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異世界国盗り物語 ~戦国日本のサムライ達が剣と魔法の世界で無双する~  作者: 和田真尚
第二章 辺境伯領平定戦

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第47話 「戦費は四千貫文」弾正の報告にミナは青ざめた

「若は(ぜに)を大胆にお遣いになられますな」


 弾正(だんじょう)は「大胆」を大いに強調する。


「此度は果たして何千貫文お遣いになられたことやら。斎藤家の財布をお預かりする身と致しましては、脂汗が止まりませぬ」


 遠回しな嫌味に、重臣達が苦笑を浮かべた。


 ただし、嫌悪の情はない。


 また弾正一流の口上が始まったかと、呆れ半分、面白半分……そんなところであろう。


 だが、そんな重臣達の中にあって弾正に抗議する者が一人あった。


 藤佐(とうざ)だ。


「弾正! 左様な物言いは若に無礼であろう!」


「無礼でござるか? はて? 若は何も仰いませんが? これ即ち無礼な物言いに非ざる証左(しょうさ)では?」


「屁理屈は結構!」


「再会を喜ぶあまり、若のお腰に縋り付いて泣き喚く方が余程迷惑ではござらぬか?」


「い、今それは関係なかろう! それにだ! 無礼と迷惑では話が違う!」


「おや? お気付きになりましたか?」


「気付くわ!」


 険悪な雰囲気になりつつある二人。


 いや、どちらかと言うと藤佐が一方的に噛み付いているようにしか見えん。


 弾正はと言うと、怒るどころかむしろ楽し気に藤佐をあしらっておる。


「まあまあ、お二方。その辺りで――」


と、そこで左馬助が割って入った。


 藤佐(とうざ)の奴が「しかし左馬助!」などと言い返しておるわ。


「おい、シンクロー? 止めないでいいのか?」


 先程まで首実検の恐怖に沈黙していたミナも、突然目の前で繰り広げられた口喧嘩に我に返ったらしい。


 気にするなと言いつつ、ミナに顔を寄せた。


「あの二人は昔からあの調子でな」


「昔から? 長い付き合いなのか?」


「ああ。藤佐、弾正、そして左馬助は、俺が幼い頃に三人揃って守役をやっておった。その時からずっとあの調子なのだ。いつものじゃれ合いだから放っておけ」


「じゃれ合い? トーザ殿は本気で怒っているように見えるぞ?」


「左馬助が止めに入ったであろう? 間もなく収まる」


「本当に? …………あ、本当だ」


 話している内に、口喧嘩はアッサリと収まっていた。


 弾正の物言いに藤佐が噛み付き、左馬助が良い頃合で間に入って事を収める。


 一連の流れで一まとまり、と言ったところか。


「くっくっく……」


「ど、どうした?」


「いや、二人の口喧嘩は異界に飛ばされてからこれが最初でな。いつもの調子が戻ってきたわ」


「喜んでいる場合か?」


「若、よろしゅうござりますか?」


 藤佐と弾正の間を収めた左馬助が言上する。


「弾正が申し上げたき儀があるとのこと。お聞き届けになられますか?」


「許す。申せ」


 俺が許可すると、弾正は「(しか)らば申し上げます……」と姿勢を正した。


(ぜに)が必要であったことは百も承知。()(なが)ら、此度(こたび)の戦は銭を使い過ぎましたぞ」


 そう前置きして、弾正は銭の出について報告を始めた。


 まずは家臣達に与えた銭だ。


 敵軍の追い討ちに先立って約束した一人当たり一貫文の褒美。


 侍、足軽、中間(ちゅうげん)、小物……身分の区別もなければ、直臣(じきしん)陪臣(ばいしん)かの区別もない。


 参陣した千五百人に一人残らず与えて、締めて千五百貫文。


 加えて、一番首や一番槍といった手柄を上げた者に与えた褒美が、締めて五百貫文。


 次いで藤佐(とうざ)利暁(りぎょう)の伯父上が率いた民百姓の軍勢だ。


 この者共は一人当たり一日百文を支払うことを条件に雇い入れた。


 雇った期間は四日間。


 戦の日まで町の近隣で控えていた二日、戦当日の一日、そして戦場の後始末を行っている今日一日だ。


 一人当たりの支払いは四百文。


 四百文に雇い入れた二千人を乗じれば、締めて八十万文――八百貫文。


 家臣や民百姓に与えた銭は、すべて合わせて二千八百貫文となる。


 銭だけではない。


 米も結構な量を使っている。


