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第51話 「スライムを養殖する!」ミナは新九郎の正気を疑った

「シンクロー? どうかしたのか?」


 大坂屋敷から三野城へ帰る途上のこと。


 すぐ横で馬を進めるミナが、不思議そうに尋ねた。


 黒金(くろがね)がミナに賛同するように「ブフフッ!」と鼻を鳴らし、すぐそばを徒歩(かち)で進んでいた八千代も、チラリと視線を向けて来た。


「すまんすまん。大事無いぞ」


 黒金の首筋を撫でてやりながら答えた。


 だが、ミナは納得しない。


「嘘を言うな。ボンヤリとあらぬ方向を見つめていたクセに」


「……少し考え事をしていてな」


「金貨の事……か?」


「なんだ。バレてしまったか」


 昨日、辺境伯から申し出のあった褒美の件は丁重にお断り申しあげた。


 ゲルトの悪政と戦で迷惑を被った民百姓のため、徳政を行うことも進言し申し上げた。


 盟約と陣代の件、辺境伯領の(まつりごと)についても談合(だんごう)し、これにて話は終わり――と思っていたが、そうはならなかった。


 辺境伯は改めて褒美の件を口にされたのだ。


「謀反人に等しきゲルトとカスパルを討ち取った者に何らの褒美も与えなかったとあっては辺境伯家の恥。是が非でももらっていただきます」


()れど――」


「サイトー殿が弱くなられては困るのです」


「は?」


「こちらの貨幣を必要としておられるのでは?」


「……隠し立ては出来ませぬか」


「サイトー殿には精強なままでいていただかなくては困ります。これまで日和見を決め込んで来た寄騎貴族や家臣達がどう動くかまだ分からないのです。彼らを抑え込む為には、精強なサイトー家の存在が不可欠。民への『トクセー』と同じく、辺境伯家にとって必要なことなのです」


 この後、互いに意見を譲らず堂々巡りの繰り返し。


 最後には、父上と辺境伯の診察に訪れた曲直瀬(まなせ)先生が、


「新九郎殿! 病み上がりを相手にいつまでも強情を張るものではありませぬ! 辺境伯もご自身のご体調をお考え下され!」


と一喝し、半ば強引に仲裁案を示した。


 曰く、辺境伯は金貨一千枚を、利子なし、返済期限なしで俺に貸し付けると言うもの。


 借銭(しゃくせん)ならば「褒美はいらん」と申す俺の顔が立つ。


 利子も返済期限もないならば、貸し付けではなく与えたに等しく、褒美を与えると申される辺境伯の顔が立つ。


 有無を言わせぬ医者の言葉に、俺も辺境伯も自説を取り下げ、金貨一千枚の借銭に同意したのであった――――。


「――――これで一息はつける。だがな……」


「一時しのぎに過ぎないか?」


「その通りだ。俺達自身が異界の(ぜに)を稼ぐ手立てを見付けなければ、根本の解決にはならぬ」


「ミノは産物が豊富じゃないか。焼物や紙はきっと売れる。カタナは珍品や名品の扱いで高く取引されるかもしれない。それにタタミも……」


 うっとりした表情で『畳も……』と口にするミナ。


「お主らの喜び様を見れば売れはするだろう……と思う」


「難しいのか?」


「三野の産物は異界の品――要は、こちらで取引されたことのない品だ。たとえ良き品だったとしても、出自の分からぬ新顔に等しき品が、容易に売り捌けるかな?」


「あっ!」


「行商程度の小さな商いならば、すぐにも出来るであろう。だが、領内を隅々まで潤すほどの商いとなれば……」


「簡単ではないな……」


「であろう? それにだ、日ノ本へ帰る手掛かりもない以上、こちらに根を下ろす事を覚悟せねばならん。()れば、領内の(ぜに)を異界の銭へと、そっくり入れ替える事も考えておかねば」


 そう申すと、ミナは腕を組んで「うむむ……」と唸った。


「この地の商人達に渡りも付けねばならんが、商いは信用なくば成り立たん。余所者の俺達がどこまでやれるか――――」


「商人か……。それなら何とかなるかもしれない」


「何?」


「クリスに相談してはどうだ?」


 当のクリスの姿はここにはない。


 今頃はネッカーの町で、山県、ベンノ殿、ハンナ達と共に、町の衆の帰還を差配している。


「クリスは魔道具師であろう? 魔道具は商っておろうが……」


「クリス本人じゃない。クリスの両親だ。領内の港町で商家を営んでいるんだ」


「何? 両親は存命であったのか?」


「あまり話題に出そうとしないからな。クリスが冒険者をやる事が不満なんだそうだ。元々は師匠――クリスの祖母とも折り合いが悪かったらしい。だが、クリスは祖母の後を追った。それも許せないのかもしれないな」


「それで話が出来るのか?」


「あれは愛情の裏返しと思うんだ。なんなら私から――――」


 ダァ――――――――――――ンッ!


