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第140話 「敵を根絶やしにしてくれます!」母上は大いにやる気になった

「もうっ! 待ちくたびれましたよ!?」


 五、六人の女房衆を引き連れた母上は、年若い娘のように頬を膨らませた。


殺合(しあい)はいつ始まるのです!?」


 女房衆も「いざ勝負!」と槍や長刀を掲げて鼻息が荒い。


 八千代もその中に混じっている。


 母上の背中を守らせるために加えておいたのだが、妖しい笑顔を浮かべて大ぶりの苦無――――いや、鉄の塊を掲げていた。


 苦無は土を掘るのが本来の使い方なのだが、あれでは土は掘れまい。


 人の頭を叩き割るには都合がよさそうだがな。


 俺はもう、溜息しか出なかった。


「母上……。意気軒昂なことは結構でござりますが、せめて死合(しあい)と申して下され。殺合と書いて『しあい』とは申しませぬ。女房衆も血の気が多過ぎますぞ?」


「だって真剣で勝負するのでしょう? なら殺合に他なりません! 血の気も多くなるというものです!」


「うわぁ……。相変わらず殺伐とした親子だねぇ……」


「ですね……。笑顔で言ってるのがすごく恐いです……」


 呆れ声でやって来たのはクリスとハンナだ。


 二人とも同じ(こしら)えの小箱を手に持っておる。


「あら? クリスさんやハンナさんも殺合に加わるのですか?」


「そうではない。いくら真剣勝負と申しても、死人が出るのは好ましくなかろう? 冒険者どもはいざ知らず、こんなことで家中に討ち死にが出ても――――」


「それもまた殺合の風情でしょ?」


「――――それを風情に思うのは母上だけだ!」


「緊張感というものがなくなるではありませんか!?」


「真剣を使えば十分に緊張感はあろう! ともかくっ! 死人が出ては困る故、クリスに魔道具を用意させたのだ!」


「魔道具?」


「これだよぉ」


 クリスとハンナが小箱の蓋を開けた。


 その中には、指輪が整然と並んでいる。


「翻訳魔法の指輪とよく似ているけれど、石の色が違いますね?」


 母上は御自身の御手にはめられた翻訳魔法の指輪と小箱の指輪を見比べる。


 翻訳魔法の指輪には翡翠のような石がはめられておるが、小箱の指輪には薄い紫色の石がはめられておる。


「んふふふふ……。これはねぇ、ローゼンクロイツ魔道具工房謹製のぉ、防御魔法を封じた魔道具だよぉ!」


「防御魔法? 身を守ってくれるのですか?」


「そういうことぉ! この指輪さえはめていればぁ、致命傷となり得る攻撃を防いでくれるのぉ! 傷一つなく無傷で済むんだからぁ!」


「まあ! 左様に便利な魔道具があったのですか!? なんて不可思議で便利な道具なんでしょう!? さすがはクリス様ね!」


「えへへへ……。それほどでもぉ……」


「これならちょっと無茶なことも出来ますね!」


 母上が瞳を輝かせた。


 実に不穏な兆候だ。


 母上が申す「ちょっと無茶なこと」は、常人にとって「死を覚悟せねばならぬ危うきこと」に他ならんのでな。


 斯様なときは、冷や水をぶっかけて母上の頭を冷ましておかねばなるまい。


「母上、無茶をしても構わぬが、一度きりにして下されよ?」


「まあ! なんてケチなことを申すのです!? こんなに便利な道具があるのに!」


「たったの一度で壊れる魔道具なのでござりますぞ?」


「へ?」


「この魔道具、確かに致命傷となり得る攻撃は防ぎまする。さりながら、防ぐことが出来るのは一度きり。限度を超える攻撃を受ければ指輪の石は割れ、効能は失われるのでござります。であろう? クリス?」


