第59話 「喧嘩の用意は整っており申す!」武士達は白鉢巻きに白襷姿で集まった
「あ、ありがとうございます……」
アロイスとその連衆共が逃げ去った直後、ヨハンは目に涙を溜めながら頭を下げた。
「頭を上げんか。お主を守り通してみせると申したのだ。成すべき当然の事をしたまでよ」
「いえ、それだけではないのです……」
「ん? 他にも何かあったか?」
「サイトー様は私の事を朋輩と仰いました……。一介の騎士に過ぎない私を……」
「それも当然の事。先程も申したであろう? 俺達は同じ主君に仕えておる。上下の違いもあれば、守るべき分もあろうが、これにて縁が出来たのだ。然らば身内も同然よ」
「何と……。これほどまでに心に響く言葉を聞いたことはありません……」
「大袈裟な奴だな……とも言えんか。上の者があれではな」
俺の言葉にミナが唇を噛んだ。
「情けない……。自身の地位や出自を笠に着るばかりか、立場が下の者に横暴な態度を取る者をのさばらせてしまった。すまない、ヨハン」
「ど、どうか頭をお上げください! 騎士の自分はまだマシな方です。多少嫌味を言われるくらいで……」
「そうか……」
「……おい、二人共。そんな暗い顔をするな」
「シンクロー?」
「サイトー様?」
「この際だ。ヨハンよ、我慢せずに言ってやれ。小姑の嫁いびりの如き、陰険な雑言ばかり聞かされてうんざりだ、とな」
冗談めかして申すと、ミナとヨハンは目を丸くした後、声をあげて笑った。
「ははは……。小姑の嫁いびりか! シンクローはその言葉が好きだな! ゲルトを相手にした時も絶対に言えと強く推していた!」
「ネッカーの戦場で聞いた事を覚えていますよ! サイトー様は口がお悪い!」
「おう。ようやく笑ったな。そうだ。あんな連中など、その意気で笑い飛ばしてしまえばよいのだ」
「ああっ!」
「はいっ!」
二人して力強く返事をする。
「しかし、先程は少し脅かし過ぎではなかったか? 相手に非があるとは言え……」
「ええ。本気で斬り掛かるおつもりかと思いました」
「ん? そのつもりだったぞ?」
「…………え?」
「…………は?」
「ん? おかしな事を言ったか?」
「え? いや……本当に斬り掛かろうとしていた……のか?」
ミナは愕然とし、ヨハンは口を半開きにして固まった。
「左様に申しておるではないか」
「いやいやいやいや! 待て待て待て待て!」
ミナはひどく慌てた様子で手をブンブン振った。
「か、会議の前に出席者を斬るなんて……正気か!?」
「当たり前だ」
「どこが正気だ!」
「正気に決まっておろう。朋輩に手出しした者を黙って見逃がしたとあっては侍の恥。ならば斬り捨てるつもりで事に当たるが道理」
「どんな道理だ!? それに今回は結局見逃したじゃないか!」
「アロイスめがあまりにも情けなかったんでな。あれなら斬り捨てるより、生き恥を晒させた方がよい。お主らも左様に思わんか?」
俺が問うと、左馬助、藤佐、弾正が「然り然り」と頷き、丹波は妙に明るい声で「ほっほっほ」と応じた。
おや? ヨハンが口元を引き攣らせておるな。
異界の者達とは、どうも感覚が異なるのう……。
うむ。ここは少し控えめに答えておくとしよう。
「とは申せ、少し頭に血が上り過ぎたかもしれん」
「どこが少しなんだ……」
「むう……文句が多いのう。まあ、致し方ないか。喧嘩両成敗の事も頭から飛んでおったしな」
「『ケンカリョウセイバイ』? 何だそれは?」
「初めて耳にしますが……」
ミナとヨハンが不思議そうに首を傾げる。
異界には喧嘩両成敗の考えがないらしい。
「簡単に申すと、喧嘩をした者は善悪理非を論ぜず、問答無用で両者共に処罰するのだ」
「ぜ、善悪理非を論ぜずだとっ!?」
「最近は事の次第を糾明した上で沙汰する事も増えてきたがな」
「それが普通だろう!?」
「果たしてそうかな?」
「えっ!? お、おかしな事を言ったつもりはないぞ!?」
「先程語って聞かせたであろう? 毛利家と佐竹家は宿の順番、徳川家と前田家は水場一つで戦となりかけた。この時は事なきを得たから良いものの、干戈を交えるに至った例は数多い。喧嘩と申しても童の喧嘩とは訳が違う。一族郎党、縁者朋輩を巻き込み、己が命も身代も賭した喧嘩ぞ? こんな代物に身を投じる血の気の多い者共が、事の次第を糾明した所で収まると思うか?」
「いや、血の気が多いって……シンクローが言うのか!?」
「はっはっは! まあ、俺の事はともかくとしてだ。斯様な喧嘩は激しくなればなるほど泥沼となり、善悪理非の判断は難しくなるもの。事の次第を解き明かす事さえ難しくなる。無理に白黒つけてみろ。恨みは残り、喧嘩は再燃し、沙汰を言い渡した者まで報復の対象となろう」
「だ、だから問答無用で……?」
「左様。それくらい厳しくせねば、収まるものも収まらん。いや、収まっておらんか。何せ大身の大名同士で堂々と喧嘩沙汰を起こしておるのだからのう」
「何てことだ……。狂戦士の国では法も無意味だと言うのか……」
「そうでもないぞ」
「ほ、本当か?」
「武力で沙汰を強いれば良い」
「やっぱりか! 道理道理と口癖のように言うくせに!」
「道理は道理で重んじねばならん。だが、道理だけでは儘ならぬ事もある。とかく人の世は厄介よな」
「ううううう……。納得いかないが……否定も出来ないような……。丸め込まれた気がする……」
ミナが頭を抱える横で、ヨハンは明後日の方向に目を向け俺の話を聞き流していた。
う~む……。
ミナもヨハンも、斯様な話くらいで心を乱すとは……。
此度の評定が終われば、三野に連れて行って鍛えてやるとしようか?
良し。ならば善は急げだ。左馬助に――――。
「若っ」
左馬助に声を掛けようとした所、竹腰が十数人を引き連れて、廊下の向こうからやって来た。
皆、一様に白鉢巻きと白の襷掛け。
さらに一人の例外も無く木の棒を手にしていた。
丸木の棒もあれば、皮が付いたままの太い木の棒もあり、どこから持ち出したのか金砕棒を持つ者までいる。
「若っ! 仇は何処におりますか!?」
「お主ら加勢に来てくれたのか?」
「無論! この通り喧嘩の用意は整っており申す!」
竹腰は「ご覧くだされ」と腕を広げた。
「お若い方々は刀を抜かれるおつもりだったのでござりましょう? 然り乍ら、喧嘩にも加減と申すものがござります故」
「ふむ。道理である。さすがは竹腰よ。年寄りは喧嘩の作法を分かっておる。打物ではなく木の棒を用意するとは見事よな」
「人死にが出ますと後が面倒にござれば」
「後が面倒だと? 金砕棒まで用意しながらよく言いおるわ! これでは色々と飛び散るぞ? お主もよい歳をして血気盛んよな?」
「これはしたり! お見通しでござりましたか!」
「「「「「はっはっは!」」」」」
俺達が笑う横で、ミナとヨハンは静かに天井を見つめていた。
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