第27話 「あんたに任せて正解だったわ」カヤノが微笑みかけた
「……何してんの?」
カヤノと出会ってから三日後のこと。
大岩の近くで家臣に指示を出していると、カヤノが宙に浮きながら屋敷の方からやって来た。
「ここに社を建てようと思ってな。そのための下調べをしている」
「ヤシロ? 何それ?」
「神々をお迎えし、祈りを捧げるための場所だ」
「あんたのお家があるじゃない」
「屋敷は屋敷だ。人が住むことには便利でも、参拝するのにも便利とは限らんだろう? やがては多くの者が訪れるかもしれん。先んじて手を打っておこうと思ってな」
「ちょっと待って。どういうこと? あんたが祀ってくれるんじゃないの?」
「もちろん祀るとも。だがな、カヤノのように霊験あらたかな神……ではなく精霊がいることを知れば民が放っておかぬ」
「人間が私に助けを求めに来るってこと?」
「神頼み――精霊頼みしたくなるのは人の常だからな」
「そんなの私の知ったこっちゃないわ。ねえ、何とかならない?」
「ならば民にはこう伝える。カヤノはこの地を守る精霊だ。この地に住まう者はカヤノが坐すことに感謝し、折々の挨拶と礼を欠かしてはならない。ぞんざいに扱えば恵は逃げ去る、とな」
「そうじゃないってば。人間がわらわらやって来るのが嫌なんだけど……」
「悪い事ばかりではないぞ。参拝者が来れば賽銭が入る。カヤノの好きな酒が買えるぞ」
「え?」
「賽銭だけでなく、酒を奉納する者も出るかもしれん」
「奉納? お酒がもらえるの?」
「酒と神事は切っても切り離せぬし、どうせ奉納するなら祀られた神の好むものを奉納したいと思うのが人情だ」
「お酒が好きだって言えばお酒がお供えされるの?」
「お主一人では飲み切れぬほど届くであろう」
「……あんたに任せて正解だったわ」
機嫌を直したカヤノはしっとりと微笑んだ。
「社の周りには木も植えるぞ」
「木? どうして人間が木を植えるの?」
「神域は清浄で、静謐であらねばならん。それには豊かな森が欠かせん。古来よりそう決まっておる」
「人間のくせに変わった考えね。私には好都合だけど」
「ならばそのまま進めよう。望みの木はあるか? なるべく用意しよう」
「……それもあんたに任せるわ。なんだか詳しそうだし」
「分かった」
「それはそうと、あっちのあれは何?」
カヤノが大岩の南方を指差す。
なだらかに続く下り斜面の向こうでは、巨大な穴を掘る作業が行われていた。
「せっかくだ。付いてこい」
カヤノを伴ってしばらく歩く。
穴の間近には家臣達に交じってミナとクリスの姿もあった。
そして数多くの魔物の遺骸が並べられていた。
この地を拠点に行われている魔物狩りで討ち取った魔物達だ。
「二人共! 捗っておるか?」
「ようやく来たか。魔石の回収は順調だぞ。シンクローの家臣達の手際も良い」
「教えがいのある人達だよぉ。手先が器用で魔物の解体方法もすぐに覚えちゃったしぃ」
「この数には辟易するがな」
「本当にねぇ。お金になると分かってはいるけど、これだけたくさんの魔物の死体に囲まれるのは……」
さすがのクリスも口元を押さえて「気持ち悪いねぇ……」とぼやいていた。
宙に浮きながら様子を見ていたカヤノが尋ねる。
「穴を掘るって事はここへ埋めるのよね? どうしてわざわざ? 死体なんて放っておけば土へ還るじゃない。私としては、邪魔な魔物はいなくなるし、土地の肥やしになるしで文句はないんだけど」
「供養してやらねばならんからな」
「「「はあ?」」」
三人が目を点にする。
「ちょっと待て。供養とはつまり……弔うつもりか? 魔物を?」
「魔物のお葬式……なんか邪教みたいで嫌なんだけどぉ……」
「死んだものは大地へ還る。それでいいじゃない」
「そうはいかん。弔いは人間だけのものではない。魔物と言えども十分な供養をしてやり、御仏の御慈悲に縋れるようにしてやらねばならん。退治した者のせめてもの務めだ」
「左様左様。新九郎の申す通りじゃ」
大坂屋敷の方から左馬助に伴われて一人の僧侶がやって来た。
「伯父上! 来てくれたか!」
「供養と聞けば、何を置いても馳せ参じねば」
伯父上はミナ達の前に立つと深々と頭を下げる。
「利暁と申します。新九郎の伯父、左近大夫の兄にござります。三野の伏龍寺にて住職を任されております」
「……あんた、ちょっと変な感じね」
挨拶を返すミナとクリスに対し、カヤノは意味ありげに目を細めた。
「清浄な気配に、妙に血生臭い気配が入り混じっているわ」
「カヤノ様ですな? やはり神仏の目は誤魔化せぬものです。感服いたしました」
「……あんた何者?」
「拙僧もかつては侍にございました。当然この手は血に汚れております。血生臭さが消えぬと言う事は、まだまだ修行が足らぬのでございましょう」
煙に巻くように言い終えると、魔物の死体に近寄り、片手に持った鈴を鳴らして経を唱え始める。
カヤノはそれ以上何も言わず、読経する伯父上の姿を興味深そう見つめていた。
「俺は一度屋敷に戻る。ミナ、クリス。済まぬが家臣達への指導を頼む」
「分かった」
「任せてぇ」
左馬助を連れて大坂屋敷へ戻ると、多数の馬や荷車が門前に列をなしていた。
それを横目に屋敷の奥へ向かう。
「お待ちしておりました」
厚い土壁に覆われた土蔵の前で山県が待っていた。
「首尾は?」
「上々にござります。神隠しの影響はなし。全て無事にござります」
二人を伴って土蔵へ入ると、長さ五尺ばかりの木箱が大量に積み上げられていた。
「堺より買い付けた鉄砲五百挺と玉薬、間違いなく揃っております」
「……あの馬鹿馬鹿しい唐入りのために止む無く用意したが、今となっては当家の切り札だな」
「贅沢を申せば、玉薬をもう少々買い付けておれば万全でござりました」
「本当に贅沢なことを言う。一銭も支払っておらぬのに」
「神隠しの翌日が支払いの日にござったか? 鉄炮と玉薬で合わせて五千貫でしたか? 商人共には気の毒なことをしましたな」
異界へ来て初めて、山県が笑みを浮かべた。
実に悪賢そうな笑みであった。
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