第37話 「可愛い奴め」新九郎は初陣のミナを元気づけた
「来ましたな」
町の門上に設けられた櫓の上で、左馬助が不敵に笑う。
門から南へ二十町ばかり離れた平原には、ようやく姿を現したゲルトの軍勢が陣を敷いていた。
ネッカーの町は、北西から南西にかけてはネッカー川の流れを天然の水堀とし、西は時折氾濫するネッカー川のせいで湿地が点在。
町のある部分だけが周囲より幾分土地が高く、地盤も安定している。
軍勢が陣を敷くなら南側しかない。
「連中が逃げ帰ってから三日目か。遅かったな?」
「その時間で兵を集めていたのでござりましょう」
「兵力で圧倒的な優位に立ったと思っておるだろう」
敵の兵力はざっと見て四千人。
予想していたよりも千人近く多い。
対して、このネッカーの町に集まったのは、辺境伯の手勢が百、斎藤家の兵が五百。
合わせて六百程度。
しかも、辺境伯の手勢は、引退した元兵士、ベンノ殿やシュテファンのような使用人、さらには雇い入れた冒険者まで加えてようやっと百人だ。
実際に使い物になるのは斎藤家の五百と考えて差し支えない。
十倍近い相手に五百で如何に戦うか……まあ、俺達の腕の見せ所だな。
敵の様子を観察していると、使番が櫓へ登って来た。
「御注進!」
「申せ」
「本陣の佐藤様からの知らせにござります! 備えは万全! お好きな時に動かれませ! とのことにござります!」
「分かった。下がれ」
「はっ!」
佐藤の爺は此度の戦の副将だ。
辺境伯の屋敷に設けた本陣で全体の戦況を見ながら指示を出すことになっている。
俺はどうするか、だと?
俺は俺でやらねばならんことがある。
「では左馬助。行って来るぞ」
「はっ。それがしはこの場より高みの見物と洒落込みましょう」
「抜かしおる」
「ご武運を」
「任せよ」
短い挨拶を終えて櫓を下りる。
門の内側には二十騎ばかりの赤備えの騎馬武者達、そして騎乗したミナが俺を待っていた。
俺も黒金に跨り、顔を守る面を付け、ミナの横に馬を寄せる。
「頃合だ。出陣するぞ」
「ああ……」
「どうしたミナ? 元気がないな?」
「……私はこれが初陣なんだ。その……周りの迷惑とならないか気になって……」
「そうかそうか。可愛い奴め」
「なっ……! ば、馬鹿にしているのか!?」
「いいや。俺にもそんな時期があったと思い返していたのだ」
「シンクローは私と大して歳が離れていないじゃないか。そんなに懐かしむような話か?」
「俺の初陣は十年以上も前なんでな」
「十歳にも満たない子供で!?」
「左様。どうだ? お主らの言う『ばあさあかあ』も子供の身で戦に出ることはあるまい」
「確かに……」
「その分だけ戦の経験を積んできたのだ。初陣の者がいてもどうということはない。大船に乗ったつもりでおればよい」
「うっ……それならそうと言ってくれればいいのに……」
「ん? 何だ? 声が小さくて聞こえんぞ?」
「な、なんでもない! それよりも! 彼らの武器は本当にあれでいいのか?」
ミナが騎馬武者達に目を向ける。
「あんな背丈よりも長い弓を、本当に馬の上で射ることが出来るのか?」
「可能だぞ? まあ、戦での騎射など二、三百年前に廃れた戦い方ではあるがな」
「おい。不安しか湧かない言い方だぞ?」
「はっはっは。それは済まん。だがな、騎射の術自体が途絶えた訳ではない。廃れたりとは言え、侍の修める術として連綿と受け継がれてきたのだ。それにだ、この者らは関東より仕官した馬上巧者ばかり。此度の策には適任よ」
俺がそう言うと、騎馬武者達は「お任せ下さい!」と胸を叩く。
「……分かった。異世界のサムライには驚かされてばかりだ。今回も信じるとしよう」
「うむ。では、出るぞ!」
俺が手を振ると兵らが閂を外し、門を開けた。
「はっ!」
黒金の腹を蹴り、門外へと出る。
ミナが俺の横に、家臣達は後に続く。
敵軍へ真っ直ぐに近付くと、敵陣に動揺が見られた。
おそらく、俺達が打って出るとは思っていなかったのだろう。
なにせ人数では大きく劣っているのだ。
ネッカーの町を盾にして戦う方がよほどマシだろうからな。
敵軍まで二町ばかりに迫った所で馬を止める。
ミナが俺の顔を見た。
無言で頷く。
ここから先は余計な言葉は不要。
手筈どおりに進めるだけだ。
ミナが左手をかざすと、魔法具の指輪が光を放った。
「我が名はヴィルヘルミナ・フォン・アルテンブルク! アルデンブルク辺境伯アルバンの娘である!」
声が平原一帯に響き渡る。
風の魔法で遠くまで声が届くようにしているらしい。
「ネッカーは辺境伯家直轄地であるぞ! 何処の痴れ者が我らに弓を引くつもりか! 軍を率いる将は前へ出よ!」
ミナが呼ばわると、しばらくして馬に乗った者が二人、陣頭に立った。
両名共に、銀色に光り輝く甲冑に全身を包んでおり、顔も分からない。
なんとなく、甲冑の体型で正体が知れた。
樽のように膨れた甲冑がゲルト、いかにも線の細い甲冑がカスパルであろう。
答えはすぐに知れた。
二人が顔の前を覆う面を上へと上げたからだ。
案の定、俺が睨んだ通りの二人であった。
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