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第69話 「あの白い粉は……!」新九郎は『薬』の原料を手に入れた

「この紙……初めて見る材質ですね……」


 マルティンが呟くと、ケーラーとモールも頷いた。


「こんなに白い紙は初めてです。光沢もありますね……」


「厚さもありますし、丈夫そうです。羊皮や草が原料では、こうはいきません」


 興味津々で「これは何だ?」と目が問うておる。


「三野で作った奉書(ほうしょ)と申す紙だ」


「ホーショ? どのように作るのですか?」


(こうぞ)と申す木の皮を()いて作るのだ」


「木で作るのですか!?」


「皮もそれなりの堅さがありますぞ!」


「いや、お待ちを。我らも草で紙を作るのですから、木の皮もやって出来ないことはないのでは?」


 三人して紙についてあれこれと話し始める。


 辺境伯の奥方やベンノもそうだったが、異界では日ノ本以上に紙が貴重品。


 左様な所に白く丈夫な紙が持ち込まれたとあっては、商人達は黙っておれぬのだろう。


 とは申せ――――。


「盛り上がっておる所で済まぬな、今は紙より書状の中身だ」


「はっ! そ、そうでしたね!」


「我々としたことが……。ねえ? モールさん?」


「全くですねケーラーさん。お恥ずかしい姿をお見せしました……」


 互いに譲り合った末、マルティンが書状を手に取り広げた。


 残った二人は横合いから覗き込む。


 書状の末尾まで目を通した後、三人して何度も読み返した。


 マルティンが愕然と顔を上げる。


「……こ、これは本当なのですか?」


「おや? 何に驚く。お主は色々と知っておるのであろう?」


 笑いながら返してやると、マルティンは「さすがにご命令の中身までは……」と首を振った。


「ネッカーの税免除に……領内全域の通行税を免除? 本当におやりになるので?」


「やる。辺境伯も御同意下された」


「向こう一年とは言え……このように大胆な……」


「我が故国(ここく)では珍しい事ではない。酷い戦や天災に遭った民は弱ろう? 弱った民から搾り取っても(ろく)なことはない。ゲルトの悪政は二十年に渡った。悪政ももまた、戦や天災の如く民を弱らせる。ならば、あ奴を排した今こそ民を安んずる時だ」


「故国……。異世界の事でしょうか?」


 マルティンが左様に申すと、ケーラーとモールも頷いた。


「評定に集まった寄騎貴族や家臣達はまるで信じておらなんだが、お主らは信ずるか?」


「ビーナウもネッカーと同様に大きな地震に見舞われました。ネッカー川の対岸には霧が立ち込め、それが晴れるや見知らぬ山々が現れる瞬間も目にしております。人智が及ばぬとは、あの光景を差して言うのでしょう。それに加えて冒険者達の話、そしてこの紙です」


「手前はまだ半信半疑ですが、サイトー様とお話をする内に疑う心が薄れてきましたよ。モールさんは如何(いかが)です?」


「ケーラーさんに同感ですな。サイトー様はこちらの貴族や役人とは全く異なる価値観をお持ちのご様子。少なくとも、あの方々と同列には考えぬ方がよろしいでしょう」


「しかし、サイトー様はお人が悪いようで……」


「ですな」


「全くです」


「人が悪い? はて? 何の事であろうか? とんと心当たりがない」


「お惚けになる事はありません。我々には分かっておりますよ。この書状は罠なのでしょう?」


「サイトー様に従う意思のない方々はご命令を守らぬでしょう。しかし破ったが最後。サイトー様は辺境伯様に全権を委ねられた陣代。そのご命令に背くことは辺境伯様への反逆に等しいものです」


「これを前もって領内の隅々に知らせておけば、誰が不義不忠を働く者か一目瞭然。ご命令を破った方々の信頼と名誉は地に落ちるでしょう。ゲルトと同じく、辺境伯様や民を蔑ろにする者に違いないと。はてさて、一体何人がこれに気付くやら」


