第19話 「民の信望厚きは領主の徳」新九郎は歓呼に包まれ帰還した
「若だ! 若がお戻りになったぞ!」
誰かの叫びをきっかけに歓声が漣の如く広がっていく。
城下町は祭のような賑わいだ。
「本当に領主だったのだな……」
隣で馬を進めるミナが歓声を上げる者達の姿を眺めながら誰に言うともなく呟いた。
「今更ではないか? 道中の村々でも歓迎されただろう」
「そ、それは確かにそうだが……」
「こんなにたくさんの人が住んでいる場所とは思わなかったもんねぇ」
ミナに続いて口を開いたのはクリスだ。
巧みに馬を操りながら俺達の後を付いて来ている。
「奥方様からヴィルヘルミナの護衛を依頼されたけどぉ、これだけ歓迎されるなら必要なかったよねぇ。聞いた? 若様が異国から嫁をもらったって皆言ってるよぉ」
「なっ……! おいシンクロー! 訂正だ! 訂正しろ!」
「俺が言ったわけではない。どの道この状況では無理だ。諦めろ」
城へと続く通りは人で溢れている。
左馬助と山県が「道を開けろ!」と怒鳴りながら先頭を進んでいるが、歩みの速さは上がらない。
民の不安が大きかった反動かもしれん。
道中の村々でも感じたことだが、故郷丸ごと神隠しに遭ったと聞いて本心から平然としていられる者はそうおるまい。
大きな騒ぎが起きていなかったのは、残された家臣達の手腕と、乱世を生き抜いて来た民の胆力が成せる業であろうな。
民に揉まれつつ通りを進む事しばし、ようやく城門が近付いてきた。
「遠くから見えてはいたが……本当に城だったのだな……」
「すっごいねぇ……。お山が丸ごと全部お城だよぉ……」
「当家自慢の三野城だ。斯様な城は珍しいか?」
「山に建てられた城自体は珍しくはない。だが、城と言えば石で作った城壁で建物全体を囲んでしまうものなんだ」
「お山全体に施設が散りばめられたお城なんて見たことないねぇ。どこをどうやって攻めれば良いのか見当も付かないよぉ」
「あちらの石を積み上げた壁は何だ? こちらは土を盛っているだけか? 堀はどうなっている?」
「こちらが石垣、あちらは土塁だ。堀は……いや、慌てる必要はないか。後で案内してやろう」
「本当か!?」
ミナが瞳を輝かせている。
憧れるホーガンの故郷かもしれぬ国へ来て、気分が高揚しておるらしい。
そうこうしている内に民の人波を抜けて門前へ辿り着く。
「若! お帰りなさいませ!」
「「「「「お帰りなさいませ!!!!!」」」」」
門前には家臣達がズラリと並んでいた。
多くの者が涙する中、先頭で挨拶の音頭を取った老人だけは誇らしげな顔つきで俺を見つめていた。
筆頭家老を務める佐藤の爺だ。
「爺、留守居の役目、大儀であった」
「何のこれしき。それはともかく爺めは嬉しゅうござりますぞ」
「何だ? 俺の嫁取りか?」
冗談で言っただけだが、後ろでミナが「違う!」と叫ぶ。
爺も「違いまする」と首を振った。
「若のご帰還に民は歓喜しておりまする。これは民の信望ある証拠。民の信望厚きは領主の徳に他なりませぬ。若は立派な領主となられた。感慨無量にござる……」
「爺も左馬助や藤佐と変わらんか……。欲目が過ぎて目が曇っておる」
「憎まれ口も有難くいただいておきましょう。さあ、中へお入りください」
爺の案内で馬を進める。
門を入った所で馬を下り、山の中腹辺りにある三ノ丸を目指した。
城の中で最も広い平坦な場所であり、謁見や評定で使う建物があるのだ。
「美しい土地だな……」
「だねぇ……」
三ノ丸へと向かう途中、ミナとクリスが足を止めて呟いた。
二人して、城下に広がる町や田畑、その先の山々を眺めている。
「野にも山にも緑が溢れている」
「毎日こんな風景を見て暮らせるなんてうらやましいねぇ」
「気に入ったか?」
「ああ。作物の実りも良さそうだ。まるで黄金色の絨毯だな」
「イネって言ってたっけ? 遠目には麦みたいに見えるけどぉ、全然違うものなんでしょ? どんな食べ物なんだろう?」
「そろそろ稲刈りの季節だからな。収穫が終われば新米を馳走しよう」
「シンマイ?」
「どんな味? どんな味!?」
「食べてみてのお楽しみだ」
景色を見ながら話している内に三ノ丸に到着する。
靴を脱いで建物に入るのだと説明すると、二人そろってどぎまぎした表情を見せた。
「人前で靴を脱ぐとは……」
「なんだか恥ずかしいねぇ……」
ためらいながら履物を脱ぐ二人。
謁見や評定に使う広間へ案内すると、床几が二つ用意されていた。
南蛮人は床へ直に座ることがなく、こちらでも同じ様子だったのであらかじめ準備させていたものだ。
「椅子に比べれば座り心地は悪かろうが、少し我慢してくれ」
「いや、ありがたく使わせてもらおう」
「このショウギの下に敷いてある……タタミって言うの? この香り……この肌触り……最高だわぁ……」
「帰りに何枚か持たせようか」
「いいのぉ!?」
「おいクリス。少しは遠慮を――――」
「ミナも土産代わりに持って帰るか?」
「……いただこう」
畳一つで二人は大いに気を良くしている。
ふむ……これは売り物になるかもしれんな……。
二人が畳を珍しがっている内に、主だった家臣達で広間は一杯になっていた。
佐藤の爺を皮切りに、二十人近くが次々と名乗る。
立て続けの挨拶にクリスは目を白黒させているが、ミナはそつなく返答している。
辺境伯の娘という肩書は伊達ではないようだ。
二人には悪いが、客人を前に名乗る、名乗らないは侍にとって重要事。
時には挨拶の順番を巡って争いにもなる。
しばらく耐えてもらうしかない。
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。アルテンブルグ辺境伯が娘、ヴィルヘルミナ・フォン・アルテンブルクと申します。こちらは我が友クリスティーネ・ローゼンクロイツ。魔道具師と魔法師を生業とする者です」
クリスが「……よろしくお願いしまぁす」と疲れた声で挨拶する前で、佐藤の爺をはじめ家臣の大半が『魔道具』や『魔法』という言葉に怪訝な表情を浮かべている。
左馬助や山県と違って魔法を目にしておらぬからな。
やはり、二人と同様に見るのが一番早かろうな。
「二人で魔法を披露してやってくれ。庭木を痛めても構わん」
「分かった」
「任せてぇ」
二人は縁側に立つと、庭に向けて魔法を放った。
まずはクリスが風の魔法で木を幹の中ほどで切り倒し、クリスは炎の魔法で切り倒された木を瞬く間に焼き尽くしてしまった。
誰もが目を見張り「おおっ!」と歓声を上げる者もいれば、絶句する者もいる。
初めて目にする不可思議な術に、驚き半分、不安半分と言ったところであろうか。
驚きはともかく不安は解いておかねば――――。
「面白いお方をお連れになりましたのう……」
しわがれた老人の声が割り込んだ。
しまった……会いたくない奴めがやって来たぞ……。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
連載は続きます。
またお越しを心よりお待ち申し上げております!