第40話 「さあ、戦を終わらせるぞ」新九郎は仕上げに掛かった
「下がれ! 下がらんか――――」
ダ――――――――――――ンッ!
「――――ガハッ……」
騎士の一人が鉄砲で狙い撃たれて落馬する。
足の踏み場も無いほどに敵兵がひしめき合った場所にな。
即死は免れても、あれでは味方に踏み殺させてしまうだろう。
憐れだが止むを得ん。
広場を一望できる屋根の上から、俺はその光景を眺めていた。
「これがネッカーの町……か?」
隣ではミナが呆然と呟く。
腕試しの行われた広場では、敵兵が次々と討ち取られていた。
いや、広場だけではない。
町の通り全体で同じ光景が展開されている。
俺の家臣達は屋根の上や町屋の二階から鉄砲を撃ちかけ、弓を射かけ、あるいは長槍を突き出して敵兵を薙ぎ払う。
さらには屋根瓦や石、材木……ありとあらゆるものを投げ落として敵兵を攻撃している。
敵軍は後ろから押し寄せる兵と、後ろに下がろうとする兵とでおしくら饅頭のようになり、身動き一つとれない有り様で討ち取られる。
町の中の様子が分かれば敵の大将も兵を下がらせよう。
だが、くの字に曲がった通りの形状と、ひしめき合う町屋のせいで見通しは悪く、それも覚束ない。
それに、ゲルトとカスパルがグズグズしていた三日を使って、ネッカーの町は至る所に罠と障害物が仕掛けられている。
敵兵はこちらが仕掛けた通りにしか身動き出来ぬ。
前後左右、上下の別なく、一方的に攻撃を浴び続けるしかない。
この町に入った時点で、奴らには地獄が約束されていた。
「シンクロー……こんな戦い方を、一体いつ思い付いたんだ?」
「初めてこの町へ来た時だ」
「そんなに早くから!?」
「この広場が虎口の形に似ておったものでな」
「コグチ?」
「虎の口、と書いて虎口と読む」
「敵を閉じ込めて攻撃するための仕掛けか?」
「そうだ。城門の内側にさらに堅固な門を設け、石垣や塀で囲った狭い広場を作っておく。道を直角に曲げて、敵が真っ直ぐに進めぬようにすることも忘れてはならん。虎口に敵が溜まるように工夫しておくのだ」
「わざと城門を破らせるのか? 今回門を開け放ったように」
「お? 分かっておるではないか。その通りだ」
「城門が破られる事は織り込み済みで……誘い込んだ敵を四方八方から攻撃するのか……」
「守る側は身を隠し、鉄炮や弓を使って一方的に攻撃できる。これで敵を一網打尽だ」
「……異世界の城には必ずあるものか?」
「俺の知る限り、日ノ本の城には大なり小なり似たようなものがある」
「門を破ったと安心したところで攻撃するのか……底意地が悪い……」
「気に入らぬか?」
「……いや、味方なら頼もしい」
ミナが溜息をつく。
だが、足元の戦の様子から目を逸らさぬのは立派だ。
女子ならば、いや男子であろうとも、目をそむけたくなるような凄惨な光景だからな。
と、その時。辺境伯屋敷の方角から高い音が響いた。
ヒュ――――――――…………ポンッ!
「若っ! 狼煙にござりますっ!」
左馬助に促され、町屋を屋根伝いに移動する。
やがて、東の荒れ地が見渡せる位置へ到達した。
「「「「「おおおおおおお――――――――!!!!!」」」」」
目に入ったのは撫子紋の旗を掲げる軍勢だ。
「な、なんだあの数は!?」
「ふむ……二千ばかりおるかのう」
「援軍の話は聞かされていたが……あんな数とは聞いていないぞ! 一体どうやって……」
「大半が領内の民百姓だ」
「民百姓? ……あっ! 春日村の!」
「思い出したか? 春日村で村人が武装しているのを見ただろう? 家臣達に比べれば粗末な装備でも、遠目に見れば立派な軍勢よ」
「……戦死者からの剝ぎ取りが褒美なのか?」
「いや。今回は銭を渡している」
「そ、そうか……」
「異界の武具や防具に如何ほどの値が付くが分からんかったのでな」
「そうか……」
セリフは全く同じだが、先の方は安心したような口調、後の方は何かを諦めたような口調だ。
何かおかしなことを言っただろうか?