「下々にばら撒かれた反故(ほご)に過ぎないと軽く見るのではありませんか?」


「あり得る。シュライヤーさんに賛成です」


「これでは一網打尽かもしれませんなぁ」


 この商人共、僅かな手掛かりで俺の意図をほとんど言い当てよったわ。


 食えぬ者共だが、味方に出来れば心強そうだ。


「で? お主らはどうするつもりだ? 味方に付くか? 敵になるか? それともどちらにも付かぬか?」


 問い掛けには答えず、逆に問い返した。


 三人は顔を見合わせると、小さく頷き合った。


「……とりあえず商いを致しましょうか?」


「何だと?」


「我々は商人。良き商いが出来ぬお方は信用出来ません」


「サイトー様とは、まだ何も取引をしていませんから」


「まずは利を産んでから。お味方云々はその後、ですね」


「くっくっく……。そうよな。よう申した! それでこそ商人よ! 商いが下手くそな者の味方には付けぬわな!」


「恐れ入ります……」


「では商いの話と参ろうか。おい、弾正(だんじょう)


「ははっ」


 弾正が商人達の前に出る。


 領内の銭と物の流れを最もよく存じておるのは御蔵奉行の弾正だからな。


 買い入れたい品々とその量を次々と挙げていく。


 そして売りたい品々も、だな。


 三野は紙や焼物が名産。


 加えて、豊かな山々を(よう)する故、良質の材木を調達する事も容易だ。


 刀も買うかと抜いてみせると、「こんな剣は見たことがない!」と奪い合いになりかけた。


 スライムを養殖していると申した時には、「あの恐ろしい魔物を!?」と、さしもの商人達も腰を抜かした。


 試しに飲ませてみようと持ち込んだスライムの粉末だけは、しっかと手に握っておったがな。


 商売の種が数多(あまた)転がっていると見たのか、三人の態度は和らぎ、口も滑らかなになる。


 すかさず弾正が口を挟んだ。


「実は塩と鉛の調達を急いでおります。すぐにでも買い入れたいのですが、何とかなりませぬか?」


「塩と鉛なら、シュライヤーさんがお得意の品々ですね」


「そうなのか? マルティン?」


「はい。当店は鉱物や金属を得意としております。塩も鉛も鉱物ですので……」


「鉱物? 鉛は兎も角、塩が鉱物だと? 塩は海から採るものではないのか?」


「異世界には岩塩がないのか?」


 ミナが不思議そうに尋ねる。


「『がんえん』? 何だそれは?」


「鉱山から塩の塊が採掘出来るんだ。海の塩とは違って岩のような姿形をしているから岩塩と言う」


「岩の様な塩だと? 本当なのか?」


 左馬助や弾正、八千代も「我らも存じません……」と首を振る。


「マルティン、岩塩の在庫はないか? シンクロー達に見せてやってくれ」


「もちろんです。さあ、ご案内しましょう」


 マルティンの案内で店の裏手に回ると、石造りの倉が十近くも立ち並んでいる。


 真ん中辺りの倉の前では、岩の如き見た目の白い塊が山積みにされており、人夫達が次々と倉の中へと運び入れていた。


「これが塩だと?」


「味見してみますか?」


 マルティンは手近な岩塩を槌で叩いて砕くと、小さな欠片を俺に手渡した。


「おお……塩辛い! 塩辛いぞ!」


「ならば手前も……」


「わたしも味見を……」


「八千代もいただきとうござります……」


 左馬助、弾正、八千代も次々と岩塩を口に入れ、一様に「塩辛い!」と口にした。


「驚いたのう……。山で塩が採れるとは……。異界に参ってからこの方、魔法の次に驚いたぞ」


「魔法の次だって? 魔物はどうした?」


「あんなもの見た目が不気味なだけよ。手癖の悪い猿や暴れ猪に毛が生えたようなものではないか。岩塩に比べれば大したことはない」


「いや、その感覚は絶対におかしいと思う……」


 俺の答えにミナは納得いかないらしい。


 仕方がないではないか。


 左様としか思えんのだからのう。


 ほれ。左馬助も弾正も、八千代や源五郎達も頷いておるぞ?


