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第77話 「日ノ本の最果て化外の地の者共!」美濃衆は九州衆を挑発した

「え? え? えっ!? ぼ、棒が伸びたぞ!?」


 一騎打ちの顛末(てんまつ)を見届けたミナは、抗議するように声を上げた。


 辺境伯夫人は「あらまあ」と呆気にとられ、ヨハンは開いた口が塞がらずに愕然としておる。


「何を驚くことがある? 丹波のクソ爺ならあの程度は仕込んでいそうなものではないか」


「私が言いたいのはそこじゃない! あれでは騙し討ちみたいなものじゃないか!? クリストフ殿は正々堂々たる一騎打ちを望んでいたはず!」


「そろそろ日ノ本の事を理解したかと思ったが、まだまだ甘いな」


「甘い?」


「左様。これは戦の内習(うちならい)だぞ? 戦に正々堂々もへったくれもあるものか。一騎打ちとてそれは同じ。戦場で尋常なる勝負など望むべくもない。生真面目に尋常な勝負を求めたが最後、犬死にするだけだ」


「うっ……それは……」


「勝たねば何も得られず、守れもせん。お主は痛いほど分かっておろう?」


「……!」


「故にこそ、犬よ畜生よと(そし)られようとも勝つ事こそ武士の本分。そして武士の嘘をば武略と申すのだ。敵を騙し、罠にはめる事も立派な策よ」


 おそらく、クリストフは丹波が何事か企んでいる事は気付いていたであろう。


 丹波の言動が己に対する挑発であることも自覚し、(はや)らず慎重に事に臨もうした。


 刀を持つのは難儀だの、馬の揺れは腰に来るだのと、挑発の一環とも思える丹波の言動にも冷静さを保とうとしたはずだ。


 そしてこう考えたに違いない。


 この年寄は自分を馬から下ろそうとしているのか?


