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第137話 「ギャ――――!」皇女は悲痛な叫び声を上げた

「そろそろ帝都へ帰ろうと思うのじゃ」


 三野からネッカーへ戻るや、皇女はしおらしい口調で話し始めた。


「ヴィルヘルミナには仕官を断わられ、先帝陛下の巻き添えで死にかけた。辺境伯領も落ち着いておると言うには早過ぎるようじゃしの。これ以上、面倒を掛ける訳にもいかんのじゃ」


 昨日までとは打って変わり、えらく聞き分けのよいことを申すものだ。


 居合わせたミナ、クリス、ハンナ、そして御側付き一同も困惑した様子。


 かのミュンスター女官長さえも、


「姫様、お気は確かですか?」


と眼鏡の位置を直しつつ尋ねた。


「今日は空から隕石でも降ってくるかもしれませんね? まさに天変地異の前触れです」


「くぉら! 何が天変地異じゃ!」


「でも姫様! 女官長のおっしゃるとおりですよ! 具合がお悪いんですか!?」


「違うわよ、ドロテア。きっと何か拾い食いでもしたのよ」


「ハイディ。いくら姫様でもそんなことなさらないわ?」


「じゃあイルメラは何だって思うのよ?」


「あの精霊に中身を入れ替えられたんじゃない? 体は姫様、中身が化け物、みたいな?」


「なるほど……。イルメラさんの言う通りかもしれません! おいっ! 妖しの者め! 正体を現せ!」


と、騎士三人娘も言いたい放題である。


「主ら……。主君たる妾のことを何と思うとるんじゃ!」


傍若無人(ぼうじゃくぶじん)?」


傲岸不遜(ごうがんふそん)?」


牽強付会(けんきょうふかい)?」


「御三方。いけませんね?」


「す、すみません、ヘレンさん! ちょっと悪ふざけが過ぎ――」


「それでは足りません。唯我独尊(ゆいがどくそん)も付けましょう」


「だ、黙って聞いておれば……! ヘレン! 女官長はたしなめる役回りであろうが! 一緒になって楽しむでないわ!」


「あまりに唐突な御心変わりにわたくし共は困惑しているのです。サイトー卿やヴィルヘルミナ様もです。どういうことか、きちんとご説明願います」


「ご説明もなにもない! 妾が言うたことが全てなのじゃ!」


「ですが――――」


 皇女と御側付きらが姦しくやり合う最中、丹波が「若様……」と小声で俺を呼んだ。


「皇女殿下、何かをお気付きになられたのやもしれませぬな」


「まさか。先日は天井裏に忍び込んでいったが、俺達の話をしかと耳にした訳ではなさそうだったではないか?」


「それはそうなのでござりましょう。さりながら、かの皇女殿下は聡い御方と心得まする。何かを察したのではなかろうか、と……」


「ふむ……。ならば早う帰ってもらった方が無難か」


「はっ……。それがよろしいかと存じまする」


 丹波と手早く話を終え、未だに言い合いを続けておる主従を止めた。


「落ち着きなされ、ミュンスター殿」


「しかしサイトー卿。姫様の御本心が――――」


「主君を立てることも臣下の役目。左様に根掘り葉掘り問い質すものでもありませぬ。思えば、アルテンブルクにお越しになられて以来、御身に危難が及ぶことの連続にござった。馬に噛み付かれ、神仏に首を締め上げられ、挙句の果てには鉄砲で狙われた。対する殿下はまだ十二の可憐な童女にござりますぞ? 思うところもあられたのでござりましょう」


「……一理、ありますね」


「で、ござろう?」


「分かりました。これ以上の追及は控えましょう。ただし、サイトー卿には一つだけ訂正していただきたいことがあります」


「訂正にござるか? それは一体……」


「姫様は可憐と言う言葉と縁を切っておられます。使用はお控え下さい」


「こりゃヘレン! そりゃどういう意味じゃ!」


「どうもこうもありません。そのままです。姫様に使われては可憐という言葉が半狂乱で嘆き悲しみます」


「お、お主は……!」


「それはそうと、姫様はいつお帰りになるおつもりですか? 今日ですか? それとも明日? 旅程をどうするか決めなくてはなりません。陸路で帰るか、海路を使うか……。往路はお忍びでしたが、復路までそうは参りません。帝国皇女に相応しい格式を整えなければ。決めなくてはならないことは山ほどございますよ? さあ、どうなさるおつもりです?」