「しかし、鉱物が得意と申すだけあって岩塩以外にも色々とあるな。あちらの黒い石は何だ?」


「あれは燧石(ひうちいし)に使うものです。ご覧になりますか?」


 マルティンが店の者に命じて石を打たせる。


 軽く打ち付けただけにもかかわらず、派手に火花が散った。


「これはすごい……。日ノ本の燧石より相当に火付きが良いな」


 そう言えば…………南蛮には、火縄の代わりに燧石を叩き付けて点火する鉄砲があると聞く。


 日ノ本でも燧石の鉄砲を作ろうした者がいたそうだが、試みは失敗したらしい。


 そもそもの話、日ノ本の燧石は南蛮のものと比べて火付きが悪い。


 その上、点火の為に燧石を叩き付けると殊の外大きな衝撃が生じ、狙いが大いにぶれてしまう。


 (ゆえ)に、これでは使い物にならんと堺や国友の鉄砲鍛冶さえ(さじ)を投げた。


 だが、異界の燧石なら上手くいくかもしれんな――――。


「――――ん? あれは何だ?」


 一番端の倉の前に並んだ樽。


 内一つの蓋が外れ、中から塩の様な白い粉がこぼれ出ていた。


 樽の数は二十以上はありそうだが、中身は全て同じなのだろうか?


「マルティン。あれは何だ? 海の塩のようにも見えるが……」


「ああ……。あれも鉱物です。南方の雨が少ない地方で採れるもので、肥料に使うのですが……」


 何となく歯切れが悪い。


 尋ねてみると「これは売れる!」と考えて仕入れたは良いものの、買い手が全く付かないらしい。


 付き合いのある百姓に勧めてみても、こんな白い粉を撒いたところで何になるのかと門前払い。


 おまけに、妻のカサンドラには「いい加減な仕入れをして!」と叱られ、困り果てていた。


「鉱山から肥やしが採れるとは面白い。あれも見せてくれ」


「もちろんです。ただし燧石はこちらに。あれは火が着くと手が付けられませんので」


「何? 火が着くとな?」


 不思議に思いつつ、白い肥やしを見る為に樽の山へと近付いた。


 白い肥やしが近付くに連れ、どうも見覚えがあるような気がしてきた。


 左馬助は「おや?」と何かに気付き、弾正が「もしや……」と息を飲み、八千代は「本当に……?」と疑わしそうな顔をした。


 だが、白い肥やしを手に取ってみると、もう間違いはなかった。


 鉄砲が得意な根来杉ノ介が「若っ!」と声を上げた。


「……くっくっく」


「ど、どうしたんだ? シンクロー?」


「サイトー様?」


「マルティン。買い手が付かずに困っていると申したな?」


「え? ええ……」


「この肥やし、俺が全て買い取ってやる」


「は? ほ、本当でございますか!?」


「真だ」


 マルティンが小躍りして喜び、ケーラーやモールが目を丸くする横で、俺も家臣達もにやけそうになる顔を必死に押さえていた。


 ()もありなん。


 この白い肥やしこそ、日ノ本の大名(だいみょう)小名(しょうみょう)が先を争って買い求めた火薬の原料――――硝石(しょうせき)に違いなかったのだから。


 ミナが小さな声で呟いた。


 シンクロー、また悪い顔をしているぞ、と。


「おっと。一つ忘れていた」


 小躍りするマルティンに話し掛ける。


「ついでに野暮用(やぼよう)を頼みたい」


「ええ! ええ! 何なりと仰ってください!」


「この種をビーナウに植えてくれぬか?」


「これは……木の種、でしょうか?」


「そうだ。俺が立ち寄る場所には隈なく撒けと言われておってな。どうしても撒かねばならん。なるべく広い場所で、周囲の人家に迷惑とならぬ場所に頼む」


「はあ? それくらいはお安い御用ですが……」


 十日ばかり後、泡を食った書状がマルティンから届いた。

読者のみなさまへ


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 連載は続きます。

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