「あんな大勢を金で雇えるほどサイトー家は豊かだったのか? 貧しいとは言わないが、さりとて金が有り余っているようにも思えなかったのだが……」
「さて? どうなのかのう……」
種明かしをすれば、どうという事のない話よ。
鉄炮と玉薬の代金として堺の商人達に支払うはずだった銭、あれが資金だ。
銭は使いどころが肝心。
使い道がなくなったからと言って溜め込むだけでは死蔵と言うものだ。
良い使い道があるならば使っておかなくてはならん。
俺の答えをどうとったのかは知らんが、ミナは溜息交じりに言葉を続けた。
「援軍を率いているのはトーザ殿だったな?」
「うむ」
「瀕死の怪我が癒えてから何日も経たない内に二千もの兵を率いておられるとは……やはり異世界の者は――――」
「ああ、そうだった。援軍を率いているのは藤佐だけではない。利暁の伯父上もおるぞ」
「リギョー殿!? しかしあの方は聖職者で……」
「坊主と言えども袈裟の下に甲冑を着込み、長刀でも持たせれば忽ちの内に武者へと早変わりよ。頼んでみたら『血が騒ぐ』と喜んでおったぞ」
「聖職者さえも……やはり異世界は狂っている……」
「藤佐の奴めは無理をしてなければよいが……まあ、言っても聞かんしな」
「怪我が治ったとは言っても瀕死の重傷だったんだぞ? それに、戦いの術を知っているとは言っても民を戦に巻き込むつもりか?」
「安心せい。あの軍勢は囮だ。戦わせるつもりはない」
「囮?」
俺達が話していると、敵軍の一部がネッカー川の方へと向かい始めた。
おそらく千人程度。
ネッカー川の東西を繋ぐ橋で援軍を食い止めるつもりだろう。
「敵軍があんなに……」
「これで敵は大きく三つに分断された。町の中に誘い込まれた千人、援軍を迎え撃つため東に向かった千人、町の門前に集まった二千人……ミナ、これをどう見る?」
「……相手がしやすくなったと思う。四千人の塊で一気に攻め寄せられたら私達は一たまりもなかった」
「そうだ。これで敵軍の半分は戦えなくなった。町に入った千人は半死半生。東に向かった千人は援軍の通せんぼに精一杯だ。援軍に攻めかかったとしても、民百姓達が弓や鉄砲を構えて手ぐすねを引いておる。良い的にしかならん」
「しかし残りの二千はどうする? 私達の軍は町の中にいるんだぞ? 市壁を盾に戦うのか?」
「いや……左馬助」
「はっ」
左馬助が供の兵から弓を受け取り、俺に渡した。
「どうしたんだ? 急に弓なんて持ち出して……それに、その変わった形の矢は何だ? それでは敵に当たっても刺さらないぞ?」
ミナが俺の持つ矢を指差す。
ミナの申す通り屋の先端には鏃の代わりに、小さな穴が開いた拳半分くらいの塊が付いている。
「鏑矢と言う。合図を出すのに使うものだ」
「合図?」
「見ておれ」
弓をキリキリ引き絞り、辺境伯屋敷の方を目掛けて天高く射ち放った。
ヒュ――――――――――――ッ!
戦の騒ぎ中にあっても、高い音を町中に響かせながら矢は飛んでいく。
間もなく――――。
ヒュ――――――――…………ポンッ! ポンッ!
狼煙が二発、空に上がった。
しばらくして、町の南方に異変が起こる。
ブオォォォォォォォォォォォ!!!
エイ! エイ!
オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!
響く法螺貝の音。
大地を揺るがす鬨の声。
姿を現したのは千人に達せんとする赤備の軍勢だ。
「さあ、戦を終わらせるぞ」
俺の言葉に呼応するように、赤い波が大きく動き出した。
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