 出陣すれば、戦のない日は一人当たり五合の米を与え、戦のある日は一人当たり十合――一升の米を与えるのが斎藤家の軍法。


 此度の出陣は、戦のない日が二日、戦があった日が二日と見る。


 これで一人当たりの米の量は四日間で三升。


 家臣達と民百姓、合わせて三千五百人に三升の米を与えれば、締めて一万と五百升――石に直して百五石。


 銭に換算すれば、相場にもよるが安くて五十貫文、高ければ百貫文はしようか。


 他にも、塩が一石五斗、味噌が三石……。


 馬に与えた(まぐさ)大豆(だいず)も馬鹿にならん。


 盛大に射ち放った矢玉は数知れず。


 鉄炮、弓、長柄(ながえ)甲冑(かっちゅう)……武器や防具も痛んでおろう。


 遣い切った(ぜに)は、さらに上乗せされそうだ――――。


「――――以上の通り、少なくとも(おおよ)そ三千貫文はお遣いになってござります。仔細しさいを詰めれば、さらに数百貫文から千貫文はお遣いかと」


 弾正の言葉に、重臣達から重い溜息が漏れた。


 斎藤家の年貢収入の二、三割を、たった四日で遣い切ったのだ。無理もない。


 ミナにそのことを話してやると、首実検とは違う意味で顔色が真っ青になった。


「よ、良かったのか? そんなに遣って……。いや、助けられた身でこんなことを言うのはおかしいかもしれないが……」


「よいよい。いざと言う時の為、蓄えはある」


 実のところ、斎藤家の財布は大して痛んではいない。


 その証拠に、銭の流れをよく存じておる佐藤の爺、山県、藤佐、左馬助は他の者と比べて平静な顔をしている。


 なぜならば、堺の商人共に支払うはずだった鉄砲の代金五千貫文が丸々残っていたのだからな。


 常の(つい)えとして、大坂屋敷と京屋敷に五百貫文ずつ備えておいた銭を合わせれば、締めて六千貫文。


 此度の戦で遣った銭は、その六、七割に収まった。


 まだ二千貫文の余裕がある。


 これだけでも結構な蓄えだ。


 だが、弾正の顔は冴えない。


「心配が顔に出ておるな?」


「おや。それがしとしたことが。顔に出すなどお恥ずかしい」


「構わん。申してみよ」


「……戦働きに相応の褒美を与えるべきことは論を()ちませぬ。また、多少派手に褒美を与えたとて、異界での初陣に勝つことに比べれば些末な話――――」


 重臣達が次々と頷き、同意を示す。


「――――ただし、褒美と申しましても、此度は奪った土地がござりません。我らは辺境伯の領地を取り返したのみ。切り取り勝手次第のお許しがござらぬ以上、土地を褒美には出来ませぬ。褒美は銭しかござりませんでした。故に、若が成されたことは道理にござります。ここまでは致し方なき事」


「うむ」


「それがしが案じておりますのは、銭を与えた後の事にござる。ここは異界にござりますので……」


 ふむふむ……流石(さすが)は弾正よ。 

 

 御蔵奉行をやっているだけはある。


 銭の事を考えさせれば、斎藤家で右に出る者はいまい。


 ミナや重臣達、同席する近習達の大半は、弾正の言葉に首を傾げておるがな。


 もうこの際だ。


 鉄は熱いうちに打て。


 この先、俺達がやらねばならぬことを、皆の者に知らしめた方がよいかもしれぬ。


 佐藤の爺と左馬助に視線を送ると、二人共小さく頷いた。


「続けよ弾正。皆に話してやれ」


 弾正は頷き、皆を見渡した。


(しか)らば申し上げます。ここは異界。如何に(ぜに)を持っていたところで、異界には異界の(ぜに)がござります。我らの銭で、異界の物を(あがな)うことは出来ませぬ」


 誰かが「あっ!」と声を上げた。


「しばしの間は領内で銭と物が回りましょう。しかしながら、やがて限界を迎えるは必定(ひつじょう)。銭も物も足りなくなりまする。褒美を与えることで領内には銭が大量に出回ります。止むを得ぬこととは申せ、限界が早まるやもしれませぬ」


 皆が唸る中、弾正は構わずに続けた。


「若、早急に異界の銭を稼ぐ方策を立てねばなりませぬ。さもなくば、斎藤家は早晩干上がりまする」


 さて、一難去ってまた一難。


 銭があるのに物を(あがな)えぬ、か。


 戦には勝ったが、世はままならぬものよのう。

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 連載は続きます。

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