第141話 「名誉に傷がつくのでは?」組合長は挑発した
「遅くなりました……」
組合長エッカルト・ジンデルは、重々しい挨拶と共に頭を下げた。
背後には冒険者共を引き連れているが、どの顔にも悲壮感が漂っている。
理由は大凡察しはついておるが、あちらの言い分を聞くだけ聞いてみるとするか――――。
「おや? やけに暗い顔をしておるではないか? この見物人の数を見よ。数多の民百姓が今日の死合を待ち焦がれておったのだ。左様な顔でいられては、せっかくの楽しみに水を指そうぞ」
ことさら朗らかな声音でそう言ってやる。
組合長の背後にいる冒険者共が憎々し気な視線を向けて来た。
何事か、小声で悪態らしきものをつく連中もおる。
だが、組合長は静かに片手を上げて制した。
「申し訳ありません。ですが、理由がないわけではありません」
「ほほう? ならば聞かせてもらおうか?」
「……数日前、領都の宿屋にて火事があり、本日の試合に出場予定であった冒険者に死傷者が出たのです。その数、十六名にのぼります……」
「なんと! 左様に死人が出たか!?」
「正確には、死者四名、負傷者十二名です。現場には回復魔法の使い手もいたため、負傷した者も命に別状はありません。しかし、中には重傷者もおりますし、全ての装備を失ってしまった者もおります。そのため試合への出場は叶いませんでした」
死人と手負を合わせて十六人か……。
さすがは十子。
見事なる火の扱いよ。
欲を言えば、死人がもう少し多ければというところだが、贅沢は言うまい。
十六人が使い物にならなくなったのは事実。
回復魔法の存在を考えれば、御の字よな?
左馬助と八千代に目をやると、二人してわずかに口の端を上げた。
さて、欠員の出たことは分かったが、ジンデルめは如何するつもりであろうかの?
「欠けた十六人は如何する?」
「十名はなんとか集めました」
「まだ六人足らぬな? どうする? 死合を諦めるか? それとも六人足らぬまま死合を致すか?」
「一つ、お許しいただきたいことがあります」
「こちらの人数をそちらに合わせることはせんぞ?」
「もちろんです。不足する六名については、引退者を現役復帰させて穴埋めせていただけないかと考えています」
「冒険者を辞めた者を戦わせるだと?」
「そうです。私が現役復帰の先頭を切ります」
そう言って、組合長は己の胸当てを「ドンッ」と叩いた。
「防具に身を固めておるからよもやとは思うておったが……」
「どうかお願いいたしたく……」
「左馬助、これは条件に反してはいないかのう?」
「仰せの通りにござります。此度の死合に当たって設けた条件では、我らは斎藤家中の者のみで備を作り、組合は冒険者のみで備を作るというもの。いずれの力が勝るか明らかにするという死合の目的に照らせば、只今その立場にない者の参加は筋違いにござります」
「と、いうことだ。申し開きはあるか?」
「……数の少ない相手に勝ったところで、サイトー卿の名誉に傷がつくのでは?」
その一言に、場の雰囲気が張り詰めた。
近習衆はもとより、話を聞いていた家臣達は一様に険しい表情を浮かべる。
左馬助が渋い顔つきになった。
「そち、面白いことを申すな?」
「面白くはありません。単なる事実です。対等でない条件で戦えば、たとえ勝利を納めても、世間の人々はどう思うでしょうか? 勝者の実力を疑う者も出て来るでしょう。たとえ難癖に等しい風評であっても、名誉に傷がつくのは自明の理ではありませんか?」
淡々と語るジンデル。
念には念をと、戦う前にあちらの駒を削ぎ落してやったが、まだまだ勝ちを諦めておらぬ。
追い込まれてもなお勝ち筋を掴むため、不利を承知で駆け引きに及んでおるのだ。
……こ奴、やはりゲルトやモーザーに尻尾を振っていただけの犬ではない。
どこで嗅ぎつけて来たのか、こちらの泣き所――良きせよ、悪しきにせよ、面目を重んじる性分を見事に突いてきよったわ。
面目を云々言われておきながらこの申し出を突っぱねては、武士の名折れも甚だしい。
なにより我が家中が納得せん。
…………くっくっく。
一幕目は、貴様に勝ちを譲ってやろう――――。
「――――よかろう」
「若?」
左馬助が「乗ることはありませぬ」と囁いたが、首を振って退けた。
ここは応ずるしかあるまい。
面目を持ち出された時点で、応ずるしか道はないのだ。
「引退者の参加を許す」
「ありがとうございます」
「……よく、覚えておけ」
「何のことでしょうか?」
「徒に武士の名誉を口にしたこと、必ず後悔させてやる」
きっと、この時の俺は満面の笑みを浮かべておったことだろう。
いたぶる獲物を見定めた、この上なく獰猛で凶暴な笑みであろうがな……。
左馬助や近習衆の息を飲む音が聞こえる。
だが、ジンデルめは素知らぬ顔で答えた。
「肝に銘じておきましょう」
「そうせい。で? そちが加わっても、あと五人足らんぞ? 残りはどうする気だ?」
「この場で勧誘したい者がいます」
「好きにせい。だが、誰を誘うのか見届けるぞ?」
「もちろんです。御同行ください」
そう言ってジンデルが足を向けたのは、ミナ達がいる桟敷だ。
あんなところに引退した冒険者だと?
