第142話 「わたくしがお相手致しましょう」八千代が現れた
「とんでもないことになりましたな……」
左馬助が苦笑しつつ頭をかいた。
「クリス殿の母御、そして皇女殿下が組合につかれたことで、数の上でこちらの優位は消え失せました」
「忍衆の骨折りを無駄にしてしまったな……」
「お気になされることはありませぬ」
そう言いつつ、組合の側を見て目を細める左馬助。
此度骨折りをした者達――六郎と十子の二人が、冒険者として組合の手勢に加わっておるのだ。
「あ奴らには、手心無用と申し伝えておるのであろう?」
「しかと申し伝えております」
「敵方で最も厄介なのはカサンドラでも、ジンデルでも、ましてや皇女一行でもない。あの二人よ。こちらの手の内を知り尽くした忍衆きっての腕利きが敵に回ったのだからな。その二人を怒らせたとあらば、事はますます厄介ではないか」
「如何に策を巡らせようと、相手がある以上は思い通りに事が進まぬのが道理にござります。此度のことも、何ら変わりありませぬ。腹の底が読めぬジンデルを引きずり出しただけで儲けもの、思うておきましょうぞ」
「二人は左様に思うておるかのう?」
「おそらくは。それよりも、案外喜んでおるやもしれませぬ。特に十子は」
「何?」
「御方様の武力――もとい、武芸の御手前に感じ入らぬ者は家中におりませぬ。されど臣下が、ましてや陰に潜まねばならぬ忍衆が御方様と真剣で手合わせすることなど願ってもないこと。思いも寄らぬ幸運に、涙しておることでしょうな。さらに、此度は八千代もおりまする」
八千代の忍びの腕は相当なものだ。
忍衆の間では、頭である左馬助を凌ぐほどの声望がある。
「八千代と真剣で立合出来るならば、多少の事には目くじらを立てぬか?」
「然り、にござります」
「ふむ……。ならば、新たな策は決まったな」
考えがまとめり、あちらの方で八千代や女房衆と「えいえいお―――っ!」と鬨を上げておる母上の元に向かう。
策の中身を伝えるや、瞳を輝かせて頷く母上。
我が母ながら、なんとの血の気の多いことか――――。
「双方とも、準備はよろしゅうございますか!?」
――――ちょうどその時、桟敷の方から声が掛かった。
そちらに目をやると、十人ばかりの男達が横一列に並んでおる。
死合の行司役を務める者達だ。
商人組合や職人組合の顔役もいれば、広大な田畑山林を有する大地主もいる。
いずれも、アルテンブルク辺境伯領内で声望高い者達だ。
行司が贔屓偏波となっては死合にケチが付く故、辺境伯家や斎藤家からは人を出さなさいこととした。
そして、当家と冒険者組合の争論とは、関りの薄い者達に声を掛けたのだ。
辺境伯領内に住まう以上、完全なる中立なぞあり得ぬだろうが、あからさまな贔屓偏波は、行司役自身の面目を汚す行いに他ならぬ。
左様な真似、立場のあるあの者共が己の声望を失わせてまですることはあるまい。
「では、試合の条件を確認を致します! こちらをご覧下さい!」
桟敷の前に、条件が書き連ねられた幕が広げられた。
主だったものはこうだ。
一、参加者は双方とも五十人ずつ。
一、制限時間は一時間。
一、制限時間終了時点で、戦闘不能者が少ない方が勝利。
一、指揮官が戦闘不能となった側は、その時点で敗北。
一、防御魔法の魔道具が破損した者を戦闘不能とする。
一、敗北した側は相手方の要求を受け入れなければならない。
「――――以上は条件です! 双方とも、異論はありませんか!?」
「相違ない」
「こちらも問題ありません」
「分かりました! それでは配置についてください!」
行司役が合図をすると、大柄な男が四人がかりで桟敷の前まで鐘を引き出す。
行司役が木槌を振り上げる。
「それでは……はじめ――――――――っ!」
カ――――――――――――ンッ!
カ――――――――――――ンッ!
カ――――――――――――ンッ!
鐘が三度打ち鳴らされ、
ダァ―――――――――――ンッ!
ダァ―――――――――――ンッ!
ダァ―――――――――――ンッ!
我が方の十人余りが一斉に鉄炮を放つ。
ギィィィィィン!!!!!
冒険者達の前面で、何かを引っかいたような音が響いたかと思うと、水面の波紋の如き文様が中空に浮かび、弾も矢も、ぼとぼとと地に墜ちてしまった。
あれは防御魔法に違いない。
魔道具ならば、もっと体に近い位置で波紋が見えるはず。
こちらが如何に攻めるか読んだ上で、死合が始まるや否やすぐさま魔法を使ったに違いない。
左馬助が「敵方もやりますな」と笑った。
「あちらが我が行を読むならば、こちらも相手が成すことは織り込み済みよ。構わん。撃ち続けよ」
第二陣――十挺の鉄炮がすぐさま火を噴いた。
それが終われば第三陣の十挺だ。
合わせて三十挺が間断なく鉄炮を撃ち続ける。
さらに十人が弓を手に、鉄炮が途切れた間を補うように次々と矢を射かけた。
この間断ない攻めに、冒険者共は動きを止めた。
防御魔法には利点と欠点があるのだ。
魔法を発動している間は何度も攻撃を防げる一方で、相当な集中力を要する故に動くことが出来なくなる。
ちなみに、防御魔法の魔道具は利点と欠点が真逆。
攻撃は一度しか防げないが、魔道具を身に付けさえしていれば効果が発動するため動き回ることが出来る。
これにて敵味方双方共に動きが止まってしまう。
だがしかし、これこそ待ち望んだ瞬間よ――――。
「母上!」
「任せなさい!」
母上が脱兎の如く駆け出した。
あの巨大な金砕棒を片手によくも走り回れるものよ。
後には八千代や女房衆が続く。
母上の一団が目指すのは、ジンデルの首ただ一つ。
他が身動き取れない内に、真正面から食い破ってやろうという算段よ。
見物の衆からドッと歓声が湧く。
「行かせんっ!」
「ここで通せんぼよ!」
冒険者が二人、母上の前へ躍り出る。
格好は異界の者に相違ないが――――、
「六郎と十子にござりますな」
「早速出て来よったか。それも母上の前に……」
二人は左右から母上に斬り掛かる!
金砕棒をかかげて二人の攻撃を受け止める母上。
これにて足が止まるかと思いきや、勢いそのままに前進。
二人は母上の勢いを削ぐことも出来ずに――――、
「――――八千代! 後は任せましたよ!」
「へ? 何言って……きゃあああああ!」
「ぐおっ!」
母上が金砕棒を振り抜くと、二人は蹴鞠の如く吹き飛ばされてしまった。
そしてその先にいたのは……。
「うふふふ……。お二人共、わたくしがお相手致しましょう……」
怪しげな笑みを浮かべた八千代が、ペロリと苦無をひと舐めした。
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