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第138.5話 姫様、折檻のお時間です その弐

「姫様、折檻のお時間です」


 辺境伯邸の客間に妾を押し込め、扉に「ガチャリ!」と鍵を掛けるヘレン。


 眼鏡を「ギラリッ!」と光らせ妾に迫る。


 手にした教鞭が「ヒュッ!」と鋭い音を立てるや、憐れ、花瓶に差された花々は無惨に花弁を散らせてしまった。


「姫様にもこうなっていただきましょうか?」


「ま、待てっ! 待つのじゃ! 何をそんなに怒っておるのじゃ!?」


「分かりませんか? 本当に、分かりませんか?」


「サ、サイトーの嫁に宛がおうとしたことか……?」


「それについては怒っていません。姫様がわたくしと娘の行く末をご案じ下さっていることは事実ですから」


「ほっ……」


「ですが、あくまで万歩譲って怒りを抑え込んでいるだけです……!」


「ひ、ひいっ……!」


 再び教鞭が唸り声を上げる。


 花瓶に残された花の茎が綺麗な切り口を見せた。


 まるで鋭利な刃物で切り裂かれたようなのじゃ……!


「姫様にもこうなっていただきましょうか?」


「わ、妾はふざけておらんぞ!? ちゃんと真面目に答えたのじゃ!」


「わたくしを嫁に宛がうより、もっと重要なことがあるでしょう!?」


「は? そ、そうかのう? あったかのう?」


「まだお分りになりませんか?」


 ヘレンがヅカヅカと大股で近付いて来る。


 教鞭を握る手に力がこもる……!


「わ、悪かった! 悪かったのじゃ! よう分からんが妾が全面的に――――」


「姫様をお守りできなくなります」


「――――何じゃと?」


 妾の前に膝をついたヘレンは、妾の手を「ギュッ」と握り締めた。


「アルテンブルグ辺境伯領に残されてしまえば、姫様のお側に侍ることが出来なくなります」


「そ、そりゃそうじゃが……」


「先帝陛下は疑心の強いお方です。いつ、我々の動きを悟られるか分からないのですよ? 万一があればどうなさいます? 御側近くに侍ること出来ずば、姫様をお守りすることは出来ません」


「なんじゃ……。そんなことか……」


「そんなことではありません!」


 ヒュッ!


「ひっ! わ、妾に向けて教鞭を振り回すでない!」


「ご安心を。短慮で当てるつもりはありません。ええ、もちろん当てませんとも。決して短慮には……」


「そ、そのもの言いじゃと熟慮したら当てるって言うに等しいのじゃ!」


「…………」


「何で黙るんじゃ! そりゃ肯定するに等しい沈黙なのじゃ!」


「言葉でお分かりいただけないのなら、教鞭の一閃にてお分りいただくしかありません。しつけに暴力を用いるなど、野蛮な行いとは承知しておりますが、世の中にはしつけと称して子に棒や鞭を振るう親や教師がごまんとおります。それに比べれば教鞭などぬるい代物かと……」


「どっちもどっちなのじゃ!」


「とにかく、姫様が帝都へお戻りになるならばわたくしも戻ります。わたくしの不在中に御身に万一のことがあれば、わたくしを信頼して姫様をお任せ下さった御母君や御姉君へ申し開き出来ません……!」


「待った! 冷静に! 冷静に妾の話を聞くのじゃ! 今回のこと、深謀遠慮あってのことなのじゃ!」


「…………」


「ほ、本当じゃぞ……?」


「…………」


「我が姉ゲルトルートに誓って嘘はない! 偽りがあれば、帝都へ戻ってから姉皇女殿下に告げ口しても構わんのじゃ!」


「……………………よろしいでしょう。そこまで仰せになるならば……」


「ほっ……」


「ただし、御言葉に偽りあった時は、ゲルトルート皇女殿下御自ら姫様を折檻していただきます。よろしいですね?」


「あ、姉上の折檻……! あの恐怖の地下道に再び……!」


「よ・ろ・し・い・で・す・ね?」


「わ、分かった……。分かったのじゃ! 折檻でも何でも受けてやるのじゃ!」


「……では、お話を伺いましょう」


 ヘレンは立ち上がると、ようやく教鞭を仕舞った。


「ぬ、主を残すのは他でもないのじゃ。妾では辺境伯の真意を探ることも、サイトーの秘密を探ることも、何も叶わぬ。妾がこの地で出来ることはない。尻尾を巻いて帰るしか出来ることがないのじゃ」


