第65話 「この現実を受け止められない……!」ミナは新九郎の元を去った
「然らば申し上げます……」
源五郎は悲壮な顔付きで俺を見る。
「ビーナウへの御出馬に……何卒我らの同道をお許しください!」
申すや否や、六人揃って床に擦り付けんばかりに頭を下げた。
「ビーナウはネッカーより二里程度! 然り乍ら辺境伯のお力が未だ及ばぬ地! 若に害を為さんと目論む輩がおらぬとも限りませぬ! 我ら六人いつでも若の御楯として散る覚悟にて! 何卒!」
「六人全てが駄目としても、せめて甚太郎、孫六郎、杉ノ介の三人はお連れ下さい!」
「甚太郎は淡路、孫六郎は讃岐、杉ノ介は紀伊の出なれば、海には慣れておりまする!」
「異界とは申せ、海と港の事なれば我らも多少のお役には立てるかと!」
「何卒!」
「伏してお願い申し上げまする!」
「いや、連れて行くぞ?」
「――――どうか! …………は? い、今何と!?」
「いや、だから連れて行くぞ?」
「真にござりますか!?」
「真も何も、旅支度をしておくように命じたであろうが」
「そ、そうだったのでござりますか!? 我らはてっきり竹腰様と同じく村々へ遣わされるものとばかり……」
「お主らが申したように、何処に不届者がおるやもしれぬ。近習のお主らを連れ歩くのは当然であろう。むしろ何故同道させぬなどと思ったのだ?」
「それは……」
「その……」
「何だ? はっきりせんか!」
強く促すと、源五郎が他の五人に「お前が言え」とばかりに視線を向けられ、仕方がなさそうに口を開いた。
「わ、若は……異界に来られてから望月様のみをお側に置いておられたので……」
「ふむ? それは急を要する儀ばかり起きて、あちこち走り回っておったから止む無く――――」
「つ、ついに衆道にお目覚めになられたのかとっ!」
咄嗟に声が出せなかった。
衆道……? 衆道と申したか!?
お、俺が左馬助を……男色の相手にだと!?
俺が口を利けずにいると、衆道を認めたものと受け取ったのか、源五郎達は口々に続けた。
「若は身持ちが固いお方にござりますが、世間では衆道はありふれた事。いつ何時お目覚めになってもおかしくはござりません!」
「かの武田信玄公や織田信長公も相当なものであったと聞き及びます!」
「ついに若も一皮お剥けになられたのかと!」
「然らば若と望月様の仲を邪魔立てする事は無用! 二人きりをお望みであれば叶えて差し上げねば!」
「然りとて我ら近習の務めは若をお守りする事! いくら若のお望みでも、務めを放擲する事は出来ませぬ!」
「若の望みを叶えて差し上げるべきか、それとも近習の務めを果たすべきか、我ら一同板挟みに苦しんでおりました!」
「た、たわけ者! 馬鹿を申すでない!」
「し、しかしっ! お二人は只ならぬ仲に違いないとのお話がっ!」
「望月様だけではござりません! 加治田様や松永様との仲も疑わしいと!」
「お三方は若が御幼少の砌より、若を取り合っておられたと!」
「加治田様と松永様の仲がよろしくないのは若を取り合う故と伺いました!」
「望月様に若を取られた今、加治田様と松永様がむしろ深い仲になるやもしれぬとも聞きました!」
「いや、若は諦めて新五郎様を狙っておいでらしい!」
近習達が次から次へととんでもない話を披露する。
俺はまだしも新五郎は十に満たない童だぞ――――!
「だ、だ、誰だ!? そんな噂を立てたのは!」
「丹波様です!」
「あのクソ爺…………!」
歯ぎしりしておると、苦笑いする左馬助が目に入った。
「お主……あの爺が噂を流しておることを知っておったな!?」
「丹波様は座興のおつもりで申されたのでござります。残念ながら誤解されてしまいましたが……」
「あ奴は誤解されると分かって申したのであろうが! 見ておったなら止めよ! 否定せんか!」
「お困りになる若を見るのも一興と、八千代が申しまして」
「八千代っ!」
「うふふふふ……」
「お主は――――ちょっと待て。お主、ミナに何を話した?」
八千代の横で、ミナは耳まで赤くしてそっぽを向いていた。
「『シュドウとは何か?』とお尋ねになりましたので、懇切丁寧にご説明致しましたよ? 男同士のあれやこれやそれや云々……と」
「八千代……お主という奴は……」
「誤解は止めねばならないのでしょう? であれば、誤解を生まぬよう言葉の正しい意味をお伝えしなければなりません。今し方、若がご自身で申されたのですよ?」
「言葉の説明をする前に根本の誤解をさせぬようにせんかっ!」
「お困りになった若も素敵だわ」
八千代は口元を着物の袖で隠し、「おほほほほほほほ」とえらく楽し気だ。
致し方なし!
俺自身でミナの誤解を解かねば――――。
「ミ、ミナ! よく聞いてくれ! 俺は決して衆道に走ってはおらん! そもそも衆道は諍いの因となりかねん! 衆道の相手を重く用いたと妬み嫉みの種ともなり、美童美男を取り合って刃傷沙汰すら起こるのだ! 然ればこそ、俺も父上も家中の乱れを嫌って衆道には決して手を出さぬと固く――――」
「――――ヤチヨ殿から聞いた」
「い、いやそれは……。八千代は言葉の説明をしただけだ! 俺は衆道に興味の欠片も持ち合わせては――――」
「シンクローは……両刀遣い、なんだろう?」
頬を赤らめたミナの口から、またとんでもない言葉が出てきてしまった。
八千代! お主は言うに事欠いて何を教えておるんかっ!?
「い、異世界では、衆道は主君と家臣の絆を深める大切な行為なのだと聞いた。し、しかも何人もの家臣と……。い、一方で世継ぎを残すため、妻は妻で大切にするとも……。男と女、両方とも受け入れる事が出来なければ……サ、サムライとは言えなんだろう? す、すごい世界なんだな、異世界は……。いや、驚いた……。本当に驚いた……」
目尻に涙を溜め、肩を震わせるミナ。
イカン……イカンイカンイカン、これはイカン!
「待て。待て待て待て! 落ち着いて俺の話を――――」
「許してくれ、シンクロー……。貶すつもりはないんだ……。だが私には……私にはまだ、この現実を受け止められない……!」
ミナは俺を振り切るように言い放つと、屋敷の奥へと走り去ってしまった……。
な……なんてこと、だ…………。
「おい、近習衆……」
ボソリと口にすると、近習達は「は?」と俺の顔を見た。
「出立の前に、八千代に稽古をつけてもらえ」
「え……」
「そ、そんな……」
「八千代殿に……稽古!?」
「その儀だけはお許しください!」
「我らは殺されてしまいます!」
「お考え直しを!」
「やかましい! 八千代! お主は素手だ! 素手で相手をしてやれ!」
「あらあら、うふふふふ……。殿方が六人も相手をして下さるなんて……楽しみだわ。身体が疼いてしまいます」
「「「「「「ひいっ!」」」」」」
その後、近習衆は完膚なきまでに敗北した。
槍や刀を手にした大の男を相手に、八千代は息一つ乱すことなく勝利したのだった。
これでは仕返しにも何にもなりはせん!
クソったれ!
ちなみに、残った左馬助にはミナの誤解を解くよう命じたのが……。
ビーナウへ向かう道中、ミナは口こそ利いてはくれたものの、視線は逸らせたまま一切合わせようとはしなかった。
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