第20話 「魔物など恐れるに足らず!」家臣達は沸き立った
「丹波と申しまする。お見知り置き下され」
前触れなくやって来た老人――丹波は止める間もなく名乗ると、続けて大声でこう言った。
「お二人の術は物語に伝え聞く陰陽師を見る心地にござりましたな! 安倍晴明もかくやあらん! 破邪顕正の御業とはかくの如し! いやはや良きものを目に致しました! 長生きはしてみるものですな! 有難や有難や!」
ミナやクリスをかの大陰陽師に例え、手を合わせる丹波。
家臣達が互いに顔を見合わせた。
「斯様なお方がお味方下さるならば異界の地においても斎藤家は安泰! 安泰にござるな! 実に目出度い!」
俺もミナもまだ何も言ってはおらぬが勝手に味方にされてしまった。
だが、家臣達の顔からは不安の色が消えている。
あからさまに安堵の表情を浮かべる者までいた。
安倍晴明は時の帝や藤原道長に仕え、悪しき者共から都を守ったと伝わる人物。
不可思議な術を用い、十二神将を使役し、源頼光や藤原保昌と共に活躍する物語は誰もが知っている。
ミナやクリスが邪な者ではないことを強調し、その上で味方だと言い切ってしまえば不安を抱く者はいない。
ましてや、家中で信の厚い丹波の言ならば疑う者はおらぬ。
丹波の奴め……まったく油断ならぬクソ爺よ!
俺が同じことを申しても家臣達は信じてくれたであろう。
が、丹波ほど鮮やかに不安を払拭することは出来なかったかもしれぬ。
あ奴は全て分かった上で姿を現し、あのように申したに違いないのだ。
借りを作ってしまうとは気持ちが悪い。
また頭が上げられなくなってしまう。
どうせまた、ここぞとばかりに幼い頃の話でからかおうとするに決まっているのだ!
心中で歯ぎしりしておると、ミナが不思議そうな顔で尋ねた。
「タンバ殿はサトウ殿と同じくカローでいらっしゃるのか?」
「ほう? 何故左様にお思いで?」
「貴公に対する皆の態度だ。尊敬の念……と言えばいいのか、敬われているように感じたのだが――」
「丹波は当家の御伽衆だ」
丹波が答える前に割り込む。
「オトギシュー? カローとは違うのか?」
「家老は政務や兵事の権を預かる者。対して御伽衆は主君の諮問に応じて助言する者だ。丹波は色々と物知りでな。その知恵に助けられた者も多い――――」
「ついでに申しますると、若様に諸事を教え授けるお役目も仰せつかっておりましてな」
早口で説明を終えようとしたが、すかさず丹波が口を挟んだ。
ゆったりした口調のクセに隙を突くのが上手い奴め……。
「では、タンバ殿はシンクローの師匠?」
「ほっほっほ。若様に対して恐れ多き物言いにござりますが、左様に申してよろしいでしょうな。実に教え甲斐のある弟子でござってな――――」
「もうよい丹波。今は他に大切な話がある」
「左様にござりますか? 残念ですなぁ。御伽衆のそれがしとしましては、若様御幼少の砌の思い出話を是非とも嫁御に披露致したく――――」
「よ、嫁ではない!」
ミナが大声で否定する。
クリスはケタケタと声を出して笑い、佐藤の爺と左馬助は笑いをこらえ、山県は目を閉じて前を向いていた。
丹波は「違いましたのか……」と、残念そうなセリフとは裏腹に、大して残念でもなさそうな口調で答えると、そのまま佐藤の爺の横にドカッと座った。
「さあさ若様。この爺のことは気にせずどうぞお話をお続けくだされ」
まるで、『やることはやってやったからさっさと話を聞かせろ』と言われているように思えてならない。
腹立たしいが、いつまでも構っておれぬのは確かだ。
家臣達に、我らの身の振り方を話さねばならん。
「……此度、ミナ殿とクリス殿がお越しになったのは他でもない。領主であるアルテンブルク辺境伯より、この地に住まう許しを得たからだ。お二人はそれを伝える使者である」
家臣達から「おお……」と声が上がる中、ミナがその場に立ち上がった。
巻物を取り出して上下に紐解く。
「我が父アルテンブルグ辺境伯アルバンに代わってお伝えする。サイトーシンクロー殿とその家臣、領民がこの地に住まうことを認め、その領地を侵さぬことを約束する。ただし、これには条件がある」
条件と聞いた家臣達が前のめりになった。
なにせ今後の生活が掛かっておるのだ、誰もが真剣そのもの。
一言も発さずに次の言葉を待っている。
あまりの圧力にミナはひるみかけたが、グッとその場に踏みとどまり話を続けた。
「この地に巣食う魔物共を退治していただきたい。魔物から得た素材も一部は辺境伯家に納めていただく。これが条件だ」
ミナの説明が終わり、しばらくは静まり返っていた家臣達だったが、やがて笑い声が起き始め、大きな歓声となった。
やってやるぞと意気込む者もいる。
今度はミナとクリスの方が驚きのあまり口をポカンと半開きだ。
「お、おい? どうなっているんだ? 魔物退治を喜んでいるように見えるんだが?」
「魔物退治ってそれなりに悲壮な覚悟で臨むものなんだけどねぇ。ゴブリンやコボルトだって群れると危ないしぃ」
「人同士の戦に比べればはるかにマシ。皆、そう考えているのだろう」
「だからと言ってこの反応はおかしくないか? 魔物が怖くないのか?」
「左馬助と山県が言っていただろう? 魔物に比べれば、井伊や島津の方が余程恐ろしい。連中との戦を思えば怖いものなどありはしない」
「だからそのイイやシマヅとは何者だ? 魔物より恐ろしい人間などと……魔王の化身か?」
「って言うか、あなた達って数日前にこの世界にやって来たばかりなんでしょう? 魔物の知識なんてないでしょうに……どうして喜んでいられるのぉ?」
「知識がない、か。そうでもなさそうだぞ?」
「「?」」
あちらを見てみよと手を差し出した先では、家臣達が左馬助や山県を囲んでなにやら相談を始めていた。
魔物退治の経験がある二人を中心に、早速魔物退治の算段だ。
「家臣達の間では、既に魔物の話が大なり小なり広がっておる。その上で、魔物など恐れるに足らずと考えておるのだ」
「判断が早過ぎると思うが……」
「そうだねぇ。油断につながらないかしら?」
「確かに思い込みや油断は大敵だ。だがな、俺はさして案じてはおらぬ」
「その口振り……何か隠しているな?」
「人聞きの悪いことを言うな」
「では話してもらおうか」
「今この時も魔物退治をしている家臣達がいる。この地に飛ばされてからずっと続けておるのだ。だが悪い報せは何一つ届いていない。悪い報せが無いのは無事な証拠と言うだろう?」
俺の言葉が証明されるのに大して時は必要なかった。
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