 ダァ――――――――――――ンッ!


 ダダァ――――――――――――ンッ!


 ミナの言葉を遮り、銃声が荒れ野に響き渡る。


「くっ……。この轟音は何度聞いても聞き慣れないな……」


「若っ!」


 先触れとして先行していた左馬助が、馬を走らせ俺の元へ来た。


「おう。戻ったか。この銃声は魔物を狩っておるのか?」


「左様にござります。この先の岩陰で『すらいむ』が群集しておりましたようで」


「数は?」


「凡そ五十程度とのこと」


「そうか。少し多いな」


 三野から大坂屋敷へ向かう道筋では、家臣達が特に力を入れて魔物を狩った。


 そのせいで、数が多いはずの『ごぶりん』、『こぼると』、『おうく』の姿まで見えなくなってしまった。


 もちろん『すらいむ』も大量に狩った。


 だが、あ奴らは倒木や岩の下のように、陽の光が当たらず、目の届きにくい場所に隠れ棲んでいる。


 その上ほとんど動かず、音も立てない(ゆえ)、どうしても見落としが出てしまうのだ。


 此度のように、魔物を狩りつくしたはずの場所からも出てくることが多い。


 『すらいむ』が見つかる度に、家臣達は鉄砲を抱え、東へ西へと奔走している。


 他の魔物に比べて(ぜに)になる故、是非とも狩っておきたいという事情もあるしな。


「どれ。少し(ねぎら)うとしよう」


 銃声が響く中、馬を進める。


 黒金も左馬助の馬も銃声には慣れたもの。


 だが、ミナの馬は落ち着きを失って暴れてしまう。


 ミナは仕方なく馬を下り、俺の家臣に馬を預け、徒歩で俺達に着いて来た。


「皆の者、大儀であるな」


「若っ!」


「若がお成りじゃ!」


 十五人ばかりが俺の周りに集まる。


「毎度のことながら苦労を掛けるな」


「何の! 銭が転がっているかと思えば気力も湧きまする!」


 一人が言い放った軽口に全員が大笑いした。


と、その時――――、


「――――きゃあ!」


 ミナの悲鳴が響く。


 ミナの足元から丸々と太った野ネズミが駆け出したのだ。


 八千代が「まあ、可愛らしい事」とクスクス笑った。


 野ネズミそのまま家臣達の列へと駆け込み、素早い動きで足元をすり抜け――――。


 ボチャ!


 自ら勝手に『すらいむ』の群れへと突っ込んでしまった。

 

 野ネズミは『すらいむ』の中でジタバタと暴れていたが、やがて動かなくなる。


 そして――――、


「おお……。野ネズミが溶けていくぞ。ミナ、これは?」


「スライムの『捕食』だと思う。私も初めて見た……」


 『すらいむ』が獲物を溶かしていく光景を、全員でしげしげと見つめる。


 気味は悪いが、恐いもの見たさなのか誰も目を離そうとしない。


 幾何(いくばく)もせぬ内に、野ネズミの姿は完全に溶けてなくなった。


 誰もが「ほう……」とか「はあ……」とか溜息を付く。


 だが、本番はこれからだった。


 野ネズミを味わう間、全く動きを見せなかった『すらいむ』が、小刻みに震え出したのだ。


 ミナの顔を見るが、首を横に振る。


 見聞きした事のない光景らしい。


「皆の者! 離れよ!」


 全員が大きく距離を取った直後――――。


 ――――ボルン。


 鈍い音と共に、それは起こった。


「『すらいむ』が二つに……別れた?」


「まさかスライムの『分裂』……なのか?」


 ミナ曰く、『すらいむ』は分裂とやらで増えるらしい。


 獣や鳥、他の魔物とは仔の成し方が違うのだと言う。


 ただし、分裂の瞬間を目にした者は少なく、自身も経験がないため確信が持てぬと言う。


 よく分からんが、同じことをすれば、同じように分かれるのだろうか? 


 物は試しと、家臣達に野ネズミや小鳥を捕まえさせ、あるいは草花を刈って『すらいむ』へ放り込んでみると…………物の見事に分裂した。


「……左馬助」


「……はっ」


 思わず顔を見合わせる。


 どうも、同じことを考えているらしい。


「決めたぞ。『すらいむ』を……養殖する!」


 俺の言葉に、ミナは正気を疑うように表情を歪めた。

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 連載は続きます。

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