第81話 「馬鹿共を一網打尽にする」新九郎は奸臣の排除に乗り出した
「義兄上! 私の働きをご覧下さいましたか!?」
内習が終わり、丘の上に設けた桟敷まで報告に来たクリストフは、開口一番、笑顔で申した。
「もちろん見たぞ。命知らずな戦い方をするものよ」
「敵の首は拾うものではございません! 敵の首は獲るものにございます! 命を惜しんでは獲る事は覚束ません!」
「武士らしい物言いをするようになったわ」
「ありがとうございます!」
「お礼を言っている場合ではありません!」
笑顔で礼を申すクリストフに、ヨハンが割って入った。
「クリストフ様はブルームハルト家の跡継ぎなのですよ!? いくら軍事演習だからと言ってもあのような狂人じみた戦い方は――――」
「ヨハン、諦めるんだ」
「ヴィルヘルミナ様!? 何を仰います!?」
「シンクロー達の元へ来た時点で、遅かれ早かれこうなる事は分かっていた。狂人ならぬ狂戦士の集団に放り込まれるんだぞ?」
「あっ……。そ、それは…………そうでしたね……」
ミナの一言にヨハンはガックリと肩を落とした。
『ばあさあかあ』とは然程におかしな存在なのか?
ミナが詳しく申さぬから仔細が分からにぬままになっておったが、実の所、ひどく貶されていたのではあるまいか?
ふむ。
これはミナを問い質してみるしかあるまいな。
とは申せ、衆人の目がある場所では尋ねても遠い目をして話そうとはせん。
これは機会を設けて逃げ場をなくし、問い詰めるしかあるまいな。
それは兎も角、ミナもヨハンもクリストフも少し勘違いをしている。
俺がクリストフを手放しで褒めたとな。
確かに物言いが武士らしくなったとは申したが、話はそれで終わりではない。
ヨハンが割り込んできたせいで話が途切れてしまっただけだ。
ここは勘違いを正しておかねばなるまいな――――。
「クリストフ殿もまだまだですな」
「左様。藤佐の申す通りよな」
口を開きかけた時、東西両軍の大将、藤佐と隼人がようやく姿を見せた。
内習の終盤、乱戦のせいで多少の手傷を負ったと聞いておったが、魔法で治したのであろう。
どこかしら傷を庇う仕草はない。
代わりに陣羽織は泥や砂で汚れ、兜の前立も少し曲がっている様だ。
ひどい姿のまま訳知り顔で頷く二人に対し、クリストフは眉根を寄せた。
「あの……それはどういう意味です? 義兄上は私をお褒め下さいましたよ? 武士らしい物言いをするようになったと……」
「よくお考えなさい。若はクリストフ殿の物言いをお褒めになられたのでござりますぞ?」
「左様。戦いぶりは褒めておりませんな」
「そんな!? 屁理屈みたいな事を――――」
「ふむ。藤佐と隼人の申す通りだ」
「義兄上!?」
クリストフは心外だと言わんばかりの顔になる。
ミナとヨハンも意外そうに目を丸くした。
「よく考えてみよ。此度の内習、俺は何を目的に開いたものだ?」
「……家臣達の気の緩みを正すため、です」
「左様。気の緩みを正そうと思えば、多少の荒療治もやむを得ぬ。故に九州衆には『好きにやれ。無茶をやれ』と命じた。そうだな隼人?」
「はっ! 若の命がなくば、大将が馬廻を率いて敵陣へ突撃など致しませぬ。戦は元より、内習におきましても同様に」
「馬廻が敵に向かって突撃なぞ、本陣が崩れるに等しき事。本陣が崩れるは負け戦ぞ?」
「それは……」
「クリストフよ、お主が申すべきは『首を獲った』ではない。『敵の心胆を寒からしめてご覧に入れました』だ。それが此度の内習において最大の手柄。首取り大いに結構。然れど時と場合による。己の置かれた状況をよくよく考える事だ」
「はっ……。お恥ずかしい真似を致しました。私は周りが見えておりませんでした」
肩を落とし、項垂れるクリストフ。
「気を落とすな。お主の働きで我が家臣の気も引き締まったであろう。何せ己の大将を討ち取られたのだからな」
「若の仰る通りでござります。東軍は奉行衆から馬の口取りに至るまで、悉く己の油断に恥じ入っております」
「そう言う事だ。内習は学びの場。此度学んで、次に活かせば良い。己の成すべき事を、しっかと見極めよ」
「また機会をいただけるのですか?」
「無論。期待しておるぞ?」
「はいっ!」
クリストフに笑顔が戻る。
ミナが呟いた。
「単に首を追い求めるだけではない……。理性を持って狂っている……。知能ある狂戦士か……。何て恐ろしい存在なんだ……」
「おいミナ。お主、相当に酷い事を申しておらんだろうな?」
「ほっほっほ。ご立派な大将振りにござりますなぁ」
いつの間にか丹波の奴めが背後に立っておった。
このクソ爺!