 ならば、あ奴の行動も言動も罠。


 このまま馬に乗って戦うべきだと。


 それこそが丹波の狙いとも知らずに。


 馬はまっしぐらに疾走を始めれば急に方向を変える事は出来ぬ。


 敵が勝手に己の方に向かって来るのだ。


 あとは最小限の動きで仕込み棒にて打ち据えてやればクリストフを落馬させることが出来る。


「騙し切った丹波が上手(うわて)であった。あ奴を褒めるのは(しゃく)(さわ)るがな」


 ミナは分かったような、認めたくないような顔をしていたが、辺境伯夫人やヨハンは厳しい表情ながらも小さく頷いた。


「さて、それはそうとクリストフは大事ないかのう? 派手に落馬しおったが……」


 目を転じてみると、丹波がクリストフに何やら話し掛けている。


 クリストフは起き上がれないようだが、問い掛けには応じていた。


 大したことはないのかもしれぬが――――。


「――――クリス! 出番だぞ! いつまで呆けておるか!? ハンナ! お主ら冒険者もだ!」


「ブツブツブツ…………へ?」


「あ、あたし達もですか!?」


「お主らを連れて来たのは内習(うちならい)を見せる為だけではない! 手負いが出た時に治癒の魔法で手当てをさせる為だぞ!? 己の役目を忘れてはおらんだろうな?」


 睨みを利かせてやると、クリスもハンナも跳ね起きるように立ち上がった。


「わ、分かったわよぉ!」


「い、行ってきます!」


「さあ走れ! さあ急げ! 働きの目覚ましい者には褒美を遣わすぞ!」


「ご褒美!?」


「行ってきます!」


 調子の良い奴らだ。


 まあいい。


 此度の内習(うちならい)は手負いが山と出そうだからな。


 やる気になってもらうに越したことはない。


「ちょっと新九郎!?」


 母上が小声で俺の袖を引く。


女子(おなご)にはもっと優しくなさい! ミナ様に見放されますよ!? 嫌われますよ!?」


「嫌われるほど邪険にしたつもりも、粗略に扱ったつもりもないが……」


「お黙り! いいですか――――」


「まあまあ(みどり)殿。そのくらいで……」


「え? まあ! 義兄上(あにうえ)様!?」


「おお! 利暁(りぎょう)の伯父上! ようやく参ったか!」


 法衣姿の伯父上が伏龍寺の坊主達を引き連れてやって来た。


 坊主達は手際よく毛氈(もうせん)を敷き、酒やら餅やらを準備し始める。


 こ奴らだけではない。


 城下の方から町の衆や周辺の村人達が陸続(りくぞく)と列をなし、河原を取り巻くようにして集まり始めた。


 誰も彼もが思い思いに(むしろ)を敷いて陣取っている。


 漬物や味噌を肴に酒盛りを始める者もいれば、茶や菓子を売る商人の姿まである。


 突然現れた大勢の人だかりに、ミナ達異界の衆は目を白黒させている。


「シ、シンクロー? この人達は一体……」


内習(うちならい)を見物に来た者達だ」


「見物!? 軍事演習を民に見せるのか!? その……重要な機密ではないのか!?」


「遮る物が無い河原で内習(うちならい)をやっておるだ。それも千人を超える人数でな。隠そうとしても隠し切れるものではなかろう?」


「それはそうだが……」


「戦国乱世の日ノ本においては、それこそ物心つかぬ幼い童まで戦の作法を存じておる。今更必死に隠しても仕方がない。陣立(じんだて)軍役(ぐんやく)も調べようと思えばいくらでも調べがつくしな。ならばいっその事、大っぴらに見せてやればよい。日々忙しく働く者共の良き息抜きとなろう」


「息抜き?」


「酒盛りをしている連中を見れば一目瞭然であろう?」


「……返す言葉もないな」


「日ノ本では本物の戦でさえも見物して酒の肴にしてやろうという豪の者もおるからな」


「……よくよく考えれば、ただの村人が尋常ではない武力を有している世界だったな。私はつくづく考えが甘かった。異世界はサムライ以外も狂戦士(バーサーカー)だ」


「またそれか……。さて置き、此度の内習(うちならい)は急に決めた故、あまり人は集まらぬかと思っておったが……」


「町の衆も村の衆も、若様が祭を開いて下さったと大喜びよ。朝の内に一日の仕事を終わらせて急いで駆け付けたんじゃからのう。良き鬱憤(うっぷん)()らしとなろう」


「坊主が読経(どきょう)をほったらかして見物に来るくらいだ。町や村の衆なら当然来るか」


「失敬な! ちゃんと一日分の読経は済ませて来たぞ!」


「読経はまとめて済ませるものではなかろうに……」


御仏(みほとけ)もお目溢し下さるわ」


「坊主が酒を飲む事もか?」


「儂は日頃の行いが良いからのう」


「己で言う事か?」


 横ではミナが「聖職者とは一体……」と呟いていた。


 河原の方ではクリストフが手当てを受けて運び出されていく。


 すると東軍から馬上が一騎進み出た。


 徒歩(かち)奉行の浅利(あさり)式部(しきぶ)だ。


「丹波様が九州勢に目に物を見せたぞ! 緒戦は我らの勝ちじゃ!」


 東軍から(とき)の声が起こる。


 大将の藤佐(とうざ)が丹波を出迎えつつ、扇を振るって「えいえい!」とやっておる。


 次いで西軍からも馬上が一騎進み出る。


 こちらも徒歩(かち)奉行の菊池(きくち)肥後守(ひごのかみ)だ。


「ブルームハルト殿が見事に散ったぞ! 復仇(ふっきゅう)じゃ! 敵討ちじゃ!」


 死んではおらんのだがな。


 左様な話はお構いなしに、西軍からも(とき)の声が起こる。


 長井隼人が藤佐に負けじと扇を振るう。


 さて双方の先手(さきて)共が大声を張り上げ始めたならば、そろそろアレの始まりだ。


「復仇とはよくぞ抜かした! 日ノ本の最果て化外(けがい)の地の者共が偉そうにほざいたわ!」


と、浅利が悪口(あっこう)()てば、


「海を知らぬ山犬共! 己が井の中の蛙と知るがよい! 負け犬の遠吠え、美濃の地に響かせてやろうぞ!」


と、菊池は雑言(ぞうごん)で応じる。


 両軍の徒歩衆は、奉行の悪口雑言に合わせて拍子木(ひょうしぎ)を鳴らし、置楯を叩き、盛んに(はや)し立てた。


 ミナが「あれはまさか……」と俺に問うた。


「言葉戦い……か?」


「左様。ネッカーの戦でお主が大いに活躍したアレだ」


「ううう……。恥ずかしい記憶が甦ってきた……」


「よく聞いておけよ? またやってもらうからな?」


「か、勘弁してくれ……」


 浅利と菊池の言葉戦いはまだ続いている。


 だが戦いの終わりを待たず、両軍の先手(さきて)はジワリと動き出そうとしていた。


 さあ、戦だ。

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― 新着の感想 ―
[一言]  言葉合戦は割と禁止されている家中も多かったそうですが、ここの斎藤家は結構盛んに行う家柄なのですね。  異世界勢にはかなり厳しそうな相手です。
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