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第43話 「お主が望めば幾度でも奪い返してやろう」新九郎はミナに約束した

「……………………」


 ネッカーでの戦から二日目の昼。


 辺境伯邸の客間に入ると、ミナが元気のない顔で椅子に腰掛けていた。


 戦の疲れが出た……という事でもなさそうだ。


「ミナ? 如何した?」


 尋ねると、初めて俺の存在に気付いたと言わんばかりに顔を上げた。


「あ、いや…………なんでもない……」


「本当か? なんでもありそうな顔をしているぞ?」


「うっ……そ、そうか?」


「ああ。もしや領都から引き揚げたことを悔やんでおるのか?」


「それは……」


 ゲルトとカスパルを討ち取ったその日の夜、俺達は領都に達し、苦も無くこれを攻め取った。


 さらには領都の郊外にあったゲルトの屋敷をも手中に収めた。


 このまま領都に兵を置き、辺境伯領の支配を確かなものに…………と、誰もがそう考えるであろう。


 だが、俺達はそう考えなかった。


 領都へ出陣する直前、ミナを交えて開かれた戦評定(いくさひょうじょう)でのこと。


 そこでは「領都を攻め取るべし」との意見が相次いだ。


 斎藤家の武威を示すと同時に、ゲルトめが溜め込んだ財貨(ざいか)(ことごと)く奪い取れ、とな。


 莫大な量に上るであろう財貨が残党共に利用されては堪ったものではない。


 是が非でも防がねばならぬ。


 斯様に積極論が唱えられる一方、ゲルトの財貨を奪い取った後は速やかに領都から引き揚げるべきだと意見が出された。


 口火を切ったのは佐藤の爺であった。


「敵は算を乱して敗走しております。今こそ領都に付け入りし、攻め落とす絶好の機会。我らの武威を示し、ゲルトめの溜め込んだ財貨を(ことごと)く奪い取るべし。()(なが)ら、その後は直ちに兵を退くべきと存ずる」


 この意見に山県と左馬助が続いた。


「領都へ率いる兵は僅かに一千。如何に鮮やかに攻め取ろうと、これでは取った後の抑えが効きませぬ。領都に拘泥(こうでい)するのは危のうござる」


(しか)り。ゲルトめが辺境伯の御領地を押領(おうりょう)したことは事実にござるが、奴めが長年に渡って治めていたこともまた事実にござる。領都はお味方の土地ではござらん。ゲルトめの息がかかった土地。敵地も同じと考えるべきでござろう」


 左馬助が言い終えると、浅利と小幡が残党による反撃に懸念を示した。


 さらに、藤佐(とうざ)と雑賀が苦し気な顔付きで続く。


「魔道具を賜った我ら重臣を除けば、兵らは地元の者と言葉が通じませぬ。土地勘もござらん。これでは唐入りにて渡海した衆の二の舞かと」


「兵の数が十分であれば武力を以って抑え込む事も出来ましょうが、兵が足りぬでは致し方ござらん……」


 俺の横ではミナが拳を握り締めながら家臣達の言葉に耳を傾けている。


 ミナの心中は決して穏やかではあるまい。


 家臣達は厳しい意見を口にしつつも、気遣わし気な視線をミナに向けていた。


 だが――――、


「――――分かった。そうしよう」


 ミナは決然と告げる。


 俺達は目を丸くした。


「本当に良いのか?」


「私も騎士の端くれ。戦のことは理解しているつもりだ。シンクロー達の意見は(もっと)もだと思う」


「……済まぬな。堪えてくれ」


「なっ! 頭を上げてくれシンクロー! 皆様方も……」


 俺が頭を下げると、家臣達もそれに倣う。


「お主の口惜しさは如何ばかりか。俺には想像も付かん。だが、百歩――いや、万歩譲って堪えてくれ」


「気に病まないでくれ。騎士の端くれだといっただろう? シンクロー達の話は理解できる。他に方法はないと思う」


 ミナは気丈に微笑むと、引き上げに同意したのだった。


「……未練がましいことだな。こんなにも領都に恋焦がれていたとは思いもしなかった」


「十年振りの領都だったのであろう? それをたった一日で去らざるをえなかったのだ。お主の無念は俺などに計り知れん。気の毒なことをした」


 頭を下げると、ミナが慌てたように俺の肩を掴んだ。


「だ、だから謝る必要などない!」


「うむ……」


「殊勝なシンクローなど……なんだか調子が狂う……」


 笑顔を浮かべたが、声には力がない。


 思わずミナの頭に手を伸ばした。


「……私は子どもじゃないぞ」


「左様に申す割には嫌がっておらぬな?」


「う、うるさい!」


 セリフとは裏腹に、俺の手を跳ね除けようとはしなかった。


「案ずる事はない」


「……え?」


「領都など、お主が望めば幾度でも奪い返してやろう」


「本当に?」


「俺に任せろ。力を付けて、誰も俺達に楯突けぬようにする。必ずだ」


「うん……ありがとう……」


 そのままゆっくりした手付きで頭を撫で続けた。


 ミナは再び黙ってしまい、軽く俯いてされるがままになっている。


 笑顔……ではないが、さりとて不満そうな顔もしていない。


 さて、どうしたものか?


 「いい加減にしろ!」とでも申すと思っていたのだが、言い出す気配は微塵もない。


 しまったな、止め時を失ってしまった。


 もうこうなれば、いっそのこと抱き寄せても罰は当たる――――。


「ぐふふふふふ……。良いものぉ……見ちゃったねぇ……」


「ク、クリスッ!?」


「何時からそこに!?」


 不気味な笑い声に入口へ視線を向けると、薄く開いた扉の隙間からニヤニヤとこちら覗き込むクリスの姿。


 クリスの後ろにはハンナもおり、こちらは口元に手を当てつつニヤニヤしていた。


 ミナの表情が凍り付いた。


「いやぁ……青春ですよね……」


「もう少し放っておけばぁ、濡れ場……だったかもしれないわねぇ?」


「マジですか? そこまでイッちゃいました?」


「むふふふ……。イクところまでねぇ」


「うわぁ……残念なことしちゃったな。静かにしておいてくださいよ、クリスさん」


「ごめんねぇ。笑いと涎が止まんなくてぇ。ヴィルヘルミナが処女を卒業するのかと思うと感慨深く――――」


「わ、わあああああ! 口を閉じろクリス!」


 ミナが慌ててクリスの口を塞ぎに掛かるも、クリスはヒラリヒラリと身軽に躱して捕まえさせない。


 普段の言動で忘れそうになるが、クリスも一応は腕利きの冒険者だ。


 ミナもそれなりに腕利きだが、簡単には捕まるまい。


 しばらくはこのまま続きそうだ。


「さて、あちらは放っておくとして――――ハンナよ。何か用か?」


「あっ! そうでした! 覗き見に夢中で忘れてました!」


「素直な女子(おなご)だな……。で? 何だ?」


「モチヅキ様がシンクロー様を呼んでおられます。重臣の方々が集まったそうですよ」


「そうか。では行くとするか」


 ミナとクリスの追いかけっこを止め、屋敷の庭に向かった。

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 連載は続きます。

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