第73.5話 ヴィルヘルミナの独白 その捌
「クリスちゃん元気かなぁ……?」
焼き菓子を口に入れつつ、溜息をつくクリス。
同じく焼き菓子をパクパクと口に入れていた、ハンナが茶々を入れた。
「クリスティーネさんがクリストフ様をクリスって呼んだら分かりにく過ぎですって!」
「よねぇ? キャラが被ってるわよねぇ?」
「いやいや。それはないですよ。だってあっちはまともそうな人でしたし」
「ちょっとぉ? それってどういう意味かしらぁ?」
「あ、あはははは……。じょ、冗談ですよ!」
「まったくぅ……」
「ところでどうしてそんなに心配してるんですか? 別に知り合いって訳じゃ無いでしょう? ヴィルヘルミナ様だってこの前会ったのが初めてだって。ですよね?」
「ん? ああ、そうだな。クリスの場合は心配と言うよりか――――」
「あ~あ! 可愛い美少年を愛でるチャンスがぁ!!!!!」
「――――と、言う訳だ」
「クリスさんって年下趣味なんですか? って言うか度が過ぎてる感じが……。正直言ってちょっと引きます」
「ち、違うわよぉ! アタシは小さくて可愛いものが好きなだけ!」
「にしては言い方が気になりますよ。何ですか? 『可愛い美少年を愛でる』って? 絶対に邪な何かを含んでますよ」
「ひ、人聞きが悪い事言わないでよぉ! ヴィルヘルミナも何とか言ってよぉ!」
「シンクローの弟や妹達はクリスに寄り付こうともしなかった。隠そうとしても分かるものなのだろう」
「うわぁ……。小さければ男も女もお構いなしですか?」
「ち、違うよぉ! アタシは小さくて可愛いものを可愛がりたいだけだもん! 純粋な心で愛でたいだけだもん!」
「…………ふぅん?」
「…………そうか?」
「ちょ……! ヴィルヘルミナまで疑うの!?」
クリスはともかくとして、私もクリストフ殿の事は気になっている。
ブルームハルト子爵の目から隠すため、クリストフ殿はミノで匿われる事となった。
それは分かる。
分からないのはクリストフ殿の態度だ。
どこか憑き物が落ちたような、あのスッキリした顔は何だったんだろう?
シンクローの元で学びたいと言っていた割に、傍から離れる事となると言うのに態度も素直過ぎるように感じた。
シンクローはクリストフ殿に何か言い含めたんだろうか――――。
「もういいわぁ! こうなったらやけ食いしてやるからぁ!」
私やハンナが聞く耳を持つつもりが無いと思ったのか、クリスは皿の上の焼き菓子を次から次へと口の中へ放り込み…………放り込み過ぎて喉を詰まらせ、慌ててお茶で流し込んだ。
「げほっ! げほっ! し、死ぬかと思ったぁ……」
「落ち着いて下さいよ。せっかく美味しいお菓子なんですから」
「そうだぞ。もっと味わって食べるべきだ」
「あ、あなた達ねぇ……」
「初めて食べましたけど本当に美味しいですよね。香ばしくて、焼き目がついたところはカリカリしてて……それでいて中はモチモチしてて……。異世界のお菓子なんですよね?」
「『ソバヤキ』と言うらしい。シンクローの家臣達が裾分けだと持ってきてくれてな」
「これってどうやって作るんでしょうか? うちの家族にも食べさせてあげたいんですけど――――」
「――――簡単でございますよ?」
唐突な声に振り向くと、ヤチヨ殿が扉を開けて部屋へ入って来た。
「蕎麦粉をお湯で練り、薄く平らに丸く伸ばして焼き上げるのです。焼き上がった後は味噌を塗り、ネギをふりかけ、食べやすい形に折り畳んでいただきます」
「ソバコ? ソバコって何です? 何かの粉ですか?」
「こちらには蕎麦がないのですか?」
「う~ん……あたしは覚えがないですね」
「私もないな」
「左様ですか。でしたら、三野から送ってもらいましょうか?」
「えっ!? 本当ですか!?」
「いいのかヤチヨ殿? これほど美味なものが作れるのだ。貴重な品では?」
「いいえ。蕎麦はやせた土地でもよく育つ、ありふれた作物ですよ。かつて望月家の本領がございました信濃では、米や麦の代わりによく食べられております」
ソバについて説明するヤチヨ殿。
その横で、ハンナがポツリと呟いた。
「でも、この味って味噌の味だったんだ……」
「如何なさいましたか?」
「前に味噌を出された時は食べなかったんですよ。ほら、見た目がウ――――」
「ハンナ様? それ以上は許しませんよ?」
ヤチヨ殿は目にも止まらぬ速さでハンナに近付き、喉元に『クナイ』と言うらしい武器を突き付けた。
「異界の方々には困ったものです。味噌の事を下肥とでもお思いなのかしら?」
「ヤ、ヤチヨさん? それってほとんど答えているようなものじゃ……」
