第139話 「殺合を始めましょ――――!」新九郎は代償を支払った
「ずいぶんと見物人が集まりましたなぁ」
ネッカーの市門を出たところで、具足に白鉢巻き姿の左馬助が、片手で庇を作りつつ、呑気な声で呟いた。
後に続く近習衆も「こりゃすごい」と、溜息をつく。
市門前に広がる平原は、まさに黒山の人だかりとなっておる。
良く晴れて、冬にしては日差しが温かい今日、アルテンブルク冒険者組合との死合が行われるのだ。
「どれほど集まったであろうかのう? 二千か、それとも三千か……」
「四千は下らぬかと」
「ほう? ネッカー住人の三倍はおるか」
「周りの村々だけでなく、領都やビーナウからも見物人が押し寄せておりますからな。さらに増えましょう。ここへ向かう人の列はまだまだ途切れる様子がありませぬ」
左馬助が西の方を指差した。
領都へ繋がる街道には、こちらへ進む人の流れがずっと先まで続いている。
死合見物の衆に違いなかった。
「ふむ……。この調子ならば、五千か六千は集まろうな」
「弾正殿が大儲けだと小躍りなさっておられるでしょう」
此度の死合、見物するだけならば銭は不要。
ただし、それは立ち見に限った話。
座って見物できる桟敷は銭を取るし、見物の衆へ茶や菓子を売る商人からも銭を取る。
ついでに死合の勝敗や討ち取りの人数を種に賭けも興行しておる。
博打は喧嘩の元となる故、平生ならば認めることはないが、一日きりの見世物の場ならば大目に見てよろしかろうと、丹波めが言い出した。
御蔵奉行たる弾正が「銭になる」と乗り気となり、此度に限って賭けを許した。
馬廻衆が赤備の具足姿で睨みを利かすことを条件でな。
喧嘩に及ぶ族がいれば、ただちに組み伏せられることとなろう。
おかげでこれだけの人が集まった割に、一つの騒ぎも起きてはいない。
はてさて。
これにて如何程の儲けになろうか?
百貫文か二百貫文か……。
いずれにせよ、結構な実入りとなることに違いない。
「藤佐殿や長井殿、山県殿は自分も死合に出たかったと悔しがるでしょうな。やるなら領内の仕置が終わってからにしてくだされ、と」
「何を申すか。これも領内の仕置よ。組合を辺境伯家の幕下に置くためのな」
苦笑する左馬助を横目に黒金へ乗り、人だかりを避けつつ死合の場に向かう。
俺に気が付いた見物の衆から「サイトー様だ!」、「陣代様だ!」と声が上がり、歓声が湧く。
どうやら今のところ、アルテンブルクの百姓からは好かれておるらしい。
「シンクロー!」
呼ぶ声に目を向けてみると、桟敷でミナが手を振っておる。
桟敷は既に千人近くの人で埋まっていた。
売れ行きはなかなかのようだ。
その桟敷の中でも、幔幕や天幕で囲われ一角にミナの姿があった。
ミナの他にも、辺境伯、奥方、辺境伯家の家人達、クリスの両親、ビーナウの商人衆…………そして、皇女一行の姿もあった。
ミナへ手を振り返し、黒金を桟敷まで走らせた。
「馬上から失礼致す!」
「シンクローも試合に出るのか?」
「大将が出ずに何とする?」
「ははは……。それもそうだな……」
ミナは少し呆れたような笑顔を浮かべ、何事かボソボソと呟いた。
「サイトー殿、本日は楽しみにしておりますよ?」
「辺境伯、桟敷の具合は如何にござりますか?」
「快適です。寒さも十分にしのげていますよ。私よりも皇女殿下の――」
「妾も楽しく過ごしとる。気遣い無用じゃぞ?」
皇女は扇を広げて口元を隠しつつ「おほほほ!」と笑った。
「未来の妻の前じゃ! 存分に戦って参れ!」
「またその話にござりますか……」
「おん? ヘレンでは不服と言うか?」
「不服も何も、ミュンスター殿は何処に?」
「何じゃと? ついさっきまで妾のすぐ横に――――くぉらヘレン! 主らは何をしておるのじゃ!?」
桟敷の奥を見てみれば、ミュンスター殿は騎士娘らと連れ立って、火鉢を囲んで餅を焼いていた。
「姫様、ご覧ください。温めると大きく膨らむのです。とても不思議な食べ物ですね。興味深い……」
「こんなところで学究心を出さんでも良いのじゃ! ドロテアとイルメラとハイディは食い意地張り過ぎじゃ!」
「サイトー卿。姫様が何か申し上げたかもしれませんが、聞き流して下さって結構ですので」
「主は何を勝手なことを――――!」
「ヘレンさん! 『モチ』が焼けましたよ! 見て下さい! こんなに伸びるんです!」
「何と言うことでしょう……。それで? どんなお味ですか?」
「『モチ』自体に味はあんまりありませんよ。でも、ここにある『ミソ』や『キナコ』を掛けるとすごく美味しくなりますよ! 不思議な食感も楽しいです!」
「主ら妾の話を――――!」
皇女は肩を怒らせて火鉢へ向かってしまった。
ヘスラッハ卿に焼けたばかりの餅を口へ放り込まれ、目を白黒させておるわ。
嫁じゃ何じゃと言うておったが、皇女以外は取り立てて変わった様子はない。
ミュンスター殿もいつも通りに見える。
『コボルト皇女』のいつもの無軌道と高を括ってしまったのであろうか?
考えのよく分からん主従よな。
「サイトー様?」
「ん? おおっ、カサンドラか。其方も来てくれたか」
「ええ、もちろんですわ。だってこんな楽しそうな催し、滅多にありませんからね。何を置いても見に来なくては……いえ、本当は私が試合に出たいくらいで」
「堪忍してくれ。其方が出れば勝負は一瞬間でついてしまう」
「御謙遜を。サイトー様なら、私を倒す方法もお考えなのではありませんか?」
「さて? そんな方法があるのかのう?」
「まあ、お惚けになって……。それはそうと、一つよろしいでしょうか?」
「む? 何だ?」
「組合長のエッカルト・ジンデルのことです。彼とは昔馴染みなのですが、十分にお気を付けください。現役時代は人間兵器の異名を取る猛者でした。今は一線を退きましたが、実力は健在だと思います」
「あ奴も死合に出てくると申すか?」
「不愛想ですが、責任感の強い男です。自分が出ることも含めて、どんな手を使って来るか分かりませんわ」
「左様か。肝に銘じておこう」
カサンドラに答えつつ、内心で苦笑する。
相手のことは分からぬが、「どんな手」とやらは、既に俺自身が使っておるのだから――――。
「新九郎――――! ようやく来たのね――――!」
背後から、やたらめったら陽気な呼び声が聞こえた。
無言で振り返れば、我が方の陣地にて、片手で丸太のような金砕棒を振りつつ笑顔を浮かべる母上の姿があった――――。
「道草を食っていないでこっちにおいでなさい――――! 早く殺合を始めましょ――――!」
後妻打を止めた代償。
それは、母上に死合の先鋒を任せること……であった――――。
先程、ミナがボソボソと呟いておった言葉を思い出す。
「出たがるところはやっぱり親子だな」と…………。
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