 そう言うと、ヘレンが珍しく驚いた顔をした。


「姫様が道半ばで諦めてしまわれるなど珍しい……」


「いつもの相手は『コボルト皇女』と妾を侮り、引っかき回しているうちに襤褸(ぼろ)を出すものじゃったが、今回は全然通用せん。襤褸のボの字も出て来んのじゃ。こうなっては、妾は用済みよ」


「……姫様に代わり、辺境伯閣下とサイトー卿を調べよと仰せですか?」


「うむ。嫁入りに関しちゃミドリも乗り気じゃ。妾が騎士や侍女を引き連れてふんぞり返っておるよりも、主一人ならあちらも油断するかもしれん」


「わたくしは姫様をお支えすることなら出来ます。しかし――――」


「分かっとる。主は間者働きに向いておらん。じゃからの? ダメじゃと思ったらその時点で止めればよい。とりあえずじゃ、サイトー家に渡りを付けるくらいのつもりでやればよい。何か見付ければ儲けものよ。事の成否に関わらず、一ヶ月くらいで帰って参ればよい」


「そのような短期間でよろしいのですか?」


「長々と探りを入れて、こちらが先に襤褸を出しても困るしのう。妾はせいぜいゆるりと帝都へ向かうのじゃ。風待ちで船が動かぬことなど、よくある話じゃろ?」


「その間に、姫様に追い付けと?」


「そう言うことじゃ」


「承知いたしました。ただ……」


「うん?」


「このように大事なことは、事前にお話しいただきたいものです」


 ヘレンが再び眼鏡を「ギラリッ!」と光らせる。


「わ、悪かったのじゃ。昨日あたりから考えてはおったが、今日機会が巡って来るとは思っていなかったんじゃ! 好機は二度とないかもしれん! 話の流れに自然と合わせるには、あの時を置いて他になかったであろう?」


「……否定は出来ませんね」


「じゃろ!?」


「納得は致しませんが」


「ぐぬっ!?」


「それはそれとして。今回は本当に見切りを付けるのがお早いですね? アルテンブルクへ到着してからまだ一週間ほどしか経っていませんよ? たしかに、思わぬ出来事の連続で上手く事が運んでおりませんでしたが――――」


「思わぬ出来事、ではない。ありゃのう、何もかも仕組まれとる。妾がひどい目に遭うようにのう」


「あの精霊の一件もですか? あれが演技だったと?」


「精霊の怒りは本物じゃろうよ。ただのう、怒りが妾に向くよう仕向けた奴原がおる」


「マルバッハ男爵の処刑、セイレーンの干物、木戸前にさらされた生首、テッポーの狙撃……。このあたりは恣意的なものを感じますが、姫様にけしかける為だけに準備したにしては、用意が良過ぎるにようにも感じます。偶然と言われてしまえばそれまででしょう。まして精霊が人間の意のままになることなど、果たしてあるでしょうか?」


「妾の勘じゃがな。年若くとも宮廷の権謀術数に揉まれてきた身じゃ。嘘つきは何となくわかるもんじゃ」


「辺境伯閣下やサイトー卿が嘘を付いていると?」


「相当な食わせ者よ。アルバンなぞ、聞き分けの良い善人そのものの顔をして、腹の底では何を考えておるか……。嫌な臭いがプンプンしておるわ」


「お手本のような笑顔を胡散臭く貼り付けておられる方とは思っておりましたが……」


「主もなかなか口が悪いのう……。じゃが、あの二人の上を行く曲者がまだ一人おる。匂いがきつくて腐臭が漂っておるのがな」


「お二人以外に? 奥方様やヴィルヘルミナ様……ではなさそうですね? まさかミドリ様? …………いえ、あの方は裏というものが全くなさそうでした。では一体……」


「……好々爺らしく振る舞うのがのう、一人おったじゃろ?」


「タンバ殿ですか? 道化じみた言動をなさる方とは思いましたが、本当に?」


「そこじゃ。主の目を以ってしても『道化じみた』だけで終わらせてしまう老翁じゃ。ありゃのう、先帝陛下以上に厄介な御仁よ。腹の中にゴブリンでも飼っとるんじゃなかろうか?」


「わたくしにはそのように感じられませんでしたが……」


「あ奴には警戒してもし過ぎることはない。十二分に警戒せい。あ奴は何もかも偽っとる。名前すら真実かどうか分からん。そんな気がするのじゃ……」


 妾が言い終えると、ヘレンは「承知しました……」と短く答えを返した。

読者のみなさまへ


 今回はお読みいただきありがとうございます! 


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 連載は続きます。

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