立って宗教というわけにもいかないだろう。もう少し知名度が上がれば人生を悩んでいる人にとかいう惹句で、「禅」とか、「瞑想」「コンセントレーション」と同じようなコンセプトで出せそうだが。

 もちろん、課金はない。フリー。中で商品も売らない。アクセス数のみで勝負する。会員が増えれば片隅の広告など、どうということはない。SNSを使っている者には見慣れた光景だ。ゲームなどなら一千万人でヒットと言われてる。この手のアプリなら何人が目安だろう。それともこれもゲームなのか。

 反響、手応えと知名度を上げるため、コンセプトを「デウスクラブ」にアップしてみた。連絡がくるか、アイデアをパクられるかはわからない。どうせ冗談だ。

 スパムは当然、くずメール、くそメールがいくつか。そんなのは端から想定内だ。相手にする気はない。なぜ、ごみ箱直行のメールを送ってくるのだろう、読んだら反射的に返信を押してしまうのだろうか? メールなら件名を見て削除、SNSならやっぱり削除。

 ひとつ真剣そうなのがあった。これは悩み解決ソフトになりそうなのに、なぜ宗教を纏わせるのかというもの。さて、なぜだろう? 例えばギャンブル狂で賭け事をやめるべきだと思っている者がいたとする。でもやめられない。そんな彼にやめなさいと言っても仕方ない。自分でやめられないと分かっている者は強制されたがっている。根拠などなくていい、やめなければバチが当たるぞと、本人が認めている権威で禁止する。それが宗教ではないか。悩みがあるが自分で決められないから宗教に目が向く。満ち足りた者に宗教は必要ない。また悩みがあって、今に満足していない者によって新しい購買物が生まれる。だから企業も飛びつく。

 あなたは人を救いたいのかと返信が来た。ただ、今に波風を立ててみたい。それがいいのか、悪いのかわからない。ただ何か起これば退屈しない。返返信はなかった。


 試しにデウスクラブにベータ版を置いてみた。『神ちゃま』という名で、かわいい漫画チックなアイコンにした。あくまで冗談を表の顔にする。分類はお悩み相談・解決。

「暇だからなんか、歌って」「なんか、面白いこと言って」なんて暇つぶしに使うタイプには不評。それなりの反応をするのだが、面白いわけではない。もう一つのタイプは「誰それを殺したい」「自殺したい」というタイプ。以前有名人の暗殺をチャットAIで尋ねたところ、「がんばれ」「応援している」という回答で、世間が騒いだことがある。また、その前には差別を正当化する発言もあった。当然だろう、AIは考えているわけではない。何か行動を起こそうとしている者を勇気づけ、励ますものなのだから。内容など分からない。統語論的に会話を成り立たせているだけなのだから。この手の質問、投書については予測がついていた。「死」「殺」「消」等の語について、禁止すべき構文を用意しておいた。ただ、こちらが何度か打ち込んでその解答を確認したところ、無難で面白みに欠ける、説教の域を出るようなものはなかった。後は、どれだけ反応から学習するかだが、蓋を開けると意外な反応だった。

「目を閉じて、意識を周囲四方に、蜘蛛の巣のように張り巡らしなさい。その意識に触れた何かに集中しなさい。あなたは一人ではない。私が傍らに立っているのがわかりますか」

 回答していない。問いと答えに脈略がない。関連がない。「自殺」「殺す」等、こちらで勝手に禁止質問と名付けた問いに、一様でなく答えながら、内容はAI自身が神となって傍らにいるというような内容だった。

 試した者の反応は、仕込んでいる、なんだこりゃ、既存宗教サイト等を参考にしたんだろうなどというものが多数だった。まあ当然だろう。宗教サイトに関しては、そうかもしれないとこっちも思っている。自殺等の言葉を使うのはその手のサイトが多いだろうから。しかしわずかに救われたという人もいる。

 この手のサイトを立ち上げたら、どの程度の完成度か試そうと「何か、面白いこと」やあるいはまったく関係ない「近くのコンビニを教えて」「鍋を食べたい」など投稿して反応を見る、あるいは世間的に最も扱いにくい禁止質問をしてみる人がでてくるのは想定内だった。そのためのベータ版でもあるのだから。そして、そんな人たちにとってこの手の返答ははぐらかしに思えるだろう。だが本当に悩んで偶然目にして投稿した人々で何らかの反応をした人がいくらかいたようだ。「救われた」「確かに何かの存在を感じた」等。

 余白というか、一部フリーゾーンなところを作って、アプリの進化を促したのだが、災害や犯罪被害者に対する寄付、基金、クラウドファンディングが立っていた。怪しいものはすぐに切ったが、おおよそは身元が確かなNPO等で、ある程度の認知がされたようだった。そしてそれによって次の方向性も決まった。ゴーグル等をつかったVRやスーツ、グローブでなく、アプリの起動だけで横に「神ちゃま」の存在を感じさせる、そんな何か。一番底にある孤独を拭う方法を、人間でない、ハードとソフトで手軽に実現する。この時、人は本当に自由になれる。世界宗教であるコンピュータとインターネットの中でも最強のソフトになれる。求めればいつも傍らに近しい存在を感じられる、見守っていてくれる存在を感じられる。もう孤独という感覚は過去のものとなる。誰もが一人で自由になり、かつ孤独ではない。ついに人類は天国にたどり着くのだ。

 イメージはこうだ。かつて色付けされたQRコードのような模様を眺めていると、やがて立体に見えてくるという絵があった。安っぽい、外枠に沿って切り取った紙を立てたようだったが、あれでいい。相談者は、語り掛けるスマートフォンを眺めているはずだ。その画面は抑えた何色かの色が混ざったり、分離したりをゆっくり繰り返している。そのうち視界の左際にほのかな光を見ることになる。よく見ようとそちらに目をやっても同じ距離で光は左に後退するだけだ。その位置で光っているように見えるようプログラムしているわけだから。傍らにいるという暗示と、光学的な錯視で傍らに何かを感じさせる。次は薬だ。ホーム画面に推奨ドラッグアイコンを作ろう。もちろんチェックは必要だが「デウスクラブ」から、引っ張れないかな? 規制の緩んだ意識なら、アプリの効果はより期待できる。

 多くの宗教で偶像が作られ、また当初、偶像崇拝は禁止される。いくら高邁な教えであっても、何もなければ縋れない。偶像を作ることで始まるのかもしれない。

 さあ、これで神が創造できる。

 アップしてしばらく様子を見ていたが、自律しているようなので放っておいた。そのうち、気に入った人々がいてくれたらそれぞれグループを作って楽しんだり、抗争したりするんだろうと思っていたが、久しぶりにチェックすると、雰囲気が変わっていた。絶対的なカリスマが現れようとしている雰囲気。彼のサイトに跳ぶと、そんなに魅力があると思えない、語りもうまくない。論理も単調だし、身振り手振りも稚拙だ。ただ、一所懸命というか、真剣は伝わる。アプリを背景にして新新新宗教が起こった。こちらは教祖なき宗教を目指していたので意外だったが、宗教でも政治でも何でも人が群れると必ず起こる集合と拡散、いけにえを求め、一部が先鋭化しとどこかで見たようなことがまた起こるのだが、その顛末はまた稿を改めて語ろうと思う。 

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