「あ……あはははは……。残念ながらぁ……」


「際限なく防ぐとすれば、それはもう神仏の業に等しきもの。人の身になし得ることは限りがあるのでござります」


「ええ~っ!? そうなのですか!?」


「そうなのでござります。ちなみに、此度の死合ではこの魔道具を勝敗の判定に使いまする」


「判定に? どういうことですか?」


「魔道具の石が壊された者は討死の扱いと致します。石が壊れた時点で戦いを止め、死合の場から退くのです」


「そんな! まだ生きているではありませんか!?」


「死人を出さぬための魔道具と申したではござりませぬか!」


「それなら魔道具を七個ください! 七度の生を得て敵を根絶やしにしてくれます!」


 再び頬を膨らませ始めた母上。


 左馬助と二人で宥めておると、クリスが甲冑の袖を軽く引いた。


「む? こんな時に何用だ?」


「えっとぉ……陣代様には忘れない内に言っとこうと思ってぇ……」


「陣代様だと? 柄にもなくかしこまった物言いではないか? 何を申すつもりだ?」


「それはもちろん、魔道具のお代のことなんだけどぉ……」


「指輪一つ当たり銀貨二十枚であろう? 支払いは後払い。死合に負けた方が払う。それで話はついたはずだが?」


「そうなんだけどぉ……。あと銀貨十枚か……、いやいや五枚でも上乗せしてもらえないかなぁ……なんて」


「大量に積み上がった不良在庫の処分に力を貸すのだぞ? 銀貨二十枚は譲れん」


「で、でもでもぉ! それだとうちの損害が――――」


 この指輪、元は銀貨百枚――金貨一枚の値が付いていた。


 と言うのも、極めて希少な素材を使って作られているからだ。


 指輪本体に魔法銀(ミスリル)と呼ばれる金属を使い、石は魔石を幾度も精錬して純度を上げたもの。


 これを一流の魔道具師たるクリスが手間暇をかけて仕上げたのだ。


 ここまでするからには、騎士や冒険者からさぞかし引く手数多であったのであろう――――と思えそうなところだが、事はそうそう簡単に上手くゆくものでもない。


 そもそも、己が使う防具に金貨一枚もの大金を投じられる者は少ない。


 限られた銭の中で装備を購うとすれば、まずは武具。


 次に防具や馬具などと続き、最低限必要とする品々を予算の中でそろえていく。


 魔道具に目を向けるとすればその後となろうが、その時には、金貨一枚が残っておる者などほとんどおるまい。


 苦心して銭をやりくりした上で購ったとしても、効果があるのは一度きり。


 いわば使い捨てだ。


 金貨一枚もする使い捨ての魔道具……。


 遠慮会釈なく申して、好事家くらいしか手を出さぬであろう。


 よって、片手の指で数える程度しか売れなかった言う。


 斯様な事、よくよく考えれば分かることであろうが、これを完成させた時のクリスは自分の思い付きと達成感に酔いしれるあまり、勢いのままに百個以上の指輪を作ってしまった。


 そうして売れないままに蔵の肥やしとなっておった魔道具を、此度の死合にかこつけて売り込んできたのだ。


 もちろん言い値で購うことなどせん。


 足元を見て値切れるだけ値切ってやった。


「銀貨二十枚でよいと申したのはそちらではないか。今更になって値を変えることなど出来ん」


「うぅ~……。そ、そこをなんとかぁ……。陣代様の御慈悲をぉ……。このままだと経費も回収できなくてぇ……」


「案ずるな。首が回らんようになっても当家が面倒を見る。魔道具の工房も用意してやろう」


「そ、そんなこと言ってぇ! どうせ工房に閉じ込めて同じ魔道具ばっかり作らせる気でしょぉ!?」


「衣食住の保証してやるぞ? それでも不服か?」


「ふ、不服よぉ! あんな拷問みたいな作業なんて二度と御免よォ――――!」


「――――御注進」


 クリスが文句を垂れる中、赤備姿の春日源五郎が俺を呼んだ。


「如何した?」


「はっ! アルテンブルク冒険者(ぼうけんしゃ)組合(ギルド)の者共が罷り越してござります!」


 源五郎が指し示した方を見てみれば、冒険者達が列を成して死合の場に入って来たところであった。


 その先頭には、使い込まれた防具に身を包んだ組合長(ギルドマスター)――エッカルト・ジンデルの姿もあった。

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 連載は続きます。

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