…………しまった!
まさかあ奴を――――!?
ジンデルが立ち止まったのは、クリスの母親にして『ビーナウの災厄』カサンドラ・シュライヤーと、父親のマルティン・シュライヤーの目の前であった。
「久しぶりだな、カサンドラ」
「こちらこそお久しぶりね、エッカルト。苦労してるんじゃないかしら? 歳以上に老けて見えるわよ」
「大きなお世話だ。マルティンも久しぶりだな」
「ええ……。その節はお世話になりました……」
「話は聞こえていたか?」
「ちょっと離れていたから断片的にだけどね。私にサイトー様と戦えって言うの?」
「そうだ」
「エッカルトさん、本気ですか? そんなことしたら、ここら一帯が焦土に――――」
「あなたは黙っていなさい」
「は、はい――――!」
マルティンはカサンドラの一にらみで慌てて口を閉じてしまう。
カサンドラは如何するつもりであろうか?
たった一人で大筒幾十、幾百の働きをする魔法師が敵に回るなど、さすがに考えてはおらなんだわ……。
決して遅れを取るつもりはないが、あちらにつかれれば厄介なことになりそうだ……。
わずかなものなれど、焦りを胸に成り行きを見守っていると、カサンドラはしばし考えた後、こう答えた。
「……お断りするわ」
「なぜだ?」
「聞くまでもないでしょ? サイトー様はうちの娘のお得意様だし、そうじゃなくても、サイトー様にはビーナウを守っていただいた恩義もあるわ。それに、サイトー様が来てからのビーナウは景気が持ち直しているのよ? 何が悲しくて敵にならなくちゃいけないの?」
「純度九割九分の魔石……欲しくはないか?」
「…………なんですって?」
カサンドラが大きく眉を動かした。
「ネッカー川東部開発のきっかけとなった高純度の魔石……。それを精錬し、さらに純度を上げた最高級の魔石だ。開発が失敗した今、これほどの魔石は滅多にお目にかかれないぞ?」
「……どうしてあなたがそんなものを持っているのよ?」
「そんなことはどうでもいい。欲しくはないのか? 魔法師として、魔道具師として……」
「くっ……! なんてことなの……!」
横合いから、クリスが「ママ! いいから参加して! 魔石もらって!」と目の色を変えて口を挟み――――かけたのだが、八千代の手によってたちまち口を塞がれた。
さっさと気絶させてしまいたいが、こ奴には防御魔法の魔道具の準備がある。
おちおち気絶もさせられん。
ええい! 忌々しい!
クリスが「む――――っ! む――――っ!」と抵抗する横で、頭を抱えるカサンドラ。
散々唸り声を上げた末、血の涙を流さんばかりの勢いで唇を噛んだ。
「それでもダメッ! ダメよ! 物欲に負けて恩を投げ捨てるなんて! 娘の教育にも悪いわ!」
「いいのか? 二度と手に入らないかもしれないんだぞ? 今なら間に合う。考え直せ」
「くっ……! うぅ……!」
二人のやりとりを、桟敷の人々が固唾を飲んで見守っておる。
辺境伯も奥方も、餅を頬張っておった皇女一行も、商人衆も、あの『ビーナウの災厄』の動向を、一言も発さず注視して――――。
「あらあら。気にせずともよろしいのに」
――――緊迫した雰囲気をぶち破ったのは、まるで緊張感のない残念そうな声。
誰あろう、我が母上であった――――。
「カサンドラ様、遠慮なく組合についてくださいまし」
「母上! 何を申して――――」
「お黙りなさい!」
「ぐふっ!」
母上から目にも止まらぬ速さで拳骨が飛ぶ。
至近の距離では当然避け切れる訳も無く、まともに脳天に落ちた。
「ご、ごはぁ……! め、目玉……! 目玉が飛び出る……!」
「若! 若! お、お気を確かに!」
左馬助が慌てた声で俺を呼ぶ向こうで、母上の独壇場が始まってしまった――――。
「わたくし、カサンドラ様とは一度お手合わせ願いたいと思っていたのです! 丁度良い機会です! 存分に戦いましょう!」
「奥方様……」
「是非とも!」
「そうですね……。そこまでおっしゃるなら……。わたしも、あなたとは一戦交えてみたいと、思っておりましたのよ?」
「望む所です」
母親二人が好戦的な笑みを浮かべる。
「でも、カサンドラ様が入っても五十人まで、まだ四人足りませんね……。組合長殿? 残りはどうなさるおつもりですか?」
「カサンドラの実力は並みの冒険者十人分……いえ、二十人分はあります。四名程度の欠員なら補ってあまりあると――――」
「いいえ! いけません! 対等でなければ名誉に傷がつくと申したのは組合長殿ですよ!?」
「そ、それはそうですが……。これ以上はなんとも……」
「あと四人……なんとか……」
その時、悩める母上の視線がある一点でピタリと止まった。
「ふふふ……おほほほほ! ここに人材がおらっしゃるではありませんか!」
「どういうことでしょう?」
「皇女殿下! 御側付き騎士の方々! 皆様も殺合に加わりませんか!?」
またとんでもないことを言い出した。
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