「何か?」
「ひっ、ひいいいいっ! 何でもありませんっ!」
『クナイ』をぐいぐいと押し込まれたハンナは必死の形相で謝るが、嗜虐心を刺激されたらしいヤチヨ殿は「うふふふ……」と笑いながら『クナイ』を押し込むのを止めようとしない。
…………仕方ない。
「そ、そう言えばヤチヨ殿? 味噌の代わりに蜂蜜を塗ったり果物を挟んだりしてみたのだが、そちらの方もなかなか美味だぞ!」
「まあ……。そうでしたか?」
興味を惹かれたらしく、ヤチヨ殿はあっさりとハンナを解放した。
「味噌だけでは飽きが来るだろう? 一つどうだ?」
「はい、いただきます。…………確かに美味でございますね」
「だろう?」
「これは是非ともお方様にお伝えしませんと。きっとお褒め下さります――――ところでクリス様?」
「は、はひっ!」
「どちらに行かれるおつもりなのでしょう?」
ヤチヨ殿と話している間に、クリスはいつのまにか卓を離れ、扉へ近付こうとしていた。
「い、いや……これは……その……」
「八千代がこちらへ参りました意味……分からないとは言わせませんよ?」
「だ、だってぇ! もう疲れたんだもん! 翻訳魔法の指輪ばっかり毎日毎日!」
「代金はきちんとお支払いしているはず。無理な働かせ方もしていないはずですよ?」
「アタシは魔道具師なのよぉ!? 同じものばっかり作ってちゃ腕が落ちるもん! たまには違うものも作りたいんだもん!」
「ご自分で受けたお仕事でしょう? 納期も守っていただかないと」
「どうして異世界人ってノーキにこだわるの!? ノーキ、ノーキって!」
「聞き分けのないお方ですね……。また、松永様に言い付けますよ?」
「…………え?」
「松永様は納期に大変お厳しいお方。斎藤家の財布を預かる御蔵奉行でいらっしゃるからそれも当然ですね。そして松永様がクリス様の体たらくを察知されたが最後。依頼した品を納品いただくまで座敷牢に籠っていただく事となります。クリス様には前科がございますから、今度はより厳しく押し込められましょうね? それでよろしいのですか?」
「う……うううう……」
「さあ、八千代が優しく申している間に参りましょう?」
「い、いやっ! いやよっ! アタシは絶対にここから逃げて――――」
「聞き分けの無い方」
「――――ぐふっ!?」
「では失礼致します」
ヤチヨ殿はぐったりしたクリスを小脇に抱えて部屋を出ていく。
女性の身でクリスを軽々と……だと?
本当にヤチヨ殿は底が知れない……。
ハンナと一緒にクリスの無事を祈って手を合わせた。
「クリスはまたぞろ何かやらかしおったか?」
ヤチヨ殿と入れ替わりにシンクローが部屋にやって来た。
卓の上の『ソバヤキ』をヒョイと摘まむ。
「お? 珍しいものを塗っているな? 蜂蜜か?」
「味噌以外も試してみたくなってな」
「なかなか良い。母上にも知らせておかねばな。知らせずば後が怖い」
ヤチヨ殿と同じことを口にする。
動機は全く異なるようだが……。
「ああそうだ。すっかり忘れておった。二、三日の内に三野へ参る。お主らも同行せよ」
「ミノへ? クリストフ殿の様子でも見に行くのか?」
「それもあるが、そろそろ内習をしておこうと思ってな」
「ウチナライ? 何だそれは?」
シンクローの話を聞く内に、「ウチナライ」は異界の軍事演習である事が分かった。
「異界の軍事演習……興味深いな。是非とも見てみたい!」
「お主なら左様に申すと思ったわ」
「でもシンクロー様。そんな大事なもの、あたし達も見て良いんですか?」
「互いの戦い方が分かっておらねば戦にならん。共に戦ったのはネッカーの戦の一度だけであろう? これではまるで足りぬ」
「なるほど……」
「私達の為にわざわざ軍事演習を見せてくれるのか?」
「もちろんそれもある。それもあるが、ゲルトめが弱過ぎた」
シンクローは腕を組んで溜息をついた。
「あれでは家臣達が弛んでしまう。異界の軍勢を舐めて掛かるかもしれん。それはまずい。九州衆も異界に慣れて来たようだし、ここで一つ気合を入れ直す」
「とてもそうとは思えないぞ? 狂戦士が弛むなんてあり得ない」
「またそれか……異界の言葉はよく分からん。兎に角だ、勝って兜の緒を締めよ、と申すであろう?」
「いや……聞いた事のない言い回しだが……」
こうして私達はミノへ赴くこととなった。
そこで待ち受けるのが、軍事演習とは名ばかりの狂戦士の狂宴とも知らずに……。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
連載は続きます。
またお越しを心よりお待ち申し上げております!