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第63話 「連中の名誉も人望も地に落とす」新九郎は謀を巡らせた

「シンクローとタンバ殿が言った通りの展開だったな……」


 評定(ひょうじょう)が終わり、寄騎貴族と家臣達が遁走(とんそう)するかの如く帰ってしまった後、ミナは呆れ顔で呟いた。


「二人は未来が見通せるのか?」


「はっはっは。ミナは面白い事を申すな。未来など分かる訳がなかろう」


「でも、寄騎貴族や家臣達の言動を何から何まで言い当ててしまうなんて……」


「忍び衆の調べがあったからこそ、だな。あとは、あ奴らのような手合いが言い出しそうな事を適当に並べてみただけよ」


 評定(ひょうじょう)に先立ち、ミナには連中が言い出しそうな話を伝えておいた。


 どんな話を出されても動揺せぬようにな。


 中でも(きも)となる話は三つ。


 一つ目は、俺が陣代となった事に不満を述べ立て、どうにかして陣代から引きずり下ろそうとする事。


 二つ目は、ゲルトの財物の分け前を寄越せと言い出す事。


 三つ目が、ミナに縁組を無理強いしようとする事。


「確かに当たりはしたな。だが、まさか俺の代わりにミナを陣代にせよと申すとは思わなかったぞ?」


「シンクローに代わって、ブルームハルト子爵を陣代にするよう要求してくるものとばかり思っていたからな」


「お主、少し動揺していただろう? 卓を叩いて立ち上がったものな」


「うっ……それは……」


「まあ、気に病む事もあるまい。こちらの()りたいことは()(おお)せたのだからな」


 八千代が姿を消した後、俺は改めて領内の仕置を命じた。


 まずは、ネッカーの町とその周辺の村々の年貢免除と領内の関銭(せきせん)免除。


 これを改めて、強く命じておいた。


 何せ、収入が減るの何のと不満たらたらであったからのう。


 次に命じたのが、辺境伯家の蔵入地(くらいりち)を広げる事だ。


 本来、寄騎貴族や家臣達の領地以外は全て蔵入地のはずだが、現実にはそうなっていないのだ。


 ゲルトは(まつりごと)の権を握った二十年の間、辺境伯の叔父であり、後見役の立場にあったことを悪用し、蔵入地に関する権利を好き勝手に切り売りした。


 それこそ、大は町や村を治める権利に始まり、小は森で(まき)を採る権利に至るまで、およそ権利と名の付くものは(ことごと)く、だ。


 さらには切り売りだけでは飽き足らず、権利から生まれる利益の一部まで上納させ、せっせと蓄財に励んでいたのだ。


 そして、売り手のゲルトに対して買い手となったのが寄騎貴族や家臣達。


 以前、丹波がミナへ申したように、二十年は忠臣を奸臣へと変えるに十分過ぎる年月であったのだ。


 小癪(こしゃく)な事に、あ奴らはあくまで正当な取引を装って権利を売り買いしている。


 詰まる所、切り売りされた権利を、強権を以って回収する事は甚だしく難事なのだ。


 とは申せ、少しずつでも蔵入地を取り戻さなければ、辺境伯家は力を付ける事が出来ぬ。


 (ゆえ)に、手始めとしてネッカー川沿いの土地の権利を整理し、辺境伯家へ返還するよう命じる事とした。


 実現すれば、ネッカーの町と周辺の十数ヶ村に限れていた蔵入地を大きく広げる事が出来よう。


 ただ、これだけ広げたとしても、東の荒れ地に近い場所は開発が遅れておる(ゆえ)、辺境伯領全体の一割にも満たぬ(たか)にしかならぬ。


 ネッカー川の河口には小さいながら港もあるそうだが、全体の実入りは少ない。


 はてさて、寄騎貴族や家臣達はどう出るかのう?


「気掛かりは数多あれど、とりあえずは丸く収まったと思って良かろう」


「……丸く、か」


「おや? 不服か?」


「不服はないが……良かったのか?」


「何がだ?」


「彼らを帰してしまった事だ」


「ミナも撫で斬りにした方が良かったと申すか?」


「あ、いや、そうではなく――――」


「お主も日ノ本の作法が分かって来たな。重畳(ちょうじょう)重畳(ちょうじょう)


「シンクロー!」


「はっはっは! 許せ! 冗談だ!」


「むう……!」


「左様に頬を膨らませるな。で? 何だったかな?」


「……はあ。異世界の流儀を多少は理解しているつもりだが、さすがにいきなり斬り捨てろ、とまでは思わない。だが、彼らは必ず巻き返しを図るだろう。戦にもなる。その事を思えば……」


「撫で斬りにした所でどうせ戦よ。頭は潰しても、手足も胴体も残ったままなのだからな。頭が無くなった分、始末に追えぬ程に抗するかもしれん」


「先の見えない戦いになるな……」


「左様。ならば、頭も胴体も手足も、一時(いちどき)に丸ごと取り除かねばならん」


「事を起こすには早過ぎる……か」


「そうだ。あ奴らの化けの皮を剥がすと言う意味においてもな」


 辺境伯領の統治を盤石のものとするには、あちこちに巣食う害虫共を根絶やしにせねばならん。


 だが、寄騎貴族や家臣達はゲルトと比べて実に始末が悪い連中だ。


 ゲルトの専横は誰の目にも明らかであり、奴が取り除かれたところで表立って不満を訴える者はいない。


 そして、寄騎貴族や家臣達もゲルトの悪政に加担してきた。


 これだけ見ればゲルトと同じ。


 ところが、連中の無体(むたい)な所業の全ては、ゲルトの陰に隠れて行われてきた。


 コソコソと姿を隠して上澄みを(すす)ってきたのだ。


 巧みに隠し通されたそれを、事情の知らぬ者が外から窺い知る事は極めて難しい。


 連中の親類縁者や領地の民は、あ奴らが私利私欲を(ほしいまま)にする悪人とは夢にも思わぬだろう。


 むしろ、善人とさえ思われておるやも知れぬ。


 左様な者共を斬ったとあっては、不信と不満が辺境伯へと向きかねん。


 今あ奴らを斬る事は、辺境伯領の統治を困難とならしめるだけなのだ。


 ならば、如何にすれば良いのか――――?