気配を消して近付きよったな!?
まあ良い。
丁度申したき事があったのだ!
「丹波っ! 勝手に内習に加わったな!?」
「おお恐い。年寄りには優しくしていただかねば……」
「何が年寄りだ!」
「加治田様にはお許しをいただいたのでござりますがのう?」
「藤佐!」
「お、お許しください。丹波様のお願いともなりますと、どうにも断り切れず……」
「新九郎! 器の小さい事を申すものじゃありません!」
「まったくじゃ。家臣には度量の大きな事を見せるものじゃぞ?」
「とても見応えのある一騎討ちでしたけど……」
「母上!? 利暁の伯父上に辺境伯夫人まで!?」
宴会で盛り上がっていたはずの三人がこちらにやって来た。
丹波めが「ほっほ」と笑った。
こ奴め……三人と誘い合わせてこちらに来たな!?
何と用意周到な…………。
「おや? 皆様お揃いでしたか」
弾正が何時になくホクホクした顔でやって来た。
後ろに引き連れた家臣達は銭で一杯になったザルを抱えている。
ミナとヨハンが不思議そうに「その大金はどうしたのか?」と尋ねる。
「見物の衆から見物料を徴収して参りました」
「見物料!? ぐ、軍事演習を見世物にしていたのか!?」
「無論にござります。見せるからには、取れるものを取らずに何としますか?」
「しかし軍事演習で商売とは……」
「詰まらぬ事に拘ってはなりませぬ。内習も只ではないのですから。働きの良き者には褒美を与えねばなりませぬし、火薬も盛大に使ったのですから」
弾正が河原を指差す。
そこでは、クリスや魔法師の冒険者が手傷を負った兵らを治して回っていた。
内習で無茶が出来たのも、手負いの者をすぐに治せるからこそだ。
手傷が治ると思えばこそ、兵らも無茶が出来ると申す者。
あのクリス達には褒美を弾んでやらねばなるまいな。
弾正から滾々と説明され、ミナとヨハンはもはやぐうの音も出ない。
「で? 如何程になった?」
「見物人からは一人十文、物売りをしていた者からは一人三十文を取り立ててござります。見物の衆は二千人ばかりおりましたから、此度の儲けは合わせて二万文は下らぬかと」
「あの……ちょっとお尋ねしても?」
「辺境伯夫人?」
「二万モンは、こちらのお金に換算するといくらになるのですか?」
「銅貨二万枚と言ったところですな」
「まあ……本当に? ネッカーでもやりません?」
「お母様!? 正気ですか!?」
「え? お……おほほほほ……。冗談ですよ?」
「本当でしょうね?」
いや、あれは本気だな。
ミナ達が揉めておる内に、弾正はスッと俺に近付き、耳元で囁いた。
「……ネッカーより知らせが」
「申せ」
「阿呆共が罠に掛かりました」
「掛ったか。分かりやすい者共め。俺が三野へ戻った途端にこれか」
「はっ。ですが好都合にて」
「左馬助は?」
「内習に加えなかった者共に出陣の準備をさせております」
内習に参じたのは東軍六百人、西軍六百人、合わせて千二百人。
対して、九州衆が異界へやってきた今、斎藤家は二千を超える兵を用意出来る。
これに備えて兵の半分近くはいつでも動けるようにしておいたのだ。
「やるぞ。馬鹿共を一網打尽にする」
「心得ております」
奸臣共を掃除する時が来た。
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