 肩を怒らす皇女であったが、一言も言い淀むことなくグイグイと決断を迫るミュンスター女官長によって完全に勢いを削がれてしまった。


「む……むう……。今すぐに決めよと言うか?」


「もちろんでございます」


「ならば……行きは海路じゃったからのう、帰りは陸路で――――」


「分かりました。復路も海路ですね」


「待てい! 妾は陸路と言うたではないか!?」


「いけません。陸路では逃げ場が多過ぎます。好奇心の赴くまま、また何処かへ行かれてはかないません。逃げ場のない海路を採らせていただきます」


「なんじゃと!? 船では何にもやることがないのじゃ! あの退屈極まる船旅をまたしても強要すると言うのか!?」


「幸いすぐ近くに港町もあります」


「いやなのじゃ! 戦のせいでアルテンブルクの少し手前で降ろされてしもうたが、船旅はもう退屈で仕方がなかったのじゃ! わずかなものじゃったが陸路を行く方が何倍も楽しかったのじゃ!」


「なりません。ビーナウから船出し、帝都の外港たるコンスタンツへ向かいます。そこから先はボーデン川を船で遡上して帝都へ戻りましょう」


「ずっと船旅ではないか!」


「当たり前です。聞こえていませんでしたか? わたくしは姫様に逃げ場を与えるつもりなど毛頭ございません」


「な、なんちゅうことじゃ……」


「早速ビーナウから出帆する準備を始めましょう」


「あ……それは厳しいかもしれない……」


「ヴィルヘルミナ様? それはどういうことでしょう?」


「ビーナウでは先日の戦の混乱がまだ続いているのです。商いは徐々に再開していますが、船の行き来は絶えていたはず。戻るまで少し時間が必要です」


「そういうことでしたか。ですがご安心を」


「え?」


「姫様が各地へ寄港する廻船に潜り込み、アルテンブルクへ向かわれたことは調べがついておりました。ですから、わたくし共も船を一隻借り上げ、姫様を追跡して来たのです」


「ふ、船を丸ごと借り切ったのですか!?」


「姫様を追跡するのですから当然です。姫様と同じくわたくし共も廻船に……などと悠長なことを言っていられません。自由自在に動かせる船を用意しなくては、コボルト皇女と異名を取る姫様に追いつくことなど出来ません」


 相変わらず淡々と話すミュンスター女官長であったが、ミナやクリスは呆れ返っている。


 クリスが「船の借り上げって簡単に言うけどぉ、交易の稼ぎを穴埋めするためにぃ、一ヶ月で金貨百枚はとられちゃうよぉ?」などと申した。


 金貨百枚と言えば、冒険者百人が一年間食っていける銭に相当するはず。


 あまりの額に、ハンナが「ひえっ……!」と呟いたきり、泡を吹いて倒れてしまった。


 俺達の様子に気付いたミュンスター女官長が、しれっとした態度で口を開いた。


「費用はすべて姫様の資産を充当いたしました。国庫はいささかも痛めておりません」


「ギャ――――ッ! 主はなんちゅうことをしてくれたんじゃ! あれは妾が小遣いを節約して投資に――――」


「運用を任されていたのはわたくしです。御安心ください。全てを使い切ったわけではありません」


「じゃとしても大損害じゃ!」


「自業自得です」


「海軍はどうしたんじゃ!? 海軍は!?」


「姫様のわがままに、かけがえのない帝国の将兵を付き合わせろと?」


 皇女の抗議は一刀両断に斬り捨てられた。


「そう言う訳ですので、海路に何ら心配はございません。借り上げた船はビーナウに停泊中です。準備を整えさせれば、すぐに出帆できるでしょう」


 あたかも勝ち誇るかのように仁王立ちするミュンスター女官長。


 皇女はがくりと膝をつき――――いや。


 伏せた顔には、不敵な笑みが浮かんでおった。

読者のみなさまへ


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 連載は続きます。

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