「連中の名誉も人望も地に落とす。誰が見てもそうと分かる方法で地に落とすのだ。奴らを排するのはその後だ」


 ミナは唇を引き結んで小さく頷いた。


「……上手く事が運ぶだろうか?」


「上手く事を運ぶのだ。俺達自身でな」


「連中を罠に掛ける、だな?」


「左様。今日の評定(ひょうじょう)はその始まりに過ぎん。俺の命じた事も罠の一つよ。次の手は――――」


 コンコンコン。


 扉を軽く叩く音。


 部屋の外から左馬助が来訪を告げた。


 入るよう促すと、左馬助を始めとする当家の家臣達が姿を見せた。


 他にもクリス、ハンナ、ヨハン、ベンノ、そしてヨハンを通じて辺境伯への出仕を申し出て来た者達の姿もある。


 既に一部の者がネッカーへやって来ておるのだ。


 明日以降、さらに増えていくであろう。


「お待たせいたしました」


「うむ。首尾は如何か?」


「万全にござります。石谷(いしがい)殿?」


「はっ」


 右筆(ゆうひつ)石谷(いしがい)兵部(ひょうぶ)が進み出て、二通の書状を広げた。


 いずれも奉書(ほうしょ)を使った書状だが、一通は筆を使って漢字や仮名で書かれたもの。


 もう一通は『ぺん』と申す異界の筆記具を使って異界の文字で書かれたものだ。


「どうぞお改め下さりませ」


 ふむふむ……。異界の筆記具で文字を書いても十分に美しく見えるわ。


 やはり美濃の紙は異界でも売れそう――イカンイカン。


 そんな事より書状の中身は――――。


「うむ……………………良し。よくやった。これならば異界の民にも伝わろうぞ」


「有難き幸せ。如何なる表現とすれば伝わるか苦労致しましたが、皆様のお力添えのお陰で何とか」


「そうか。クリス、ハンナ、ヨハン、ベンノ。礼を言うぞ」


 四人が照れくさそうに笑う。


「それでは若、最後にこちらを……」


 石谷いしがいが印を差し出した。


 手の平に収まる程度の小さな印だ。


 朱色の印泥(いんでい)を擦り付け、異界の文字で書かれた方の書状に印を押した。


「何の為に印を押したんだ?」


「主君の命を伝える正当な書状の証だ。印判状(いんぱんじょう)と申すのだが……異界には無いのか?」


「我が国では署名だけで事を済ますな。印は古文書で使用の例があるくらいだ」


「日ノ本では書状を出す相手に応じて、署名や花押(かおう)を記す事もあれば、印だけで済ませる事もある」


「『カオウ』はよく分からないが……。印だけとは初めて聞いた。本当なのか?」


「数多くの相手に書状で命令を伝える時、全ての書状に署名や花押なぞやっておれん」


「そういうことか……。案外分かりやすい理由だったな。ところでこれは……異世界の文字?」


 ミナは元より、異界の者達は興味深そうな顔をして書状を覗き込む。


「うむ。禄寿応穏(ろくじゅおうおん)だ」


「『ロクジュオーオン』? 初めて聞く言葉だ。どんな意味がある?」


「『(ろく)寿(じゅ)(まさ)に穏やかなるべし』と読む。禄とは財産を、寿とは命を現す言葉だ」


「財産と命を保証する……と言う意味か?」


「そうだな。まあ、そう申しても良いか」


 禄寿応穏の印は、小田原の北条家が使っておったもの。


 初代の伊勢(いせ)宗瑞(そうずい)公が用いたのだと聞く。


 北条家は関東の地において新参者ながらも民を良く治め、領国統治の巧みなる事、日ノ本で知らぬ者はいなかった。


 かの北条家に(なら)おうと、同じ印を斎藤家でも取り入れたのだ


 …………うむ。こんなところも石田(いしだ)治部(じぶ)めに嫌われたのかもしれん。


 太閤殿下は何も仰らなかったがな。


 それはさておき、色々と説明してやると、ミナは得心した様子で頷いた。


「民を相手に使うには、とても良い言葉だと思う」


「そう言ってくれるか。では領内の三百ヶ村へ宛てる書状、早速用意を始めるとしよう」


「「「「「…………は?」」」」」


 異界の者達の目が点になる。


「農村、山村、漁村の区別なく、全ての村に書状を送る」


「ちょ、ちょっと待てシンクロー! 三百だって!? ネッカー川沿いの町や村だけじゃないのか!? 本気か!?」


「日ノ本では領内中の村々に書状を出す事も珍しくはない。それに此度(こたび)は寄騎貴族や家臣達の本領(ほんりょう)は含んでおらんのだ。泣き言は無用ぞ」


「若、町をお忘れです」


「よくぞ申したな、石谷(いしがい)。港町に宿場町……領都にも出さねばならん。配って回る時間も掛かる。ほれほれ! 急いで取り掛かれ!」


 ミナ達は信じられないと言いたげな顔をする。


 この書状こそ次の罠の始まりよ。


 如何になるか見物(みもの)よな。

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